愛の花

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次のCDに向けて

10月の愛知~関西~中国~九州ツアーから帰ったら
新しいCDに着手する、と決めているけど エンジニアとミュージシャンが決まらず。

エンジニアもやれてマルチミュージシャンである人 ギターかピアノが超センスが良くて上手な方が一緒に作ってくださったらほんとに嬉しいんだけどなぁ。どんな音にしたいのか、感覚的には、わかるので、それを実際「音」に出せる方がいたら背中に羽が生えたように自由に羽ばたける。

でも、まだ いないの。そういう人・・・今までずっといてくれたことが奇跡です。

それで、ひとりでまずは始めてみよう!と思い立った。

********
2007年 火事の直後に 火事で光に帰った誠さんの遺志を継いで、ローランドのVS2000を買ったの。
彼は、いつもVSと一緒だった。どこでも機会を取り出して CD制作を始めていた。

でも、当時 子どもたちもまだ小さくて、ツアーを一人でこなすだけで精いっぱい。分厚いマニュアルは紐解けなかった。

CD制作に、3年のブランクが空いて、夏秋さんとの出会いから 再びCDを4枚製作した。

昨年リリースしたCD(14枚目、ソロでは9枚目)は 20歳になった八星が成長して、奇跡のように、ういういしくユニークなアレンジで演奏もエンジニアも務めた。


*******

3日前、新曲 心を大きく動かさないで♪を 突然思い立って 一人で とりはじめた。

ギター
うた
ベース
バイオリン
コーラス

の順番で とりすすめる。

ベースは八星の遺品、ベースを初めて弾いてみたの。重いし、弦がふとい!!弾けるとは、思わなかったけど、弾きたくなった。
やるだけやってみよう。

まったく分からないけれど、弦が4本なので バイオリンと似てるところがあり、
夢中でやっていたら、なんとなく音がとれた。VS2000に、トラックごとに音を入れることはできた。

初めてのことばかりのトライ。晩御飯も食べずに 朝4時まで やってたよ。

フェイスブックに今年の夏の楽しかった思い出の写真とあわせて動画にしてシェアしたよ。

こちら(ブログ)にも、シェアしたくて 今 方法を考えているところ。


心を大きく動かさないで♪と みんなを愛してるみんなに愛されてる♪(クリックしてみてくださいね、ユーチューブに飛びます)
の二曲 無謀にも 一人で 多重録音してみたよ。

二曲目は、
ジャンベをとり
ギターを入れて
ベース二日目のトライ!!
ピアノは初めて弾きました。片手弾き。とても楽しかった。




やり方は わからないけれど、感覚と集中力で、世界を作ってみた。

そして、一緒に作る仲間に恵まれて、素敵なCDができますように。

ところで、やっぱり機械の扱いと ミキシング(音の調整)が ほんとうに分からないのです。
分厚い取り扱い説明書を読んでも 分からないことだらけ。

聞いて癒されるCDを作りたいから・・・もし分かる方がいたら 教えてくださいね。音の調整ってほんとに大切。

たくさん たくさん知りたいことがあります。

この3日間は ごはんを食べる時間も惜しくて、明け方まで 没頭していた。

ローランドのVS2000を使って録音&ミキシングしたことがある人 いるかな?
そして、遊里庵に遊びに来てくださって教えてくださることが叶えば ほんとに幸せですが、💛電話でも メールでもありがたいです。
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取扱説明書、読んでも分からないのは、構造的なシステムの説明と、音を扱うための数値を調整するつまみがたくさん・・・その項目の存在自体が なんなのか?分からない、名前を聞いても初めて聞く・・という感じ。でも、たくさんのCDを制作してきて、こうしたい~という願いはあるから、きっと、学び取って、理解できるはず。

ああ~ わかりた~い。

by ainohanaMusic | 2017-08-31 01:44 | CD | Comments(0)

歌うように生き 生きるようにうたう⑩

8)吉本有里という生き方⑩
うたに魔法がかかる
30代の始まり

振出しに戻り 時間講師へ 

わたしの天職は、自分の音楽以外にないのかも?とさすがに感じ始めました。
どの仕事も、面接を受けると好意的に受け入れられて、正職員を勧められる。

でも、わたしは、どの仕事にも打ち込めず、生活の糧を得るところに留まり、できるだけ音楽活動に余力を残そうとする。

自分の音楽活動に、時間の制限を加えることはないのに。コンサートやリハーサルは、早く終えて帰りたいと思うことはなく、音楽仲間が集中できていれば、とことん徹夜してでもやりたいと思うのでした。

学校の時間講師をしたらどうだろう?と思いつきました。わたしは、大学で小中高校の教員免許を取得していました。音楽が天職であれば、もうこれ以上新たな分野を開拓して「天職」を探す必要がなくなったのでした。

時間講師として申請すると、すぐに話が舞い込んできました。
登校拒否の子どもたちのために実験的に作られた公立中学校内の特別クラスの社会科講師の仕事でした。
わたしにぴったりの仕事の予感がして胸が高鳴りました。

