8月22日水曜日
2回目のリトリートの準備にスタッフが到着。
千葉からけいちゃん、東京からちゃこちゃんと息子の万ちゃん。
ちゃこちゃんは 東京でのコンサートに数回 聞きに来てくれたのがご縁で、リトリートそのものが 初体験。
・・なので、限られた準備の2日の間に リトリートが どんなものなのか理解でき、スタッフに集中してゆけるような準備を心がけた。前日の準備だけ手伝ってくれた まさよちゃんと インドから初めて来日したまさよちゃんのパートナーのスリちゃん、ユニークな顔ぶれで 準備の間 だけでも 心が深まり 暮らしの中に 必要なすべてがあることに気づけるひらかれた状態に 移行したように思う。
(リトリートの始まりの朝、スタッフで 高烏谷神社へ お参りに)
リトリート前半~後半を通してスタッフをつとめたけいちゃんと随分親しくなった。
1回目では 緊張し頑張り過ぎてた部分が ほぐれて 笑いや柔軟性がたっぷり。
1回1回が随分違ってくるんだなぁ~ 続けて 参加することに 大きな意味を感じた。
同じく 通してスタッフをつとめた パートナーとは 簡単には溶けない心の壁を感じた。
本人は 精いっぱい手伝ってくれていたが、なぜか、そこに「主人公」として存在せず、人との間、 自分自身との間にも 一定の距離をとるスタンスで、コミュニケーションが深まらず すれ違う。
コミュニケーションのボールを受け取らず、似たような違うボールを投げ返してくる感じ。徒労感が生まれた。
リトリートは「自分に帰る旅」だから、誰もが ほんとうの自分自身に帰ってゆくと、共鳴し始めて 深いところで出会える喜びがある。その時に 手がかりになるのが シェアリング・・人の話す素直な言葉に 涙したり、自分も感じてることを感じるままに話したり・・
本人も覚えていないくらい 幼いころ どこかで、人と深くかかわらないことを決めてしまったのかもしれない。
そう、決めたときに 封じ込めた怒りを 感じとれるようになった。
人を理解してゆくには 時間がかかるときもあるんだな~
出会えないもどかしさが あったが、理解に近づき、長いトンネルを やっと出れたような開放感があった。わたしらしく 暮らすことを 大切にしよう 彼を変えられるのは 彼自身だから。まずは 自分を愛する暮らしへ わたしは帰ってきた。
愛あふれる人生と出会うリトリート
タイトルどうりの気づきが それぞれに 起きてゆく。
「いい人」であろうとする人は この世には多いと思うけれど、「いい人」であるよりも まず「自分自身」を探求することが いい、わるいで教え込まれた 外側からの価値観や束縛を超えて ほんとうの調和への道を切り開いてゆけるのだと感じている。
24日 午後 参加者の お二人+ お子さんが 到着した。
そう、参加者は今回は 大人2人 子ども 2人
そして スタッフ4人 総勢8人と 家族サイズ。
なんて ゆったりしてるんだろう。
オープニングライブは 最初の出だしは4人に聞いてもらい
途中で、スタッフに こどもたち2人を誘い遊んでもらい
余裕に静けさ。
まるで みんな もともと ここに 暮らしてるみたい。
(ふつかめの午後、こどもたちは 餃子の皮作り、大人は ヘンプアクセサリーワークショップ)
今回 少人数だったので 二日目の 午前中のウォーキングメディテーションに スタッフのけいちゃんが 参加したり、午後のヘンプアクセサリーワークショップに ちゃこちゃんが 参加できた。
また、ふつかめの午前中を 近所の やよいさんに こどものための特別ワークショップをしてもらい 2人の子どもたちの感性がひらいた。森の魔女のような やよいさん、いろんな大人が いろんな暮らし方をしていること 子どもたちに知ってほしいな。
こんな大人になりたいと思える 素敵でおもしろい大人と 一緒に遊んでほしい。
「有里さん、テレビみてもいい?オセロや ゲームはないの?」と子どもとスタッフに聞かれて
「あのね、うちにはテレビはないの(ほんとうは てっちゃんのテレビがあったけど・・笑い)オセロもないの・・すごろく 自分で作れるよ。」
そしたら・・・
すごい~~おお~きなすごろく 自分たちで作って 遊んでいた。
おまけに 蔵の2階の観音の間を 子どもたちが
「隠れ家にしたい」と 集って、
自作自演のうたや踊りを 披露していたとのこと・・・
「すごかったよ~~」とけいちゃん。
スタッフのみんな ありがとう。
子どもたちも たあくさん、クリエイティブで 人とかかわり自分自身でいられる豊かな時間を過ごしたね。
ほんものの時間を 子どもたちに過ごしてほしい。
子どもたちのつながる力と想像力が 地球の未来。
(朝ごはんは外で 前回同様 あちこちに飾られたお花が 気が効いていた)