愛の花

ainohanam.exblog.jp
ブログトップ | ログイン

<   2017年 07月 ( 11 )   > この月の画像一覧

歌うように生き 生きるようにうたう④

吉本有里という生き方④

⑵バイオリンが上手になりたい


バンドのボーカリストでバントを率いていた
Oさんとわたしは、親密になりました。恋人というより兄弟、優しい兄貴にくっついていろいろ吸収し、彼はわたしの存在と独自性を面白がって世話をし、なんでも共有しました。

いつも一緒にいるのに、それぞれにアパートを借りてるのはもったいない。立川の古い米軍ハウスを借りて一軒家暮らしに移行。広いリビングは音楽室になりました。


彼は、わたしにうたが生まれるたびに喜び、支えました。アレンジ、演奏、カセットアルバムライブも編集しました。

しかし、いいものが仕上がらないのは、わたしのリズムと音程の悪さ。そして小さい時にいやいや習っていたバイオリンの音色の歪みが問題でした。美しくなかったのです。

ロックバンドのときは、激しくたたきつけるような音を出していましたが、わたしにやってきたうたは、シンプルで美しい世界でした。美しい音を出したいという願いが生まれました。

大学を卒業すると、ロックバンドの活動がストップしました。永遠に存在していると思っていた個性的なバンド。週末ごとにいろんなイベントに呼ばれて演奏していた人気のあった学生バンドでしたが、メンバーが、就職すると音沙汰なくなり、わたしは来ない仲間を待ってる状態になりました。音楽を続けるために就職しなかったのが、わたし一人だったのです。わたしは、音楽活動優先で、バイトで暮らすことに決めていました。

一番音楽に疎いわたしが、うたを続けることを第一優先に考えていたのが本当に不思議な現象に思えました。今思えば、わたしのうたは、生きることの意味を深めるうただったので卒業がなく、「反体制」のロックは、メンバーの就職と共に水面下に隠れ、一緒に青春を過ごしたOさんとも、一緒に何かを作り上げる時間がなくなりました。

問題があったわけでも、嫌いになったわけでもなかったけれど、二人でいても、ディレクションが違っているので、未来が見えてこない。彼はある市民団体の専従スタッフになり、帰宅が深夜。待っていてもなにも始まらない。自分の道を歩こう。引っ越しを手伝ってもらい、立川から吉祥寺に引っ越しました。彼と別れてから、一緒にいるときに受け取ったものの大きさに涙が流れました。わたしのうたを引き出し、育ててくれた人でした。

わたしはバイオリンをどうやったら上手になれるか、2年間所属していた大学のオーケストラの弦楽器のトレーナーさんに相談しました。

先生のシンプルな答えにびっくり。「上手になりたければ、一日6時間以上練習しなさい。」

バイトしてたら疲れてしまって、できないだろうな~と自分を知ってるだけに、答えはひとつ。わたしは一日に6時間以上バイオリンを弾くために、バイオリン演奏のバイトを探し始めたのです。バイオリンをうまくなりたいために、バイオリン演奏の仕事を探す。卵が先かニワトリが先か?いったい、わたしの頭はどうなっちゃってたのでしょう。(笑)


アルバイトニュースなど、隅々まで探して、「バイオリン奏者募集」を見つけて応募したのです。あるスナックが、音大生のバイオリン奏者を募集していました。これは、自分を追い込む荒療治となりました。

音大生でもないし、一曲も満足に弾けないのに、面接の為に「アベマリア」をにわか練習して、面接に通りました。

一日目のことは忘れられません。小さなスナックでスポットライトのあたるステージに出てゆく直前に、ピアニストの音大生から譜面がわたされました。わたしは、譜面を満足に読めないのです。初見で弾けるはずもありません。どのタイミングでバイオリンを弾き始めたらいいのか?自分の弾くメロディーすら分からない。ピアノの前奏を聞いてる間にサァーと額が青ざめるのを感じました。ちびまる子ちゃんが青ざめるシーンで、顔に縦線が入るのが、自分で目に見えるように分かりました。

その日をどうやって逃げ切ったのか?記憶にないのですが、翌日には秋葉原へ楽譜を買いに行き、映画音楽のテーマ曲を次から次へと練習して、その夜からは、自分からピアニストへ譜面を渡して、練習した曲だけを弾いて、数か月、なんとか勤めました。

スナックは、お酒を飲む男性について接客をする女の子と、先生と呼ばれ着飾って舞台で演奏する女の子に分かれていました。わたしは、必死でその時間のために練習したことしか覚えていないのです。また、マスターの探るような目も覚えています。

一日6時間弾くなんて無理だ!と思っていたのが 明日をなんとかしなきゃあと思うと、お尻に火がついたようにバイオリンを弾きまくる日々でした。心は臨戦態勢になり、暮らしに余裕がなくなり、3食外食の日もありました。自分にエネルギーを入れるために、ステージ前に、ひとりで贅沢なコース料理を食べたことも覚えています。音大生にとっては、あのバイトは簡単な短時間、高収入のバイトだったと思うのです。しかし、音楽教育を経ていなかったわたしには、ものすごいハードルの高い仕事でした。

しばらくして、オーナーもさすがに、変だと思ったのでしょう、首になり、しかし、また、懲りずに次の仕事を探しました。次の仕事は、大学時代のオーケストラのトレーナー「一日 6時間以上弾くこと!」とアドバイスしてくれた先生に、紹介をお願いしました。


ふたつ目のバイオリンバイトは、新宿の歌舞伎町の社交ダンスのホールで、ラテンバンドのバイオリン奏者の仕事でした。やはり最初は譜面が読めず、ついてゆけない。弓の上げ下げだけ腕の動きを合わせて、実際には音を出しませんでした。第一バイオリンのおじいちゃんがすぐに気がついて、特訓が始まりました。30分本番、30分休憩を
5
セットの仕事時間に、休憩を返上して特訓をしてくれたSさんは わたしの尊敬するバイオリンの師匠となったのです。

Sさんのレッスンは、次のステージが弾けるように、という応急処置ではなく、基本中の基本、右手と左手の楽器の持ち方から始まり、ボーイングという右手(弓)の運び方、簡単な音の音程の正確さ、イロハのイから始めてくださいました。Sさんは、音楽を心から愛し、一生音楽を続けてゆける心の在り方を伝授してくれたのです。

家にレッスンを受けに行くようになり、そのとき、耳を引っ張られて「これはなんだ?ロバの耳か?」と何度も注意されたのを懐かしく思い出します。「音楽家は、これでいいと思ったらおしまいだ。もっと正確にもっと美しく、その探求心が人を一流にしてゆく。」