授業は、午前10時くらいから始まり、授業は2時間くらいの枠でゆったりとカリキュラムが組んであり、少人数でみんなで向かい合う机の並びになっていました。

校長先生と面接した時、本当にやりたいことを提案ました。自分が本当にやりたいことをやらないと、打ち込めない。やりがいのあることでなければ、続かない。雇われることが目的ではなく、自分のやりたいことがやれるチャンスを掴むことが目的の面接でした。

「登校拒否の子どもたちに普通の授業をやっても、続けてきてくれるとは思えないので、わたしができることの中で、子どもたちに一番貢献できることをやらせていただいていいでしょうか?わたしが、一番得意な分野は、オリジナル曲を作って歌い、演奏することなんです。一人一人に詩を書いてもらい、それぞれの生徒のオリジナル曲を作って、演奏して歌うところまで教えてもいいでしょうか?
 まずは、子どもたちに学校に来る楽しみができて、心がほどけ、自己表現ができて、お互いを知ることができたら、いいクラスになると思うんです。社会科の授業は、導入で少しやります。そして、作詞作曲の時間に入るというのはどうでしょうか?」


意外なことに、わたしの提案はあっさりと了解され、楽しく活気のある授業が、展開されてゆきました。

最初の授業では、自己紹介代わりにミニコンサートをしました。そして、次の授業までに、自分の思いを「詩」に書いてきてくれたら、曲をつけるよ、と約束しました。驚いたことに、みんな詩を書いて持ってきてくれました。

繊細な心、ユニークな心、恋愛中の乙女な気持ち、みんなの個性が溢れていて、楽しくあっという間に、曲がつきました。

あの子のうた、この子のうた、それぞれのうたが愛おしくて、みんなで練習しました。それぞれに楽器を選び、面白いバンドが結成されて、学級報告は、みんなの詩と歌の楽しい様子が掲載され、授業を見学に来られる方も多かったのです。

粗大ごみの日に、バンドの備品、カセットデッキや、ベースやキーボードなどを拾いに、生徒と学校周辺を一緒に歩き、目的のものを見つけてハシャギました。すべての体験がわたしにとっても、生徒にとっても、初めてでワクワクしていました。

子どもたちの中で 悩みを抱える子たちは、個人的にも会いに来るようになりました。クラスの担任の先生も楽しみに待っていてくださるようになりました。
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そして、他の学校からも時間講師の依頼があり、普通に歴史の授業を担当したのですが、こちらは対照的で、ほんとに疲れました。

荒れてしまった中学校で、40人以上の生徒を相手に、教科書どうりの授業では、わたし自身がつまらないのです。わたしが生き生きと伝えられるのは、教科書ではなく、自分の体験に基づいたオリジナルな内容なのだと感じました。

わたしの職歴は、ここまで。

間もなく転機がやってきて、わたしは自分の音楽に専念するようになり、以来一度も勤めることなく、カリフォルニアの草原で出産と子育てを経験し、シンガーとして生きるようになるのです。

by ainohanaMusic | 2017-08-26 22:14 | | Comments(0)

歌うように生き 生きるようにうたう⑨

(7)吉本有里という生き方⑨
うたに魔法がかかる

20代後半

編集業とバイオリンバイト 東京編集工房とオイコスと、ステレオホール


まだまだバイト遍歴が続きます。

立川から吉祥寺に住まいを移し、「万華鏡」という自分のうたのバンドの音つくりが週末に始まりました。音楽を傍らに、暮らすために働く必要性と、相変わらず自分の天職を探していて、今度は、編集のアルバイトに就きました。大学時代の大学新聞会で、企画からインタビューの旅、記事を書くことにやりがいも手応えも、学びもあったので、もしかしたら?と思ったのです。


この時期、大学時代のオーケストラのトレーナーにお願いしてあった「バイオリン演奏のバイト」が紹介されて、夜はバイオリンバイトが始まっていました。


東京編集工房というところが新人を募集していて、面接で気に入ってもらい、小さなオフィスで、カタログやチラシのコピーライターのような仕事をやることになりました。

クリエイティブで魅力的な女性社長が、障害を持つ人たちの映画を撮って賞をとり、続編を撮り進めていました。
その資金源をチラシ、カタログ作成から得ていました。大手の会社を顧客に持ち、その打ち合わせから同席し、情報整理と助手、相談役を務めました。工房は、社長のお母さんが常勤で、カメラマンや印刷会社の方が出入りされていました。

朝は、掃除から始まって昼ごはんをゆっくり食べて、意識が集中してゆく夕方に、わたしはバイオリンバイトのステレオホールに向かうので、仕事らしい仕事ができなかったように思います。ずいぶん社長さんにかわいがられて、お給料もいただいて、大切なことを教え込まれました。

大手の会社と打ち合わせに、スーツに着替えて身だしなみを整え資料を抱えて二人で出かける時、社長さんの気持ちのいい緊張感を感じたものです。仕事の基本は整理整頓、部屋をきれいにして情報を整理してゆけば、アイデアはおのずと生まれてくると教わりました。

