愛の花

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カテゴリ:心の旅日記( 961 )

春の風に乗って♪

1週間ぶりの我が家。13日から始まったコンサートツアー、最終日20日のコンサートは名古屋。東京は本應寺のご住職のご縁で出会った「デルフィー」で、品愚(ぼんぐ)上人とのジョイント「念仏&コンサート」。5時半からお念仏が始まって、コンサートが終了したのが9時半。その後、持ち寄りパーティーで、解散したのは12時を周っていた。そして21日の昨日、午後4時ころ、名古屋から帰宅。原稿を書かれるために静かな場所を探しておられたお上人を、長野の山荘旅館にご案内し、そこで温泉に浸かって帰宅。d0024504_1427463.jpg
今朝は、朝6時の目覚まし時計が鳴る直前に目が覚め、八星と誠さんとよもぎを摘んだ。二人のこどもを学校に見送って、誠さんは草刈、わたしは洗濯。この日常感覚が、気持ちがいい。
 1本も草をはやさなかった隣の畑も、おじいさんが亡くなって、草が生え始めた。『おばあさんをよろしく。』と耳元にささやいて春風に乗って昇天したおじいさん。誠さんに、おばあさんの畑の草刈りもお願いした。

コンサートツアーの間は、車を運転しながら助手席の誠さんとよく話をした。未解決なことも、丁寧に掘り起こして話す。家に帰るとやることが多くて、もくもくと働く日常。学校から帰ってきたら、わたしはなるべくこどもたちのの側にいる。心にしまってあることを次々にしゃべりだすのは、八星。アマチも「靴を買って。」と言うので、今週水曜日、一緒に買い物に行くことにした。木曜日から、わたしは再びコンサートツアーに出る。それまでに、畑に夏野菜の苗を植えたい。
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13日、雨の信楽、古民家「しがらきの里」でのコンサート。今回は、いろんなことが重なり、聴き手は少なかったが、子育て真っ最中の信楽ネットワークは自然体子育てに共感できる。子どもたちが遊び、けんかし、ふらふらと歩く中でのコンサート。聞いてないようで、音楽の中にいる子どもたち。わたしもまた自分の自然体を、さらに深めてみた。
 いつも、その場で歌う歌を、決めてゆく、その決めるペースを落としてみる。沈黙して感じ取る時間。これを自分に許す。そうだ、これから、そうしよう!~とひとつ収穫。
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そして、14日は、岡山県は津山市「TreeTrunk」という苗屋さんでコンサート。知人の紹介で出会った、この苗やさん。素晴らしいのが、苗やさんと喫茶店が、お店というよりは、自分のお庭という感覚。そのお庭を、みんなで分かち合っているという姿勢。周りは、田園と静かな住宅地であって、商店街ではない。自分が暮らしたいように暮らし、その暮らしを好むお客さんが自然と寄ってくるというスタイルが、とても素敵だ.。d0024504_1154288.jpg
この日の天気予報は、雨。でも、思いが通じたのか晴れたり曇ったり、風と鳥の声、新緑に囲まれた野外コンサートは、気持ちよかったよ。来年、バラの咲く6月始めに、またコンサートをやりましょう~と話しました。このコンサートには4人のともだちが来てくれていました。一人は「野土花」という古民家の喫茶店をやっていた直美ちゃん。彼女は昨年結婚し、仕事をやめて、パートナーの生まれ育った古民家を暮らしの場所に、手作り生活を始めています。それから、鳥取から草木染の真理子さん、そして、CDのジャケットの絵を描いてくれた龍野市の真知子さん。みんな、treetrunkが気に入ったようで、思い思いにくつろぎました。
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15日は鳥取県、米子市のお寺でコンサート。4回目になる米子でのコンサートは、美容師の敏子さんが年に1回、企画を続けてくれています。「わたしは、組織人間じゃない、1匹狼だから集客は苦手。」と言いながらも、1年に1回の再会に、心をこめてコンサート作りしてくれる敏子さん。コンサートの当日は、娘さんの彼氏のご両親がフランスから到着。フランス語しか話さない彼らも、コンサートに来てくださり、終了後は敏子さんの手料理を、手振り身振り、日本語、英語、フランス語が交じり合った中でおいしくいただきました。1年に一晩の再会。あっという間に別れの時間。今年もまた会えてほんとに嬉しかったよ。敏子さん。ありがとう!
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16日から、今回は3日ほどオフ。
16日は出雲に、昨年「女神サミット」で出会った武田夫妻と再会。出雲で一晩過ごしました。
 長年の無理がたたって休養に入られたお二人に、お粗末ながら習いたての「陰陽霊法」をさせていただきました。これは、自分の体も知ってる、とても効果的な癒しの方法なんですね。分かち合えてよかったです。今回のコンサートツアーでは、1年前に本應寺のお上人から譲っていただいて以来、既に3万キロ走っているマツダのボンゴのフリートップを初めて有効に使いました。休憩中にこの2階で、誠さんに「陰陽霊法」を施してもらうのです。一人で運転し続ける疲れ、特に目と背中の疲労が解消されて、おかげさまで最後まで、歌い、交流できました。d0024504_12542467.jpg
 そして、17日は、万里子さんの案内、お導きで長浜神社で奉納演奏。また万里子さんの癒しのスペース「ひだまり」にも案内していただき、ここでも数曲歌いました。来年の七夕の頃、出雲で演奏することになるかもしれません。その時は、米子の敏子さんと一緒に出雲に来たいな~。
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18日は、大阪。魂の姉妹のももちゃんと再会。近況を交換し、焼肉やさん、温泉へ。次に逢うのは、8月3、夏のリトリートの前日。ももちゃんはヒーラーとして長野の遊里庵に来てくれます。そして、その次は10月9日、大阪でももちゃん主催のコンサート。仕事もプライベートも一緒に楽しめる間柄。正反対の生活スタイルでありながら、どこかで深く繋がっている不思議なコンビネーション。きれいに整ったももちゃんの自宅は都会にセキュリティーシステムのばっちり整ったビルの7階。わたしの家は、田園の古民家で隙間だらけで鍵もない。周囲は、過疎で、お年寄りの村で子育て、畑のある暮らし。ご縁って面白いね~。
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19日は天川神社近くの泥川の「空」で2回目のコンサート。初回は、昨年末の12月19日、深い雪景色の中でした。すっかり新緑の山々に囲まれ、爽やかな春景色。前回は遠方の方々へお声かけしたコンサートでしたが、今回は、「村の方たちに歌を聞いていただきたい。生まれたときから自然に囲まれ、あたりまえになってしまっている豊かな自然に対する気づきを深められたらいいな。」と、泥川の方たちに声かけしてくださいました。大嶺山という修験道の山の宿として栄えた山あいの地で地元の方々を迎えてのコンサート。ご縁が深まってゆくのが、嬉しいです。

また、お会いしましょうね。

そして、春から夏にかけて、コンサートの旅は続きます。夏には、待ちに待った「夏のリトリート」。こどもたちも楽しみにしています。長野のわたしの家「観音道場 遊里庵」にもいらしてください。7月1日からの沖縄は久高島リトリート、7月28日~31日の長野の遊里庵で夏のリトリート①(かわ)、8月4日~8月7日夏のリトリート②(ほし)は、そろそろ、申し込み時期に入りました。先着締め切りなので、申し込みはお早めに、よろしくお願いいたします。詳しくはホームページhttp;//amanakuni.net/yuri をご覧ください。

そして、最後に5月~6月のコンサート予定を書いておきます。

最後まで、読んでくださってありがとうございます。

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【これからのコンサート予定】
≪5月26日(金)≫日立市民会館 111号室 午前10時オープン 10時半スタート 会員1300円 一般1800円 お問い合わせ&予約 0294-22-3023(ひたち親子劇場)
≪5月27日日(土)≫ 水戸市 喫茶 gurunpa TEL/FAX 029-228-5256 午後の部13:30〜15:30   夜の部19:00〜21:00*いずれもティータイム含む。*コンサート終了後、希望者と交流会を行います。〈会場〉カフェ&ギャラリー ぐるんぱ〈料金〉2500円(菓子、コーヒー・紅茶付き)http://gurunpa.teanifty.com/cafe/cat5448551/index.html
≪5月28日(日)≫神奈川県藤野町キッチンカフェしみず TEL/FAX 042-687-5507 午後2時から 2500円ワンドリンク付 終了後、希望者でシェアリングをします。
≪6月3日(土)≫群馬県嬬恋村 カフェフルール 開場1時半開演2時 予約2500円 当日3000円ワンドリンク付 終了後 希望者でシェアリングをします。お問い合わせ&予約 TEL/FAX 0279-84-6066
≪6月4日(日)≫群馬県嬬恋村カフェフルール 午前10時~1時 オリジナルヘンプアクセサリーワークショップby吉本有里 ヘンプ(麻)にビーズ(天然石、ガラス、陶器、骨や角)を編みこんで、世界にひとつしかないオリジナルアクセサリーを楽しく作ります。
料金 材料費込みワークショップ&おいしいランチ 6000円 定員10名
≪6月6日≫東京都下高井戸本應寺 大施餓鬼供養にてコンサート 午後1時から 03-3321-7850(本應寺)
≪6月11日(日)≫伊那市豊岡村 山のギャラリー&カフェ そらくぼ 午後3時から 料金1800円
(℡予約)2300円(当日)ワンドリンク付 0265-35-1173(そらくぼ)
≪6月23日≫沖縄県 読谷村 慰霊祭
24日読谷村 祈りのサークル
25日沖縄県 名護市 
27日沖縄県 大宜味村
7月1日~3日沖縄県 久高島~知念村 リトリート(詳しくはホームページ参照)
by ainohanaMusic | 2006-05-22 11:14 | 心の旅日記 | Comments(0)

出会いと別れの春

4月28日、日常が再開して4日目の朝、満開の桜が散り始めた。
桜が開花後も霜が降り、幾分か長持ちした桜だが、ハラハラと散り始めたこの朝は日差しもまぶしく春の陽気。
 「春のリトリート」以来、朝の勤行を終えると、同座した仲間でサークルを作り、朝のシェアリングをして、数曲歌うのが日課になった。、
「今日は、桜の木の下でうたおうかな。」と、ギターとバイオリンを持って誠さんとおもてに出た。舞い散る桜に誘われて、やっぱり「花びら流れて」が歌いたい。
 聴き手は、みどりちゃん一人。でも、風も、桜も、見えない存在たちも そこに集い、共に響きあう。そして、5月1日から再び家を空けるので、夕方までは、またいろいろと忙しく過ごした。
 
