11月7日、愛知、四国、九州 全部で10ヶ所のコンサートツアーを終えて長野は駒ヶ根市にある自宅 遊里庵に帰り着きました。
実はこのコンサートツアーには心配事がありました。10月の始めから愛猫きいなの元気がなく、気がついてみれば猫たち6匹の中で一番体格も毛なみも良かったはずのきいなが一番痩せて毛並みもパサパサ、目やにもよだれも出ているのです。9日に動物病院に連れてゆくと、猫エイズを発症していると言われました。
7年前に隣の家から生まれたばかりのきいなを譲っていただいた時、隣の家の子たちは猫エイズと猫白血病のダブルキャリアだと分かっていたので、発症しないように免疫をつける策を練りました。発症しなければキャリアであっても長生きする子もいます。食事を手作り食にして、添加物を与えない様にする!その後、隣から5匹も猫たちが自主移住してきて総勢6匹になりましたが、新鮮な魚や肉を主とした手作り食は高価で、全員には振る舞えないので、うちの子としていただいたきいなだけ、手作り食を与え、他の子は添加物の少ないカリカリで育てました。なので、毛並みも体格もきいながダントツに良かったのです。
一体いつから痩せて食が細くなってしまったのだろう?10月7日、静岡で開催した読書会の帰り道、車の中で近所に暮らす真也くんと事情があって遊里庵に暮らして5年になる女性と3人で謎を解くべく話し合っているうちに、驚くことが発覚しました。わたしが不在の時、同居人はきいなにはご飯を与えなかったというのです。それは彼女が自ら告白したわけではなく、謎を一つ一つ聞き出した結果、分かったのでした。
日頃はその方は 甲斐甲斐しくきいなに手作り食を与え、きいなが考え考えゆっくり食べてる横から魚や肉を掠め取ろうとする他の猫たちから守って食べさせていたので、不在中そんなことが起きることを想像することができませんでした。
きいなには食事を与えず、他の猫が食べるカリカリを多めに入れたと分かり、きいなが痩せて、他の子は肥満になった理由が分かりました。きいなはカリカリはほとんど食べず、餌箱の周りに誰もいなくなり静かになった時、あれば食べるデリケートさで、なにも食べずに寝た日がどれだけあったのか?どれだけひもじい思いをしたのか?心が痛んで仕方がありませんでした。また、長生きして欲しいという願いで手作り食にしてることを充分に聞かされていても、「食事を与えない」という選択を5年も継続した彼女を改めて恐ろしいと感じました。ここでわたしの役割は終わったような気がしました。彼女の特性を熟知している福祉や病院などの公共機関に今後はサポートしてもらうのがいいのではないかと思いました。
そんなわけで、ツアーの最初の1週間は、病気のきいなを真也くんに預け、その後、遊里庵に戻ってきたきいなのケアについては、ツアー先から1日、2〜3回、同居人から現状を聞き出しては細かい指示を伝えました。
(10月8日facebookに投稿)帰宅 再会 旅立ち
大好きなきいなが11月8日の午後6時過ぎ、わたしの腕の中で虹の橋を渡りました。
「7日に帰るから待っててね。」と何度も伝えていたので体調を意志の力でコントロールしていたのだと思います。7日に17日ぶりに再会したきいなは4キロの体重が2キロ台になって、見る影もなかったですが、目の光は最後まで輝いていて、今からでもご飯を食べさせれば数ヶ月生きるのでは?と思った程でした。
残された時間が24時間とはつゆ知らず、思いつくまま、出会った時から今までの思い出を語りかけると、きいなとわたしは一緒にタイムトラベルをしていました。お互いに大好きで素晴らしい時間を体験したのでした。
きいなは、わたしに伝えたいことがあって、7歳という若さでこの世を去る様でした。5時過ぎ、きいなに何が起きたのか わたしはさすがに気がついたし、これからは家の中を大きく変えてゆくから、一緒に生きよう!と呼びかけると、きいなの目がらんらんと輝きました。わたしは、きいなの病気が直って一緒に生きられるんだ!と思いましたが、1時間後には、あっという間に旅立ってしまいました。
でも喪失感ではなくこれからは、ずっと一緒に生きる、一緒に生きる様式が変わったんだと感じています。きいながわたしの人生が脇にそれないように身を挺して差し出したメッセージをハートの真ん中で受け取ったから。きいなは今までもこれからもわたしのガーディアンエンジェル。