また、わたしが両親から買ってもらった
20
万のバイオリンを仕事にふさわしくないと婉曲に言われ、バイオリン購入を勧められました。そのとき初めて気がつきましたが周囲にいたプロの皆さんは、200万円以上の楽器で演奏されていました。わたしは、Sさんにお借りしていろんなバイオリンの音色の違いを体験して、それぞれのバイオリンの音色(性格)についても関心を持つようになりました。

Sさんは、もともとわたしの「先生」として わたしの人生に登場したわけではないのですが、音楽をこよなく愛する心が、音楽を探求し始めた新米のわたしを発見して、惜しみなくスピリットを伝えてくださったと思うのです。

d0024504_00582899.jpg


by ainohanaMusic | 2017-07-28 00:58 | | Comments(0)

歌うように生き 生きるようにうたう③

吉本有里という生き方③


第二章 うたに魔法がかかる  21才のわたし

⑴ ソロコンサートのオファー


最初の歌がやってきて間もなく
O
さんが、レギュラーでうたっていた渋谷のアピアというライブハウスのコンサートにバイオリンでお手伝いに行くことになりました。初めての世界。なにもかも新鮮!お客さんが入る前に、出演者がリハーサルをするのです。音響の調整とか照明合わせとか、アピアのマスターが全部を仕切って世話をしてくださいました。Oさんが、自分の演奏時間の中に、わたしがうたう時間をくれて「花びら流れて」をうたったのです。すると、マスターは、若葉マークのついたみたいなわたしに、思いも寄らない言葉をくださいました。

「君は歌心がある。今度君のソロコンサートをやりましょう。」


アピアで行われていたライブは、一晩に
3
組のシンガーがジョイントするコンサートでした。

3人の中の一人のアーチストとして、4~50分くらいの時間をいただき、お客さんからお金をいただいて歌をうたう。お客さんは、3組のアーチストのそれぞれのファンだったり、応援部隊だったり。


1
曲しか歌がなく、音程もリズムも怪しいド素人のわたしには、ありえない話でしたが、なんだかできるような気がして約束をしました。そして、約束した三か月後には15曲のオリジナル曲が生まれていたのです。


その間に夏休みがあり、友だちと一緒に、東京から沖縄へ船旅をしました。船で揺られて3泊4日に、船人たちよ♪という言葉とメロディーが湧いてきて、その後も、うたおう踊ろう♪悠久の響き♪花の香♪おまえよ♪等々、次々と新曲が生まれました。

 感じていたことが歌になり、共感を得ると世界があったかく開かれてゆく。新しい歌が生まれるたびにOさんと仲間たちが喜び、アレンジ   してアンサンブルして、世の中に出せる形を作ってくれました。


沖縄では、突如思い立って、シンガーの喜納庄吉さんを訪ました。庄吉さんは、ラジニーシ(瞑想家)の弟子になっていて、仲間たちに囲まれて一緒に暮らし、みんな赤い服を着ていて圧倒されました。わたしと女友達の二人の訪問を「ずっとこのまま暮らすか?」と面白がって泊めてくれて、数日後、みんなで建設したライブハウスのオープン記念パーティーに参加することができました。庄吉さんのバンドメンバーに演奏を手伝ってもらい、花びら流れて♪を歌いました。


オリジナル曲をうたう時、そこには「わたし」が存在していました。「多勢」に合わせて自分を消すことで「仮の宿」のように感じる地球をやり過ごしてきたわたしが、歌が生まれたことで、自分を消すのではなく、自分をありのままに表し、人と繋がれるようになったのです。わたしは、自分の故郷が、遠い星にあるような気がして、地に足をつけられずにいたのだと思います。


アピアの初ライブは、総勢4人の楽団になりました。わたしの通っていた大学には音楽科もあり、校内ですれ違った打楽器の友人に手伝いを頼み、友だちは快諾。
O
さんと笛とキーボードの達人Sくん、熟練した音楽家の作り出す音が組み合わさって世界が膨らみ、一方では、自分の表現力の未熟さが申し訳なくなりました。

うたい始めた当時のわたしは、未熟で力んでいましたから、ライブがその後も続いたことは、奇跡。

仲間たちの演奏の支えと、お客さんが、可能性を感じ取ってリピートしてくれたこと。わたし自身も、うたを、与えられた宝物と感じていたので、下手でも、恥ずかしくても、続けることに揺らぎはなかったのです。


お客さんが、「有里ちゃん、肝心なところで声ひっくり返らないでね。癒されたいと思ってきてるんだから。」等々、伝えてくれて、聞く側の気持ちが分かり、がっかりさせたくない~と、自分なりの努力を始めました。


教職に就こうとしていた世界は、個人的な道だったけれど、歌い始めた世界は、仲間が期待して待っている、愛の後押しのある道でした。

振り返ってみると、うたをうたうことで、本当の自分に帰って行ったのが分かります。

ライブでは、上手にやろうとすると、力が入ってうまくいかない。等身大で空っぽになってお任せして歌うとなぜかうまくいく。初期のころのわたしのステージでのマントラは「空っぽ、空っぽ」でした。

また、日々の努力を怠らないこと、諦めないことを学びました。上達はゆっくりなのです。変化がないように見えても、ある時、高跳びを飛ぶように、飛べるようになる。じっくり、地道に取り組んでゆくと、いつの間にかできるようになっている。

そして、理想をうたうのではなく、うたってる通りに生きることで、うたに魂が備わることに気づき、うたうことは、生き方を整えることと知りました。過去に培った価値観を手放し、手放し、未知の体験にチャレンジし生まれ変わり、与えられた歌をうたえる自分であるためにも、自分の本心のとうりに生きることを身につけました。

d0024504_00531711.jpg

           (渋谷アピアでのファーストソロライブ)


by ainohanaMusic | 2017-07-28 00:54 | | Comments(0)

歌うように生き生きるようにうたう②

吉本有里という生き方②

訪ねたコミューンは、もうすでに消滅して人々は島の村人になってそれぞれの場所で暮らしていましたが、島は静けさと自然が満ちて平和でした。わたしはコミューンの跡地の竹の小屋に、寝泊まりして、一回り年上の若者とかまどを共有しご飯を作り、島の子どもたちと遊びながら、元コミューンの島人にインタビューをして回りました。

そんな日々、竹の小屋に夜這い。月明かりで誰かが、笹の間を歩き近づいてくる音で気がつき、直観で対処し、逃げ切って、その怖さが、わたしに旅を次に先に進めることを止めました。

大学新聞の仲間たちからは、「もう帰ってこないかもね。」なんて冗談を言われて送り出されたのです。(笑い)どこか、自分の暮らす場所を見つけて自然な暮らしに回帰してゆきそうな本質が そのころからあったのでしょう。けれど、「鍵のない家」「なんでも共有できる自然を大切にするエコロジカルな暮らし」、その項目の中に、異性に対してどう対処したらいいのか、知識も欲求もなにも分からない硬い殻の中の自分を発見したのです。

