17日に長野から東京は青梅へ。

(18日、朝 みんなで会場準備中)
久しぶりの「ひだまりの郷」へ着いたのは午後6時過ぎ。京都の葬儀で会って4か月ぶりに敬子さんと再会。
翌日の「八星を偲ぶ会&コンサート」の打ち合わせをして、手料理をいただく。ご主人ののぶさんも帰ってこられて、八星のことを、分かち合った。危うい面を持ってる同じ世代の子どもを持つ親どうし。「生きていてくれたらいいよね。」というのは基本の思いで、八星の場合、危ういという思う暇もなく、才能が開花すると同時に、爆発するように、あっという間にあの世に帰ってしまった。背景にあった知らなかった八星が抱えていた事情も、後になって知ることとなった。

(いとこの愛海ちゃんが、八星を版画に描いてくれました)
亡くなって4か月の間に、多くの出会いに恵まれて、八星に起きたことを、ほぼ知ることができて、隔たりがなくなり、ひとつの想いを共有している。その流れは、もうすぐ発行する「虹のうたクラブ」の会報にまとめてずいぶん心の整理がついた。いいタイミングで「八星を偲ぶ会」を企画してくださっていて、ありがたかった。
前夜、姪の愛海ちゃんも到着。翌朝には、一緒に会場つくり。10時過ぎには ボチボチと集まってきて、お花や風船の飾りがほんとに可愛かった。そして、うたと分かち合い。
みんなと分かち合うと、また 大切なエッセンスが多角的に 沁みてきて、パワフルになる。
子どもたちが 順調に育ってゆくには、シンプルに愛と真実を伝えてゆくことがお守りになる~と今 わたしは実感している。
真実は、いいわるいのジャッジを外して、伝えるべき事実を愛をこめて伝えておくこと。

18日は、10時半からお昼を挟んで午後4時まで。
洋間でコンサートし、和室で輪になってシェアを午前午後で2セット。
友人の並さんが、八星と同世代の悠生くんを誘ってくれて、(並さんが二人の音楽の趣味が近いのでつないでくれて、ネット上で交流してた)悠生くんが 歌ってくれた八星の「光」と、八星のために作ったという曲が ほんとうによかったんだ・・。
まるで そこに八星がいるかのように、やさしい、繊細で、宇宙的な世界が響いていた。
悠生くんは、八星とリアルには、会ったことがなかったけれど ほんとうに 八星に敬意と愛情を持ってくれていたんだね。

そして、参加された一人一人の心の中に八星はしっかりと生きていて、最後は、並さんが7年間に渡って撮った動画を編集したもの
「八星との7年間」20分をみんなで見ました。
中学1年生で不登校になった八星を連れて、わたしは、ツアーに出た。始めは、音響助手、人前に立つことが大変だっただろうな。ミキサーの前に座ってる八星の姿が緊張していて、けなげだった。次はジャンベ、表情は硬いけれど、よくやってくれた! 最後はぐんと大人びて落ち着いて、ギターの弾き語りと自己表現を自分のものにしていた。
見終わったとき、中学生の時の不器用な、繊細さは、20歳の時もきっと変わらずそのまま内面にあったんだな~と感じたのです、落ち着いた表情と風貌に、大人扱いしてしまって彼が行き詰ったときに気がつかずにいたことを悔やみ、彼のその時の苦しさ、どうしていいかわからない状態を、母は理解し、追体験することで、彼の苦しみが、浄化される気がしました。
彼を知ることが共感となり浄化となり、供養となる。

八星を偲ぶ会は、ただの偲ぶ会ではなく、一人一人の「今」が、リニューアルされてきていることを感じられる時間でした。
味わい尽くして新しいところに出てきている。輝いている。
天に帰った八星を語ることで、その人の「生」が、より明確になってゆく。
集まってくださったみなさん ほんとに ありがとう☆来てくれて ほんとにうれしかったよ。
9月2日(土)に
八星の22歳の誕生日&あの世に帰って1年目の集いをやろうと、敬子さんの発案で、日程が決まったところです。
その時、また みんな成長してること 間違いなしだね!
また、今回 来れなかった人は、次回は来れるように!
すべての出来事がいのちを輝かせてくれている。
わたしは、八星と再会するのが楽しみ。そのときまでに、準備しておきたいことがあるのです。