大手の企業の産み出したばかりの新製品を宣伝するキャッチコピーやチラシを作る仕事は面白く、社会勉強になりましたが、その製品が環境や暮らしにほんとうに必要なのか?わたしはいつも気になりました。自分が心から応援する製品でないと、宣伝に関わり続けてゆくことに無理があったのです。

人には、霊長類としての叡智と責任が与えられていて、不必要なものを手放し、自然界とのハーモニーを喜びをもって体験するように生まれてきているようにわたしには思え、その可能性を追求してゆく道が仕事であればいいな~と感じるようになりました。

4時に退社に無理があって、社長のお母さんの強い意見があり解雇になってしまったけれど、とても大切な時間を過ごさせてもらい育てていただき、感謝しています。

そのあと、環境保護の活動をしている編集部に入りました。こちらは日めくりカレンダーの制作のお手伝いをしましたが、ステレオホールとの二足のわらじでは、あまりお役に立てず、自分の音楽「万華鏡」のレコーディングのとき疲労していて力が出せなかったので、常勤の仕事のかけもちをやめることにしました。

また、日めくりカレンダーにしても、生活の知恵、エコな暮らしの知恵をわたしが書くのは、無理があると感じたのです。自分自身の暮らしがエコで知恵に満ちていなければ、調べたことを書いているようでは、それはまだ、ほんとうの生きた智慧ではない。


わたしは、バイト遍歴の末に、「自分自身がほんものになってゆくことが、自分の天職」であるというところに漠然と近づいて行ったように思います。



by ainohanaMusic | 2017-08-26 19:19 | | Comments(0)

うたうように生き 生きるようにうたう⑧

ひきつづき書き進めています。

ハートフルな編集者募集

これからの展開が大きいので、大切なことをバランスよく書いてゆけるように
このミッションに関わってくださる方募集します。奇跡は二人から。
ほんとうの自分に帰る旅・・・わたしの歩いた道のりが 読んでくださるみなさんの勇気になることを祈りつつ

(6)吉本有里という生き方
      
⑧うたに魔法がかかる  20代前半安定した仕事を求める 

K学園

小金井の一軒家から、神さま事騒ぎに巻き込まれて、石神井公園に引っ越しました。ご神託で示されたアパートで妹と二人でしばらく暮らし、その後ゴタゴタから解放されて、立川の米軍ハウスに移り、広い家をシェアして0さんと妹と3人で暮らした時期がありました。

アルバイト情報で見つけた健康教室や、〇〇学院の講師という仕事は、関わってみると内情は、疑わしいもので懲り懲りして仕事を選ぶのに慎重になり、アルバイトニュースではなくハローワークに初めて相談に行きました。

そこで、小中高校一貫の私立の学校が事務職員募集していると紹介されました。事務職は絶対合わないと思っていたけれど、休みの多さと安定した収入、ボーナスまである条件の良さ、倒産や詐欺の可能性のない安心感に惹かれて面接に行き、面接に通りました。

学歴を見て、「事務職にはもったいないわね、教職が空けば、そちらへ移動することも考えましょう。」と言っていただいて、怪しい会社に立て続けに遭遇し、疲れたので「安定」に惹かれて、勤め始めました。
 9時~5時の安定した仕事で、緑の豊かな学校で環境も良かったけれど事務職はわたしには合わず、ひたすら眠く、トイレに行って目を覚まさないと机の上で寝てしまうのでした。
 眠気を覚ますのに、事務局新聞なるものを作り、仕事の合間に一人一人にインタビューして紙面で紹介。事務局長に見せた段階で「吉本君、悪いけどこれは、出さないでほしい。」とストップがかかりました。

・・・ここでは、新しい試みは受け入れられない・・・。同じ事務の女の子と美味しいランチを食べに行ったり、住み込みの用務員さんや、素敵なアメリカ人女性の英語の先生と話したり、変革ではなく順応。職員のための英語教室に、参加したりしていました。

学校職員は身内意識が強く、車やバイクを格安で譲ってもらったりいろいろ優遇してもらいました。
 さて、事務室のみんなが話す共通の話題の中に、老後の年金やマンション購入があり、一生をすでにプランしているみんなの「感覚」にほんとうに驚きました。これが人生だろうか?と疑問に思いつつ、安定した職場には安住してしまうものなんですね・・・2年ちかく勤めたのでした。

2年目に入って、自分の顔と雰囲気が変った~と気づきました。うたがやって来なくなりました。知人とコラボしたライブでは、自分の歌声に力がなくなってるのを感じました。潮時だな~と思い退職したのです。

自分自身を生かしてゆかないと、年を取り力を失ってゆくと実感しました。しかし、社会に「順応」した貴重な時間だったと思います。うたに力がなくなり新曲も来なくなったのも、経験してみないと分からないことでした。同じ人間でも環境に寄って違ってくるものなのですね。