大学に戻って、守られた暮らしの中で、男の子たちから誘われるデートは楽しくて行くけれど、女性として見られ求められると、とたんに拒絶反が出てくる自分がおかしいのかも?気がつき始めました。親しくなった男の子たちが、わたしに交際を申し込んだり、行動を起こすと拒否反応が起きて会いたくなくなる。その自分が当たり前だと思っていたけれど、あたりまえではないかも?未知なる世界へ扉をあけるスイッチが入ったのです。

そのとき一番身近にいたバンドのボーカリストのOさんと自然な成り行きで、つきあい始めました。まだ自立していなかった時代、兄弟のような距離感で、わがままを通し、甘えて世界を広げました。また、いざという時は、知識も経験もない自分の方が彼よりも揺るぎのないことも知りました。

そして 春・・・
満開の桜の木の下で、いのちの渦に わたしは遭遇しました。



毎日挨拶していた木々は 桜の木だったのです。
花びらがいっせいに散り、花吹雪になった夕方、それを知らずに、ふと公園に足が向きました。

花吹雪の真ん中にわたしは立っていました。花吹雪は、息をのむほどの美しく、花びら一枚一枚が、くるくると舞いを舞って、いのちを惜しむように、なかなか地面に落ちてゆきません。

この渦の中では、人も舞うのだろうか?
ふと疑問が湧いて、力を抜いて手を差し伸べてみました。
手のひらがくるくると舞いだして、体も、くるくると回り始めて・・夕闇の中、花びらと一緒にわたしは、踊っていました。

目が回ったので、ゆっくりと足を踏ん張り、歩き出した時、胸の奥からなにかが押しあがってきました。

生まれて初めてのうたが、一番から二番まで、唇から出てきましたが、それが、あまりに唐突な出来事で、なんだかわからなかったのです。ただ、唇からこぼれ出てきた言葉とメロディーを繰り返し歌いながらアパートに帰りました。

花びら流れて

花びらを数えては風を感じてる
花よ 花よ いつまでも散り続けてゆけよ
寂しさのせて 散ってゆくんだよ
仲間たちも後から来て追っかけてゆくよ

花びらを数えては風を感じてる
花よ花よ どこまでも吹かれてゆけよ
この野原で わたしも 踊り続けてゆくうちに
闇に溶けるよ


アパートに帰ってカセットテープに録音して、Oさんに聞いてもらいました。彼は、とても喜んでくれて、「これは、歌だよ。」と、教えてくれました。当たり前のことが、あまりにも不思議に感じたのです。「これが、うたなの?」

O
さんが、気に入って伴奏をつけてくれて、わたしは、歌うようになったのです。
以来、うたはずっと、聞こえてくるのです。

わたしの仕事は、自分らしく生きること。 そうすると、歌が、やってきます。
わたしの暮らし、わたしの心、出会った自然やいのちの声が流れ出てくるのです。

うたは、わたしの暮らしであり、心であり、出会いであり、未来のビジョンであり、浄化であり、今ここすべてなのです。

d0024504_22062020.jpg
                 (学生時代 バンドでイベントに出演 楽屋でのひと時)


by ainohanaMusic | 2017-07-27 23:46 | | Comments(0)

本を書き始めました

2002年、カリフォルニアから日本に帰国してすぐに出版社から自叙伝の出版の話がありました。
子どもたちが、6歳と8歳で、シングルマザーになったばかり。音楽活動と畑と子育てで手いっぱいだったので、そこまでエネルギーが回せず延期して早15年。やっと書けそうなタイミングが来ているような気がします。

書き始めた原稿を、フェイスブックで紹介しています。もう⑩まで 出しましたよ。
ブログでも紹介しますね。どこまで 公開するかは、まだ決めていないのですが、最初のいくつかの章は公開して みなさんの感想を聞きつつ進めたいです。

*********
【フェイスブックに書いた記事より】

やっと 15年越しで 再び書き始めたよ。
「歌うように生き、生きるようにうたう」
~吉本有里という生き方~①

とても地道で、不器用な生き方から、歌声が育まれてきた。声はずっと変化し どんどんとうめいになってゆく。

...

途中で止まってしまわないように、
原稿をフェイスブックに公開しながら、

完成までの道を歩こうと思い
第一章を公開してみますね。

一章は、すでに書いたブログの文章の大幅手直しです。


*************

うたうように生き、生きるようにうたう  吉本有里という生き方

うたう人生の始まり

うたう人生の始まり・・・満開の桜の木の下で踊った吉本有里という生き方①

中学校の社会科の先生になることを目指して進学した大学。

父親が教職で、身近で会ったことと、中学の国語の先生が明るくチャーミングな方で、大人になったらあんなふうになりたいと憧れました。知ってる職業の中では自分を生かせるかな?と決めた道でした。

親元離れて2年目。真面目に通っていたある日、教室に入るとエネルギーが落ちる自分を自覚しました。

思わず、教室に入って出て、入って出て、を繰り返し自分のエネルギーの上がり下がりを調べてみたのです。
 
あ~教室そのものが、わたしに合っていない!・・・・・教職に就くのは、わたしには合わないかも?といきなり!!・・・・・・確信してしまった瞬間でした。実際、困った~、と思いました。無難にのっかてるこのベルトコンベアーから降りて、いったいどこにわたしがわたしらしく生きて、暮らしてゆける道があるのだろう?

わたしの母は、学生時代から結婚するまで、アナウンサーやお芝居などに才能を発揮し、社交的で魅力のあるクリエイティブな女性でしたが、結核を患い長期入院で結婚を諦め、作家の道を志したらしいのです。しかし、母の親友が自分の婚約者の親友(父)と合うのでは?
ひらめき、お見舞いに連れてきて策略的お見合いで、二人はまんまと恋におちて、結婚した後は主婦になりました。

そんな母の口癖は、「女性でも仕事を持たないと、いけないのよ。そうしないと家庭の中でも、発言権がなくなるのよ。」
頑固で融通の利かない父に守られながらも、自分の思いや直観が通らず生かせないことがずいぶんストレスだったのでは?と思います。

それで、無意識に、仕事を持つことを、わたしは始めから決めていました。

********

人生の方向性が急にわからなくなってしまい、大学へ行かず、やることがないので、とりあえず、朝は、公園で走りました。広い公園を木々の肌をたたきながら「おはよう!」と挨拶をして走り、木の下で体操をして、太極拳をしてアパートへ帰りました。

夕方には大学新聞を作るサークルに足が向きました。そこには、憧れていた人がいて、自分の興味を追求できる場所でもありました。その人は、強烈な個性の持ち主で、嫌いと好きが混じって惹きつけられていました。そんな人は後にも先にも彼だけです。その彼がある日、唐突な提案をしてきました。

