11月3日 文化の日
運転手を引き受けてくれたのりこさんの運転で 釜石へ向かう。
「わたし高速運転苦手なんです。」
と言いつつ、でも
「有里さんのコンサート3回 連続 きけるなんて嬉しい!どんな人に出会えるのかなあ?」と期待に胸を躍らせている。
新しいことはいつも不安がつきまとう。
不安より期待が ちょっとでも、勝ったとき、人は新たなチャレンジにふみだすのだろう。
のりこさんは シングルマザーで お子さんが3人。
一番下は 高校生。
いつも子ども優先で、仕事も家事もこなし、家を空けることの少なかったのりこさんが
「こうして 子どもたちをおいて出かけられる自分になれたことが ほんとにうれしい!」と・・
わたしもうれしい。
のりこさんの愛は 子どもたちに もう十分伝わっているからね。

釜石までの道のり、約4時間の運転
「あれ~こんなに近いの?あっという間だった・・景色が気持ちいい、また来ようかな。」
と、楽しそうな・・実は車の運転好きだと、いうのりこさんと、遠野の道の駅で買った味噌おにぎり、おこわおにぎり、きんぴら、漬物を 釜石の駐車場で食べる。ふたりだと ずいぶん楽で楽しいな。
コンサートは 文化の日の他のイベントと重なって 少人数だったけれど 少人数とは思えない 重厚な手ごたえがあった。きっと津波で亡くなられた方々の魂が聞いてくださっていたのだろう。人がたくさん亡くなられた場所には、祈りのうたが響かせることが とても大切な気がする
震災の年に 由美ちゃんが 支援ライブを聞いてくれて、その夏、長野までリトリートに参加されて、「釜石を癒せる人になりたい。」と願いを胸に帰られて、を翌年2012年から コンサートを企画し 釜石に 呼んでくれるようになった。今までご縁のなかった釜石に 震災を機にご縁がつながった。 3年続けて、わたしが歌いに行けたのは 由美ちゃんのおかげ。そして 「おかげ」を受けて、わたしは 「生きること」を 釜石の仲間たちと繋いで行きたい。
シェアリングで印象的だったのは
「津波で生きていてほしかったかけがえのない友人を失った。でも、彼が死んでいるとはどうしても思えない。今 君はどこにいるんだろう。」
「どうして自分が生き残ったのか?なぜ、道行く人が 生き残ったのか。震災後ずっと 問い続けた。」
などなど、
生きること 死ぬことを 当たり前に感じなくなった みんなが そこにいた。
新しい何かが生まれる可能性のある場所だと感じた。
見えないものを感じられる場所。

この日の夕食は ライブ会場のカフェのオーナーの手料理
めちゃ おいしかった

泊りは 由美ちゃんのお母さんのおうち・・
夜は おかあさんが寝てから のりちゃん、由美ちゃんと3人で乾杯。
わたしは、明日があるから・・と11時半には寝たのだけど、
のりちゃんと由美ちゃんが姉妹のように仲良く、深夜まで話し込んでいた。
朝までぐっすり。
「さあ、起きてください。」由美ちゃんの優しい声に促されて、起床。
由美ちゃんのリクエストで 4人で朝の勤行をした。
28年前に亡くなった 由美ちゃんのお父さんに思いを馳せて、静かないい時間だった。
おしゃべりの苦手な由美ちゃんのお母さんの手料理が おいしくて感動。
優しいお母さんの心がお料理になっている。
のりこさんもわたしも、あまり話もしてないのに、「おいしいですね~お母さん!」って感じになって、
出発するときは
「いってきま~す。」と 挨拶。
きっと、また 戻ってくるね お母さん。
お母さんの味は最高。

のりこさんと由美ちゃんは次に東京で再会を約束した。
のりこさんの大切な友人を 由美ちゃんに紹介したいと思ったから・・ほんとに素敵なことだなあ~
また、二人で 2回目のリトリートに長野へ一緒に来ることも 話していた。
出会いは 宝もの。人生の展開が これから楽しみな二人です。