ところで、子どもたちの施設で働いていたとき、セイクレッドランというネイティブインディアンの人たちが、自分の土地から掘り出されているウランが原爆を作り、地球を害していることを癒すために、日本を縦断して走り、祈りメッセージするムーブメントのチラシを見つけて、どうしても行きたくて参加。2日間一緒に走りました。

朝、空を見上げながら その日の行動を決めているネイティブの部族の人たちの姿を見ていて、はっきりと感じたことがありました。

「わたし自分の群れからはぐれている。お金のために働いていたら お金しか得られない。もっと人生には大切なものがあるはず。」と。

この気づきが大きくて、施設をあっさりと辞め、その後も職歴を転々としながらも安住せず、自分の活動に専念する時期がやってきたのだと思います。
by ainohanaMusic | 2017-08-24 18:38 | | Comments(0)

みどりの星から来た子どもたち 夏のリトリート 2017年

8月16日 夏のリトリートのスタッフ集合日。

今回のリトリートは、直前に一人スタッフが来れなくなり、急きょ彼方此方に スタッフのお声かけをした。
気持ちがあっても、5日間 急に日程をあけられる人はなかなかいなくて。

岐阜の奈穂ちゃんが、準備から、リトリートの初日まで。
愛知の鶴亀堂ののぶさんが日曜日のサウナのとき来れるかも?と言ってくれた。

参加予定の子どもたちの年齢が1歳・3歳・6歳・8歳・11歳
スタッフは食事の準備や片付けと子どもスタッフも兼任するので2人では無理だぁ~
わたし以外に 3人~4人くらいで無理がないのでは?
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お母さんは昼も夜もプログラムがあるから、そこに集中できるように
子どもたちは、ひとりひとりの個性が生かされ育まれるような、そんな空間を作りたい

結局、岐阜のお寺の奥さんであり、音楽やヒーリングの才能の開花しつつある園ちゃんが、自分の予定を調整して5日間来てくれることに。

よかった!
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午後1時 園ちゃんが岐阜から到着
夕方 塚ちゃんが岐阜から到着
夜 奈穂ちゃんが岐阜から到着

そして詩織ちゃんとわたし5人で、リトリート準備の始まり 始まり

最初はうたを聞いてもらったよ。ほんとうの自分に帰る・・念仏を唱え(無限なる宇宙にゆだねるというマントラ)、瞑想し、自分自身と向かい合い、シェアし 手放す時間。
わたしもたくさん手放したよ。そして、掃除と買い物が始まった二日目は、奈穂ちゃんはクモの巣と窓磨きをしてきれいにしてくれたし、塚ちゃんはスケジュールの細部まで気持ちを行き届かせ、園ちゃんと詩織ちゃんとは リハーサルもばっちり。

塚ちゃんは、スタッフベテランになっていて、スケジュールや献立、準備事項や 買い物するものを打ち合わせに、
テキパキと進行役。志織ちゃんは遊里庵5か月の暮らしで、すっかり動きが良くなっていたし、奈穂ちゃんの天真爛漫さ、園ちゃんの味わいが加わり いい感じ。
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今回は、奈穂ちゃんの朗読 園ちゃんのコーラスとキーボード、詩織ちゃんのコーラス・鍵盤ハーモニカ出演も
裏方と両立できるのかイメージしにくかったけれど、みんなが出演できたし、さらに女の子たちみんなも、髪に葉っぱ飾りをつけたのがきっかけで、うたったり踊ったり演奏したり、出演することになり、よろこびに満ちた空間になってゆきました。
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初日、初めましての子どもたちとすぐに仲良しになった奈穂ちゃん。1歳の男の子も深夜までスタッフがバッチリ遊んでくれたの。
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そしてYちゃんが、生まれる前にいた場所が「緑の星」で、地球に喜びを伝えるお仕事をするために生まれてきたことなど、
素直なまっすぐな言葉を、絵と言葉で書いてくれて、それを奈穂ちゃんが 嬉しそうに読み上げてくれた。

あ~この子たち すごい!・・ちっちゃいけど、存在感がクリアでミッションがある。それをやり遂げられるように、リトリートの間になにかできるといいな~と出会いに身が引き締まりました。わたしも地球とは文明が異なる調和した星にいた記憶が残っているのです。
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18日に、参加者ファミリーが到着して、19日は、高烏谷神社へ。
大人の静かな時間。森の中でそれぞれが、自分の場所を見つけて、自然界と繋がるワーク。
ランチは子どもつき。
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園ちゃんのアイデア、お盆にサランラップを敷いて大きなお弁当
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午後は園ちゃんのシンキングボウルトリートメントがありました。
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3日目は、ほんとうに気持ちよかった。
あまりの気持ちよさに 日暮れまで 大自然 川の上流のシークレットスポットに遊びました。
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広大な誰もいない川の上流の中州に、日陰テント二つとスエットロッジを建てて、薪を運び、バーベキューのかまどと、スエットロッジ用の石を焼く大きなたき火をするのだけど、手間のかかる大人の遊びをやってる間に、子どもたちも 自分の世界を 心行くまで展開させていました。
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大人も子どもも、美しい緑の星の住人になったリトリートだった。
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ほんとうの自分に帰るリトリート
それぞれに生まれる前に定めてきたミッションを思い出す。
思い出すと、いらない重荷を手放せる。