「有里、Oさんの結成したバンドに、女性ボーカルが必要なんだって!!行ってこいよ。」

 彼は、0さんを敬愛していたのです。なにも分からず、指示されるままに行ってみました。彼の言葉は、わたしには強い影響力がありました。

わたしは、生でロックを聞いたこともなく、すざまじい大音量にびっくりしました。そこでうたうのはムリ。でも、彼らの表現が、半端なかったのです。社会的なメッセージをシリアスに、時にはコミカルに、言いたい放題、音に乗せて自由にシャウトして、生きのいい魚みたい(笑)、楽しそうでした。こんな表現方法があったんだと、目がひらかれた思いでした。

吸い寄せられるように、練習に出かけ、自分の声は聞こえないので、バイオリンだったらどうだろう?と、バイオリンを持ってゆきました。バイオリンも音が聞こえず、マイクに通してもうっすら聞こえる程度。ではどうしたらいいだろう?調べて、ピックアップマイクを買い、とりつけて、弓をたたきつけるように激しく弾き、その解放感が、病みつきに。バンドのみんなも、バイオリンとヘンテコ女の子がバンドに参入したことを歓迎してくれたようでした。

3つの違う大学から集まってくるバンドの仲間と、わたしを入れて4人。何度も徹夜で練習。既成概念を外したアレンジが出来上がり、共同創作の楽しさを知り、自主ライブが始まり、エネルギーの渦の中で、草の根の様々なイベントで演奏するようになりました。

大学は、試験だけ受けに行きました。親に仕送りしてもらっていて、次の目標もないのにやめるわけにもいかない。出席日数が足りなくなり単位を落とし、留年する悪夢もよく見ました。今でもその夢を見るくらいです。人生のベルトコンベアから落っこちそう、先の見えない不安な日々に、でも、ほんとにやりたいことだけをやったのです。
 
公園を走り、太極拳をして、ロックバンドの喧騒のなかで思い切りバイオリンをかきならし、大学新聞にも関わっていました。
 子どものころから、環境を破壊してゆく現代文明に疑問を感じていたので、玄米とかコミューンに関心が向き、大学の新聞会の一員として、南の島のコミューンに一人で、取材に出かけて記事を書き、エコロジカルな生き方をしている人たちと出会い始めました。

d0024504_23403691.jpg
 (写真 大学時代のバンドで イベントに出演中)


by ainohanaMusic | 2017-07-27 23:41 | | Comments(0)

夏のリトリート準備day

7月16日、夏のリトリートの最終日で行う、ナチュラルサウナ(スェットロッジ)の準備に、与田切川の上流へ。

ナチュラルサウナはワイルドな大人の遊び。心身のヒーリングでもあり、生まれ直しの浄化の儀式でもあり、大自然と戯れる大人の遊びでもあります。火を焚き、川の石をアツアツになるまで焼き、ビニールタープと竹で編んだティピの真ん中の穴の中に石を据える。
d0024504_20485138.jpg
石を囲んでみんなで座り、熱いお湯が飛ばないように慎重に川の水をかける。「じゅうっ!」と水があっという間に蒸気になり、
狭いティピの中はアツ~イサウナになる。石の上には、庭でとってきたミントを載せると、ハーブの香りが蒸気と一緒に
体に気持ちよく浸透してゆく。ほんとに気持ちがいいの。
d0024504_20471301.jpg
毎年、準備の時間も満喫していて、大自然の遊びを、きっと好きに違いない、岐阜の奈穂ちゃんをお誘いした。彼女は、癌で、最近、抗がん剤投与もしたので、お坊様のような頭だけれど、ほんとうに元気。ますます、天真爛漫さに磨きがかかっている。また、愛知の鶴亀堂ののぶさんは、2年目の準備day参加・・・お二人は奈良へ出かけた足で長野まで、朝4時に待ち合わせのコンビニに到着していたという。待ち合わせの時間まで、5時間も待ってってくれてたの。え~~知らなかったよ~~。遊里庵で仮眠してくれたらよかったのにな~!!今度は 何時でもいいからね~。そして、地元の星さん、もう5~6年手伝ってくれてて、いろいろ共感しあえることが増えて、一緒に過ごせることがとても、うれしい。

ほとんど、人の入ることのないダイナミックな自然、川の上流、ぐるりと緑に囲まれたシークレットプレイス。
ここは、「自然界の瞳」の存在を感じる場所。いつのころからか、大きな声で空に向かって、名前とどこから来たかを名乗り、挨拶するようになった。そうすると、天気がひどく荒れることなく 守ってくれるの。
d0024504_20530976.jpg
奈穂ちゃんは 山の妖精、いつもそうである姿で 鳥や山と歌を交わしたり、幸せ全開で日輪と彩雲まで呼んでくれた。わたしも触発されて、鳥のように歌いながら ティピを建てました。
d0024504_20480751.jpg
星さんとのぶさんが 山からリトリート用の薪を運んでる間に、志織ちゃんと奈穂ちゃんが鉄板焼きそばを進めてくれて、いいタイミングで 川原でランチ。
d0024504_20504740.jpg
d0024504_20501522.jpg
畑から収穫してきたとれたての野菜がいっぱい、そして いよいよサウナタイム。
d0024504_20463001.jpg
みんな、強いつよい したたる汗、3回も石を変えて、ピカピカの顔になりました。川で冷やしたスイカと、吉野のお土産わらびもちも美味しかったぁ。
d0024504_20522343.jpg
d0024504_20494247.jpg
d0024504_21302561.jpg
ほんとうに 楽しく 子どものような無邪気なみんなと遊んだ一日でした。奈穂ちゃん、のぶさん、星さん、来てくれてありがとう。
そして志織ちゃん、本番も よろしくお願いいたします。

そして、石、水、風、空、火 五つの元素と共に地球の源のお母さん、お父さん、川に遊ぶ精霊たち また 遊びに行くね。そうぞ、どうぞ、よろしくお願いいたします。
d0024504_20532601.jpg
ところで・・・毎回、ナチュラルサウナは 感覚でなんとなくアバウトに、建てているのです。今回は、扉が 使いやすくできました。
でも、本番は どうなるか分からないところが 面白いです。建てっぱなしにすると、天候やそのほか、心配なので、毎回立て直すことにしたのです。

それでは なんのための準備か?というと、薪を集めることと、場所との交流、感覚を思い出すこと。
そして、思い切り楽しむこと。(笑)思い切り遊ぶ一日・・これが、準備の醍醐味だなぁ~と思うようになりました。感覚が開いて、手放されて生まれ変わりが進んでゆきます。

夏のリトリートは、3泊4日、7月28日からと、8月18日からの2回。参加したくても、迷ってる方もいらっしゃるのではないでしょうか?思い切って飛び込んでみてくださいね。結果はオーラ~イ♪ 



by ainohanaMusic | 2017-07-18 21:43 | 心の旅日記 | Comments(0)

