この数日、とてもとてもプライベートな出来事が、わたしの心のあり方を深めてくれた。
だから、それをここに書こうと思う。
でも、ほんとのことを言うとためらいがある。
事実を書くことは、無防備に自分、そして大事な人をもさらすこと。それを判断する人々、興味本位に知る人たちとも遭遇してしまうこともある。
でも、どこかで必ず、つながっているみんなの心。深いところでは知っている。
この世の中、いいことも悪いことも しっかり受けとめてみれば みな喜びの種になる。生まれてきた目的もひとつ。さまざまな経験を通して心を磨き、輝いた魂であの世に還ってゆくこと。そして、いつかは統合されてゆく、すべての経験、すべての思い、すべてのピース(断片)がひとつの光の元に。
だからシェア(分かち合い)をしてみるよ。あなたも感じてみて。受け取ってみて。わたしの体験、彼の体験を。そして、あなたの人生の中に繋がって行きますように。
わたしの怒りと悲しみと落胆。その後やってきた喪失感と胸の痛み。それから溢れてきた感謝と、自分が足りなかったことへの気づきと詫びる心。最後にやってきたのは、無条件の愛だった。心のあり方が変わりました。見えてくるもの、感じるものが変わりました。哀しい出来事、それも自分の本当の心と出会うためのギフトなんだなあ、実感しています。
深い気づきをもたらしてくれた存在、誠さんに感謝です。
いつもいつも、そばにいて助けてくれていることに感謝です。今日は、彼の行動を事実のままに書きます。もしかしたら、愚かに見える彼の言動。でも、これは、わたしにもあなたにもあるものであり、彼がその役を演じてくれただけのこと。体裁を整えなくてもいい。ありのままでいいよね。役者があって、物語が進行していきます。いつも、とんでもない役者の誠さんにわたしは振り回されていますが、これはギフトですね。わたしたちのたどった小さな物語を聞いてくださいね。
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10日から13日まで埼玉ツアーでした。
10日と11日は、埼玉は大井町にある天然酵母パンとマクロ料理のお店アルクトゥルスで、オリジナルヘンプアクセサリーのワークショップとコンサート。また、わたしがヘンプワークをリードしている時間は、誠さんのボディーワークの個人セッションを、初めて入れてみました。

10日、アルクトゥルスの美智、大好きなともだちに「陰陽霊法」ヒーリングをしながら、二人で静かな部屋で話しました。わたしの中には誠さんに対する不満が渦巻いていて、そのことは話しても話しても尽きないくらいでした。3年間、活動を共にしてもなお、価値観を共有できないいらだたしさ。個人的なお付き合いとやめにして、スタッフという立場に彼を遠ざけてもなお、怒りを感じてる自分。困ったなあ~と自覚していました。
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13日の朝、ライブを終えて眠った茨木は旧里美村の日本家屋。12日、眠る前に誠さんにヒーリングをしてもらい、彼とは別の部屋で眠りました。

わたしの部屋には誠さんの携帯電話が充電されていました。ふと、数日前のシーンが浮かびました。練習しているとき、「今、何時?」と、誠さんの携帯を覗き込んだら、とっさに隠した彼。なにか隠してることがあるみたい~。初めてのことですが、まだ目覚めきっていない体で誠さんの携帯を手に取り、受信メールと送信メールのところをあけてみました。
愕然としました。2003年、わたしの登場で別れた元彼女とのメールのやりとりが何度も何度も、そこにはありました。待ち合わせをしているやり取り。何気ないけれど、思いのある日常的なメールのやりとりは、心を寄せ合っている二人の親密な感覚。
2003年11月の出来事が忘れられません。『別れた』と聞いていた彼女と東京のイベントで遭遇し、二人で話をしていたら、お互いに知らなかった驚くべき事実を知ってしまったのです。誠さんは事実を隠し、二人と同時に交際していました。可愛らしい、その人は体中から悲しみの棘を放ちながら泣いていました。わたしは、彼女の背中をさすってその痛みを受け取りました。彼女が誠さんの元を去り、わたしはみじめに謝罪するばかりの、まことさんを受け入れました。信頼感の崩壊した厳しい現実。わたしと、体裁のはがれてしまった誠さん~。それはまるで母親と子どものようなかかわりの始まり。