笑っても泣いても大丈夫 そのままで愛されるリトリート
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たくさん遊び、話、うたい、祈り、泣き、笑い、食べたぁ~
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ありがとう ありがとう みんな

また来てね また会いたいね、そしてこの星を喜びの世界につないでゆけたらいいね💛
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by ainohanaMusic | 2017-08-22 22:24 | リトリート | Comments(0)

うたうように生き 生きるようにうたう⑦

5)吉本有里という生き方⑦
歌に魔法がかかる
20代前半
短時間で高収入のバイトへ この世の裏を知る 健康教室とS学園

「とまや」の次は無認可保育園「どろんこ」の保母さんの産休代理の仕事をしました。仲間も仕事も食事もよかっただけに、仕事環境が良くても早く帰って音楽がやりたくなってしまう自分自身に気がつき、これは、仕事時間を短縮しようと、短時間で高収入を得るアルバイトを情報誌などから探しました。面接を受けて正職員にならないか誘われ、職員になった職場が二つありました。

最初の職場は、健康料理の講義のアシスタント。人の良さそうな老夫婦が開業されていて、ご主人が仕事をしすぎて体を壊し、健康の大切さを痛感して職業替えしたとのことで、共感して職員になりました。ところが仕事は、講義の後、高価なステンレス鍋や羽毛布団を売ることで、あれっ?と疑問を感じましたが、そのうち、支払い催促の電話が各方面から入るようになり、給料も不払いになり、経営が傾いていることに気づきました。間もなく、コピー機などいろいろ使えなくなり、個人業主の脆さをまざまざと見せられたような気がしました。

公共の相談所に行くと、もらうものをもらってさっさとやめるか、つぶれるまで一緒に働くか?と助言されました。

え~??社会って?こんな大変なの?   

父が国家公務員で静かな守られた環境で育ったので、荒々しい現実に驚いたのです。何人かアルバイトさんがいて、話の通じる一人の女性と友達になりました。仕事の内容への疑問、給料が出ないことに憤慨しあって、それぞれに行動を起こしていましたが、他の人は、文句ひとつ言わないのも不思議でした。

わたしと友人は、できる限り払ってもらい退職することにしました。「ほかの人の給料まで取るのか?」と、言われましたが、それは言いがかり・・・、シンプルに交渉すると、お金の代わりに製品が渡されました。そのときいただいたステンレス鍋は実家にあり、今も大事に使っています。

次の職場は、不登校の子どもたちを対象にした私設の施設。「学校」認可されていないので、卒業しても中高の卒業資格は得られないのですが、授業料や入学費用をいただいて、〇〇学園と名乗っていました。

面接に行くと、正職員にならないか?誘われました。条件も仕事の内容もよさそうに見えて、職員になりました。ところが、日々の日課が、ホームスクーリングの手伝いと河原での野球だけ。子どもたちは、「たむろ」できけれど、本気で関わっている大人がいるわけではなく、理事長先生の指示したことを、顔色をうかがいながら表面をなぞっている感じでした。

精神科医を名乗っている理事長先生の言動に疑問を感じました。子どもたちへの本気の愛情が感じられず、職員への過剰なコントロールに、アルコール中毒では?と感じ始めました。
仕事が終わると、職員やバイトさんたちに有無を言わさず、ミーティングと称して飲みに連れて行き、飲んだ勢いで気に入らない行動への執拗な叱責が続き、誰も帰れなくなり帰宅が連日、深夜になっていたのでした。

ある日、わたしが初めて叱責の標的となった時、同じ話題、同じ叱責が繰り返されて、これにつきあってるのは無駄だと強く感じました。帰るための口実を探した挙句、「すみません。帰らせていただきます。」と、席を立ちました。

考えにない言葉が勝手に飛び出した感じでした。不毛な時間から退席するのに適切な言い訳が見当たらなかったのです。

みんな呆気に取られていました。
翌日、理事長先生も他の先生も親切でしたが、わたしは辞めることを決めていました。

肩書を利用して困っている方々からお金を吸い上げるような仕事の仕方、意見の言えない上下関係が作り出されて共依存になってゆくこと、小さな組織でしたが世の中の裏側を見せられ、学ばされてる気がしました。





by ainohanaMusic | 2017-08-16 00:28 | | Comments(0)

うたうように生き 生きるようにうたう⑥

さて、ちょっと間が空きましたが 自叙伝本の原稿シェアです。シェアすることで 読み手と一緒に 最後まで書き切れたらいいな~と思ってます。

2002年に、本を書く話があり、しかし 書くタイミングを逸して 今がタイミングか?振り返って書いてみれば
濃いですね。そのときは、一生懸命ですが、次々と未知なる体験が押し寄せてきて、起きることが半端なく 常識を大きく飛び越えてゆく。
まだまだ、プロローグの20代です。よかったら お付き合いください~