夕方、洗濯物を取り込んでいたみどりちゃんが、ふと声をあげた。『隣の家、ちょうちんが出ている。誰か、亡くなったんじゃない?』「あ!守屋さんのおじいちゃんが亡くなったんだ。去年からずっと、入院していたから。」
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日常の中であまりにも自然にやってきた死。足が悪かったおじいちゃん、体から解放されてやっと、自由になったんだ。不思議と悲しみはなく、舞い散る桜、命のめぐりを体感してたわたしの心に、守屋さんの「移行」が、自然に流れ込んできた。一番美しい季節に旅立ちだね。おじいさん、病室から久しぶりに解放されて、まっしぐらに村に戻ってきたんでしょう?ほんとにきれいな桜だよねえ。よかったねえ。もう、逢えないのかな?心の中にはくっきりと見えているし、悲しくないよ。畑をやってるときはいつも思い出すよ。みんなおじいさんに教わったことだからね。わたしが、畑をはじめたのは、畑に立つおじいさんの姿がとても素敵だったからだよ。(下の写真は、数日前、畑を耕す誠さんのショット)
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84歳になる守屋春雄さん。わたしは、このおじいちゃんに畑を教わり、おじいさんは、わたしのうたをとても気に入って、眠る前には必ずテープ(CDプレイヤーは持っておられなかったので)で、私のうたを聞かれて眠る~という思いの流れるご縁をいただいていた。
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老齢化し13世帯しかないこの小さな部落で、人が亡くなったら、どうしたらいいんだろう?親戚の方々もお集まりだろうし、とりあえず、反対どなりの孝子に電話してみた。『たぶん、明日がお通夜で、部落の人は その時、みんなでお焼香するの。そして、お葬式の手はずを相談することになるから、総代さんから電話が入るまで動かなくていいよ。』

翌朝は、部落の作業。「田柵」といって村には柵がめぐらしてあって、山から畑への動物の侵入を防いでいる。その「田柵」に絡まる蔦や、倒木を除去する山仕事。作業に行こうと思って、道具を揃えていたら、隣のおばあさんが小走りに走ってきた。『作業にでるのかい?そしたら、ちょっと、その前におじいさんに会ってくれないかね。今、親戚もいないし、静かなんだよ。今日、焼き場に行って骨になってしまう前に。』おばあさんは、涙をぬぐいながら、わたしの手をとり、わたしは、おばあさんの背中をさすりながら、二人で走った。
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昨年、おじいさんが伊那の病院に入院して以来、おじいさんには会っていなかった。おじいさんが家にいたときは、わたしがコンサートツアーから戻ると、おじいさんがすぐにやってきた。共通の体験もなく、会話はほとんどお天気と畑のことくらい。それでも、玄関先で交わす一言二言に嬉しそうだったおじいさん。野菜の時期には、食べれないくらいの野菜を毎朝、届けてくれた。病院にお見舞いにいかなきゃあ~、と思ってはいたのに、忙しさと、気後れで、会えないままになってしまった。行けばよかったなあ、でも、悔やんでも仕方ない。

おじいさんは、お布団の上に眠っていた。顔にかけてあった白い布をとったおばあさんは、『やせてしまったけれど、安らかな顔だろ。見てあげておくれ。』と、おじいさんの気持ちを汲んでの久しぶりの対面だった。お焼香をさせていただき、家に戻ると作業集合時間まであと、15分。とっさに、2階にいた誠さんに声をかけて、楽器を持って、またおじいさんの家に走った。

『おばあさん。おじいさんに1曲聴いていただいてもよろしいですか?』

お世話になった守屋さんの枕元で歌った歌は「わたしは船の中」。ギターを弾く誠さん、おじいさんの横で聞いてるおばあさんの頬に涙が伝った。『ありがとうございます。これで、気持ちよくあの世に行けます。』とおばあさん。

そして、村の作業。わたしは、コンサートツアーで家を空けている日が多いので、村や学校にはずいぶん不義理をしている。この日は、参加できてほんとに、良かった!山の中を歩きながら、たくさんの倒木に目がいく。「総代さん。実は、わたしの家はお風呂もストーブも薪なので倒木が欲しいんですけれど、時々、この山に入って、おちてる薪を拾ってもいいでしょうか?」
『あんなので、良ければ、いいよ。昔は、薪拾いも、誰の山だとか、うるさかったもんだが、これだけ人が少なくなったんだから、もういいだろう。』

こんなやりとりが自然にできたのも、亡くなった守屋さんのプレゼントであるような気がした。この村の中で一番わたしのことを気にかけてくださった方だから。

村の作業の後は、お花見の宴会。この宴会には、新住民のご夫婦の歓迎会も含まれていた。奥さんのおなかには赤ちゃんが宿っていた。宴会の終わりに、わたしは再び「花びら流れて」を歌った。この小さな部落に暮らすお年寄りは、この土地で生まれ育った、幼なじみ同士。出会いと別れの春は、ぽかぽか陽気で、舞い散る桜の中、しみじみと過ぎていった。
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午後は、八星とサイクリング。超忙しい、日々のどこかでこどもたちの心と体としっかり出会っておきたい。夕方には、お通夜。そして、5月1日は、お葬式に出席したその足で、大阪へ。

5月1日から8日までは、大阪は吹田市樫切山にあるトルース教本部で行われた「陰陽霊法」の研修会に、参加してきました。今回は、わたしが「陰陽霊法」をなぜ学ぶことになったのかが、腑に落ち、これから長い付き合いになる「療法」との出会いには目に見えないお導きがあったんだなあ、としみじみ感じています。。
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 「ご霊器」と呼ばれる「温冷機」は、氷で冷やす「冷球」と内側に線香を入れて温める「温球」の二つを交互に体に当てることで、血行を良くし、自律神経を働きを活性化させるシンプルな「療養機」です。でも、シンプルであるがゆえに、経絡などの当てる場所の基本を学んだ上で、自分を大いなる宇宙の中心に自在につかっていただく、という委ねる謙虚な姿勢が重要になってきます。ミュージシャンのわたしにとって「ご霊器」は、「楽器」や「喉」に該当します。コンサートでは、自分を空っぽにして、入ってくるエネルギーに委ねて歌うと、伝わってゆくのですね。歌う対象を前に、初めて曲目やお話しする内容のインスピレーションがやってきます。歌いたい歌に固執せず、対象と向かい合っった時に、おのずと選ばれてゆく歌を歌う。何故かはわからないけれど、インスピレーションに忠実に歌うとエネルギーの通りが良く、満ち足りたコンサートになるのです。
 「陰陽霊法」も、患者さんと向かい合った時に、「良くなりますように。」と願いを持って、「宇宙の中心にある御心」につかっていただく姿勢で向かい合った結果、知識や技術を越えて「回復」をもたらした事例には驚くばかり。研修会に参加された多くの方々から、親戚や自分自身が難病から救われたお話を聞きました。現代医療に見放された方々が救われて健康になって、他の方々の「癒し」を始めている姿は凄いなあ~と、感動しました。

歌に出会って今25年。専門的、技術的な学習はほとんどしたことがありません。ただ、自分の人生そのものが大きな学びの現場になっています。自分の本心とインスピレーションに忠実に歩くと、変化し続けることになるからです。自然に近い暮らし、思惑を越えて宇宙の真理に添って生きるということそのものが、心の質を高め、「うたを受け取る心の器」を育てているようです。

「癒し」のアプローチに、歌に加えて、陰陽霊法がやってきたのは、偶然とは思えません。体の状態が悪ければ歌も歌えないし、聞くのも辛いですからね。「宇宙陰陽心身一如」。心と体の癒し、陰陽のバランスをゆっくりと確実に学び、そのうち、長野の自宅「遊里庵(ゆうりあん)」でも、陰陽霊法を学べるような機会が提供できたらいいなあと、感じています。

さてさて、あさって、13日からはコンサートツアーです。滋賀県、岡山県、鳥取県、京都、名古屋、5ヶ所でコンサートが企画されています。明日には、新しいCD「観音さま」「こどもたちの心」のイラストと歌詞入り6種類のポストカードもできあがり、ツアーに持参できます。スケジュールの詳細は、ホームページを見てくださいね。帰宅は、21日になります。

そして、25日からは、今度は、茨城県は日立市、水戸市、東京は藤野でコンサート。

どこかでお会いできるといいですね。

こんな慌しい日常でも、誠さんやみどりちゃんに助けられ、畑の方も順調。21日に帰宅したら、夏野菜の苗をた~くさん植えますよ。夏には、おいしい野菜が食べれますように。
by ainohanaMusic | 2006-05-11 17:51 | 心の旅日記 | Comments(2)

桜が咲いたよ

子彼岸桜で有名な高遠城址公園の桜は散り始め、そこから車で15分山あいに入った田園のわたしの家のまわりの桜が、今、満開。
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4月24日、いつもお世話になっている東京は本應寺に、タイの「夢を織る家」のナートさん、ユパさん、マット君、隣人の孝子たちを迎えた。一緒にお念仏をして、スローカフェで展示会を終えた孝子たちのすごい荷物と、寄宿生のむっちゃんを一時預かり、車に乗せて、長野に帰宅。満開の桜に迎えられた。
「おかえりなさいって、言ってるみたいだね。」とむっちゃん。むっちゃんと、荷物を隣のフリーキッズビレッジに届けて、日常が始まった。孝子たちは、まだ東京に。

22日のスローカフェでのナートさんのお話&クリスタルボール、ライブ、展示会の一日は、よかったね。

孤児たちを引き受け育て続けている、ナートさんのお話
 
私たちは良き水である
それは、入れ物によってどんな形にも変わる
冷たくもなり、温かくもなり。
波紋は人に伝わり、気持ちを伝えていく。
仕事のために、時間に捕らわれないで
あなたはもっと大切なもののために働いている
その人に、何も出来なかったと後悔しないで、
次の人に、その愛を伝えなさい

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22日の翌日23日は、本應寺のご住職のおくさまの綾子さんが癌で亡くなられての一周忌の法事だった。亡くなられる1週間前くらいから、本應寺のスタッフが綾子さんのお部屋で、念仏を唱え続け、痛みに苦しむこともなく、祈りに支えられて輝くような安らかなお顔でこの世を去られた。
 法事に参加させていただいたことで、初めて身近に会話した方々もいて、また、「観音さま」のうたを奉納させていただいて、この世を去ったことが、ご縁の終わりではなく、そこからまたさらにご縁が始まってゆくこともあるのだなあ、と思いました。生前は、ほとんど会話することもなかった綾子さんが、天上から、光りを届けてくれているような気がして身近にその存在を感じたのでした。

ナートさんたちは、あれから4泊、泊られている。どんな交流が持てているだろう?来年の春、お上人もタイに行くことになっているので、流れが繋がるかもしれない。隣人の孝子とわたし、わたしとお上人、ナートさんとわたし、み~んな繋がりひとつの流れになってゆく。
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今は、春のリトリートのスタッフとして大阪から来てくれたみどりちゃんとわたし、こどもたちの日常。誠さんは、まだ東京に。みどりちゃんは、今まで行き届かなかった「おしいれ」まで掃除をはじめ、昨日はようやく、二人で畑を耕した。今日は、大根と人参の種を撒き、ねぎとレタスの苗を植えるよ。もう1週間は、畑の時間がほしいところだけれど、5月1日には、わたしは「陰陽霊法」の2回目の研修会に大阪に行く。みどりちゃんは、同じバスで帰ることになった。そして、5月の半ばから信楽、津山、米子、出雲、名古屋とコンサートツアーが始まります。

