愛の花

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歌うように生き 生きるようにうたう⑩

8)吉本有里という生き方⑩
うたに魔法がかかる
30代の始まり

振出しに戻り 時間講師へ 

わたしの天職は、自分の音楽以外にないのかも?とさすがに感じ始めました。
どの仕事も、面接を受けると好意的に受け入れられて、正職員を勧められる。

でも、わたしは、どの仕事にも打ち込めず、生活の糧を得るところに留まり、できるだけ音楽活動に余力を残そうとする。

自分の音楽活動に、時間の制限を加えることはないのに。コンサートやリハーサルは、早く終えて帰りたいと思うことはなく、音楽仲間が集中できていれば、とことん徹夜してでもやりたいと思うのでした。

学校の時間講師をしたらどうだろう?と思いつきました。わたしは、大学で小中高校の教員免許を取得していました。音楽が天職であれば、もうこれ以上新たな分野を開拓して「天職」を探す必要がなくなったのでした。

時間講師として申請すると、すぐに話が舞い込んできました。
登校拒否の子どもたちのために実験的に作られた公立中学校内の特別クラスの社会科講師の仕事でした。
わたしにぴったりの仕事の予感がして胸が高鳴りました。

授業は、午前10時くらいから始まり、授業は2時間くらいの枠でゆったりとカリキュラムが組んであり、少人数でみんなで向かい合う机の並びになっていました。

校長先生と面接した時、本当にやりたいことを提案ました。自分が本当にやりたいことをやらないと、打ち込めない。やりがいのあることでなければ、続かない。雇われることが目的ではなく、自分のやりたいことがやれるチャンスを掴むことが目的の面接でした。

「登校拒否の子どもたちに普通の授業をやっても、続けてきてくれるとは思えないので、わたしができることの中で、子どもたちに一番貢献できることをやらせていただいていいでしょうか?わたしが、一番得意な分野は、オリジナル曲を作って歌い、演奏することなんです。一人一人に詩を書いてもらい、それぞれの生徒のオリジナル曲を作って、演奏して歌うところまで教えてもいいでしょうか?
 まずは、子どもたちに学校に来る楽しみができて、心がほどけ、自己表現ができて、お互いを知ることができたら、いいクラスになると思うんです。社会科の授業は、導入で少しやります。そして、作詞作曲の時間に入るというのはどうでしょうか?」


意外なことに、わたしの提案はあっさりと了解され、楽しく活気のある授業が、展開されてゆきました。

最初の授業では、自己紹介代わりにミニコンサートをしました。そして、次の授業までに、自分の思いを「詩」に書いてきてくれたら、曲をつけるよ、と約束しました。驚いたことに、みんな詩を書いて持ってきてくれました。

繊細な心、ユニークな心、恋愛中の乙女な気持ち、みんなの個性が溢れていて、楽しくあっという間に、曲がつきました。

あの子のうた、この子のうた、それぞれのうたが愛おしくて、みんなで練習しました。それぞれに楽器を選び、面白いバンドが結成されて、学級報告は、みんなの詩と歌の楽しい様子が掲載され、授業を見学に来られる方も多かったのです。

粗大ごみの日に、バンドの備品、カセットデッキや、ベースやキーボードなどを拾いに、生徒と学校周辺を一緒に歩き、目的のものを見つけてハシャギました。すべての体験がわたしにとっても、生徒にとっても、初めてでワクワクしていました。

子どもたちの中で 悩みを抱える子たちは、個人的にも会いに来るようになりました。クラスの担任の先生も楽しみに待っていてくださるようになりました。
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そして、他の学校からも時間講師の依頼があり、普通に歴史の授業を担当したのですが、こちらは対照的で、ほんとに疲れました。

荒れてしまった中学校で、40人以上の生徒を相手に、教科書どうりの授業では、わたし自身がつまらないのです。わたしが生き生きと伝えられるのは、教科書ではなく、自分の体験に基づいたオリジナルな内容なのだと感じました。

わたしの職歴は、ここまで。

間もなく転機がやってきて、わたしは自分の音楽に専念するようになり、以来一度も勤めることなく、カリフォルニアの草原で出産と子育てを経験し、シンガーとして生きるようになるのです。

by ainohanaMusic | 2017-08-26 22:14 | | Comments(0)