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吉本有里という生き方⑥

うたに魔法がかかる
⑷バイト編 どうやって暮らす? 最初のバイト

大学を卒業して、8年くらい様々なバイトを遍歴しました。いくつかの職場で正職員も経験し、次第にバイトをいくつかかけもち+音楽という時代を経て、あるとき、自分の天職は「うた」しかないと悟り、すべてのバイトを止めて音楽に専念する時期が訪れました。状況が整ったわけではなく、自分の暮らしと表現を一致させることがわたしに回帰することであり、成長進化が起こることで、暮らしてゆくことができる時期がただやってきたのでした。

他の経験と同様バイト時代に得た気づきはかけがえのないもので、それがあって次があり、今があると思うのです。


さて、バイトを始めたのは、好きな音楽を続けるため生活費を稼ぐ、という差し迫った必要性があったからです。

大学卒業と同時に親からの仕送りは終了。また、うたうことが仕事になるとは全く思っていなかったので、どこかに自分の天職があるのだろうと探していました。ですから、自分の仕事ではないと思ったら居心地が良くても、
1年でやめるマイルールがありました。


最初のバイトは、小金井に暮らしていたころよく買い物に行った無農薬八百屋さん。バイトを探しに行くときに、買い物に寄っておしゃべりしてたら、うちで働かない?と誘われたのです。

遍歴したたくさんのバイトの中、ベストの環境&経験でした。触れたいことがそこにぎゅっと詰まっていたような。ただし、経験したことの意味が分かるのは、書いている「今」、30年以上たってから・・なんですね。あのとき教えてもらったことにこんな意味があったと、経験を積んで初めてわかることがあります。


ポランの広場という無農薬の八百屋グループが生まれたばかりの時代で、純度の高い志、みんなの心の熱さが伝わってくる職場。いのちを大切にする地球を愛する志が、流通の在り方を変えてゆこうと、「食べ物」を生産者から消費者に渡る道筋作りをしてゆく仕事でした。わたしを雇ってくれたYさんには、人材を育てようとする意識と懐の広さがありました。とまやという名前のお店で、交代に作るランチに、食材、野菜やパンやスパゲティーへの斬新な見方と愛情が現れていて、いつもびっくりドキドキ、したものです。


たとえば、酸味の強い硬い全粒粉の天然酵母のパンなどは、薄く切ってカリカリに焼き、オリーブオイルとネギ納豆や、ほうれん草のおひたしやら、ヒジキなどをのせてカナッペみたいにして食べました。和と洋が混じったアートのような食卓が、お店の食材で賞味期限の近づいたものを生かしてご馳走になる。その料理の速さと集中力、食材への愛情。店の裏で、美味しい食卓をみんなで囲むとき、ラスタヘアで、森の隠遁者のような若者、哲学者のような店主と相棒の男性、陽気で明るい店主の奥さんなど、スピリットのある人たちが集っていて、明るく面白いエネルギーが満ちていました。


仕事中に思いついてやることは何でも許容された自由度、愛の度数の高さが当たり前に存在していました。閉店した後のお店をライブ会場に貸してもらったこともありました。わたしは、店のみんなにインタビューして、八百屋便りのようなものを作ったり、痛んできたリンゴでアップルパイを作ったりしました。


しかし、肝心の店番では、お客さんへの対応、「いらっしゃいませ」とか「ありがとうございます」が自然に出てこない。お客さんに野菜を包んで渡すのもこれでいいのか???状態で、お店の常連さんたちに心が開かず「居場所のなさ」を感じていました。親に庇護されて学校にさえ行っていれば、あとは自由で、手伝いもせずに育ったわたしには、人や場所を支えてゆく経験値がなく、働く(はたを楽にする)精神性がまだ、宿っていなかったのだと思います。


Yさんは、「研修」ということで、東京にあるほかのお店の一日体験、生産者の農場や、「全体の会合」にも参加させ、つながりの全体像が見えてくるようにしてくれていました。Yさんが教えてくださったとうり、仕入れは同じでも、店によって雰囲気もやり方も異なりました。店のやり方は、自分でクリエイトするものでした。


泊りに行かせてもらった埼玉の農場の
K
さんは歌う人でもあり、ハーブを出荷していた妖精のような男性とバンドを組んでいて、わたしも一緒に音楽セッションに混じり、心底楽しかったのです。その楽しさは、自分がやりたい暮らしと音楽だったからなんだな、と「今」になって、気がつき驚きます。今 まさにKさんのような暮らしをしているのですが、農場ではなく自家菜園で、農家ではなくミュージシャンなので、そこもまた予想だにしなかったことで驚きです。

わたしがシンガーになり、自然と共に暮らし、野菜を育てることになるとは思いつきもしなかったほど、そのころのわたしは、頭で考えて行動していて、出口の見えない都会暮らしで、日々の小さな悩みに捉われていたのだと思います。