最終地名古屋では、本應寺のお上人の念仏&法話とジョイントライブです。詳しくはホームページのスケジュール欄を見てください。
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24日の朝、本應寺に7月に沖縄は、久高島リトリートを一緒に企画している、「しおりん」も来てくれた。それで、1泊二日プラスおまけリトリート、2泊のリトリートのアイデアがまとまりましたので、紹介しますね。イメージがふくらんで、とってもいい感じです。

久高島に行かれたい方は、この機会に是非、合流しましょう。
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【心のチューニングのためのリトリートin久高島by有里】

読谷村で祈りのサークルに歌を奉納するため、6月、沖縄に渡ります。暮らす場所としても気になっている沖縄。この機会に10歳になる八星と、音楽のパートナーの誠さんと、歌い、祈り、遊びつつ10日間沖縄を巡ることにしました。旅の最終地は久高島。
以前から『久高島で有里さんの歌を聞きたい』とメッセージをくれていた下山しおりさんの発案、サポートで、リトリートが実現します。神々の島と、何度も耳にしていた久高島。それぞれの人生の旅の途上で、お互いの心を深め合う「祈りのコンサートと詩の朗読とシェアリング」。一緒に迎える神々の島の朝。思い切って、そこで合流しませんか?
【日時】:2006年7月1日(土)~2日(日)久高島 
【場所】:沖縄県 久高島 交流館(洗面・タオル・パジャマ等はご持参下さい)
【料金】:リトリート 1万8千円(1泊2食、コンサート&シェアリングその他、島を満喫して心を深め、出会いを深めるリトリートです。★現地集合、久高島までの交通費は自己負担、一日目の夕食は、島の食事処で。自己負担)★ 帰路をご一緒する方に7月2日~3日のおまけリトリートがあります。追加料金 6000円。(夜&朝のコンサート、朝の念仏&瞑想&シェアサークル) 宿泊代&食費、移動費は含まれていません。ポランの広場は、目の前に青い海が広がり、久高島が一望できるロケーション。朝食付き1泊、6000円。2日の夜のコンサートは、知念村の方々にも呼びかけ、3日の朝食後は、海に面したウッドデッキのライブ。
定員:10名
交通:那覇空港より安座間港までタクシーで一時間半。乗り合わせをお勧め。大型タクシーもあり。ゆいレール、バスもありますので、詳しくご案内いたします。(安い飛行機会社、だいたいの時間などの情報はお知らせできます。)
【スケジュール】
7月1日(土)  安座間港発高速船で久高島へ。
集合は久高島 徳仁港 午後2時半
交流館に荷物を置きひといき。
貸し自転車(1時間300円)で島巡り(島の案内人さんをお願いします)
夕飯は徳仁で名物のうみぶどう丼や沖縄の郷土料理を一緒に楽しみましょう。(食事代各自精算)
夕食後コンサート&詩の朗読、シェアリング①(島の方々にも呼びかけします。)シェアリング②(リトリート参加者中心。もっと深めたい方だけの小さなサークル)
7月2日(日) 朝陽を見ながら瞑想、お念仏&瞑想 朝食 ウォーキングメディテーション&シェア(夫々に自然と親しむ時間です。泳ぎたい方はこの時間に) クロージングサークル(うた、シェア、祈り) 昼食 解散  15時の高速船で安座港へ /おまけリトリートに参加される方は、知念村で1泊。3日は、2時半くらいの飛行機で帰路に着きます。
*オプショナルヒーリング 7月1日~3日(おまけリトリート)にかけて、タッチセラピー&ボディトークby下村誠 希望があれば、お早めにお申し出ください。日程が短いのでリトリートでは一人、おまけリトリートで2人。定員3名くらいまで。料金*お一人五千円。
スタッフ 吉本有里(歌、バイオリン、お話、全体コーディネート)下村誠(ギター、コーラス、ボディーワーカー、お料理)下山しおり(詩の朗読、旅のコーディネート)
【申し込み&お問い合わせ】 E-メール ainohana@air.ocn.ne.jp 090-4535-4776(有里)*先着締め切りになります。空きを確認の上、参加費をお振込みください
なお、7月28日~31日 8月4日~7日 有里の自宅、長野の山里、観音道場遊里庵(ゆうりあん)で3泊4日のリトリートがあります。じっくり型、滞在型の方は、こちらをお勧めいたします。
【振込先】  郵便口座名称:愛の花Music  口座番号:00530-3-41882
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2006年7月1日(土)~3日(月)おまけリトリートも含めて
心のチューニングのための2泊3日のリトリート
料金の手引き 東京~那覇 往復航空券 1泊目ホテル付 35000円くらいから
那覇空港から安座真港 往復 ゆいれーる230円X2+バス代690円×2=1840円
リトリート全行程 費用 24000円
ペンション ポランの広場 宿泊費 6000円
久高島~知念村リトリートのスケジュール詳細
7月1日(土)
14:30 リトリートはじまり 徳仁港へお出迎えにいきます。
15:00~18:30 島案内 真栄田さん(各自自転車の場合300円)
 徳仁で夕食 (各自精算)
18:30~      島の風を感じながら食後のお散歩…交流館へ戻る  
19:00~22:15 コンサート&交流会 一次(島の方々を交えて)
22:30~23:30 交流会  二次(オプショナル*誠さんヒーリング一名)

7月2日(日)
5:30        久高島の浜辺で昇る朝日をみながら瞑想(起きれる人)
6:15~7:15   お念仏&瞑想、朝のサークル
7:30~8:30   朝食 (誠さんの手料理)
8:45~10:30  久高島こころがやすらぐ場所へ
ウオーキングメディテーション&シェアリング
泳ぎたい人はこの時間に。着替えをすませてクロージングセレモニーに集合。
10:45~12:00 クロージングセレモニー(歌&シェアリング)
12:00~13:00 昼食 (誠さんのおいしいパスタとサラダ)
13:00~14:00 荷物をまとめて徳仁へ 久高島にしかない塩や海ぶどう
のお土産を買ったりもできます。
15:00       高速船にて安座間港へ
到着後 セーファウタキへ参拝(自動車でなければ15:00の高速船にのれ、
時間があるので、行ってみましょう。
おまけリトリート(追加料金 6000円)
7月2日(日)     ぽらんのひろば http://www3.ocn.ne.jp/~polan/
19:00~      コンサート ぽらんのひろば久高島をのぞむウッドステージにて 
  ここちよい海風をうけながらの芝生の客席にねっころがるもよし、ウッドデッキ
  で久高島をながめながら有里さん&誠さんのメロディーを楽しむのもまたよし。
7月3日(月)
5:30        ぽらんのひろばウッドデッキから真正面にみえる久高島から昇る朝
            日を見ながら瞑想(起きれる人)
7:30~8:30   勤行&サークル(オプショナル*誠さんヒーリング一名)
8:30~9:30   朝食(ぽらんのひろばの朝食はとびきり美味しい沖縄薬膳朝食です)
9:15~10:00  ここちよい海風を受けながらウッドデッキコンサート
10:00~11:00 自由時間(オプショナル*誠さんのショートタイムヒーリング1名) 荷物をまとめて
11:00出発
2:30位のエアーにて羽田へ
by ainohanaMusic | 2006-04-27 10:50 | 心の旅日記 | Comments(0)

「夢を織る家」のナートさん&ユパさんが来日します。

こちらは、「春のリトリート」の準備で、家の前、桜の木の下に素敵な憩いの場所を作りました。
今、そこで、大阪から来てくれたスタッフのみどりちゃん、誠さんとスパゲティーを食べて満腹状態。

「リトリート」を始めて以来、「こんな風にみんなを迎えたい」という気持ちが、生活の場所を少しずつ、素敵にしてくれます。人を迎え入れるって、すてきなことだね。

さて、今週末、我が家は「春のリトリート」ですが、隣の「フリーキッズビレッジ」は「夢を織る家」のナートさん&ユパさんもタイからご招待してのイベントです。
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 「春のリトリート」と「フリーキッズビレッジ」は、15日の午前中、合流し、一緒にナートさんたちを迎えます。

となりの孝子とは、お互い忙しくて、ゆっくり話をする暇もないのに、タイの「夢を織る家」では、同じ日に滞在したりして。ほんとに不思議です。地球の同じ地点から、同じ地点に、相談せずに 偶然移動してるって、すごいじゃない!?

下の写真は、昨年2月「夢を織る家」を訪ねたとき、ナートさんがクリスタルボールの儀式をしてくれた後、みんなで歓談した時撮った写真。大きな玉響が、重なって幻想的でしょ。真ん中のメガネの男性がナートさんです。
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それでは、今週末の「フリーキッズビレッジ」主催によるワークショップイベントを紹介しますね。
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4月15日
9時半~3時
場所 フリーキッズビレッジ
 内容 ナートさんのクリスタルボールによるオープニング
    ナートさんとのお話
    ユパさんのタイ料理教室
    草木染めの材料集め
    
4月16日
9時~3時
    草木染めの絞り
    ユパさんの刺繍教室
    タイ料理教室
    ナートさんたちとのお話会
    ナートさんのクリスタルボールによるクロージング
持ち物 エプロン
料金  15日 大人1500円 こども700円
    16日 大人2500円 こども1000円

*「夢を織る家」とはタイのサンクラブリーにあるナートさん、ユパさんご夫婦による孤児たちの家です。孤児、ストリートチルドレン、虐待を受けたり、難病にも関わらず親の加護を受けられない子ども達を受け入れています。
 現在は、17人のこどもたちを家族として育て、彼らの成長後の職場つくりを行っています。

お申し込み&お問い合わせ
フリーキッズビレッジ 担当 林、岩谷 0265-94-5028  freekizs@abox23.so-net.ne.jp
by ainohanaMusic | 2006-04-12 22:29 | 心の旅日記 | Comments(2)

