夢を見た。
とはいっても、目が覚めたら、ほとんど忘れてしまっていた。
目が覚めた時、随分疲れていた。
そう、夢で疲れることがある。
まだ消化しきっていない、さまざまな感情が、心に、体に浮上して。
この頃、10日後に迫った、カリフォルニア行きまでにCDの音源を完成し、カリフォルニアに行っている間にマスタリング(音の微調整)に出したい、と~時間に追われていた。それで、カリフォルニアに行く~ということに焦点をあてる暇もなく、飛行機に乗るであろうわたしを知ってかしらずか、潜在意識が、勝手に「カリフォルニア」を体験し始めた。
夢の場面はカリフォルニアだった。過去のわたしと今のわたし。
もうすぐ、自分がかつて生きた場所に戻る。3年ぶりのアメリカ。
なつかしいバークレー。
かつて暮らした場所へは、今回は行かない。あまりに人里離れた山の懐だから。そして、今は誰も暮らしていない場所だから、行くのであれば、それなりの準備がいる。今回のアメリカへの一人旅は、来年、こどもたちと行くアメリカへの旅の序章になる。まずは、一人で、感じてこよう。アメリカを通して~過去のわたしと現在のわたしを。
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昨日から、朝の勤行を再開した。
わたしにとって、念仏の時間は必要なことが情報整理されてゆく、ありがたい時間。
忙しければ、忙しいほど、ここで落ち着き、着手することの優先順位が おのずと決まってくる。
「南無阿弥陀仏」は、意味とすれば
「思惑を超えた偉大なる光に帰依します(自分をゆだねます)」となる。
これを宣言し続けるわけだから、心身ともに目が覚めて、自然な流れに添ったインスピレーションが入りやすくなるのだと思う。
さて、勤行を終えたら、今日のレコーディングは「観音さま」と決まった。
この歌だけは、歌の取り直しが必要と感じていた。
歌い始めたら、本應寺のお上人さんから我が家の床の間用に、貸し出していただいた「白衣観音」の掛け軸に、向かって歌いたくなった。おだやかな、おだやかなお顔。
掛け軸に向かい歌っていたら、観音さまの存在が心にあれば、自殺もしないだろう~とこの村で亡くなった二人の男性が思い出され、さらに集中した。
すると、かつて暮らしたカリフォルニアはエルクバレーの風景がありありと浮かんできた。
わたしの体、心に、これほど沁みこんでいる、山々の静けさとあたたかさ。そして、静かに暮らしたわたし、家族たちの風景。
「かんのんさま」は、昨年の11月4日、誠さんの夢に現れた「わたし」が歌ったという歌。
なぜ、この歌を わたしが歌っているかと言うならば、あの8年の暮らしをルーツに、変わらないわたしを見いだしつつ、変化を選び続けているわたしであるからだろう。。と、歌をプレイバックしながら、ふと、そう思った。
♪茜色に染まる大地♪と歌うと浮かんでくる風景はエルクバレーの夕陽、幼い子どもたち。でも、今のわたしの暮らしを彩る風景は、これから思い出になるであろう、また愛おしい別の風景。
ちなみに、エンジニアをしている誠さんも、今日のレコーディング中に「ビジョンを見た。」とのこと。大きな観音さまの祭ってあるお寺で、黄色い服を着た小坊主(子どもの修行僧)である誠さんが、一生懸命お掃除をしているシーン。
「タイみたいだったなあ。」
「そうなんだ、誠さん小坊主さんだったんだねえ~。やっぱりね。ここでも小坊主さんみたいだもんね~(笑)」
♪観音さま
観音さまの御心に
抱かれて眠る赤子のわたし
両手いっぱいにいただいた
計り知れない親様の愛
歌がきこえる
遠い記憶の彼方から
水が流るる
あなたの目覚めを待っている
大きな野原小さな家
鍬を手に心耕す日々
夢に目覚めたその日から
沢山の愛に出逢ってゆく
歌がきこえる
茜色に染まる大地から
水が流るる
あなたの目覚めを待っている♪