8月9日 長野を出発して静岡へ。
リトリートの間、畑の草刈りをしていなかったので8日、9日、汗だくになって草刈りと収穫。
父には、なるべく無農薬の遊里庵の野菜を食べてほしい。
あれも、これもと車に積み込んで、地元のスーパーで、実家になさそうなアレコレを買い込んで、高速に乗ると・・・方向違い。
また、駒ケ根に戻ってしまった。気を取り直して、再び高速に乗り、一路静岡へ。
藤枝市の実家に着いたのは、夜8時は過ぎてた。父は、自分の部屋でテレビを見ていて出てこないし、わたしは、台所の掃除に取り掛かるとエンジンがかかって、ご飯も食べずに、洗面所もお風呂も掃除して、11時になってしまった。父は意外と元気そうな声をしていて安心した。7月は来れなかったから、一人暮らしの習慣から、人と共にいるモードへの切り替えに時間がかかっている。
夜寝る前に、テルミー温熱療法をした。父の体調がこれで少しわかるし、父もしゃべりだす。子どもたちにも、自分にも、旅で出会う方々にもテルミー療法は、柔らかくあたたかく、喜ばれて、つながる時間を紡いでくれた。
10日、朝からたっぷりお料理。父にとっては、2か月ぶりの家庭料理かな?。素材は、新鮮な遊里庵の野菜。暑くて仕方ないからフルーツもたっぷり。これでいいかな?と出来上がった後も、カルシウムもとってもらわなきゃとヒジキの煮つけを作り足し、「あっそうだ、お父さんは味噌汁が好きだった!」と味噌汁を作った。

ところで、こんな風に書いているとさぞかし、仲のいい親子と、思う方もいらっしゃると思う。
こんなふうに父の為に動くようになったのは、2000年以降(カリフォルニアから日本に戻ってきて)から。それまでは、父は
わたしにとって、ただ怖いだけの存在で会話することすら考えられなかったが、今では その状況を想像することの方が難しい。
人は、自分の中の無償の愛と出会うように導かれ、後戻りすることはないのだと思う。
フェイスブックに そのことを少し書いているので、転載しますね。
【8月12日のフェイスブック記事】
猛暑・・エアコンが生きてるのは父のいる4畳半のお部屋だけで、居間も二階もゆでだこみたい、大汗をかいて 物を整理し、掃除機をかけ、雑巾がけ。トイレも台所もきりがないけど、料理 洗濯も平行。
いま、一人暮らしの父のいえ 静岡。
父は87歳。...
自然派の父が、一人暮らしになり、電子レンジを多用し、
洗濯石鹸が、普通の洗剤になり、ご飯を炊かなくなり、プラスチックの入れ物の一人用ごはんをチンするようになり、
そこを たまーに来るわたしが、洗濯せっけんを買ってきて洗濯をし、ご飯を炊き、掃除をする。とにかく、物に囲まれて どう掃除していいか分からない 本がいたるところに積まれているおうち。
南無阿弥陀仏(根源なる光にお任せします)というマントラが、いつのまにか わたしの心に宿り、やるときはやれることをやるけど、あとは、無限なる宇宙にお任せするようになり、損得 勝ち負けを超えた 天の声に素直に動くようになったことが不思議。
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わたしは、父に愛されていると思ったことがない幼年時代を過ごしたけれど、愛されたいという思いを手放した。
他者に関心のない父は、そういう人なんだと諦めて、父にできることをできるだけすると決めてから、父の愛を感じるようになった。
「ゆりこの作る料理はおいしい。」とか
「おいしそうだ。」
「ありがとう。」と
このごろ父は言う。
掃除しても洗濯しても草刈りしても、気がつかないみたいだけれど、
気がつかなくても いいの。 まったく気にならない。
そのとき わたしのできることを 勝手にやってるだけだから。
父がしてくれたことに対してのお返しをしているわけではなく、わたしができることがあると気がついたから始めた。
13年+2年 合計15年、勘当されて縁が切れていた年月が
わたしのやる気を引き起こしたのかもしれないな。縁は自分で作るもの。
自分らしく生きて また出会えていることに感謝

(これは、8月13日、志織ちゃんが実家に泊まった翌朝の風景、一緒にブランチを作って食べている)