リトリートを15年も続けると、お天気に関して、まったく心配しなくなった。
絶対信頼
ほんとに 絶対信頼って感じ。
もう、ほんとうにパーフェクトなのだから、疑う余地はない。
雨は雨なりに、お天気はお天気なりに最高なのだけれど、川の上流で行うナチュラルサウナの時は、川の神さまなのかお天気をつかさどる神さまなのか、きめの細かい配慮をしてくれ、楽しませてくれるので、いつも心から感動してしまうのだった。
さて、二日目の午前中は、高烏谷神社で、ブランチとシャドーワーク、ウォーキングメディテーションの予定だった。
朝からけっこう、雨が降っていて、雨合羽を用意したが、案の定、家を出るころには、小雨になっていた。

ああ、これは、もう大丈夫、
志織ちゃんに「もう、大丈夫だからあずま屋じゃなくて、いつもの場所、木の下にシートを敷いて、ごはんの準備をしておいてね。」と伝える。
スタッフたちは、車でランチと子どもたちと一足先に、現地へ。
わたしが着くと、木の下ではなく、あずま屋(屋根の下)にシートを広げてお弁当を並べていた。

「あれっ?木の下に用意してって言ったのだけど。」
子どもたちは、もうランチを並べていて、動きそうもない。志織ちゃんは、その場からサッと離れてしまった。(伝言を忘れたらしい)
ああ、みんなは、外で食べ始めたら、小雨は止むことを知らないんだなぁ。小雨でも濡れても、それは素晴らしい体験だ。
リトリートの趣旨を大人に説明しても、子どもは、動きそうにないので、
あずま屋のすぐ横の土の上にシートを半分移して、大人はそこで ご飯を食べた。子どもはあずま屋で。
ほんとは、木の下で食べたかったけど、伝言が伝わらなかったのは、残念無念だった。でも、なぜ、あずま屋じゃなくて木の下なのか、みんなに話したよ。
お天気は、ちゃんと変わるの。いつもコミュニケーションしているから、絶対大丈夫。
木の下でブランチを食べることには とても大きな意味がある。いつもコンタクトしている木々たちは、必要な働きをしてくれて癒しが起こる。場所を選ぶことは大きなチョイスなの。
また、自分たちの行動に合わせるかのようにお天気が移り変わることを体感すると、この世界が生きていることが分かり、見方が変ってゆく。
(これは4日目のライブ)
ごはんの後、スタッフや子どもたちは遊里庵に帰り、参加者とワークをするために、神社の境内に移動したら、ザーッと雨が降ってきた。ちょっとだけ雨宿りをした。雨の中でもワークをやろうか?と思い切って、一歩、外へ出たら、雨はパタッと止んだ。
歌をうたうとまぶしいくらい光がさし、みんなで歓声をあげた。ワークの間は、晴れていた。
雨は雨なりに、晴れは晴れなりにいいんだけど、大切な時は、お天気はフォローしてくれる。過去の経験の積み重ねがあり、心配せずに計画通りリトリートは進められている。
3日目のサウナの時にお天気は最高だったのだけど、「撤収!」と荷物を片づけ始めたら、前触れもなく、ザーッと、お清めの雨が降って、また晴れた。これは、自然界との対話だ。
「てっしゅうーー!!」
「ザァ――――!!」(終わったねーーーー!楽しかったねーーーーーー!また来てねーーーー!)
自然界も共に、楽しんでいることを、分かる形で伝えてくれて、嬉しくなっちゃったよ。
ところで、わたしたちは、この場所に着くと、最初に、一人一人名前を名乗り、挨拶をして、帰る時は、ありがとう!と叫ぶ。
感謝の踊りも忘れない。
わたしたちは、この地球と共に浄化の時をわかちあっている。
ありがとう!また来るよ。愛してる。