経験を通して成長し、必要のないものを手放すことができて、本来のわたしに回帰して、今の暮らしに至ったことが分かります。


わたしが引っ越しや、いろいろ葛藤を抱えて、お店の仕事に「やる気」が出てないのを見抜いたYさんは、「来たくなったとき来ていいぞ。」と、自由を与えた上に、引っ越しの手伝いに自ら車を出してくださいました。


お店をやめてもつきあいは続き、バイトを転々とした仕事はざかいきのときには、リヤカーを貸してくれて、店の食材を自分で自由に引き売りしてもいい~と、小さなお店主体験もさせてくれました。





by ainohanaMusic | 2017-08-13 22:55 | | Comments(0)

お楽しみCDができたよ~~♪

8月7日、虹のうたクラブ会報を編集を終えた栄子ちゃんが、2週間ぶりに福島へ帰って行っていった。
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山暮らしの日常も、リトリートも、虹のうたクラブの会報制作も、よき仲間に恵まれ幸せな日々でした。栄子ちゃんは整体やレイキヒーリングの腕が素晴らしくて、一緒にいるときはケアしてくれるので心身が整い、さらに楽しめたと思うのです。

そして、栄子ちゃんとは、出会う度に、関係性もより密に調整されてゆくような気がします。

今回は、CDの中にトークに初登場。なぜ遊里庵(ゆうりあん)に長期で来てくれるのか?質問に答えてくれていて、その志の高さを感じさせられました。調和に満ちた地球へ惜しまず貢献してゆく志で、響きあっている同志であり家族で、大切な友達。

トークは今回30分を超え森の中で語らっている風情も味わい深く、みんなに是非聞いてもらいたいな~と思います。

そして、同じ日の午後、愛知から泰子さんが、愛知から到着。
お楽しみCDに収録する新曲3曲のレコーディングの為に来てくれました。

泰子さんは愛知のコンサートで出会い、今回で4回目。会員になってくださったとき、8月のCDに参加してくださいとお声をおかけしました。竜神さま♪のうたを気に入って、自分でアレンジしてコンサートでピアノの弾き語りをされている映像を送ってもらったとき、インスピレーションを実践する大胆さに感動して、一度ご一緒したいと思ったのです。

でも、音合わせは初!!
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さて、なにが起きるか(笑)

これが、参加型 虹のうたクラブお楽しみCDの面白さ。
泰子さんが滞在した4泊5日に、暮らしも散歩も、祈りも音楽も分かち合い 細胞から共鳴してゆくレコーディングを心がけました。

簡易レコーダーでライブ録音をするラフな形態で、波動を合わせて共鳴してゆく作り方。出会いを深めてゆくといいCDが生まれる。

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高烏谷神社へ散歩。心身が整う時間です。
帰りに畑に寄って、ジャガイモの収穫と、玉ねぎ畑作りを3日かけてやりました。
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そして畑で収穫したばかりの野菜をたっぷりとブランチに。
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お楽しみCDの選曲は、3曲

君はなぜ?
人生終わりはハッピーエンド
とうめいな音
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一日一曲仕上げて、翌日の曲の練習をするペース。

せっかくなので、人生終わりはハッピーエンド♪は動画を撮って、みんなで葉っぱの髪飾りもして、衣装も変えて 楽しみました。なんだか、タノシイ。

なぜか、動画を撮ると 猫が動画に混じろうと乱入してくるのが不思議。
笑ってしまって、最後まで撮れず(笑)

でも動画撮ることで ライブモードになり、音も伝わるものになってゆくんだよね。
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最後の曲 とうめいな音を撮り終えて 3曲を通して聞いてみました。

すると、君はなぜ?の自分のギターの音が余計な音に聞こえてしまい、これは バイオリンとピアノの方がいいのでは?と感じて、アレンジを変えてとりなおし。

それが、いい感じでできました。

なにが起こるか分からないレコーディング初体験の泰子さん、志織ちゃん、一緒に作り上げてくれてありがとう♥

最後の日は、やっちゃんのクリスタルボールとの即興を楽しみました。
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これは新しい世界★
歌詞もメロディーもいくらでも即興が出てくるのです。これは いつか 泰子さんとライブをやらなくっちゃね。

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そして、今 福島に帰った栄子ちゃんに虹のうたクラブのお楽しみCDの歌詞カードを、仕上げてもらっています。

やっと、やっと・・・もうすぐ、発送できそうなところまで たどり着きました。

充実の会報とCD、5~6月くらいから始まって3か月の長い道のり。
多くの方たちに手伝ってもらい、

ありがとう。ありがとう。ありがとう。

隅々まで読んでくださいね。聞いてくださいね。

また 会員になられてない方、この機会に よかったら ご参加ください。
お申し込みくださったら、会報とお楽しみCDをお送りさせていただきます。わかちあってゆけますように。

ありがとうございます♥


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by ainohanaMusic | 2017-08-13 19:39 | 虹のうたクラブ | Comments(0)

お楽しみCD★お楽しみトークは森の中で

8月6日、この頃は夕暮れ時に行く高烏谷神社に午前中から みんなで行ったの。
前日からお弁当を用意して(笑)