生かされて今ここにある ~帰路はJAFの牽引車に乗って~

★満ち足りたコンサート&ワークショップ5泊6日のミニツアーの帰り★

【一瞬のうちに起きたいのちの分かれ目】

危機一髪で 無事 生還☆ すべてのつながりにありがとうございます☆

【11日の帰路の出来事を、フェイスブックに投稿したので、転載しますね】

********

岐阜羽島で、園ちゃんに渡すものがあり、合流。お別れを言って、運転を志織ちゃんに変ってもらった。

前夜3時に寝たので 眠くて・・
眠っていたのですが・・・ふと目が覚めた、恵那峡に近づく中央高速。

目覚めると体が重いのを感じて、「帰り、プールに寄ってね。(泳ぐと軽くなる)」と駒ケ根インターまでの距離を確認、あと50キロ、1時間と確認。

ついでにスピードを見る、なんだか遅い、どんどん ほかの車に追い越されている。え?50キロ?

「????志織ちゃん、遅くない?高速道路で遅いと危ないよ。」

「坂道、スピードが上がらないんです。」

「おかしいね、次のサービスエリアで運転変わろう。」

そして、トンネルに入る直前!

「なんか、おかしい!トンネルに入る前に、どっかで止まって!!」と とっさに声が出る。

長いトンネルに入る直前の路肩(ひろい空き地になっていて)に 急停車。
そこで、運転を変わりぐるぐる3周りくらい試運転。クラッチがかみ合っていないのかな?と自分なりに考え、スピードが出たので
再出発、トンネルに入る。

入った途端!
「エンジン音がおかしい!」と気づいた。
「一般道に降りて、修理工場へ行ってみてもらおう。」と
言いながら、水温計が 赤いところまで まっしぐらに上がっているのを目撃。

うわっ!なにかが熱している。

とにかくトンネルを出ないと・・・・!!、アクセルを最低限にして50キロ走行。

低速は危ないので ハザードランプをつけ走行。

「志織ちゃん 念仏!!」と 二人で念仏を唱えながら
トラックたちに追い越されながら走る。他の車両とスピードが違いすぎるが、狭いトンネルの中では、道脇に寄ることができない。危ない あぶない。

急に右端のエンジン異常ランプが点灯!!がくんっと、 アクセルが 効かなくなるが、余力で思うよりも長く 走ってくれて・・・。なにかに助けられた~ありがとう!

非常用路肩にあとちょっとのところの ポケットにギリギリ
白線の内側に!!滑り込みセーフ。

エンジンから白煙。燃えだしたら どうしよう?
エンジンルームをあけようと わたしがもたもたしてると志織ちゃんが引き継いで、あけて冷やしてくれて、最悪の事態は回避。

わたしは 非常用路肩まで歩き、電話をする。

高速パトロールが来てくれたのが30分後くらいか?
ジャㇷの牽引来てくれるまで1時間。来てから 出発まで30分

牽引できるように、路肩に止めてある車が安全なように、片側を一時的に交通制限をしてくださる作業を、高速パトロールの方が準備して牽引車が来てから阿智サービスエリアへ移動した。

待ってる間、交通量の多い暗いトンネルのうねるようなすごい音と、熱さ、どう対処するかの判断、トイレに行きたい・・いろいろ思うが・・・まずは、心を落ち着けなくっちゃ!

なるべく道路から離れた 非常用路肩の地面に 志織ちゃんと手をつないで座り、 念仏と瞑想。

心が どんどん 静まって、瞑想に入ると満ち足りた境地に入った。どこにいても、安心の境地まで高速で至り、これは、どこでなにがあっても大丈夫だなあ~と確信しました。

しかし、トイレに行きたい!パトロールの方は、聞き入れて下さらないので、作業が終わったときに、
「どうしても今!!」と、道路を渡った非常用扉の向こうを指さすと、以心伝心、理解してくださり、道を渡らせてくださって用を済ますことができました。(志織ちゃんも一緒に)

パトロールの方は、最後は笑顔で、牽引車に顔をのぞかせて お水をくださって、「疲れたでしょう?」と。

牽引車のおじさんも、あったかい人で、のんびりといろいろ話をしました。音楽の話も。

水温計が 上がって エンジンランプがついて アクセルが効かなくなったとしたら、車のダメージが大きいから、修理は大掛かりになるよ。と教えてくれて、もうすぐ6時の段階で、修理工場に まず納車の約束をしないと・・と阿智サービスエリアで、納車先を一緒に探しました。

また、ジャフの無料牽引距離は15キロなので わたしの加入しているマイカー共済に、何キロサービスがあるか聞くように薦めてくれて、30キロだったので、すごい出費には、ならないことが分かりました。

そのとき、牽引車のナビが おかしくなっていて、駒ケ根まで100キロと出てきたの。

牽引車は50キロまでということで、飯田の修理工場を探したの。
飯田に車を預けたら、駒ケ根の家まで、最低限必要なものをもって電車を乗り継いで、タクシーで帰らなくちゃいけない。

知らない修理工場だと、どのくらい預けるのか?明確に指針を出してくれるかも分からないし、
代車もないとのこと。今日は、家まで帰り着けたらラッキーと思わなくっちゃ・・とそのとき思いました。

ところが、なんだか すっきりと決まらず、わたしは 自分の見たシーンを また 思い出した。

「トンネルに入る直前、駒ケ根インターまで50キロだった!おじさん もういちど調べてみましょう!」

そして 調べたら 駒ケ根までやはり50キロちょっと。牽引車の無線がおかしなことになっていたらしい。

ギリギリセーフで、昔お世話になっていた 駒ケ根市の車屋さんに電話すると とってもうれしそうに応対してくださり、
8時まで 到着をまってくださり、今日は代車はないからと、ツアーの大荷物を 自分の車に載せて 遊里庵まで送ってくださいました。

夜のうちに 洗濯も済ませて 今日は洗濯物をいっぱい干しています。
d0024504_23150447.jpg
*****
車は 明日くらいから1週間くらい修理だと思う。エンジンを変えると修理費用は、35万と言われました。
12月には車検が 待っている車です。

→これが、5日たった今、中古のエンジンが見つかり、見積もりは20万縁になり、修理期間は今月いっぱいはかかるとのこと。

現在 走行距離10万キロ超えたところ。さあて、可愛い緑のセレナにこれからも 頑張ってもらわないとな~

*********

危ないところを ほかの車を巻き込むことなく
無事に 楽器やすべての荷物と一緒に 遊里庵に帰ってきたのは 奇跡だと思います。

★すべてのつながりに感謝 ありがとうございます☆

追記

代車が来ました。4WDの軽の箱バンで冷房が壊れていて、マニュアル車です。
今日は、マニュアル車の運転練習を兼ねて、町へ買い物に行きました。

わたし好きだな~箱バン~軽は高速走行に向いてないと思い大きな普通車に乗ってたけど、
次の車はシンプルな箱バンでいいかも?と、発見しています。

明日は、夏のリトリートのために川の上流にサウナの準備に行きます。
そして22日は、安曇野へコンサートに!軽の箱バンで わたしの活動が カバーできるか、実験ができる。

