愛の花

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沖縄は瀬底島より  リトリートの始まりの文章も紹介

前回のツアーの最中に、急に思い立って10日間、沖縄へ行くことにした。

一番の目的は、なによりどこまでも深く包み込む海に抱かれて再生することだった。
子どもが光の世界に旅立ったことは、母親にとって深い悲しみだ。八星が光に旅立って2年も経たないが悲しみをそのままに海に抱かれて来よう。すべてのいのちの源の青い海と空に溶けてしまおう。
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瀬底島、穏やかな優しい白砂とどこまでもとうめいな海。
わたしが、たどり着いた4月2日あたりは大潮だったのかな?潮が引いてサンゴ礁の切れ目までサンダルで歩き、サンゴ礁の切れ目にサンダルを置いて、ドボンと深い海へもぐることができた。深い海は冷たい潮が流れ込んで、色とりどりのサンゴ礁が花盛り。水色、グリーン、ピンク、黄色、紫、茶色、わぁ~こんなにサンゴ礁ってカラフルだったの?

そのサンゴ礁の森を、色とりどりの魚たちの大群が泳いでいる。ふぐのような丸いけど四角い大きな魚がいたり、黄色、ブルー、縦じまの黒、ほんとに美しく個性豊かな魚たち。岩の合間には大きなウニやらヒトデやら。ヒトデも紫や黄色、黒。
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深い海を潜ってゆくとき そこには人はいない。こんな美しいところだけれど、足がつかないし、危険と隣り合わせだから、わたしの行くところは確実に、ひとりもいないの。

でも、安全と思うところにい続けるのは人間しかいなくて、ボーダーを超える時、生きる力が備わり、この世の物とはおもえない美しい世界に出会え心身が健全に養われてゆく。

いきなり冷たい潮が流れ込んで来るとき、魚の大群と会える時と、そう、あの世に帰る時は こんなふうに新しく色鮮やかで、思いもよらないのだろうと思う。

瀬底島のコンドミニアムを借りて自炊して暮らしています。あと1泊なんだけど。
本として出版することになった自伝的物語を書くことに集中しています。ここに来たら、アナスタシアが読みたくなって、読み返すとシンクロしてることがたくさんあります。
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また、不思議なタイミングでピアニストの太一さんのレコーディングに立ち会わせていただきました。すばらしいピアニスト、そして沖縄にお住いの安次富さんが渋いエンジニアで、ホールを借り切っての一発レコーディング、太一さんと安次富さんは、わたしのレコーディングにも協力してくださるとおっしゃっていて、今 天にゆだねつつも、考えています。一発録音だとバンド体制が必要なので、ホールを借り、何人かで沖縄滞在して録音すると資金もそれなりにかかり、あと30日のクラウドファンディング、声かけて行きますね。
また、一発録音だと、自分のコーラスとかバイオリンを後で重ねられないので、多重録音の方が、わたしに合うかもしれず、慎重に状況を見ています。
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自伝的物語については、出版社のMさんと電話で打ち合わせで、Mさんは「物語ではなく生き方として書いてほしい。」と要望が出てきています。わたしのばあい、沖縄滞在でも、ボーダー(安全といわれてる範囲を)を超えていのちの豊かさを取り戻してゆく道を歩いている。
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人の人生に影響を与えるような本を出したい。と、Mさんの志は一貫していて響いてきています。わたしの行動の仕方をアウトオンリムってMさんは言われました。シャーリーマクレーンのアウトオンリムは20代に読み、影響を受けました。その出版社からと現在やりとりしていることは、ありがたく、不思議なことです。
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                (カフェで食べた丼、海藻の下に 煮込んだ豚肉丼が隠れています 笑 絶品)

さて、リトリートに関して、昨日原稿(推敲するので変わってゆきます)を書いたのです。

遊里庵のリトリートの始まりとその内容について、ここに紹介しておきますね。
ほんとうに素晴らしい時間なので、惹かれる人は 迷わず来てもらいたいと願っています。


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とうめいな音を生きる57

17章 魂の家族たち

(4)リトリートが始まる     まだ途中の原稿から リトリートの紹介部分です これは、物語形式をいったん解除して、自伝方式で書いた一節です。

2004
年の12月、高遠町の遊里庵で、初めてのリトリートを23日で開催した。

リトリートは、日常から離れ、自然の豊かな場所で、本来の自分に帰るための調整の時を過ごす。それを遊里庵で開催することにした。

遊里庵のリトリートには、朝から眠るまで、ギュッと濃厚なプログラムが目白押し。滋養をたくさん吸収して、帰るころには、みんながナチュラルな感性に回帰しているので、若々しく素直な表情で、お互いへの愛情が溢れている。

最初、出会ったときは緊張していても、帰るころにはお互いを受け入れて、肩が触れ合うくらい近寄って仲良くご飯を食べているのが、なんともほほえましい。


朝の念仏やお経、瞑想で、清々しい気持ちで一日をスタートし、森や川で自然とダイレクトにつながる時間がたっぷりあって、蔵に籠って、キャンドルの光でシェアを深める時間も毎日とっている、和室でコンサートを聞く癒しの時間には気持ちよさそうに寝てしまう人もいる。みんなで食べるご飯は、野外やお部屋に、思いがけないセッティングをスタッフが工夫してくれている。温泉に行く時間もあり体も緩み、全体を通して素直で無邪気な分け隔てのない自分に帰る。そして、人をジャッジせず、お互いをサポートしあうシンプルで深いつながりが整ってゆくと、良きことが連鎖して起きてゆく。花咲くように、自分も周りも気づきが深まり、開花してゆく。


