11月7日 高知市の かわいらしいホテルで 目が覚める。
6日のコンサートのお世話をしてくださったKさん
「ゆっくり眠ったほうが良さそうですね、お墓参りは午後にしましょう~」
ここ数年、Kさんは、コンサート企画だけではなく、お墓のお掃除につきあってくださる。
2007年、火事の翌年、やけどで包帯を厚く巻いた両手で、運転しコンサートをやり、一人で山の中の先祖のお墓のお掃除をするわたしのすがたに、ほっておけなかったらしい・・Kさんは わたしを案内したい場所があって お誘いくださったのだが、わたしは、お墓のお掃除が終わってからなら行けます~と 車に乗ってもらい、わたしの仕事が終わるまで 待ってもらうつもりだったが、Kさんが、一緒に働き始めると すっかりきれいになるので 驚いた。 Kさんの生業は、そういう仕事らしい・・と 今年、初めて聞いた。(笑い)
住宅地の裏から細い道を山に登ってゆくと あたりは お墓ばかり。
もう古い昔、誰の土地とも決められていなかった時代に、それぞれが決めて埋めた場所を子孫が守っている。
吉本家のお墓は 2年ぶり・・あらぁ~やっぱり すごいことになってた。
たくさんの 木々が お墓の間から細い若木になろうと育っている。
お墓は 木の葉と土で 埋もれてきている・・・
まっじぐらに 掃除を始めたKさんに見習って、鎌で草を刈り、熊手で 落ち葉を集め始める。
「あらっ?なんか、ご挨拶しないで掃除はじめちゃった。・・失礼な入り方かも?」
今年はてるみぃーが一緒なので、いつも気がつかないことに気がついていた。
相手が感じていることの一部を テレパシックに拾っている。
そして、お墓にお参りするとき 言葉としても伝えてもらった。
「まずは、自然界に対して 自然の摂理に反して刃物を入れることをお詫びしてくださいって、誰かが伝えてきていた。」「それから、自分が何者か 伝え、わたしたちを紹介してほしいってご先祖さまが言っているよ。」「そして、一番近い先祖の方が、Kさんに感謝しているって言われている。」
もちろん、お墓の中にご先祖がいるわけではないけれど、誰かを思って、なにかをするときに その思いや行為は、エネルギーとなって交流しているのだと思う。
「え~、お墓掃除することが 自然に反することなの?」って、車の中で反論した。釈然としない想いは その場で解消するように 務める。そのようなやり取りができる 友達がいるっていいなぁ~
「お墓そのものが不自然なものだから。」
「お墓をきれいにしてうれしいっていうユーリーの気持ちが ご先祖を喜ばせるの。」
そうだね、丁寧に生きるってことは 物事をひとつの角度から見て固めてしまうのではなく、
いろんな角度から 感じて見れる感度に素直に生きるってことだね。
すべて 尊い自分のために やっていることが周囲を喜ばせてゆくってことかな。
蛇かと思ったほどの 太い大きな虹色ミミズ。
熊手で 落ち葉を集めると、行く場を求めて うろうろさせてしまい 申し訳なかった。
畑を鍬で耕すとき、ミミズを傷つけても気にならなかったのに、3匹目の大ミミズに怪我をさせたとき、
誰も手を入れることのない、ふっくらとした肥沃な山の自然な生態系を破壊していることに気がついていた。
今は1年に1回くらいしか 人の手が加わらない吉本家のお墓。
その手を加えたことを自然界にお詫びして、お墓参りに来たことを伝え、てるみーとKさんを紹介して 自分なりの祈りをささげた。
今年は お墓参りは、ともした蝋燭の火が風で消えずに最後まで燃えた。初めてのことだった。
祝福されてるみたいで、クリスマスみたいな気分になって
てるみぃーと 「きよしこの夜」を 一番だけ うたいました。

http://yokoiterum.exblog.jp/19492573/(てるみぃーの報告)