起きる出来事は みんな いい経験になり、予測もできない次に運んでくれているな~と感じたところです。

また、5月28日に1年に1回の無料安全点検を受けていたので、整備士さんと話しました。
5月28日の段階では、水も充填したし、問題はなかったとのこと。エンジン内の水を冷やす弁が閉まりっぱなしになる異常が起きたのでは?と。少しでも異常が見られた時は、すぐに車を止めて 車屋さんに電話するなど、今後は否応なく慎重になりそうです。


**************
最後に、志織ちゃんの12日のフェイスブック投稿も紹介しておきます。

昨日(2017.07.11)起きた出来事

高速道路で車を運転していたら坂道でスピードがでなくなる。

おかしいな?荷物沢山のせてるからかな?
踏み込んでも60キロ以上でない。

ゆりさんが起きて、遅いねって次のパーキングエリアで代わろうという話をした。

パーキングエリアにたどり着く前、トンネルに入る直前、広い駐車スペースがありそこに緊急停止。
運転を交代し、トンネルに入る。

しばらくしてアクセルがきかなくなり余力でトンネル内の緊急停止場所に入ることができました。

トンネル内でスピードがでなくて、後ろから車に追突されたら?とか、あれ、ここで死ぬの?とか、大丈夫、安全に帰れる。とか、いろんな事が頭の中を浮かんでは消えていました。

ああ、幸せだったって言って死ぬのが夢だって奈穂さんに話したばかりだったから。このツアーで歌えて、いろんな人に出会えた事がとても幸せなことだった。悔いなし。なんて事を思っていました。

停車して車の前から白煙があがり、車が爆発するか火を吹くか?みたいなことも考えつつフロントを上げる役目を引き受けてあける頃には白煙は止まり、何か空気のようなものが漏れているシューっという音が聞こえました。
トンネル内は暗く、この音の原因はよくわかりませんでした。

とりあえず電話のある場所に向かいゆりさんと話していた、高速の管理者に現状を報告。シューっという音が液体かどうか、煙がまだ出ているかを聞かれました。

いつも車の中からしか見たことのない歩道を歩いて車から離れました。

ゆりさんとパトロールの人やJAFの人を待つ間念仏を唱えていました。普段していることを緊急事態でもすることで安らぎを得ました。

パトロールの人もJAFの人も車を預けた修理工場の人もみんな優しくて本当にありがたかったです。昨日のうちに駒ヶ根に帰りつけたこと、五体満足であること、日常にかえってこられたこと。
沢山の見えるもの見えないものに助けられて今ここに生きているんだなぁと思いました。

いただいた命、まだまだ使って一生を生ききろうと改めて思う出来事でした。
d0024504_23291381.jpg
d0024504_23283974.jpg
     (帰った翌日は、与田ぎり川の上流に、夏のリトリートの天然サウナを作る場所を下見に行ってきました)



by ainohanaMusic | 2017-07-15 23:17 | 心の旅日記 | Comments(0)

ゆっくり深くまあるくつながる奈穂ちゃんハウスコンサート

7月10日、月曜日の午後4時から奈穂ちゃんのおうちでコンサート。
縁のあるみんなが集ってきて、お庭で花輪を編み、コンサートは4時から9時まで自然な流れで4部制のロングラン。
d0024504_00580053.jpg
1部コンサートと朗読、2部 ゆっくりたっぷりのシェア、3部 愛情たっぷりの持ち寄り夕ご飯、4部 アイリッシュハープの真弓ちゃんを迎えてうたと朗読。
d0024504_00564087.jpg
この日も、奈穂ちゃんに一角獣の物語と八星のメッセージの朗読をしてもらって、うたった。
目には見えない彼らの存在を、生き生きと伝えてくれる奈穂ちゃん。愛が真ん中まで詰まった奇跡のような人。
d0024504_00561697.jpg
シェアは ありのままを語れる。この機会に出し切ってゆける場の力があった。
d0024504_00555466.jpg
そして、持ち寄り夕ご飯には、のぶさんも真弓ちゃんも間に合った!
d0024504_00582737.jpg
この日 最後にうたったのは 光送りのうた♪真弓ちゃんのハープが光の波みたいだった。
d0024504_00552552.jpg
締めのあと、奈穂ちゃんが「なんか 足りない!」と言って歌って踊ったのは、結果はオーライ♪

******
でも、これで 終了したわけではないよ。
三々五々、話したいもの同士が 集まって、深夜まで宴は続いていました。
そして、夜12時を過ぎたころ、立ち話して名残を惜しんでいた、出会ったばかりのくーちゃんの家に わたしは泊りに行きました。

夜中3時まで話したよ。
くーちゃんも愛する息子さんを亡くしたばかり。
わたしと彼女には共通点がたくさんあった。奈穂ちゃんと二人の天界の息子が引き合わせてくれたんだね~。
なんだか、愛がいっぱいの奈穂ちゃんの家に集ったみんなが あっちでも こっちでも発酵している感じだった。
d0024504_00571389.jpg
翌朝、ひさこさんが来てくれてアロママッサージしてもらえたの。ひさこさんは、亡くなった存在の言葉を伝えるヒーラーでもあり、会う度にご縁が深まる気がしている。一人一人のミッションは、つながることで、その意味が自覚でき加速してゆくみたい。

八星は、天界に帰り、今 わたしの作る曲は彼との合作になり、パワフルにもなっているという。
光と闇が織り成されて、伝えるべきことが わたしの中に溢れている「今」、八星の存在が働いていることを教えてくれて、愛の波動で満たしてくれる仲間たちに恵まれていて、わたしは次の段階に背中を押されているような気がする。

最後に、奈穂ちゃんのフェイスブックへの投稿を紹介します。奈穂ちゃんの言葉は、愛がいっぱい♥

【奈穂ちゃんの投稿より】

吉本有里ちゃんのコンサート
ホントにゆるゆるまったり
3時に始まる予定が庭で花冠編んだりしてて、40分くらい遅れながら
始まってからは休憩もなく気づいたら8時前くらいまで!(笑)

