11月16日、北海道は伊達の木村洋子さんのお宅で目が覚めた。
昨日は、設備の整った長和地区コミュニティーセンターが貸し切り状態。
子ども連れも多かったし、いくつかの出店もあり 場所を始めとして詳細は直前に決まり、お知らせもぎりぎりになったにも かかわらず それなりに人も集い、のびやかなコンサートになった。
コンサート後は 洋子さんのお宅で おかあさんのお料理をみんなでいただいた。
2002年にもコンサートを主催してくれた洋子さんは
「やらないより やったほうがいいよね。」と、声かけすると 毎回 企画してくれるが コンサート時は託児を引き受けたりして 本人が 歌を聞けたためしがない。。
朝、ちえちゃんと海辺を散歩し、美しい貝殻を夢中で拾い集めていたら、
♪手放し~そして思い出す 今 ここに 生きてること~♪ と無限という歌が流れ始めた。
これ、洋子さんに聞いてもらいたいな~
潮風を体にまとったまま 家に帰り、洋子さんとこどもたち、ちえちゃんたちに1曲のミニコンサート。洋子さんの瞳から涙が零れ落ちた。
コンサートを聞けなかった彼女のための1曲。。共に光の道を歩む友のためのうた。
今度は もっともっとたくさん 歌を届けたいな~。
さて、昨日であったばかりのご夫婦が帯広へ向かうわたしを駅まで送るために 自ら志願して迎えに来てくださいました。
車の中で たったの10分だったけど 脳梗塞で倒れ、今は奇跡的に不自由な体ながら生還されたご主人を介護しながら運転されてた女性ととても大事なことをやりとりしたような気がします。
「彼は倒れるまで ありがとう~という言葉は存在しない人生を歩む人だったんですよ。
でも、意識が戻ってから やっと発した言葉は ありがとうで、その一言だけをただ言い続けたんです。」
彼女は、わたしにいくつかの質問を持ってきていました。
それに答えると、彼女は大きく安堵してゆきました。
生と死は紙一重。
生かされる人と死に導かれる人がいる。
人生の主人公は 本人なので 本人の深いところにある「愛」や「希望」が、そのひとの魂を次なるたびへといつも導いてゆく。
思いがけない出来事を味わいきりながら 腑に落ちた人生を歩めるように
出会いは、気ずきや 癒しをもたらすこともある。
**********
さて、特急電車を乗り継いで帯広駅に迎えてくれたのは17年ぶり(?)くらいの再会になったネコさん。
と言っても、17年前に少し会ったくらいでは もう初対面みたいなものですね。
まだ、17年前を知ってる人と再会するのは 時を巻き戻し、フラッシュバックするような不思議感があります。
温泉に寄って体を緩めて、この日のコンサート地である上士幌の総林寺に向かいました。
総林寺で迎えてくれたコンサートの主催を引き受けてくださったななちゃんとは、実は初対面。
インターネットのミクシーで繋がり、お互いに何をしてる人なのかは感じあっては いたのですが。。
それから、コンサートが始まるまでの数時間で ななちゃんと周りの方々が奏でている特別な空間に わたしも感応してゆきました。

彼は牛のお医者さん(獣医さん)らしいのですが、火事で家が全焼し それまで取り組まれていた事がゼロからのスタートになり、その後 また息子さんを小児癌で亡くされました。
彼の魂の深化、そして今の人生の始まりは その悲しみを味わいつくし、そこからのギフトをしっかり受け取ってからなのだと思います。
そうです。わたしと同じ道を歩いてる人なんですね。
不思議だなあ~。
コンサートが始まるまでの数時間の間、千葉から観音さまをお参りに数日前に来られたというご夫婦やお寺の前に建てられている「ひとりさん観音」をおまいりに来て、そこにおいてあるノートに書き込みをしたことで コンサートのお誘いを受けて いらっしゃった若者がいたり、偶然と必然の織りなす 導かれているこの夜の出会いを感じていました。
そして、ななちゃんの対応の仕方が 初めての方一人ひとりに まるで数年来の友人のように なにげに深い出会いへと呼びかけていることに みんなが感応している。
すっごく 楽しくなってきてしまいました。
あ~なつかしいなあ。この感じ。ただいま!って感じ。(わらい)


コンサートの後の打ち上げには水晶のハートの石をまわしてシェアリング&自己紹介となりました。なんと!これは、夜12時過ぎまで続きました。そんなに遅くなったなんて、気がつかないうちに時は流れてゆきました。
ななちゃん、よっちゃん、ネコさん、音響を勤めてくださったお二人、総林寺の住職さま、そして来てくださったみなさん ありがとう。
きっとまた、上士幌へ引き寄せられて行くと思います。