光の輪の中で♪

春休みに子ども達と1週間ほど、実家の焼津へ行ってきた。
 そして、今日から新学期。こどもたちを学校に見送り、わたしは、デザイナーのすみえちゃんと、ポストカードの製作に入っている。すみえちゃんは、妊娠6ヶ月の大きなおなかで大阪から長野まで来てくれた。CD「観音さま」「こどもたちの心」のイラストは、兵庫の真知子さんが出産直前に描いてくれたもので、歌詞をレイアウトして、6枚の絵葉書になる予定。母性パワー溢れるあったかい絵葉書ができる。真智子さんありがとう。
 パートナーとの同居、結婚、出産という人生の転機に、わたしの家で仕事をしてくれているすみえちゃん。流れる川や鳥の声を聞きつつ、同じ屋根の下で。このありがたい出会いの中から、素敵な絵葉書が、もうすぐ生まれるよ。楽しみにしていてね。
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3月27日、河口湖のペンションに泊り、28日は朝から遊園地へ。ネットで調べたペンションは、猫好きのご夫婦が経営していて、お客さんへの対応がとてもあたたかく、こどもたちも気に入った。ビジネスを越えた心使いは、経営者の人格、器の大きさなのかな。朝食をとる各テーブルが、なごやかに調和している。食事もおいしかった。
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 わたしが、1週間静岡へ行ってる間、熊本へ行くはずだった誠さんの仕事がキャンセルになり、遊園地に彼も一緒に遊びに来た。d0024504_23542999.jpgブログの日記の中では、うまく伝わりきらないことを承知で流れるままにかいていくと、この2週間で彼もわたしも心のあり方が変化した。目の前にいるお互いに対して、ポジティブに関わる意志が生まれ、それが愛情として育っている。
「桜のつぼみもはちきれそう、チューリップの葉っぱもぐんぐん伸びて、僕の心の中にもよどみがない。気持ちよく心が通っている、なにかが芽吹いてきている感じがするよ。」
今朝、すみえちゃんと3人で勤行の後のシェアリングで、誠さん語った言葉。

嘘や不誠実の発覚という「事件」を通して、ありのままの相手に直面したとき、怒りや悲しみ、落胆の後に、無条件の愛が、わたしの心からあふれ出した。それは、相手がどうであろうと、かかわり見守ってゆくという意志だった。相手の心がわからないのでは関われないけれど、相手の心のあり方が見えてきた時、それが「なさけないもの」と感じても愛は流れ出す。「命」はひとつであるから、目の前の「命」にきちんと触れられたら「美しいもの」も「醜いもの」も差別や区別はなく「愛」が流れれば、場面は光のある場所に変化してゆく。それを投げかけ受け取れる関係。これを、「ご縁」というのだろう。どこまで運ばれていくのかわからないけれど、思惑を超えたこの流れに全託するより他はない。
 
28日は、わたしと子ども達は実家の焼津へ。父が足を痛めていたこともあり、習いたての「陰陽霊法」をさせてもらい、父ともいろいろ話す時間が嬉しかった。子どもともそうであるが、愛情を持って「手当て」をするという日常的かかわりが、心を通わせる一時であったりする。体と心はつながっているんだなあ。
  
29日は、こどもたちと映画「ナルニア国物語」を見に行った。この物語は、わたしが小学校~中学校時代、愛読した物語で、カリフォルニアの山の家でも、こどもたちに読み聞かせしていた。アマチは「今までみた映画の中でベストワン」と感動していて、同じ世界を親子で愛せたことが嬉しかった。とても素敵な物語。見てくださいね
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30日、東京から子ども達を連れて実家に帰ってきていた双子の妹とちょっとしたことから意志の疎通ができなくなった。母のおなかにいた時から同じスペースで育ってきた妹。長年、別々の人生を歩んできたし、そもそも違った個性を持った二人なので、それぞれの人格が備わっているが、違う人格としてお互いを尊重することが難しい。今回、彼女の口から飛び出した言葉にわたしが傷ついたことに、わたしはその場で気がつき、修復を求めたが、彼女は、わたしの気持ち、視点を全く理解できなかった。「血のつながった家族」であるから相手を知っていると思い込んでしまうが、わたしは随分変化をして、彼女の知らない「わたし」になっていることに「わたし」は気がついた。

毎日毎日、朝を迎える。その度に生まれ変わって、わたしたちは出会い直している。出会いの繰り返し。今、わたしの日常は柔らかで穏やか。人とのコミュニケーションがスムーズで、展開が早い。かつてはあたりまえだった不条理なやりとりが、今のわたしには違和感があり、そぐわなくなっている。

4月1日、浜松で友人たちと待ち合わせ。お弁当を買って、二人の家をはしごし、2ヶ所でミニコンサートとシェアリングをした。コンサートを企画してくれた中村さんや野中さん、リトリートにきてくれた忍くん。マイケルローズのリトリートで出会った、山田さん、陰陽霊法の研修会で出会ったばかりの英子さん。この日は、誠さんも長野から始発の電車と路線バスを乗り継いで6時間半かけて、浜松まで来てくれた。コンサートでもなく、リトリートでもなく、ただみんなで待ち合わせしただけなのに、なぜか、ミニリトリートに。これも、必然。7人の人生が交差した。不思議な流れ。
 
そしてこの夜、高速のインターから実家に電話を入れた時、電話を取りに出た母が、転んで肩を骨折してしまった。今日、病院で精密な診察を受けたと思う。体が弱く小柄な母から、溢れる愛情を、ひしひしと感じる。「金婚式は二人の娘に祝ってもらう。」と言っている父。二人が、健康で、仲良く長寿を全うするイメージを 今回、わたしは父から受け取った。母の肩が、穏やかにスムーズに回復しますように。

**************
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さて、4月14日からは、いよいよ春のリトリート。リトリートを始めて以来6回目になりますが、今回が最少人数の4名に落ち着いたようです。
 スタッフのみどりちゃんは10日から、むちゅうさんは12日から準備のために「遊里庵(ゆうりあん)」に入ってくれる。リトリートの二日目の午前中は、タイの孤児たちを育てているコズミックラブ(宇宙的愛)を生きる「夢を織る家」のタイ人のナートさんがシンギングボールをタイから持参してセレモニーとお話会。3時間を共に過ごすことになっています。家の前の桜のつぼみももうはちきれんばかり。リトリートではきっと美しく咲いてくれるでしょう。

偶然が重なり、準備の行き届いたリトリートが少人数なのは、きっとなにか計らいがあるのでしょうね。魂の家族を4人迎える、たくさんの祝福と共に。ナートさんをリトリートにお迎えしたいという「ビジョン」が今回かないます。隣人の孝子が「フリーキッズ」に、彼らをタイから招待したのです。春のリトリートの日程とぴったり重なりました。不思議ですね。報告を楽しみにしていてください。また、今からでも申し込もうと思われる方は、素敵なリトリートになりそうですよ。思い切って決断して急いで連絡をくださいね。(花見のお客さんが多いので交通手段を早く確保しなくてはなりません。)

 ナートさんをお迎えしてのコンサートは4月22日、東京は府中のカフェスローで行います。12時半から。「夢を織る家」の様子をスライドで紹介したり、ナートさんのデザインしてる草木染めの衣類のファッションショーが、あったり、ナートさんによる音のセレモニーやお話もあります。
12時半から。申し込みは℡0265-94-5028 フリーキッズビレッジまで。
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最後に
7月1日(土)~2日(日)
沖縄は久高島にて1泊のリトリートを企画しています。神々の島としてその名前を聞くことが多く一度行ってみたいなあ~と思っていましたが、神人(かみんちゅう)のよしまるさんから6月24日、沖縄は読谷村で祈りのサークルへの歌の奉納を呼びかけられ、誠さんと八星と10日間、沖縄へ行くことにしました。新年のリトリートで深く出会った「しおりん」が、以前から『久高島で有里さんの歌を聞きたい。』と、手紙をくれていたこともあり、彼女の発案とサポートで久高島リトリートを企画できることになりました。

詳細は、ただ今検討中ですが、大体の流れを公開しておきますね。
興味のある方は、随時連絡してください。まずは、日程をあけておいてくださいね。

日時:2006年7月1日(土)~2日(日) 
     一泊二日「心のチューニングのためのリトリートin久高島」
場所:沖縄県 久高島 交流館(洗面・タオル・パジャマ等はご持参下さい)
料金:1万8千円(1泊2食、コンサート&シェアリングその他、島を満喫して心を深め、出会いを楽しむリトリートです。★現地集合、久高島までの交通費は自己負担、一日目の夕食は、島の食事処で。自己負担になります)
定員:10名
交通:那覇空港より安座間港までタクシーで一時間半。乗り合わせをお勧め。大型タクシーもあり。ゆいレール、バスもありますので、ご案内いたします。飛行機などの手配はお任せください。

スケジュール
7月1日(土)  安座間港発高速船で久高島へ。
集合は久高島 徳仁港
交流館に荷物を置き島の散策。
わたしは前日、島に入っていますので一番いい流れを考えておきますね。
食事処徳仁隣の売店で貸し自転車も借りられます。1時間300円。

夕飯は徳仁で名物のうみぶどう丼や沖縄の郷土料理を一緒に楽しみましょう。(食事代各自精算)

夕食後コンサート&シェアリング
沖縄の聖地を巡って、4ヶ所で歌う、最後のコンサートになります。島の方々にも呼びかけします。
島の神々、空気、島の人たちを迎えて、どんなコンサート、シェアリングになるでしょうか?お楽しみにね。*オプショナルヒーリング タッチセラピー&ボディトークby下村誠 お一人(五千円)

7月2日(日) 勤行&瞑想 朝食 シェアリングサークル&歌、クロージングセレモニー
タッチセラピー&ボディトーク

昼食後 解散  14時の高速船で安座港へ(その前は11時半)

お土産をかうと17:00くらいのエアーになるかな。

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歌がやってきました。
今朝、すみえちゃんと一緒に練習しました。歌うととっても力づけられる美しい歌です。

♪光の輪の中で

はるか 空の彼方 銀河の果てから
ひとすじの光りが わたしを照らしている

世界のどこかに生きる
もうひとりのわたしの
魂(こころ)にも その光りは 届いている

自分を信じるための
あなたを信じるための
子ども達を導いている 清らかな光

ru,ru,ru,ru・・・天使たちがうたってる
ru,ru,ru,ru・・・光りの輪の中で

自分を信じるための
あなたを信じるための
慈しみにあふれた 尊い光



 
by ainohanaMusic | 2006-04-07 00:03 | 心の旅日記 | Comments(1)

♪山に暮らそうね。家を建てようね♪

3月21日は春分の日、長野は北相木村に暮らす友人、きょうこちゃんとたーぼうの手作りの山の家、山々に囲まれた広場に焚き火を焚いてのコンサートに迎えられた。
 昼前に到着し、リハーサルをしていたら なんだかとても深いところで動く自分自身の心に気がついていた。
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「カリフォルニアの山に帰ってきたみたい。」

あたりには人家はなく、山々だけ。
静まりかえった山々に、自分たちの音楽が響き、鳥の声や風が、気持ちいい。

もうしばらく歌っていなかった「わたしは船の中」が、歌いたくなった。

2時半からコンサートがスタート。
きょうこちゃんとたーぼうが、まずウェルカムソングを3曲歌ってくれた。オリジナルソングではないが、どの歌も彼らの生き方と響きあっていて、心の奥底までまっすぐ歌が届いた。

30年以上前、彼らが東京に暮らしていた頃、山をハイキングしながら「山に暮らそうね、家を建てようね。」と交わした会話がそのまま現実になってる~という歌。たーぼうは、この家から車で15分はなれたところに廃校を仕事場として木工家具つくりをしている。山々に囲まれたこの家を建てるのに実質10年。準備も入れると20年かかったという。