献立は、おむすび、ピーマンの肉詰め、イカと夏野菜の辛味炒め、きゅうりの糠漬け、ブドウゼリー、スイカ、どら焼き、珈琲、麦茶

メンバーは福島から栄子ちゃん(虹のうたクラブ事務局)
鹿児島から志織ちゃん(凸凹コミュニティー)
箕輪から星さん(虹のうたクラブ会員)

そして 長男のアマチ

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一番の目的は、虹のうたクラブのお楽しみCD8月号に収録するトークを録音するためなんだけど、
2週間滞在して夏のリトリートスタッフ→ 虹のうたクラブ会報編集で 共に働いた同志のような栄子ちゃんが 滞在する最終日だったので、思い残しなく楽しい時をクリエイト。

トークを、お楽しみCDに入れることにしたのは、新曲と一緒に、コンサートのときのように「ここでしか聞けないお話し」も合わせて入れたらライブ感満載になって、伝わることが立体的になるのではないか?という想い。

そして、対談という形をとって、聞き手が参加すると、理解が深まり、メッセージが共有化されるうれしい出来事に遭遇している。そう、みんなが自分が発信したいメッセージに気がついて、送る側になってゆくの。

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さて、この日の流れは、まず、森でブランチを食べて、念仏と瞑想をして自分の存在を森にゆだねて響かせて、インスピレーションをいただき、出来立てほやほやの新しい2曲を、みんなで練習した。

志織ちゃんも栄子ちゃんも、うたが生まれた、その時、暮らしを共有していたから、一緒に歌うことは、とても自然なことだった。

そして、お楽しみトークの録音。神社の森は、ラジオ局のスタジオに変貌して、みな、いい感じで集中していった。

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どんなことが 話されたのか?ちょっと紹介しますね。今のところ、お楽しみCdを受け取る人は少数だから勿体ない気がするなぁ~


虹のうたクラブお楽しみCDのお楽しみトーク  2017年8月号  32分(今までで最長)

⑴一緒に暮らし始めた志織ちゃんが、この4か月に体験したことを話す

⑵福島から2週間、遊里庵に来て共に暮らした栄子ちゃんが、なぜ、遊里庵に来るのか?体験してることを話す

⑶星さんが、自己紹介と、わたしへの質問を3つ
  ①歌詞はどうやって生まれてくるのか?
  ②男性は愛情深くなれるものか?
  ③文明が発達すると人間は後退してゆくという説があるけれど、どう思うか?

⑷志織ちゃんと栄子ちゃんが それぞれにわたしに質問
   ①睡眠時間は足りてるか?
   ②14年間主催しているリトリートのお手本、先生はいるのか?


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さて、今日、8月7日からは、岐阜から 泰子さんを迎えて 新曲の録音に取り掛かっています。

今 取り掛かってるのは 人生終わりはハッピーエンド♪

レコーディングメンバーは 泰子さん、志織ちゃん、わたしの初音合わせ 3人トリオ。(笑)

お楽しみCDは、完成度を目指さず、そのときの出会いの豊かさ、新曲の原型のエッセンスをそのままに 簡易レコーダーでとります。

販売用CDは、完成度を目指します。

ゆるく出会ってゆく世界と完成度を追求してゆく世界と、よかったら両方を味わってくださいね。

お届けは、8月末から9月の始めになるかな?

楽しみにお待ちくださいね。
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また、まだ会員になってない方のために、ご案内チラシも載せておきますね。

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by ainohanaMusic | 2017-08-07 15:10 | 虹のうたクラブ | Comments(0)

八星一周忌の集い 埼玉 長野

八星の誕生日が9月8日で、命日は10月6日


生きていて22歳 光に帰って1歳の八星と共に過ごす会を、青梅で9月2日に集まろうと提案があり、楽しみにしていたのですが、

主催者の都合で急な中止となりました。



そこで、その意向を、引き継いで、関東方面の方は9月24日(土)のアルクトゥルスのコンサートに生かしてゆきたいと思います。

光になった八星、そしてみなさんにとって大切な人たちの存在、 ひとりひとりの「わたし自身」をあたためつながるコンサートにしたいと思います。

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また、長野のわたしの自宅では、10月6日(金)に八星の一周忌をやりますので、共に過ごせる方は おいでくださいね。


いろんな思い・起きることの必然と不思議・喜び 悲しみを、長野の自然の中で わかちあえたらいいですね。

遠方の方は、駅への送迎、お泊りの用意をしますから、早めにお知らせください。


八星一周忌の祈りとコンサートの集い


場所
 遊里庵(ゆうりあん)長野県駒ケ根市東伊那
 ※アクセスはお申込みに時お知らせします
時間 14時~15時 祈り
   15時半~17時半 コンサート
参加費 お志
申し込み 事前にお知らせください
※駅までの送迎・宿泊はカンパをお願いしますね
ainohana★air.ocn.ne.jp 有里まで (★を@に変えてください)


by ainohanaMusic | 2017-08-07 14:55 | ライブ | Comments(0)