吉本有里という生き方⑥
うたに魔法がかかる
⑷バイト編 どうやって暮らす? 最初のバイト
大学を卒業して、8年くらい様々なバイトを遍歴しました。いくつかの職場で正職員も経験し、次第にバイトをいくつかかけもち+音楽という時代を経て、あるとき、自分の天職は「うた」しかないと悟り、すべてのバイトを止めて音楽に専念する時期が訪れました。状況が整ったわけではなく、自分の暮らしと表現を一致させることがわたしに回帰することであり、成長進化が起こることで、暮らしてゆくことができる時期がただやってきたのでした。
他の経験と同様バイト時代に得た気づきはかけがえのないもので、それがあって次があり、今があると思うのです。
さて、バイトを始めたのは、好きな音楽を続けるため生活費を稼ぐ、という差し迫った必要性があったからです。
大学卒業と同時に親からの仕送りは終了。また、うたうことが仕事になるとは全く思っていなかったので、どこかに自分の天職があるのだろうと探していました。ですから、自分の仕事ではないと思ったら居心地が良くても、1年でやめるマイルールがありました。
最初のバイトは、小金井に暮らしていたころよく買い物に行った無農薬八百屋さん。バイトを探しに行くときに、買い物に寄っておしゃべりしてたら、うちで働かない?と誘われたのです。
遍歴したたくさんのバイトの中、ベストの環境&経験でした。触れたいことがそこにぎゅっと詰まっていたような。ただし、経験したことの意味が分かるのは、書いている「今」、30年以上たってから・・なんですね。あのとき教えてもらったことにこんな意味があったと、経験を積んで初めてわかることがあります。
ポランの広場という無農薬の八百屋グループが生まれたばかりの時代で、純度の高い志、みんなの心の熱さが伝わってくる職場。いのちを大切にする地球を愛する志が、流通の在り方を変えてゆこうと、「食べ物」を生産者から消費者に渡る道筋作りをしてゆく仕事でした。わたしを雇ってくれたYさんには、人材を育てようとする意識と懐の広さがありました。とまやという名前のお店で、交代に作るランチに、食材、野菜やパンやスパゲティーへの斬新な見方と愛情が現れていて、いつもびっくりドキドキ、したものです。
たとえば、酸味の強い硬い全粒粉の天然酵母のパンなどは、薄く切ってカリカリに焼き、オリーブオイルとネギ納豆や、ほうれん草のおひたしやら、ヒジキなどをのせてカナッペみたいにして食べました。和と洋が混じったアートのような食卓が、お店の食材で賞味期限の近づいたものを生かしてご馳走になる。その料理の速さと集中力、食材への愛情。店の裏で、美味しい食卓をみんなで囲むとき、ラスタヘアで、森の隠遁者のような若者、哲学者のような店主と相棒の男性、陽気で明るい店主の奥さんなど、スピリットのある人たちが集っていて、明るく面白いエネルギーが満ちていました。
仕事中に思いついてやることは何でも許容された自由度、愛の度数の高さが当たり前に存在していました。閉店した後のお店をライブ会場に貸してもらったこともありました。わたしは、店のみんなにインタビューして、八百屋便りのようなものを作ったり、痛んできたリンゴでアップルパイを作ったりしました。
しかし、肝心の店番では、お客さんへの対応、「いらっしゃいませ」とか「ありがとうございます」が自然に出てこない。お客さんに野菜を包んで渡すのもこれでいいのか???状態で、お店の常連さんたちに心が開かず「居場所のなさ」を感じていました。親に庇護されて学校にさえ行っていれば、あとは自由で、手伝いもせずに育ったわたしには、人や場所を支えてゆく経験値がなく、働く(はたを楽にする)精神性がまだ、宿っていなかったのだと思います。
Yさんは、「研修」ということで、東京にあるほかのお店の一日体験、生産者の農場や、「全体の会合」にも参加させ、つながりの全体像が見えてくるようにしてくれていました。Yさんが教えてくださったとうり、仕入れは同じでも、店によって雰囲気もやり方も異なりました。店のやり方は、自分でクリエイトするものでした。
泊りに行かせてもらった埼玉の農場のKさんは歌う人でもあり、ハーブを出荷していた妖精のような男性とバンドを組んでいて、わたしも一緒に音楽セッションに混じり、心底楽しかったのです。その楽しさは、自分がやりたい暮らしと音楽だったからなんだな、と「今」になって、気がつき驚きます。今 まさにKさんのような暮らしをしているのですが、農場ではなく自家菜園で、農家ではなくミュージシャンなので、そこもまた予想だにしなかったことで驚きです。
わたしがシンガーになり、自然と共に暮らし、野菜を育てることになるとは思いつきもしなかったほど、そのころのわたしは、頭で考えて行動していて、出口の見えない都会暮らしで、日々の小さな悩みに捉われていたのだと思います。
経験を通して成長し、必要のないものを手放すことができて、本来のわたしに回帰して、今の暮らしに至ったことが分かります。
わたしが引っ越しや、いろいろ葛藤を抱えて、お店の仕事に「やる気」が出てないのを見抜いたYさんは、「来たくなったとき来ていいぞ。」と、自由を与えた上に、引っ越しの手伝いに自ら車を出してくださいました。
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