♪山に暮らそうね、家を建てようね♪そう語り合う恋人は多いだろうが、それをあきらめず実現する夫婦は、どのくらいいるだろう?「夢」ってなんてシンプルなんだろう。心にあることを言葉にし、それを生きるだけ。

「歌と実像に隔たりがない」ということが、歌い手であるわたしにとっては「歌の命」だと思っている。自分自身と隔たりのない「言葉」と「メロディー」を歌うことで、自身の心も耕され、聴き手の心と一体になれる。虚像のない世界を生きる、歌い続けることで自分とも他者とも出会い続けることができる。

きょうこちゃんとたーぼうの歌を聞いていたら、クラクラしてきてしまった。

わたしの中にも、まだ達成されていない「夢」があったことに気がついた。

一区画だけ、借りて暮らすのではなく、山々や木々、海、自然と深くかかわり、周りに人家のないところで 新しい波動の場つくりを始めていくこと。、永続的な暮らし、自分の心、生き方とマッチする癒しの場つくり。そこで、歌を育み、暮らし、人を迎えたい。カリフォルニアの暮らしは自然の中にあったけれど、違法滞在であったし、経済的基盤が脆くて、そこに多くの人を迎えることはできなかった。そして、今は、たくさんの人を家に迎え始めているけれど、もっと、もっと静かな自然の懐に人々を迎えたい。

あ~あ、また気がついてしまった。ほんとにやりたいこと。

現在のわたしの家、長野は山室の築100年、10部屋の古民家「観音道場遊里庵(ゆうりあん)」は、13世帯ほどの過疎の村の中にある。広い畑もあり、近隣の老人も親切で、今のわたしには充分なくらい恵まれている。でも、わたしは知っている。もっと、もっと静けさに満ちた暮らし。
 
もしかしたら、また始めてしまうかも?もっと、トータルに取り組めるデザインされた、わたしらしい暮らしの場所つくり。10年、20年かかる仕事かもしれないのに。クラクラしてきて、歌えるか心配。気がつくと、そこに向かって歩き出してしまうわたし。また、なにかが始まってしまうかも?
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きょうこちゃんとたーぼうの2曲目は、♪めぐりめぐる♪。歌ってる間に大風が吹いた。

翌朝、4人だけのミニコンサートをした時に、風の意味が分かった。
「実は、有里ちゃんが、アメリカにから帰ってきたばかりの頃、コンサートを聞いて、『また、歌いたい。』って、気がついたのよ。昔、メジャーデビューして歌っていたとき比較評価される世界が嫌で、もう二度と歌いたくないと思ってやめて、それ以来歌っていなかったの。でも、有里ちゃんたちの歌を聞いた時、『こんな世界もあるんだ。歌いたい。』って思ったの。だから、そこから始まったのよ。」
「あのね、きょうこちゃん。わたしも昨日、気がついたの。こんなふうに暮らしの現場をトータルに作りたいって。だから、わたしも、きょうこちゃんとたーぼうの歌う姿を見て、始まるんだよ。」

*******

コンサートから帰ったら 水戸市は「農夫のパン麦」のTちゃんからアンケートが届いていた。
その内容は誠さんに向けて書かれていた。

《誠さんは、自分がサポートであるのかもしれないけれど、自分も主であることをわかっているのだろうか?本音で話すって、本当を生きるって、周りに言っいる有里さんと、自分は違うのだろうか?何もかも出し尽くして、いつわりのない自分でいられたらどんなに気持ちいいだろう。わたしは そうなりたいから、みんなにももっと自由でいて欲しいから、有里さんたちに来てもらった。シェアリングでは、誠さんは、ただあやまるばかりだったって、人づてに聞いた。出てきている現象を抑えないでほしい。出てくるものは、たぶん誰にとっても大切なこと。自分たちが、伝え続けてきたメッセージを自らみんなの前で否定するなんて。今回は、たぶん、自分もみんなも大切にしていなかった?たくさん感じて、次に生かしてください。》

ありがとう。Tちゃん。
このアンケートを読んだら、わたしと誠さんの話し合いがまだ不十分なことに気がついた。
それで、22日、一日かけて 話を聞きました。

ほんとうのほんとうの誠さんが、願っていたことはなんなのか。
何時間もかけて分かったことは、彼は、わたしとも彼女とも本気で人生を共に生きていこうとは思っていなかったということ。彼の「魂の願い」は、ぬくもりのあるところに安住したいという目先の願望にかき消されて、どうしても明確に現れてこなかった。でも、その時の彼が漠然と望んでいることが、明らかになって、ほんとうに、よかった。次へと展開してゆく流れが、そこにはありました。
彼の話をわたしが、まとめて
「誠さんの願いは、わたしと暮らしも仕事も共有して、女性としてもわたしを愛して、そして、経済的基盤が自分に整ったら、結婚はしないけれど、『彼女』に交際を申し込みたい。結婚もしないし、こどもも作りたくないけれど、楽しい時間を分かち合いたいから、彼女とつきあいたい。』

そういうことなんですね?と確認した上で、彼のほっぺたを、思い切り叩きました。もしかして、10発くらい、たたいたかも。わたしには、もう言葉はなかった。

彼女は、かつて彼が付き合った人で、その上にわたしと出会いました。二人に偽りを語って、二人とお付き合いしていたことが発覚して、彼女は去っていきました。「誠さんと結婚してもいいと思っていたのに。こどもを産んでもいいと思っていたのに。」と体を震わせて彼女は泣いていました。
 人の心の痛みを理解できないの?あなたには、自分の言ってることの意味するところがほんとに理解できているの?

偽りの上に成り立つ会話、再び始まってゆく交際。事実が、明るみに出てしまえば、そこには「愛(おもいやり)」はなさそうだ。

誠さんが、その後 取り組んだのは、自分の家に帰り、彼女に電話し、自分の嘘を全部告白することでした。
『あきれ果てて、涙が出てきた。』と、彼女は言ったそうです。
『付き合うつもりはない。けじめをつけたいから第3者をたてて、逢いましょう。』

わたしも、たいそうあきれ果てましたが、すっきりしています。今回、彼に話していなかった自分の身に起きた出来事もすべて詳細に話しました。

そして、誠さんも違うのです。ほんとのことを洗いざらい言って、現実を受け取っているその姿は、とてもすがすがしい。透明感と軽やかさ。
『胸は痛いけど、ほんと心が軽くなったよ。気がつかせてくれてありがとう。僕は、ほんとうに人を思いやるってことができていなかったね。』

これからが本番。
人間みんな、輝きも曇りも両面備えていますから、ありのままの自分自身をしっかり見ることができれば、光の方向に歩いていけるのだと思っています。

「誠さん、わたしは、あきらめていないよ。一緒に歩いていこうね。でも、願わくば、同じ願いを生きたいな。偽りのない世界で。」

一人の人と出会ってゆくこと、これは、なんて大きな学びなのでしょう。
相手を批判し続けるのは簡単だけれど、それでは出会えない。どんな「あなた」でも愛しているよ。でも、わたしは、こんなに傷ついたよ。そして、気がついたよ。それでも、「愛している」ということを。

あなたの良さは、ほんとにゆっくりとだけれど進化していこうとする意志を持っていることと、基本的にどこまでも優しい、柔らかな波動。

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さて、こんなわたしなのですが、もうすぐ「春のリトリート」です。
今のところ、申し込みは3人。後、3人ほど口頭で「行きます」と言ってくれてる友人がおります。

新年のリトリートに引き続いて、ふか~いシェアリングになりそうな気がしています。参加を迷われてる方は、どうぞ思い切ってお申し込みくださいね。

わたしの身に起きていることは、哀しいことではありますが、「愛」というものを深めてゆくとても「ありがたい」出来事だと思っていますし、身近にいて、なかなか深いところまで触れることのできなかった誠さんと出会ってゆく「奇想天外」な「ドタバタ3流お茶の間ドラマ的」プロセス。なぜか、わからないけれど、深いところが解かれてゆく。この流れを、必然として信頼していきます。

明日からは、子ども達と静岡へ向かいます。途中、こどもたちの希望で富士急ハイランド(遊園地)で一日過ごします。「春の絶叫祭り」とパンフがありますが、絶叫したくないよ~。怖い乗り物は苦手なんです。でも、こどもたちの喜ぶ顔は好きです。

それでは、みなさんも素敵な春休みをお過ごしください。
by ainohanaMusic | 2006-03-25 19:06 | 心の旅日記 | Comments(2)

愛が試されるとき

この数日、とてもとてもプライベートな出来事が、わたしの心のあり方を深めてくれた。
だから、それをここに書こうと思う。

でも、ほんとのことを言うとためらいがある。
事実を書くことは、無防備に自分、そして大事な人をもさらすこと。それを判断する人々、興味本位に知る人たちとも遭遇してしまうこともある。

でも、どこかで必ず、つながっているみんなの心。深いところでは知っている。
この世の中、いいことも悪いことも しっかり受けとめてみれば みな喜びの種になる。生まれてきた目的もひとつ。さまざまな経験を通して心を磨き、輝いた魂であの世に還ってゆくこと。そして、いつかは統合されてゆく、すべての経験、すべての思い、すべてのピース(断片)がひとつの光の元に。

だからシェア(分かち合い)をしてみるよ。あなたも感じてみて。受け取ってみて。わたしの体験、彼の体験を。そして、あなたの人生の中に繋がって行きますように。

わたしの怒りと悲しみと落胆。その後やってきた喪失感と胸の痛み。それから溢れてきた感謝と、自分が足りなかったことへの気づきと詫びる心。最後にやってきたのは、無条件の愛だった。心のあり方が変わりました。見えてくるもの、感じるものが変わりました。哀しい出来事、それも自分の本当の心と出会うためのギフトなんだなあ、実感しています。

深い気づきをもたらしてくれた存在、誠さんに感謝です。
いつもいつも、そばにいて助けてくれていることに感謝です。今日は、彼の行動を事実のままに書きます。もしかしたら、愚かに見える彼の言動。でも、これは、わたしにもあなたにもあるものであり、彼がその役を演じてくれただけのこと。体裁を整えなくてもいい。ありのままでいいよね。役者があって、物語が進行していきます。いつも、とんでもない役者の誠さんにわたしは振り回されていますが、これはギフトですね。わたしたちのたどった小さな物語を聞いてくださいね。
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10日から13日まで埼玉ツアーでした。
10日と11日は、埼玉は大井町にある天然酵母パンとマクロ料理のお店アルクトゥルスで、オリジナルヘンプアクセサリーのワークショップとコンサート。また、わたしがヘンプワークをリードしている時間は、誠さんのボディーワークの個人セッションを、初めて入れてみました。
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10日、アルクトゥルスの美智、大好きなともだちに「陰陽霊法」ヒーリングをしながら、二人で静かな部屋で話しました。わたしの中には誠さんに対する不満が渦巻いていて、そのことは話しても話しても尽きないくらいでした。3年間、活動を共にしてもなお、価値観を共有できないいらだたしさ。個人的なお付き合いとやめにして、スタッフという立場に彼を遠ざけてもなお、怒りを感じてる自分。困ったなあ~と自覚していました。
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13日の朝、ライブを終えて眠った茨木は旧里美村の日本家屋。12日、眠る前に誠さんにヒーリングをしてもらい、彼とは別の部屋で眠りました。
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わたしの部屋には誠さんの携帯電話が充電されていました。ふと、数日前のシーンが浮かびました。練習しているとき、「今、何時?」と、誠さんの携帯を覗き込んだら、とっさに隠した彼。なにか隠してることがあるみたい~。初めてのことですが、まだ目覚めきっていない体で誠さんの携帯を手に取り、受信メールと送信メールのところをあけてみました。

