昨日も、おとといもレコーディング。
昨日は、昼12時くらいに、シタールの田中峰彦さんが到着して、ピアノのシーナと、ギターの誠さん、と4人になりました。
すご~く楽しかった。
シタールが入ると、とたんに時空間が直線じゃなくなる。
「誰も知らない物語」
「体を持たない もう一人のわたし」
「八番星」
を、重ねではなく生録音で録りました。
朝9時から夜8時まで、ずっと。
誠さんは、ギターを押さえる指が痛くなり、
わたしは喉が痛いです。
シーナが、一番しつこくって(笑)
「ねえ、お願い!あと、もう1回だけ。もう1回だけやってみない?」と執念を燃やす。
わたしが、一番執念ぶかいかと思ってたら、まだ上がいた。
「ねえ、お願い~」はシーナに任せて(笑)、何度も何度も歌う中で、歌世界をクリアにしていくことに集中。みんなで取り組むとエネルギーの高まりがナチュラルで、とてもいい感じ。
峰彦さんは、とてもいい感性をしている。アドバイスも適切な感じ。
「もしかしたら、メッセージを届かせるのは、もう少しテンポを遅くして、うねりを出したほうがいいかも~。」 などなど。
峰英さんのシタールが、あばれているのを、そこから発する原初的な感覚を、わたしが新鮮に嬉しく感じていると~、
誠さんが
「峰英さん、間奏はやり直さないんですか?」
と聞く。あっ。誠さんには、好ましく聞こえなかったんだな。
すると、峰英さん
「いくらでも、きれいには弾きなおせるけど、そうすると面白くないかも?なんだかわからないところが、いいんじゃない。」
わたしは、思い出しました。
命の複雑さ。多様さ。
きれいなことが、命ではない。
躍動していること。つながっていることが命。
重ね(ダビング)レコーディングは、きれいに仕上がる。
でも、わたしは、生録音が好きみたい。
世の中で良かれと思われるものを、製作提供するのではなく、私自身が大切にする要素を優先させた、CDを製作していきたいです。