仕事が終わってからの
瀬戸からハープの真弓ちゃん
岡崎からノブさん
大野町からさゆちゃんも飛んできてくれたのがシェアタイムの終わりのとき

間に食事をはさんで
第二部は8時半過ぎから真弓ちゃんのハープと共に始まりました✨

シェアタイムも深い時間で
ホントにありのまんまの自分を受け入れて、笑って泣いて、喜び溢れての1日でした✨

一角獣の物語に涙し
見える世界、見えない世界に意識を向けて、透明な存在に寄り添い

異邦人の普通でないことに愛しさを感じ、踊り、歌い、抱きあい、気づきのある1日でした

久しぶりに会えた喜びも
いつも会える顔の喜びも

感無量

見回すと花冠をかぶった
愛しい横顔

可愛い少女たち

しあわせだったなぁ

愛をいっぱい
ありがとう

私、しあわせだぁ

*************
奈穂ちゃん、美味しいお料理、会場のしつらえ、お声かけ、人と人をつなぐ愛の言葉、ありのままでいること その他いろいろありがとう。

真弓ちゃん、天のひびきをありがとう。

のぶさん、仕事のあと駆けつけてくれてミニツアーを護ってくれてありがとう。

美幸ちゃん、くーちゃん、会えたね、話せたね、これからもよろしくね。

ひーちゃん、八星と天界の空気を伝えてくれてありがとう。

康子さん、星の王子様とはしごしてくれて美味しいお刺身もありがとう。

そして、来てくれたみなさんの顔、話したこと 一人一人浮かぶけれど、名前をまちがえちゃいけないので、書かないけれど、再会と出会いをありがとう。

とても とても いとおしい一日でしたね。

志織ちゃん、初めての経験を まるごと経験して味わって、ともに支えてくれてありがとう!!
d0024504_00545573.jpg




by ainohanaMusic | 2017-07-15 01:38 | 心の旅日記 | Comments(0)

圓勝寺2回目のコンサート★アンサンブルの楽しさ

7月9日、岐阜の海津市にある圓勝寺へ。

圓勝寺の園恵さんは、今年2月に、長野の遊里庵での「虹のうたクラブ」のお楽しみCDのレコーディングに参加してくれた。
キーボード伴奏を務めた園ちゃん。最初は目立たず、ただ合わせていたけれど、「自分らしく演奏してほしい」と希望を出すと、突然目覚めて、開花するように、自分のメロディーを紡ぎ始めた。
その後、それらの曲に、コーラスを研究。3月の圓勝寺での初めてのコンサートには、素敵なデュエットができて、びっくりさせられた。
d0024504_23132806.jpg
そして、今回のコンサートには、一緒に演奏したい新曲2曲があり、動画を送ってあった。すると、わたしと志織ちゃんの演奏に+して、キーボードとコーラスを研究していて、リハーサルから楽しい新しいアンサンブルの世界が始まったの。 
d0024504_23130845.jpg
そればかりではない。30年願っていたという「自分の音楽」の扉がひらいていた。
そう、どこからか聞こえてくるメロディー・・園ちゃんにも届いていた。娘さんの結婚式に、替え歌を練習していたら聞こえてきたという「回想♪」という曲と、シンセとシンキングボウルの曲2曲を、今回、ゲストで初披露してくれて、一歩を踏み出したら、才能が開花してゆくことが聞き手に伝わる感動的なコンサートとなりました。
d0024504_23123268.jpg
人生はハッピーエンディングは、演奏者はもちろん、みんなが歌ってくださった。1回では勿体ない、続けてゆきたいアンサンブルの世界がそこにありました。コンサート後のシェアの時間も 出会いと再会が、嬉しい優しいあたたかい時間となりました。

さて、園ちゃんがフェイスブックに報告を書いてくれているので 紹介しますね。

*********
【園恵さんのフェイスブックから】

山門を抜けたら・・・そこは別世界??

始めのいーっぽ を踏み出したら、本当のわたしに出会える場になっていました❗❗

7月9日、圓勝寺で第2回吉本有里コンサートが開催され、無事に終わりました。
参加してくださった皆さま、本当にありがとうございました。

昨晩は、いろいろな思いが巡って、なかなか寝ることができませんでした。

今回は、すっごく楽しんでやってたんですが、撮ってもらった写真や動画を見ると、やっぱり緊張して、顔が歪んでるし怖い❗

でも、心臓は前よりは暴れていなかったので、これは慣れですね。

聴いている皆さんが、やさしく見守ってくれているのが伝わってきて嬉しかったです。

一人でやるのもいいけれど、三人でハモったり演奏したりするのは、もっと気持ちいい。

そして、全員で歌えたこと、演奏する人、聴く人の境がなくなった時、このコンサートはみんなで作られているんだと改めて感じ、喜びと感謝でいっぱいになりました。

前日、友だちの Jちゃんが「手伝うよ」とメッセージをくれたので、甘えて受付をお願いしました。
ご門徒のSさんが、今回も駐車場案内をやってくださいました。

すごく嬉しかったです!


JちゃんもSさんも家族も、静かに陰となり支えてくれてたから、安心して、舞台に立ち、集中して演奏でき、楽しめました。

主催者として、がんばって力入れて張り切ってましたが、やっぱりみんなで作り上げたコンサートでした。

有里ちゃん、いのちの歌声をありがとう!

生きるよろこび、思い出してます!

志織ちゃんとの再会、特別な再会となりました!

皆さん、本当にありがとうございました

****************
d0024504_23121252.jpg
コンサートが終了してから、わたしと志織ちゃんは、圓勝寺から車で5分のプールに泳ぎに行って、体を整えました。
帰ってきたら、晩餐会。ウナギと、夏野菜の煮物と、ジャガイモの揚げ甘辛煮など。
園ちゃんが、志織ちゃんにレシピを伝授したりして、ありがたいこと限りなし。

かつて音楽の先生をしていたという園ちゃんは、子どもたちにコンサートを聞いてもらいたくて、お寺の前の通学路に掲示物を張り巡らせていました。若いうちに、のびやかに、ほんとうの自分を探求できたらどんなに素晴らしいだろう、と園ちゃんの心は子どもたちに向かっています。ゆっくりといろんなアプローチで、子どもにも来てもらえるコンサートを設定してゆこう、と作戦会議になりました。
d0024504_00275245.jpg
また、お寺であることを生かして、次回は真さんの念仏と法話の時間をコンサート前に30分くらいとれたらいいね、と
アイデアが出てくるのでした。

願いがあるとアイデアが出てきて、アイデアを実践すると、自分も世界も確実に変化してゆく。
せっかく生まれたアンサンブル もっと味わい進化させたい!ので、11月のレコーディング(次のCD)に、お誘いしました。
今はまだエンジニアが見つかっていないけれど、もしかしたら、自分でエンジニアもできるのでは?と わたしにもチャレンジ精神が出てきて、
「園ちゃん、一緒にやろうか?」と、3人いれば 怖くない(志織ちゃんも含めて)ってな気分になっています。