プログラムが濃密に作用しあい、自分を制限している概念が外れ、ひとりひとりに備わっているミッションに出会ってゆく。本来の自分の感覚が目覚めてゆく、かけがえのない時間になっている。


リトリートを始めたきっかけは、東京で開催したヘンプお守りネックレスのワークショップに参加した3人が、遊里庵に遊びに来たいと言い出したことだった。

わたしはその時、「ツアーで、家にいないことが多いから、家に帰ったらやることがたくさんありすぎで、送り迎えはするけど、あとは自由にしてもらっていい?」と返事をしたが、本心に添わない返答をしている自分に困惑した。ほんとはちゃんとお迎えしたいのに・・・これではいけない。状況を調整しようと思い立った。

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             (写真は 瀬底ビーチ)
コンサートを聞いて、うたが生まれた遊里庵での暮らしに関心を持つ人は多かった。また、わたしも、自宅であれば、本気のおもてなしができると知っていた。

森や木々とコンタクトとの仕方も伝えられるし、夏には、最高!と感じている天然手作りナチュラルサウナ(スエットロッジ)を川原で一緒に体験してもらえる!天然サウナは、祈りを捧げてから、河原で盛大に火を燃やし石を焼く。その焼けた石を、ビニールシートで作った密閉空間、小さな丸い小屋の真ん中に据えて、回りに座り、焼けた石に慎重に水をかけ、小屋に熱い蒸気が満ちると、信じられないほどの汗で心身が浄化され、冷たい川へ飛び込むと、病みつきになるくらい気持ちの良さを体感する

手間もかかるし、ワイルドで危険にも見える手作り天然サウナは、川の水、石、森の木、火が、浄化力を貸してくれるダイナミックな自然界との融合。自然界と人の誠(まこと)が一体となって初めて起こる素晴らしい浄化の時間だ。

また、リトリート期間中、暮らしから生まれた歌たちを、折に触れて歌う。同じ歌でも、聴き手の聴こえ方が微細になってゆくと、より微細なうたい方に変化してゆく。シェアが続き、それぞれの内面の変化がお互いをさらに、気づきへと導いてゆく。

裏方スタッフをお願いして、魂の目覚めのためのリトリートを開催することにした。

この着想の芽生えは、カリフォルニアに暮らしていたころからあった。

当時、わたしにとって最高のコンサート会場は、エルクバレーのオークグローブだった。
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年間、練習していた森は落ち葉のフカフカした斜面になっていて、そこにお客さんに座ってもらい、マドローンの木の下で歌ったらどうだろう?とイメージした。
森の吹く風や木漏れ日、どんぐりを食べるリス、木の上の方でドングリを埋めるキツツキの仕事ぶり、ゆっくり歩く鹿たち、そしてうたを聴くみんなが一枚の絵の中にいるなんて素晴らしいじゃない。

参加者がエルクバレーの静けさに清められて帰って行けたら、それぞれの人生に素晴らしい気づきを運べるのではないか?送り迎えつき、宿泊ありのコンサート企画したいな、とワクワクするアイデアがあった。

パートナーに提案すると、「そんなめんどくさいことは嫌だ。」と、一蹴されてしまった。


今ならやれる!と気がついて、うれしくなり、すぐにチラシを作った。すぐに申し込みがあり、リトリート第一回目は、寒い12月に、参加者7名でスタートした。

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              (写真は、瀬底ビーチから)
リトリートはお子さん連れ歓迎。ジャッジのない愛の空間にまっさきに変化してゆくのは子どもたちだった。子どもたちは、お母さん、お父さんの心が柔らかくなると、さらに生き生きしてゆく。子どもの在り方は、大人の参加者の気づきを深めてくれた。


スタッフは二日前に遊里庵に来てもらい、参加者が来る前に、リトリート準備と並行してスタッフのためのミニリトリートの時間も持っている。

第一回目のリトリートの3日目、うれしくて涙が止まらなくなった。お互いをジャッジしない愛の空間がだんだん出来上がっていった。そこにいるみんなが好き嫌いを超えて、心を許しあい、自分自身に向き合い始める瞬間がある。空気がパァーと、明るくなり、シェアの時、話が他人ごとではなく、すべてが自分のことに響いてきて、みんなで変容してゆく時間がやって来る。

その領域に入った3日目、うれしくて、涙が止まらなかったのだった。

リトリートは23日だと、空間が変容して、すぐに解散してしまうのは、もったいないので、2回目からは、34日で開催となった。

あれから、14年、リトリートが続いている。
縁のある方は、是非とも参加して、体感して、魂の家族となり、自分らしい人生をクリエイトしてもらいたいと思います。
ここ数年は、夏に絞り、7月と8月に開催しています。

人生で起きる出来事は山あり谷あり。自分と安心して向かい合い、未消化の過去も腑に落として愛に満たして、次のステージに行きたい。

14年間、
わたしは、すべてのリトリートを主催参加して、すばらしい役徳だと思っているのです。
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by ainohanaMusic | 2018-04-09 09:09 | リトリート | Comments(0)