愕然としました。2003年、わたしの登場で別れた元彼女とのメールのやりとりが何度も何度も、そこにはありました。待ち合わせをしているやり取り。何気ないけれど、思いのある日常的なメールのやりとりは、心を寄せ合っている二人の親密な感覚。
 2003年11月の出来事が忘れられません。『別れた』と聞いていた彼女と東京のイベントで遭遇し、二人で話をしていたら、お互いに知らなかった驚くべき事実を知ってしまったのです。誠さんは事実を隠し、二人と同時に交際していました。可愛らしい、その人は体中から悲しみの棘を放ちながら泣いていました。わたしは、彼女の背中をさすってその痛みを受け取りました。彼女が誠さんの元を去り、わたしはみじめに謝罪するばかりの、まことさんを受け入れました。信頼感の崩壊した厳しい現実。わたしと、体裁のはがれてしまった誠さん~。それはまるで母親と子どものようなかかわりの始まり。

彼女との再会、やり取りが始まっていたなんて想像もしていませんでした。

「誠さんはこれからどうしたいの?」「この頃なにを感じているの?」と度々聞いていたはずなのに、なにも語られていなかった。

そして、彼女とのメールの中に見つけたいくつかの嘘。

一緒に買い物していたとき『これ、お父さんにおくるんだ。』と、話していた「かんてんぱぱ」の贈答用セットは、彼女へのバースデイプレゼントとして贈られていました。また、彼の暮らしは、長野のわたしの家に24時間あり、収入源も、わたしが支払うお金しかないのに、偽りが、そこには書かれていました。

怒りで一杯になりました。わたしは、誠さんに本当のことを伝え、誠さんの気持ちを聞き続けていた。誠さんの答えはいつも、どこかあいまいで心が見えてこなかった。それなのに、誠さんは自分の家に帰らない。「有里ちゃんを手伝いたい。」と言っているけれど、自立できない心の弱さなのか、公私共に忙しいわたしを助けたい優しさなのか。大きな葛藤の中で、わたしの決意は固まっていきました。随分泣いて、何度も何度も、彼と話したものです。「これからは、個人的なお付き合いは終わりにして、スタッフとしてなら一緒にいてもいいよ。」
 
変な提案ですが、試行錯誤した末に、それが事実に添った関係性じゃあないかなあ~と気がついたのでした。彼は、あっさりと、受け入れました。その気持ちは、わたしにはよく読めませんでした。わたしは、個人的に関わるのならもっと素敵な人と出会いたい~と次なる出会いに心を向けていたのです。

落胆しました。2年前の出来事と同じ。偽りの上にかかわりを維持していた。建設的な話ができなかったわけだ、とね。いったいこの3年間は何だったんだろう、と。

この日は、水戸の「農夫のパンや」でコンサート。新年のリトリートに参加してくれたやっちゃんと、秋のリトリートの参加者ゆかちゃん、そしてちえちゃんが思いをこめて用意してくれた手づくりのビニールハウスでコンサート。時間が空くと、わたしは誠さんと話をしました。彼は、少しずつ話してくれました。「1月の末に、彼女に交際を申し込んだんだ。彼女への純粋な愛がある。それは変えることが出来ない。」「有里の仕事は素晴らしいと思っている。出来る限り手伝っていきたい。」「僕は君に怯えている。」

コンサートの前半、実は頭痛がしていました。「怒り」で頭が痛くなったんですね。

この夜のシェアリングでは、起きた出来事をみなさんにお話しました。
「家族として、家族の身に起きた出来事を聞いてください。」と。何事もそうですが、一人で解決しにくい出来事は、輪になって信頼できるサークルの中で話すだけでおのずと、答えが出てくるものです。どんな恥ずかしい出来事も、みんなの心の光に照らされると、そのことが起きている必然の流れというものが見えてくるものです。
 この夜、ろうそくの光の中で、夫々が人生の岐路に立っていて、そのことを分かち合ってくれました。誠さんは、「懺悔と謝罪」。けれど、ひとりひとりの経験が、実は曼荼羅模様の重要な美しいひとつのピース(断片)であることを感じ、「裏切られた」ことを感謝する気持ちになりました。
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長野に帰ると、今度は初めて誠さんがわたしの暮らしの中からいなくなるというリアリティーがやってきました。彼は、まだ、1年はわたしの家で公私ともどものお仕事をしていきたいと言いますが、今や元彼女となったわたしの家に暮らして、時々東京に出て彼女と逢うなんてことは、可能なのでしょうか?よっぽどの信頼関係がなければ難しいでしょう。彼がこれからどうなっていくのか、わからなくなりました。

当たり前に、わたしの家にいた誠さん。わたしの手が回らない日常をこまめに手伝い続けていた誠さん。わたしの日常は彼の働きの上に成り立っていたのです。いることが当たり前になって、不満ばかりをぶつけていたわたしでした。
 大きな喪失感を感じました。当たり前に存在していたものがいなくなる。いなくなって始めて感じる、その存在感。感謝が足りなかったなあ~と涙があふれてきました。感謝がなかったから、彼が離れていくんだなあ。自分が足りなかったんだと、初めて気づきました。

まことさんも気がついたみたいです。
『彼女に、自分が偽っていたことをすべて話してみるよ。彼女がそれを、どう受けとめるか、たぶん傷ついて、心が遠のいてしまうと思うけれど、自分がやらなくてはいけないことをやってみるよ。』と。

「今」は出会い続けてゆく長い旅路の一瞬にしか過ぎません。体裁だけを整えて、仮面の自分が出会った相手は幻のようなもの。目の前の人を悲しませたとしても、体裁や仮面を取り払って深く出会い続けてゆく人生を歩みたいですね。

買い物をしに車を走らせている時、怒りは通り過ぎて過去のものになっていました。
「2年前の事件、2年のブランクを乗り越えて二人が惹かれあっているのなら、それを祝福してあげたいな。」という思いが生まれてきていました。すると、また涙が溢れてきました。現在が過去になってゆく切ない気持ち。胸が痛みました。

そしてその次、やってきたのは、それこそ思いがけない気持ちでした。
「感謝の思いを持って、誠さんともう一度やり直してみたいな。」

わたしは、この3年間、さまざまにおきるいろんな出来事を通して、すっかり彼が嫌いになってしまっていたのです。気の小ささ、相手に合わせて相槌を打ち、相手の気持ちのいい言葉を選ぶ不誠実さ。優しそうに、こまめに体を動かすけれど、免許を取るなどの、ほんとうに思いやりがあったら着手するであろうことにいつまでも着手できない、意志と見通しがどこか欠如したような彼。

ところが、彼がいなくなると実感したとき、初めて彼のよさが見えてきました。寒い朝、わたしの代わりにストーブをつけ、子ども達の朝食を用意する。日常生活の中で、わたしの手が足りないところを生真面目にやり続ける意志と純粋さ。わたしは、彼の落ち度を責めるけれど、彼はわたしを責めることをせず、寄り添うポジションで精一杯務めてくれていました。

「話があるんだけど。」
陽のあたるわたしの部屋で、彼と向かい合い
「どうしても、彼女と生きていきたいという思いがあなたの本心なら、応援したいと思う。でもね、わたしの今の本当の気持ちは、あなたへの感謝。感謝を持ってもう一度やり直せないかな?」

わたしの前にいる人は、心が硬く、反応がありませんでした。眉間に寄せたしわは、苦しそうで、いつもの癖、「どうしたら、ここを切り抜けられるだろうか。」を考えてしまってるかのようでした。

不意に愛が溢れてきました。目の前に座ってうなだれている彼。怯えた幼子のような彼。どこにもかっこよさがない。体裁がはがれてしまい、言葉も無い。未来も見えていない。愛が枯渇してしまい、闇の中にいるみたい。

思いがけない言葉が次から次へとわたしの心から溢れてきました。

「誠さん。愛してる。あなたがどんなにみじめでも、誰のことを愛していても、誰にも愛されなくても、どこで路頭に迷っても、わたしは、あなたを愛しているよ。わたしは、あきらめない。あなたが、ほんとに安心してあなたの人生をあるけるように、ちゃんと見守ってるから安心して。ずっと、ずっと愛してる。」

そんなつもりもなかったのに、彼を抱きしめて優しく優しく抱擁しました。

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全く わたしの計画にはなかった流れが とても気持ちよく流れ始めました。
目の前にいる人を愛していく。素敵であっても、素敵でなくても。愛が枯渇したところに自分から優しい言葉、心、行動を投げかけてゆく。そうすると、帰ってくるんだね。誠実な思いが。

もっと、素敵な人と出会いたいと思っていたのに、みじめな彼が目の前にいて、愛が溢れてきてしまった。仕方ないなあ~。チェって感じなんだけど、幸せですよ。

今、誠さんとの日常がとても豊かであたたかく感じられます。

これから綴る物語も、計り知れないものがあるけれど、「南無阿弥陀仏」
「思惑を超えた偉大なる光に全託します。」

祈りの中で歩いていきますね。
by ainohanaMusic | 2006-03-17 12:55 | 心の旅日記 | Comments(8)

この体、心は不思議だね

2月18日から1週間、栃木の静かな山里にある愚静庵(ぐじょうあん)での小食道場に参加してきました。東京は本應寺のお上人は、年に4回、断食や小食をしながら体を整え、仏道を学ぶ自然道場を開いています。
 わたしは、おととしの夏の断食道場から始まって、今回で4回目の参加。「小食」道場は初めてでした。
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 朝食は1杯の人参&りんごジュース、お昼と夕ご飯は、湯のみに盛られた玄米と甘辛いこぶとしいたけを少し。一口の玄米を200回噛む食事時は、瞑想どきの静けさ。
わたしにとっての道場は、日常から離れ、仕事をせず、心と体を休める貴重な機会。心身を休めるだけではなく、日頃なかなか実行できない小食や断食がきちんとできる上に、祈りと瞑想の時間がたっぷり保障されているので、魂に滋養がいきわたります。毎回感心するのは、お上人の懐の大きさ。目覚めた時から眠るまでほとんど自分の時間を持たず、みんなと一緒に動き、柔軟に流れを調整していきます。分け隔てなく参加者やスタッフに気を配り、仏道に専念していく大らかで朗らかな姿。
 朝のお掃除のとき、お焼香の灰の中に残るお線香の燃え残しを指で拾って、紙に包み、その短いお線香まで使ってゆくお掃除の仕方を教わりました。