10月14日の鶴亀堂のコンサートにも、アンサンブルを聞いてもらいたくて、お声をかけましたよ。
次に愛知に行くのは、3か月後です。鶴亀堂で、みんなで集えたらいいですね。

*****
園ちゃん、真さん、お集まりくださったみなさん、志織ちゃん、ありがとうございました。




by ainohanaMusic | 2017-07-14 23:58 | 心の旅日記 | Comments(0)

ユニコーン星まつり

7月8日、ハーブカフェ 星の王子さまで わたしも初体験のユニコーン星まつり

前回のコンサート、3月に一角獣のうたと朗読を聞いた まあやさんが、涙があふれて溢れて・・・。

一角獣のうたは不思議な経緯で11年前に生まれて、その経緯は、朗読でお話ししている。
中世のヨーロッパで、実際にあった出来事は、そのままで物語のようで、主人公はユニコーンと一人の女の子。

そのユニコーンと少女の物語を、みんなが深くふかく共感する時代になった。
d0024504_00455415.jpg
午前中、ライヤーの調べと共に描かれたユニコーンの絵たち
d0024504_00443595.jpg
そして午後は、一角獣の物語を一人一人が自分の中に育む時間でした。朗読したり、ユニコーンに手紙を書いたり。
書いていると、それぞれの物語が明らかになってゆく、みんなが主人公の時間があって よかった!

夜は、鍵盤ハーモニカとコーラスの志織ちゃん、アイリッシュハープの真弓ちゃん、朗読の奈穂ちゃんと、静かで深く、広く、豊かなコンサートになりました。
d0024504_00451580.jpg
久しぶりに聞いた奈穂ちゃんの朗読・ユニコーンの物語も 八星からのメッセージも、まるで そこに彼らがいるような 存在感はどこから来るのかな?きっと、それは 奈穂ちゃんの愛。そして、真弓ちゃんのハープの輝く優しい波の特別感を 改めて感じました。素晴らしい仲間たち。
d0024504_00441789.jpg
ユニコーンの物語と、八星の存在は わたしの中で繋がって、彼らの物語を理解し共感し、涙することで
癒されてつながってゆくことを感じました、見えなくても わたしたちのハートの真ん中に存在している大切で特別な存在がいる。
d0024504_00461141.jpg
コンサートのあとは、シェア。朝から深夜まで。
この 一日が ユニコーンとそれぞれの参加者との関係を見事に築き上げました。


d0024504_00473221.jpg
物語のような時間をありがとう。
まあやさん、りゅうせいさん、志織ちゃん、奈穂ちゃん、真弓ちゃん、かわべさん、のぶさん、ゆきちゃん、勝巳さん、
来てくれたみなさん ありがとう。

*****

(一角獣の朗読の最後の部分)


そう、この物語は あなたのための物語。



清らかに うつくしい世界を感じ、素直に生きるあなたが そこにいるだけで 安らぎが広がり不思議の扉がひらいてゆく。



やがてはみんなが集い 安らぎ、ただ自然にありのままに不思議を生きてゆく。競争すること比較することもなく、それぞれの尊さをただ生きることでつながり満たされてゆく。



そのよき 時が近づいている。





一角獣 は 人 になり 

そして ペガサス になる



過去 と 今 と

未来



同時に存在する 扉の向こうの 今

つながってゆく ものがたり


                    癒されてゆく物語



by ainohanaMusic | 2017-07-14 02:19 | 心の旅日記 | Comments(0)

鶴亀堂、そして星の王子さまへ

7月6日、遊里庵から 愛知の鶴亀堂に。
鶴亀堂は、のぶさんゆきちゃん夫婦と犬のまるちゃん、二人と一匹の暮らす山里の名前のある家。
畑のある暮らし、人の集う場所、お二人はイヤーコーニングという癒しの技を持っていて、遊里庵と共通点があって、交流が楽しい。
d0024504_00413154.jpg
木曜日、お二人ともお勤め帰りのお疲れのところ、美味しいタイ料理屋さんに連れて行ってもらいました。二日目は畑のとれたて野菜をじっくり煮込んだスープやサラダ、ほんとに美味しかった。のぶさん、ゆきちゃん、いつもいつも ありがとう。
そして、7日は ハーブカフェ 星の王子さまで ほんとうの自分に帰るおまもりヘンプネックレスつくりのワークショップでした。
今回は、星の王子様のまあやさんも参加されて、志織ちゃんもお手伝いをしながら自分の作品も作りました。いつも、驚くほど、それぞれの個性がひときわ輝いて感動します。
d0024504_01040671.jpg
歌を聞いてハートをひらき、瞑想し直観を受け取り、シェアしてつながり、
さあ!と、こわごわ初めて選び始めるビーズも、
d0024504_01063921.jpg
これしかない、明確な波動の組み合わせ・・アートになってゆく天然の魔法の時間。

出来上がったものには、みな意味があります。

一人一人の「今の方向性」がちゃんと記されていて、それを読み解くと、そのままでいいよ~と、 素敵なネックレスの輝きが伝えてくれる。安心して自分らしく歩いてゆける。ヘンプワークの終わりは、とても豊かな気持ちで、自分自身を認め満たされています。

ヘンプワークの終了後、志織ちゃんと一緒に翌日のユニコーン星まつりの会場準備をした後、
星の王子様のりゅうせいさんが、「メッセージ気功」を授けてくれました。 静かなそよ風のような りゅうせいさんのタッチと、
わたしの心身からのメッセージは、あたっていたなぁ。わたしは、まだまだ、八星が光の世界に旅立ったことの痛みを抱えている。
d0024504_00431783.jpg
                (鶴亀堂で、とれたて野菜で、のぶさんの手料理 美味しかった~)

生きてる側は、悲しみが長引く傾向にあるけれど、旅立った側は、悲しくはない。満ち足りた天界で、今を全うしている。
今回のツアーで、わたしはいろんな方々の愛に包まれて、帰路には危機一髪で助かったりして また ひとつ気づきと安らぎを与えられたような気がしています。この世とあの世を、つなぐうたを喜びに満ちて、自然体でうたっていきたい。


ところで、次の愛知 訪問は 3か月後の 10月14日(土)。鶴亀堂でコンサートになります。
そして、15日(日)は、ほんとうの自分に帰る ヘンプお守りネックレスつくり。


そのとき、近くの熊野神社でどぶろく祭りがあるというので、ヘンプワークショップ&どぶろく祭りにちょいと出かけてみよう(休憩中かな?)と 今日、のぶさんからメッセージがありました。
詳細が決まったら お知らせしたいと思います。参加されたい方は、日程をあけておいてくださいね。

また、鶴亀堂で 出会いの輪をつなぐのが 楽しみです。



by ainohanaMusic | 2017-07-14 00:59 | 心の旅日記 | Comments(0)