彼女との再会、やり取りが始まっていたなんて想像もしていませんでした。
「誠さんはこれからどうしたいの?」「この頃なにを感じているの?」と度々聞いていたはずなのに、なにも語られていなかった。
そして、彼女とのメールの中に見つけたいくつかの嘘。
一緒に買い物していたとき『これ、お父さんにおくるんだ。』と、話していた「かんてんぱぱ」の贈答用セットは、彼女へのバースデイプレゼントとして贈られていました。また、彼の暮らしは、長野のわたしの家に24時間あり、収入源も、わたしが支払うお金しかないのに、偽りが、そこには書かれていました。
怒りで一杯になりました。わたしは、誠さんに本当のことを伝え、誠さんの気持ちを聞き続けていた。誠さんの答えはいつも、どこかあいまいで心が見えてこなかった。それなのに、誠さんは自分の家に帰らない。「有里ちゃんを手伝いたい。」と言っているけれど、自立できない心の弱さなのか、公私共に忙しいわたしを助けたい優しさなのか。大きな葛藤の中で、わたしの決意は固まっていきました。随分泣いて、何度も何度も、彼と話したものです。「これからは、個人的なお付き合いは終わりにして、スタッフとしてなら一緒にいてもいいよ。」
変な提案ですが、試行錯誤した末に、それが事実に添った関係性じゃあないかなあ~と気がついたのでした。彼は、あっさりと、受け入れました。その気持ちは、わたしにはよく読めませんでした。わたしは、個人的に関わるのならもっと素敵な人と出会いたい~と次なる出会いに心を向けていたのです。
落胆しました。2年前の出来事と同じ。偽りの上にかかわりを維持していた。建設的な話ができなかったわけだ、とね。いったいこの3年間は何だったんだろう、と。
この日は、水戸の「農夫のパンや」でコンサート。新年のリトリートに参加してくれたやっちゃんと、秋のリトリートの参加者ゆかちゃん、そしてちえちゃんが思いをこめて用意してくれた手づくりのビニールハウスでコンサート。時間が空くと、わたしは誠さんと話をしました。彼は、少しずつ話してくれました。「1月の末に、彼女に交際を申し込んだんだ。彼女への純粋な愛がある。それは変えることが出来ない。」「有里の仕事は素晴らしいと思っている。出来る限り手伝っていきたい。」「僕は君に怯えている。」
コンサートの前半、実は頭痛がしていました。「怒り」で頭が痛くなったんですね。
この夜のシェアリングでは、起きた出来事をみなさんにお話しました。
「家族として、家族の身に起きた出来事を聞いてください。」と。何事もそうですが、一人で解決しにくい出来事は、輪になって信頼できるサークルの中で話すだけでおのずと、答えが出てくるものです。どんな恥ずかしい出来事も、みんなの心の光に照らされると、そのことが起きている必然の流れというものが見えてくるものです。
この夜、ろうそくの光の中で、夫々が人生の岐路に立っていて、そのことを分かち合ってくれました。誠さんは、「懺悔と謝罪」。けれど、ひとりひとりの経験が、実は曼荼羅模様の重要な美しいひとつのピース(断片)であることを感じ、「裏切られた」ことを感謝する気持ちになりました。
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長野に帰ると、今度は初めて誠さんがわたしの暮らしの中からいなくなるというリアリティーがやってきました。彼は、まだ、1年はわたしの家で公私ともどものお仕事をしていきたいと言いますが、今や元彼女となったわたしの家に暮らして、時々東京に出て彼女と逢うなんてことは、可能なのでしょうか?よっぽどの信頼関係がなければ難しいでしょう。彼がこれからどうなっていくのか、わからなくなりました。
当たり前に、わたしの家にいた誠さん。わたしの手が回らない日常をこまめに手伝い続けていた誠さん。わたしの日常は彼の働きの上に成り立っていたのです。いることが当たり前になって、不満ばかりをぶつけていたわたしでした。
