26日の朝、焼津の父の家の庭を剪定道具を買いに行くとき、
父が八星に お金を手渡した。
「ふつうは 孫に来るたびにお小遣いを渡すようだけど、僕は そういうことはしないけれど、今回は、庭の剪定代という理由にかこつけて、来てくれてありがとうという気持ちのおこずかい。」
ずいぶん長い名目だけど、父は変わったなあ・・
母の今までやってきたことを受け継いで、父と母の 合体したかのような人格に膨らんだ。
わたしも 2006年にパートナーを火事でなくして、パートナーの意志を受け継いだ。
愛する人の「死」は、愛する人を含んだ自分へと抱合させて 愛の器がひろがってゆく。
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八星が受け取った 「お小遣い」は、
八星にとって 今 一番必要な そして一番ほしい 「納得のゆく自分のギター」を買えるだけの金額だった。
27日、午前中から午後にかけて 裏庭も剪定を無事終えて、
夕方 迷わずハードオフへ直行。
中古のギターが たあくさん 壁にかけてあって、二人で 気になるギターを どんどん
ためし弾きしていった。
「エレアコがほしい。」と八星は言うけれど
良さそうなエレアコは、6万を超えていて 八星には買えない。
アコースティックギターに照準を定めて 最後は 八星一人で選んだ。
わたしが服のコーナーにはまっている間に 自分で買って、うれしそうに先に車へ。
2時間くらいかけて選んだのかな・・
ほんとにめでたい一日だった。
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さて、わたしは 八星の剪定を手伝いながらも、庭の整理や 部屋の整理も進めていて
自分の幼い時代のメモリーとも出会っていた。
わたしの幼いころの絵を ご紹介・・・幼稚園から~小学校1年くらいかな・・

(わたしの本名は ゆり子、妹はふみちゃん・・です)
夜は 久しぶりに おまもりヘンプアクセサリーを編んだ。
テレビを見る父のそば・・居間で ビーズを広げて編んでいると、父が テレビを消して、いろんな話を始めるんだよね・・その話が 2時間も3時間も続くので、相槌をつきながら お守りを編み続けた。話をさえぎることもなく、途中で自分の部屋に入ることもなく、編むことと、年老いた父の話に耳を傾けることが マッチしていて、いい時間だった。

父は、高知大学から東京大学に編入し、アルバイトしながら大学院まで進み、新卒で静岡大学の助手になり、助教授となり、教授となって、定年まで勤めた。学ぶことが好きで、今だに 本を読み続けている。ドイツ語、韓国語、英語、さまざまな国の言語で原書を読んでいる。
もちろん退職しているので、研究し続ける義務はないのだが、知りたいことを探求しつづけている。
知りたいことをいろんな角度から考察して研究してゆくことが父の天職なんだな~。
だから、インプットし続けて、アウトプットがないと バランスできないのだろう・・
環境のこと、歴史のこと、とにかく 話し始めると、話は尽きることなく 展開されてゆく。
わたしは、ただただ、聞く。
ほとんどの話が 興味深い内容なので、ただただ聞く。
父の学んだことが 流れ出す時間。
娘のわたしは、ただただ聞く。
勘当されても自分自身を生きつづけた20年で、
父に自分を理解してほしい、振り向いてほしい、抱きしめてほしいと願った幼年期を自分で受けとめ、凍った心を自ら溶かし、
今は、ただ 父を理解してゆこうとする わたしが穏やかな気持ちで ここにいれて ありがたいことだと 思う。

(父が2008年に最後に漬けた梅干し、とってもおいしいので毎回、もらって帰ります)