「有里の家でも、ちゃんとこういうところまでやるんだよ。」とお上人。
「え~!?こんな細かいところまで、丁寧にお掃除するの?これをやるなら、他にもっと汚れたところがいくらでもあるから。。いや~参ったなあ。お掃除にこんなに時間をかけられないよ。」と思っていたわたしですが、今朝は我が家のお線香立ての灰を、きれいにしましたよ。手取り足取り教えられたことは、伝わってゆく。影響力を持つんですね。

全体を動かしてる人が、こんな細かいところに心と時間を注いでゆく。
爪楊枝をくわえて、一休さんのように、風まかせ、しなやかな笑いのたえない自由人の和尚さん。かつて経営していた会社が倒産してから、「念仏」ひとつに導かれ、「ナムアミダブツ~計らいを超えた偉大なる光にお任せする」を一途に唱えて歩いてきたその歩みと、そこで得た確信がわたしたちに伝わってくるのです。
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断食道場から帰る度に、断食の話を子ども達に話していたら、次男の八星が、いつの頃からか「いいなあ~。断食道場に行きたいなあ。」と憧れるように言い出しました。わたしが話したのは、断食後の重湯のおいしさ、満足感の話だったかなあ~。「湯のみ1杯の重湯が、ほんとうに香ばしくておいしくて、おなか一杯になるんだよ~。」って。長男のアマチは「うわ~。ご飯を食べられないなんて地獄だ~。」と今のところ興味を示しませんがねえ。

そして、八星は、今回、断食&小食道場始まって以来の最若手(10歳)の参加者となりました。
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大人12人に子ども一人。朝は6時半に起きて、2時間の勤行と瞑想、お掃除、お上人の法話から始まるお寺修行の日々を、10歳の子どもが退屈せずに過ごせるのだろうか?考えると心配になるけれど、本人が決めたのだから大丈夫だろうと、自然の流れを信頼して、お任せすることにしました。
 2月の始めに、陰陽霊法の研修会に参加したとき、40年のベテランの八木先生が、「憶えなきゃとか、あせらなくてもいいんですよ。自分をヌカ床のきゅうりだと思えばいい。まわりにベテランの先生や先輩がいて、何度も何度も実習するうちに、ちゃあんといい味に漬かっていくんですよ。安心して委ねていきなさい。」と言われたその言葉を思い出したりしてね。
祈りや瞑想が幼い頃から、生活の中にあれば、目に見えることと目に見えないものの両方がバランスして、その子の一生を貫く見えない揺るぎのない基盤となってゆくのでしょう。
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自分に気づきと癒しを与えてくれている「道場」を子どもと一緒に体験するなんて、計画外だったけれど、それが自然の流れなんですねえ。
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八星にとって少々苦痛だったのは朝と夕の2回の2時間にわたる勤行と瞑想だったみたいです。それも5日目くらいから『嫌じゃなくなった』とのこと。これって、大人も同じなんですよ。5日目くらいから念仏の声に張りが出てきて、瞑想にも入りやすくなるようです。また、一切の間食のない「小食」の3日目の夜、うなされていたので起こしたら、「おなかすいた。」と泣きそうでした。4日目は、食事を増やしてもらうと5日目からは『みんなと同じに減らして欲しい』と自分でお上人に申し出ました。

朝の法話や難しい話のとき、八星は一番後ろのコタツで、本を読んだり、絵を描いたり自分なりの時間を静かに過ごしていました。最後の夜には、お上人から教えられた体操をイラスト入りの解説本に仕上げ、最終日には、みんなにプレゼントする鶴を折り、自分で描いた絵手紙を選んでもらいプレゼントしたり、忙しそうでしたねえ。
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そうそう、途中、黄色い梅の花を見に出かけました。道場の仲間の顔ぶれは、CDでもピアノをひいてくれたシーナ、ヒーラーのももちゃん、リトリート仲間のさほちゃん、しおりん、じーまと、親しい顔ぶれだったのです。こうして出かけてみると、まるでともだちと観光旅行に来たみたいで嬉しかったなあ。
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最後の夜には、ピアノのシーナと一緒にコンサートもしました。
眠る時に八星が布団の中から、「八星の歌で、感動した。」というので
「どこで?」と聞くと「♪生まれてきてくれてありがとう♪で。」と答えました。私の歌は八星にとってはあたりまえの空気のようなもの。でも、この空間ではきちんと伝わり「感動」したんだなあ。

また、最初の夜は「瞑想のときにアメリカのこと思い出した。」と言っていました。
そしてまた、「若いときは、ミュージシャンとか絵描きで、おじいさんになったらお坊さんになろうかなあ。」と言い出しました。お坊さんになるなんて、今まで考えたこともなかったはずです。お母さんお父さんをみていたら、ミュージシャンになろうかな、と思ったりしているようだし、お上人を見ていたら、お坊さんになろうかな~なんて思い始めたのでしょう。

母親の世界と子どもの世界が自然につながってゆく。
子どもの感じられる世界への可能性が広がってゆく。ありがたいなあ。
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2月は、仕事をしませんでした。収入のある仕事はせず、出費ばかりの動きをしていました。「陰陽霊法」と「小食道場」と日常。

けれど、道場から帰ったらバタバタと10月までスケジュールが入り、びっくり。
「声もでないし、歌えなくなったらどうしよう?」そんな心配で、静養に専念した2月が終わり、活動が始まりそうです。

コンサート予定が急に決まってきました。ホームページのスケジュール欄を見て、近くの方は是非いらしてくださいね。

6月は沖縄に10日くらい行きます。朗読のしおりん、八星も一緒です。今のところ、アマチと誠さんは迷っているなあ。

9月はアメリカに2週間行きますよ。こちらは子ども達二人と行きます。

苦しいときは、立ち止まってみる。充分すぎるくらい静養したら、すご~くやる気になってくる。

そうそう、この頃、わたしちょっとだけ色が白くなってきたんですよ。
なぜかって?陰陽霊法で体の各所を温め、冷やしていたら、腎臓、肝臓の機能が回復してきました。そしたら、日焼け、しみで黒っぽくなってると思っていた肌がやけに白くなってきたんですよ。日焼け、しみが濃くなってきたのは年齢のせいかなあ?と思っていたら、内蔵の不調の影響だったみたい。色黒の人を見たら「陰陽霊法」してあげたくなっちゃいそう(笑)。命の営みが、不思議で楽しいこのごろです。

それから、道場から帰って、ちょっとだけお掃除が好きになってきました。
大きな収穫ですね。心が動くことを迷わず、疑わず、して行こう。必要なものは必ずついてくるから。いつのまにか苦手なことも好きになってゆく。安心して、慌てず、急がず、「今」一番心が向くことに専念していこう。この地球、宇宙は不思議。この体と心は不思議。すべてがつながってゆく。不思議だね。
by ainohanaMusic | 2006-03-02 20:28 | 心の旅日記 | Comments(0)

観音道場 『遊里庵』(ゆうりあん)

11日に、東京は本應寺のお上人に誘っていただいて、名古屋へ行きました。
初めてお会いする方々の誕生パーティーで、誕生日の方々に合わせて、お上人が歌詞を書き換えた「生きているそれだけで素晴らしい」の替え歌を、歌ったのです。

「生きているそれだけで素晴らしい」は、2003年4月12日に生まれた歌です。長野は高遠町の過疎の村に移り住んで10日後、隣人が自ら命を絶ちました。とっても素敵な男性で、そこまで追い詰められてるとも気がつかず、信じられない出来事でした。でも、彼とわたしは、共通する気分を感じていたことも確かです。わたしも、彼と同じように、山のような仕事が思うようには、はかどらなくて、心は鬱々としていました。元パートナーと別れ、シングルマザーとしての暮らし、日本の田園での暮らしが、スタートを切ったばかりでしたからね。彼は、海で写真を撮る自由な暮らしから、田舎で家族、役職を引き受けて、自給自足を目指す暮らしを始めて2年目でした。

彼が命を絶った夕方、わたしは学校を休んだ次男の八星と、畑を耕していました。やらなくてはならないことは山ほどあるのに、土を黙々と耕す、そのささやかな営みが幸せそのものであることに突然気がつきました。子どもの心に寄り添う~時間がとられるなあ~と思っていたのに、そうではない。そこに、幸せがある。そして、夜、こどもたちの寝顔をみながら、♪生まれてきてくれてありがとう♪の1番と2番が出来上がったのです。
 そして、翌朝、玄関に崩れるようにして報告に来た孝子。彼が亡くなったことを知りました。

「どうして死んでしまったの。生きていて欲しかったのに。なんにもしてあげられなくて、ごめんね。」と、わたしは泣きました。おきてしまった出来事を、信じたくない、信じられない。でも、事実が目の前にありました。

「まだ有里の歌を聞いたことがなかったから歌ってあげて。」と、気丈な孝子に求められるまま隣家に行き、彼の亡骸に、「歌」を歌いました。泣いてしまっては歌は歌えない。歌い手としての真価の問われる場面でした。その直後、 3番と4番がでてきました。

♪ありがとう。生まれてきて出会えてありがとう。ありがとう。君は君のままで素晴らしい。生まれてきたそれだけで素晴らしい♪

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2年前の夏の断食道場で、『有里、ハッピバースデイの歌だけじゃつまんないから、そのに前なにか 歌ってくれ。』とお上人に頼まれ、『生きているそれだけで素晴らしい』を、お誕生日の方に合わせて歌詞を書き換えて歌ったら、誕生日の方の瞳から涙があふれました。
♪ありがとう。生まれてきてくれて。ありがとう。君は君のままで素晴らしい♪
と、本気で歌われると、誰もが泣いてしまうのです。

お上人は、月に1回のお寺のお誕生日会のたびに、自ら、替え歌を歌っては、たくさんの方を泣かしてこられたようです。
『この歌をうたってあげるとね、みんな泣くんだよ~。』と。

そして、今回は、歌の原作者を~と、わたしは、お誕生日の歌をうたいに名古屋まではるばる出張したのです。(笑)
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とても、いい出会いでした。きっと、これからも名古屋で歌う機会が あるんじゃないかな。

さて、それは置いておいて、その夜は温泉へ1泊し、 その翌日はわたしの家にたどり着き、ゆっくり過ごしました。

そして、次の朝、我が家で、勤行。本應寺で初めて出会った「勤行」を本應寺の住職が我が家に出張して導師をしてくださっている。なんて、ありがたいこと、と思っていたら、お上人 が振り向いて言いました。
『この観音さま(掛け軸)は有里に似ているなあ。この掛け軸は、来るべくして、この家に、来たんだなあ。 この場所の名前を思いついたんだけど。「観音道場 遊里庵(ゆうりあん)」はどうだろうか?」