大きな喪失感を感じました。当たり前に存在していたものがいなくなる。いなくなって始めて感じる、その存在感。感謝が足りなかったなあ~と涙があふれてきました。感謝がなかったから、彼が離れていくんだなあ。自分が足りなかったんだと、初めて気づきました。
まことさんも気がついたみたいです。
『彼女に、自分が偽っていたことをすべて話してみるよ。彼女がそれを、どう受けとめるか、たぶん傷ついて、心が遠のいてしまうと思うけれど、自分がやらなくてはいけないことをやってみるよ。』と。
「今」は出会い続けてゆく長い旅路の一瞬にしか過ぎません。体裁だけを整えて、仮面の自分が出会った相手は幻のようなもの。目の前の人を悲しませたとしても、体裁や仮面を取り払って深く出会い続けてゆく人生を歩みたいですね。
買い物をしに車を走らせている時、怒りは通り過ぎて過去のものになっていました。
「2年前の事件、2年のブランクを乗り越えて二人が惹かれあっているのなら、それを祝福してあげたいな。」という思いが生まれてきていました。すると、また涙が溢れてきました。現在が過去になってゆく切ない気持ち。胸が痛みました。
そしてその次、やってきたのは、それこそ思いがけない気持ちでした。
「感謝の思いを持って、誠さんともう一度やり直してみたいな。」
わたしは、この3年間、さまざまにおきるいろんな出来事を通して、すっかり彼が嫌いになってしまっていたのです。気の小ささ、相手に合わせて相槌を打ち、相手の気持ちのいい言葉を選ぶ不誠実さ。優しそうに、こまめに体を動かすけれど、免許を取るなどの、ほんとうに思いやりがあったら着手するであろうことにいつまでも着手できない、意志と見通しがどこか欠如したような彼。
ところが、彼がいなくなると実感したとき、初めて彼のよさが見えてきました。寒い朝、わたしの代わりにストーブをつけ、子ども達の朝食を用意する。日常生活の中で、わたしの手が足りないところを生真面目にやり続ける意志と純粋さ。わたしは、彼の落ち度を責めるけれど、彼はわたしを責めることをせず、寄り添うポジションで精一杯務めてくれていました。
「話があるんだけど。」
陽のあたるわたしの部屋で、彼と向かい合い
「どうしても、彼女と生きていきたいという思いがあなたの本心なら、応援したいと思う。でもね、わたしの今の本当の気持ちは、あなたへの感謝。感謝を持ってもう一度やり直せないかな?」
わたしの前にいる人は、心が硬く、反応がありませんでした。眉間に寄せたしわは、苦しそうで、いつもの癖、「どうしたら、ここを切り抜けられるだろうか。」を考えてしまってるかのようでした。
不意に愛が溢れてきました。目の前に座ってうなだれている彼。怯えた幼子のような彼。どこにもかっこよさがない。体裁がはがれてしまい、言葉も無い。未来も見えていない。愛が枯渇してしまい、闇の中にいるみたい。
思いがけない言葉が次から次へとわたしの心から溢れてきました。
「誠さん。愛してる。あなたがどんなにみじめでも、誰のことを愛していても、誰にも愛されなくても、どこで路頭に迷っても、わたしは、あなたを愛しているよ。わたしは、あきらめない。あなたが、ほんとに安心してあなたの人生をあるけるように、ちゃんと見守ってるから安心して。ずっと、ずっと愛してる。」
そんなつもりもなかったのに、彼を抱きしめて優しく優しく抱擁しました。
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全く わたしの計画にはなかった流れが とても気持ちよく流れ始めました。
目の前にいる人を愛していく。素敵であっても、素敵でなくても。愛が枯渇したところに自分から優しい言葉、心、行動を投げかけてゆく。そうすると、帰ってくるんだね。誠実な思いが。
もっと、素敵な人と出会いたいと思っていたのに、みじめな彼が目の前にいて、愛が溢れてきてしまった。仕方ないなあ~。チェって感じなんだけど、幸せですよ。
今、誠さんとの日常がとても豊かであたたかく感じられます。
これから綴る物語も、計り知れないものがあるけれど、「南無阿弥陀仏」
「思惑を超えた偉大なる光に全託します。」
祈りの中で歩いていきますね。