世の中に不思議と思うことは多いけれど、わが身におこり続けている不思議は、「わたしのうたう歌たち」が、どんどんやってき続けていること。
この現象が始まったのは、たぶんわたしが20歳くらいのころ。
人前で歌を歌うとか~、歌を作る~考えもしなかったあの頃。
桜が舞い散る小金井公園の夕暮れ、命を散らすその時が一番美しいことを はじめて感じたあの日、舞い散る桜の花びらに差し出した指先が、舞を舞い、体が旋回して、夕闇にまぎれて しばらく自然な内側からはじまった「舞い」に身を任せた。
そして、帰り道「♪花びらを~かぞえては 風を感じてる~♪」と歌がこぼれ出てきた。
これって、なに?とよくわからず簡易録音した歌を、
「これは、歌だよ~。いい歌だね~。」と褒め称えてくれ、ライブハウスに引っ張り出してくれたのが、その頃の彼。
シンガーソングライターで、ロックバンドのボーカリストだった。
あれ以来、生きることは歌うこと~ずっと、ずっうっと、歌がやってきている。
心がもやもやしてるとき、胸の中にまだ歌われていない歌が潜んでるんだって、気がついて以来、そういう時は、ギターを持つ。そうすると、新しい歌のフレーズが自然と出てくるんだ。
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ここまでも不思議だったのに、
昨年、夏から もっと不思議が増し、やってくる歌のペースがスピードアップした。 1ヶ月に2曲は、やってくる。
音楽のパートナー(ギタリスト)の夢に、わたしが出てきて新曲を歌う。
日常の中で脳みそも使って、歌をキャッチするのと違い、こちらは、誰も思考を働かせない。
夢をみた誠さんは、夢の中で歌を聞きおえたら、夢から飛び起き、忘れないうちにそのまま書き起こして、わたしに伝えるだけ。
最初の頃は
「変な歌が来たんだよ~。」と忘れてしまったり、大切なフレーズを「この言葉は意味をなさない。」とカットしてしようとしたこともあった。けれど、この頃は、すべての歌詞を聞き漏らさず、自分の解釈をいれず、そのまま記憶することに徹してくれている。
わたしは、伝えられた歌を実際に 歌えるように練習する~その間に、その歌のエッセンスは、わたし自身の生活の中にあることを体感し、隠されていた素直な心が、わたしの体に深く しみとおって トータルな風とおしのいい私になってゆく。
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さて、今朝も歌がやってきました。
誠さんに、覚えがきを書いてもらいました。以下のとおりです。
(夢からの覚書BY 誠)
コンサートツアー中、小さなホテルに有里と泊っていた。僕がデザイナーとアルバムのジャケットのデザインの打ち合わせしている間に、有里がどこかに消えてしまった。
あちこち部屋を探していると、歌声が聞こえてきた。有里だ。
しかも僕がまだ知らない曲を歌っている。白い見慣れないステージ衣装を着た現実よりも20歳も若い彼女は、僕を見るなり「このあいだの新曲なぜ歌ってないの?」と言った。
(※一番最近きた歌ロックバラード調の「光のサークル」は、忙しくて、まだ練習もしていないんですよ。練習しなくちゃね。これは わたしの心を受け取ることだから。)
そのあと彼女はギターを持って新しい歌を歌い始めた。それが次の歌だ。
満天の星がまたたく夜に
畑の中で眠りについた
やすらかな子守唄のような
静かな川の流れ
たくさんの大きな愛が
わたしを支えてくれる
畑に実る豊かな実りが
わたしに話しかけてくれる
大丈夫 大丈夫
子守唄が聞こえてくる
ゆっくりおやすみなさい
美しい心をつなぐ愛の架け橋
大丈夫 大丈夫
あなたは守られている
ゆっくりおやすみなさい
[2005年9月17日]