11月15日福島市から新潟へ向かう。
出発間際に、幸子さんが制作した映像を見せていただく。
原発事故当時の放射能数値、娘さんがどこに避難して、どのように暮らしていったのか、4人のお子さんの母である幸子さんの想い、お子さんの想い、日本の状況。分かりやすくて 説得力がある。
福島市でのコンサート、幸子さんのお話しとのコラボでいつかできたらいいな~と思いました。
忘れ物をして 取りに戻ったりして、新潟のゆきちゃんの家に着いたのは6時過ぎになりました。
この移動中、愛海ちゃんとコミュニケーションが難しくなりました。これは、この4年間の間に同じようなことが起きていたのですが、また ぶり返したかのような時間。
移動途中でプールに寄り、プールを出るときにチケットを受付で返さないといけないシステムだったのですが、
チケットを鞄の中探しているわたしに、愛海ちゃんがイラついて「なくしたと言えばいいじゃない。」と急かすのでした。
移動日で、時間を急いでいるわけではなく、たいへんなことは引き受けている大人のわたしに、
「もう、探さなくていいよ。わたしが、なくしたと行ってくるよ。」と、わたしの意思を尊重できないことに、わたしは違和感を感じました。
「時間を急いでいるわけではないし、なくしてないし、あるものを 探すことは当たり前のことだから 指示するのはやめてほしい。」
後で ゆっくり聞くと、小さい時いつも急かされていたから、無意識で人を急かしてしまうのだと言うのです。でも、相手の言葉を聞かずに 自分の思いどうりにしようと圧力をかけたら 人とうまくいかないのでは?と感じました。
自分がやられて嫌だったことは、十分に味わったら、人にはしないと決意できるものだと、自分のケースを話すと、
「いやだという気持ちを十分味わわず、心を閉ざしたかもしれない」とのことでした。
その後、移動中は助手席で、眠り続けることについて、これではまずいのではないか?と感じて、伝えました。運転を交代してる場合、交代で寝る時もあるし、また一人で運転してる場合、たいてい、助手席の人は起きていて、コンサートの振り返りや今後のことを相談したり、経路を探したりしてくれている。どうしても眠い時は『わるいけど、ちょっと寝るね。』と眠ることはあっても、基本的に寝てる状態ではない。
「ツアー中は、それぞれができることをやってゆくことが大切で、わたしは 運転はするけれど、愛海ちゃんができることを助手席でやるように心がけてほしい。運転手が眠らないように話しかけるとか、迷わないように地図を見るとか、ツアーを共同で作っていく意思が必あれば目が覚めると思うよ。」
愛海ちゃんは、気分を害したみたいで、表情も言葉もなく、わたしを睨むような状態に・・・。仕方がないので、いろんな角度から 分かりやすく、諦めずに 自立してゆくことについて 話したのでした。
今 現在、愛海ちゃんの暮らしは、わたしの世話に寄って成り立っている。
でも、経済も、働きも ちゃんと自立し羽ばたいて そのうえで 共に協力し合ってゆくことができる。
そこまでの道は 今は、遠く感じるかもしれないけれど、1年もすれば もう、そのように 羽ばたいているのだと思う。
そのために どうしたらいいか?
自分のできることを 出し惜しみせずどんどんやってゆけば、人の行為や愛に気がつき、感謝できるようになる。
愛が巡れば、経済もめぐるようになる。