愛の花

ainohanam.exblog.jp
ブログトップ | ログイン

実家の片づけwithきみきみ編

3月12日~15日、静岡の実家の片づけに行ってきた。

昨年の10月22日に、一人暮らしの父が88歳で天に召されて(母は10年前に)、妹と二人で相続した家だが、わたしにとってはいつまでも実家である。

2月23日から27日まで。4泊5日、掃除したばかりだったけど、大阪の友人と4月の末の大阪ライブ企画を今の状況でなにができるか電話で相談したのをきっかけに、新型肝炎の話、青木クリニックの話、インドの旅の話、実家の片付けの話、八星の解脱の話、話は尽きず長電話となって、切る頃、
「お父さんの家、行ってみたいな。」とひょっこっと、きみきみが言いだした。
「3月12日、富士宮市の歯医者に行くんだけど、1泊…2泊までなら、できるかな?」と急遽日程を決めた。(最終的には3泊した)

わたしは、いつもならコンサートツアー前は、準備で忙しい。今年は、新型肝炎をめぐって状況が刻々と変化していたので、ツアー前の4日を、遠方(大阪)から来てくれるというきみきみと一緒に、実家で過ごすことにした。やれるときに やれることに全力を尽くすのがいい。

ああ、ほんとうにありがたい時間だった。

一人では、とてもたどり着けない領域にたどり着いた。
実家の片づけwithきみきみ編_d0024504_00012526.jpg
3月12日、この日は、わたしは富士宮市の歯医者に最後の治療に行って、すべての銀歯がセラミックに変った祝福すべき日だった。

でも、1か月ほど、咳が止まらず、レゾナンス療法の青木先生の診断で、今回の咳の原因は電磁波だと解明されていた。銀歯を取ってなかったら、どれだけひどいことになっていただろうか?全国各地で5Gの試験的使用がスタートしているらしいので5Gの影響かもしれない。電磁波で 咳が出るなんて初めてだ。この件に関しては、今はまだ解決策を探索している。

12日、夕方、焼津駅できみきみと合流して、実家へ。そして実家の各部屋を隅から隅まで見てもらい、どこをどう手を付けたらいいか、きみきみのビジョンを温めてもらいました。
実家の片づけwithきみきみ編_d0024504_00133926.jpg
3泊4日の間、朝は、一緒に勤行(祈りと瞑想)とシェアをして、一日の流れを相談し、気持ちをシェアして、晴れた日は散歩し、
家の掃除が始まると、夜中まで 二人とも熱中して進めました。

きみきみが、シェアしたビジョンは、
「お父さんとお母さんの遺志を進化させて実現できる家」

そうそう、わたしのやりたいことは、そういうことなの!うれしいな、通じて共に実践できる仲間がいるって。
両親が生きていた間、到達できなかった真の夢、この地球への愛を、この家を通して実現させて、生かして行きたい。
人と人が真の叡智でつながってゆける場所。「誰かのもの」ではなく、みんなが自分らしく深化できる場所を、わたしなりに整えて、この地球に、捧げてゆきたい。
実家の片づけwithきみきみ編_d0024504_00171567.jpg
面白かったのは、きみきみが「家」=父と母の声に寄り添って、家を整えている間に、わたしが、今まで気づかなかった母からのメッセージの数々を見つけ始めたことでした。

最初に取り組んだのは、捨てられないでいた父の服たち(とても古くて人に譲る感じではない)を処分し、ネクタイを箱に入れ、ベルトやカバンを使えるものと使えないものに分類して、置いておくものを減らして行くこと。

次は、1階の物置、書類に手を付けました。
手紙と、書類と、写真とまずはざっくり分けて、さらに父、母、妹、姪、わたしの子供たち、と分類してゆく。
そして、保存する場所を、1階から2階へ移動。