実はお上人は、今まで わたしの音仲間のバンド名を2回、提案してくださったことがありました。命名してくださろうとする時は、とても嬉しそうな顔をされます。

でも、バンド名は、誠さんの夢に登場した(未来生の)わたしが「サークル・オブ・フレンズ」と伝えてきていたので、そちらにさせていただきました。

そして、今回は、ありがたく命名をいただきました。

観音道場 遊里庵(ゆうりあん)

リトリートを始めて以来、この家で何人の方々と一緒に祈り、闇と光を浴びてきたことでしょう。

また、この家もまた、わたしが引っ越してくる3年前、大家さんのご主人が人身事故を起こしたことを苦にして、自ら命を絶った辛い出来事があったんです。ですから、この家が「観音道場」と名前をいただいたことは素晴らしいですね。隣の孝子の家も「フリーキッズビレッジ」として、役割を果たすことで家が光ってきています。まだお会いしたこともない亡き「ご主人」や「彼」が、今では光になって守護してくれている、闇から光への展開、懐の深さの感じられる家々なのです。

お上人は、自然木で看板を書いてくださると言ってくださっています。
 
そして、「~観音道場 遊里庵の建立展開にあたりて、仏日はるかに照らし~と本應寺の展開祈願の中にちゃ~んと、この家を入れてくださいました。

わたしは、仏教徒でも、キリスト教徒でもなく、はたまたトルース教徒でもありません。わたしは、いったいなにものなのだろう?ひとつひとつのご縁が、わたしを支え、ありのままのわたしでありながら本質で繋がってゆく。ご縁をいただくたびに、ありがたく、大安心の気持ちです。これを、生かされてゆく~と言うのでしょうか。

さて、今週末からは、本應寺主催の「小食道場」に1週間行ってきます。栃木にある愚静庵(ぐじょうあん)という自然の中の道場です。今回は10歳の八星が、『八星も行きたい。』と最少年齢の参加者となり楽しみ。風邪が早く治りますように。

我が家は、ただ今、こどもが二人とも寝込んでおりま~す。
by ainohanaMusic | 2006-02-15 19:31 | 心の旅日記 | Comments(4)

救われて信ぜよ 陰陽霊法との出会い②

11月21日、宮崎で成原先生の「お救い(おすくい)」を受け、そのシンプルで効果的な癒しの手ごたえに魅了され、2月2日から2月8日まで大阪は吹田市樫切山にあるトゥルース本部で行われる研修会を受けてきました。
 陰陽霊法は、2月、5月、8月、11月の1週間を4回、学ぶことで一通りの研修を終え、「お救い(おすくい)」をお仕事として始めることもできるのです。

たった1回の「お救い」で、これは身につけた方がいいと確信したわけですが、体の悪いところがはっきりと分かり、そしてその部分の麻痺状態を、温冷の刺激で解いてゆく。なんてシンプルで、確実なやり方だろう!ずっと体調を崩していたために、健康でなければ、楽しめないこと、身にしみていた。ちょっとした買い物でも、お掃除でも、すぐ疲れてしまう。体をかばいながら歌う時に、心には怖れがあり体も硬くなっているから、その怖れが敏感な人には伝わってしまう。歓談しているときですら何気に声帯を気遣っているわたし。
「歌えなくなったら、どうしよう?いつ完全になおるのだろうか?」

神経系や内臓の疲れと関連して弱っていた声帯を健康にしてゆくには、体全体の免疫力の回復が必要だ。目先のことではなく、体全体の健康回復への道。やっと、健康にまでたどり着ける。よかった。よかった。
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トゥルース教の教祖の奥原基玄師は、明治26年生まれで、昭和47年80歳で亡くなられた。
師は、生来の虚弱体質で「自分の体は現代医学では救われない。」と大自然を対象にした信仰生活に入り、独学で学んだ指圧療法で多くの人を治療するうちに、心身両面での健康の大切さに気づかれ「だれもが自分自身でできる簡単な健康法」の模索研究を続け、昭和5年、22年に三度の霊示を受けられた。
2度目、枕元に立った男神は火をかかげ、女神は水の器を持っていました。3度目は、東の窓、朝の大自然の光の中から、澄んだ声で、「大宇宙陰陽、大宇宙陰陽、心身一如」という言葉を聞きました。その霊示を解くために、診療もお弟子に任せ、患者が日ごとに減っても、親戚の方が来られてもお篭りされ、半年の考案と祈願の末に創案されたのが、温球と冷球のついたご霊器でした。
******
さて、今は、このように説明できるけれど、なんの予備知識もないままに1日の夜、10時頃、トゥルース本部に到着。迎えてくれたのは宮崎でお会いして以来の成原先生と一足さきに到着していた誠さん。本部の方々は「お帰りなさい。」とあたたかく迎えてくださった。
5階建てのビルの4階の大きな部屋で女性は雑魚寝。参加者は60名くらいだったかな。起床が6時で、夜10時まで、びっちりと研修が詰まっていました。
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翌朝6時、起床と同時に音楽が鳴り始める。すると みんなもう既にエプロンをつけた姿で、布団をたたみ、班毎に感謝行(掃除)が始まり、初日は面食らってしまいました。二日目からは、みんな朝5時半に起きて身支度を済ませていることが分かり、わたしもそのようにしました。感謝行のあとは、鎮魂(ちんこん)と呼ぶ座禅、講話があって、朝祭(ちょうさい)がある。これは祈りの行。わたしは祈りが好きだし、宇宙の中心に働く大生命力を「総祖宇宙大霊之尊(おおみおやうちゅうたいれいのみこと)」と尊称して信仰の中心にしていることには、異論もないどころか、わたしの中にある祈りと同じ。でも、儀礼的な感じ、古めかしい儀式感覚に馴染みにくかったのです。シンプルで心がこもったものが好き。でも、好き嫌いを越えて、そこに存在している根本的なもの、祈りを行じる生活は、気持ちよかったのです。

そして、8時頃、朝食。9時過ぎから実技の勉強がありました。初回生は13名。経絡の勉強から始まり、霊器の持ち方、なぞり方、温球を絡にあてて、感察してゆく(どこが熱いか)事から始まり、麻痺しているところの麻痺を返す「麻痺返し」のやり方、そして、お救い(治療)に入っていきます。実技は3~4時間の枠が5回。2回生から4回生までの先輩と組んで、交代で実技をしてゆくのを、さらに各地方から来られたベテランの先生がついて指導してくださいました。男女入り混じって、下着1枚の体を3枚の大判のバスタオルでうまく包みながらお互いの体を「お救い」練習。次第にあらわになる肌も気にならないくらいの熱が入って、休憩中も「お救い」談義はいつまでも飽きることはありませんでした。

祈りは夕祭といって夕食前にも30分あり、その他、御霊祭りや教祖祭、祈願祭もあり、儀式的なことが多かったですね。班毎の掃除や集団生活的な決まりごとも、わたしは苦手なはずなのに、集団の一人として個性を手放して、溶け込むことができたことは不思議。

ちょっとした休憩に親しみを感じる繋がりもできました。オペラを習っているというお姉さんのような高水さん。屈託ののない笑顔とほんとうに大らかな優しさが大好きになりました。彼女が、わたしの声帯を気遣って、声帯の健康を保つための「お救い」の図を書いてくださったことがきっかけになって、5日から連続3夜、30年~40年のベテランの大先生に「お救い」をしていただくことができました。研修会の間は、「お救い」を受けることは表向きには禁じられているのですが、高水さんのおかげで、「わたしは、なんのためにここに来たのだろう?」ということを改めて思い出すことができて、チャンスを受け取る積極的な心の準備ができたのです。
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 ベテランの八木先生、成原先生、福井先生にお救いをしていただいて、体もぐっと楽になりました。1回、1回、確実に健康を取り戻していくのです。一人ひとりの先生が、ご霊器を扱うときに、霊器を通して働く陰陽の力は、自己を超えたもの「宇宙の中心の生命力」から働いてくるということを感知することができました。福井先生はトルゥース教会の理事長。喉頭癌で声帯を無くされたにもかかわらず、食道気管を使って、しゃべる技術を体得したすごい方です。大きな声は出ず、搾り出すような一言一言が、優しくて愛がこもっていて、感謝しています。みな、それぞれに違う。でも、同じなのは「大霊」に委ねているということ。霊力をいただいて、「お救い」をしているということ。

初回生は「入信の動機」、先輩は「実践清話」を、みなさんの前で話す時間がありました。また、班毎に「法座」と言って、「陰陽霊法」とのご縁を語り合う場がありました。
 学びに来られた人のほとんどは、自分自身か家族が病んで「陰陽霊法」で救われた「奇跡」を体験していました。現代医学でも東洋医学でも治らなかった難病が、治り驚嘆感謝し、今ではご縁の方々を一生懸命、「お救い」している方々の話は、聞いていて涙が出ました。自分では到底治せない、知識も無い病気の方を目の前にしても「治してあげてください」という願いをこめて「お救い」してゆく。未知な領域、未経験の領域に、「菩薩」として働くことに専心してゆくようなのです。


「お救い」の前には必ずお祈りをします。「真理妙法霊力無量寿光 南無帰一宇宙大霊之尊」を3回、「南無大霊」を5回、自分が治すのではない、「おかげ」をいただくだけ。ノイローゼやうつ病も治ってゆくのです。すごいことですね。

さて、思いもかけないご縁も始まりそうです。
それは、わたしの本業である「歌い手」としてのご縁です。

10月8日は、トルゥース教立教55周年の大祭があるのです。トルゥース教では、今までプロの音楽家によるコンサートは企画したことがなかったそうなのですが、55周年にはコンサートをやりたいという意向が会った時、今回の出会い。わたしは、今回、珍しく1回も歌いませんでしたが、噂だけをたよりに、コンサートのお話を持ってこられた八木先生にCDはお渡ししました。彼はまだ聞かれていません。忙しすぎて。でも、八木先生は、確信し、決めているみたいですね。まるで、わたしがトルゥース教のことを一切知らないのに、信頼して、飛び込んできた時のように。
「バンド全員で演奏してくれよ。300人は集まるからな。」と。

そして、わたしも そうなるであろうことを感じています。

不思議な出会い。すべてがまるく整ってゆく。

10月7日、大阪にバンドのメンバーが揃いそうです。岩手からウッドベースのでんちゃん、東京からピアノのシーナ、兵庫県尼崎市からシタールの田中峰彦さん、そして長野からわたしと、誠さん。PAは、ディー・エム・エスの桑田さんをお願いするつもりです。
前夜祭コンサートの後、8日と9日が日曜日、祝日です。どなたか吉本有里withサークル・オブ・フレンズのコンサートをこのチャンスに企画しませんか?駒は揃っています。どうぞ、よろしくお願いいたします。合掌
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by ainohanaMusic | 2006-02-10 19:11 | 心の旅日記 | Comments(0)