そこは きみきみが提案してくれた。「1階は、公共の場、2階はプライベートな場所」

第三者だからこそ、空間の区分けの提案ができて、家が新しい呼吸を始めた感じがした。
実家の片づけwithきみきみ編_d0024504_00393328.jpg
書類を分類している時、母の気配がふわっと感じられた便箋を見つけた。便箋を開くと、母の投函しなかった、手紙の束が挟まっていた。わたしがカリフォルニアに暮らし、次男を生む直前、お金が尽きていたころ、パートナーに数か月でも、働いてほしいと頼んだことがあった。

「よく考えたけど、嫌だ。仕事をやめた時、二度と働かないって決めたんだ。」と言われて、わたしは、ほんとうに行き詰った。人里離れたカリフォルニアの山に、大人はパートナと私しかいなかった。どんな時でも頑張れるわたしが、臨月では働けないし、また産後首の座っていない赤ちゃんを抱いて、骨盤のひらいている母体で、働ける気がしなかった(動かない方がいい)。そもそも、当時は、カリフォルニアで免許を持ってなかったから、わたしが働くなら、町へ引っ越ししないといけない。母体は、赤ちゃんを育てることに集中するようにできている。総合的に見ると、わたしと赤ちゃんは、生きて行ける気がしなかった。それでも、どうやって生きてゆくか、真剣に考える日々が続いていた。

母は、そのころ、わたしと当時のパートナーにあてて、手紙を書いていた。

母は、わたしには、「あなたは、安心させようとパートナーのいいところばかりを書いてくるけど、信頼できない(してはいけない)人よ」と書き、
パートナーには、「働きなさい」と遠回しに意見を書いて、
何度も書き直しては投函できずにいた。

わたしが大変だった時、母は気がついて、苦しみを分かち持っていた。

あの時代、わたしは一人だと思っていたけれど、遠くにいる母が、必死で見守り、祈ってくれていた。

わたしは、母の愛をありありと感じた。ありがとう。お母さん。


*****
山のような書類の中、母がわたしに宛てたメッセージは、ふわっとあたたかく生きていて、気がついてわたしは、拾い出すことができた。
実家の片づけwithきみきみ編_d0024504_01113163.jpg
3日目は、きみきみが「魚屋さんに行きたい。」と提案。(いいね~!)魚市場へ。わたしが静岡へ帰ると父が自転車で魚を買いに行っていた市場。

ランチは、家で、刺身定食。

午後は突然のお客様が長野から来て、コンサートとなりました。
実家の片づけwithきみきみ編_d0024504_01140784.jpg
来てくれてのは、ディジュのゼロさんとお友達。とても楽しい時間だった。この場所はきっといい場所になる。

実家の片づけwithきみきみ編_d0024504_01150274.jpg
実家の片づけwithきみきみ編_d0024504_01161203.jpg
というわけで、実家の片づけは、宝物がいくらでも出てくる魔法の時間。

今回は、同じ志を持つ仲間たちとつながってビジョンが実現してゆくことを体感しました。

次に行く予定は4月7日です。猫のきいなを連れてゆく予定です。

今、気になっているのが、一階のトイレ、2階のトイレ、2階の水道の不具合で2階の水道とトイレの使用は止めてあり、1階tのトイレは水が薄っすら漏れていること。ドアのチャイムが(電話を外したため)鳴らないこと。また、2階のエアコンが壊れているので、夏の前に、なにか取り付けたい。

宮崎の友人が、そのへんやれるかも?と言ってたので、声かけてみようかな、と思っていますが、手伝いたい方、遊びに来たい方がいれば声かけてくださいね。


今のビジョンは、長野(自給自足)、静岡(静かに内省する場所)、沖縄(海との暮らし)の3拠点のゆるやかなコミュニティーをイメージしています。人と人、自然と人が つながるいのちを生かして行く暮らしと文化を興して行きたい。



by ainohanaMusic | 2020-03-24 01:24 | 心の旅日記 | Comments(0)