愛の花

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心の銀河はお花畑♪

ここ数年、地元でのコンサートを心がけてやっている。暮らしている自分の場所で 心を分かち合いありのままを支え合う文化を作って行けたらいいなあ~と思う。
昨年は自宅でもコンサートやワークショップをやってみたし、また、人に勧めたい美味しくて健康的、そして心を分かち合えるオーナーのいるレストランでコンサートを企画していただいた。

伊那市の自然食レストランル・ムートンブランは 昨年4月15日が初回で
昨日、2月26日が2回目。
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個人的にも話をするようになって1年以上が過ぎて、オーナー夫婦、娘さん 場所の気とも馴染んできて
来られた友だちが 馴染んでゆくのが早かった。3時開演だったけれど、2時から3時の間に ボチボチと集まって来たみなさんがライブ前から どんどん親しくなってゆく。まるで 最初から友だちだったみたい・・・
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27歳から83歳まで 10人ほどの こじんまりとしたコンサートでしたが ほんとに よかったなぁ~
2時間のコンサートを終えた後、ほぼ7割がたが残って、ケーキを注文してテーブルをくっつけあって、シェアリング。手をつないだり ミニ瞑想して、一人ひとりが自分を感じながら 今、自分が抱えていることを話した。ひっかかりのあることを話す・・話すことは手放すこと・・・光の輪をつないでシェアしたことは必ず解けてゆく。真実を語りさえすれば、変化してゆくのだ。言葉に真実がそなわると、進化してゆく不思議。

「みんなひとつになれて良かったわね。」とオーナーも喜んでくださって、帰りには 自家製の御餅を持たせてくださった。

5年ぶりくらいの人、2年ぶりくらいの友、1年ぶりくらいの友、数か月ぶりの友、先日 突然訪ねて来た若者、初めての友、パートナーの友だち、パートナーの友だちの友だち、みんながひとつの場所で輪になるって素敵なことだなあ~

シェアリングが終わったら、
Sさんが、初対面の83歳のOさんに 
「亡くなった息子さんって、もしかしてAくんのこと?」

なんと!Sさんと、Oさんの亡くなった息子さんAくんとは 40年以上前、同じ高校の同窓生で、放送部で一緒に活躍していたとのこと。
ひとしきりAくんの思い出話になりました。初めて出会った人と40年前を回顧している二人。親戚のような空気感。

そして、Sさんの暮らす長谷村でも コンサートしてほしい~という話も出てきて楽しみ。
実は、わたし2006年に高遠の家が火事になって そのあと、家探しをして 一時は長谷村に暮らそうとして
いた。 懐かしい場所なのです。ゼロ地場があり、独特な雰囲気のある地域です。

さて、27日 今日は パートナーの哲生がビッサナー瞑想を終えて、13日ぶりに帰ってきたところです。
さて、どんな世界が これから始まるかな?

そうそう、哲生がいない この10日間、子猫たちと随分遊んであげたら
スピカは 遊んでほしい時に 口におもちゃを加えて こたつの上(わたしのパソコンの横)で待機するようになりました。子犬のような子猫
by ainohanaMusic | 2012-02-27 21:32 | 心の旅日記 | Comments(0)

子猫の避妊手術

哲生が12日間のヴィパッサなー瞑想に出かけて、今日で6日目。11日間は 携帯電話も預けて、瞑想仲間とも 最後の日まで会話をせず、目も合わさず、内面世界を探求するそうだ。わたしも いつか参加してみたいな~。

今、どんな世界にいるのかな?

彼と出会って2年弱。

わたしが ツアーで出かけることは多かったけれど、必ず電話をしていたから
彼の声を聞かない日々は 初めてかもしれない。

出家道場の3週間も、寝る前に必ず電話していた。

生きていても、違う現場で 自分の世界に完全に入ってゆくって、まるで あの世に行ってしまったのと似てる~なんて、このとこ 感じている。

2006年には 当時のパートナーが 突然 あの世に旅立ったから ある日を境に会えなくなったが、魂は永遠であること、彼が次なる世界に飛翔したことを確信していたが、会えないこともまた、厳然とした事実だった。

今回、ありがたいのは 彼が 27日になったら帰ってきて会えることが 分かっていること。

寂しいな~と思うけれど、一回りもふたまわりも 大きくなって帰ってくるのが楽しみ。

そう、生きてる間は 時としては 離れることも成長、そしてまた会える時 それぞれが持ち寄れる世界があり関わり方も育ってゆく。

しかし思い出してみたら2006年、パートナーが亡くなった時も やはり あの世での再会を心待ちに思った。必ず、再会できることは確か。そこを感じると、同じ自分で再会したくはない、しっかり生きて成長して今度は、もっとひとつになれる自分でありたいと願った。

別れがあるからこそ、一緒にいられることの貴重さを知り 願いが生まれる。

願いを抱いて、輪廻を繰り返して 最後にみんなが到達するのがワンネスなんだと感じた。

すべての人を自分自身と感じられる領域までたどり着いたら 今度は どんな世界になるのだろうか?

************
さて、今日は
10月10日に保健所から もらってきた2匹の子猫の避妊手術に 動物病院に行ってきた。
メスのライカは 1泊
オスのスピカは 一緒に帰って来た。

麻酔をかけられて その間に手術。
手術に立ち会った。半分も正視できなかったなぁ・・

麻酔が覚めると 大きな声でわたしに 不具合を訴えた。
かわいそうだ~、男性機能がなくなっちゃったんだから。

保健所でも 友人にも
オスもメスも 避妊手術をした方がいいということをしっかり伝えられて
天寿を全うするまで 家族として暮らしてゆきたいので
不自然なこと~と思いながらも
手術に連れて行った。

スピカは 家に帰りついたら
いつもよりも ずっと わたしに寄り添って動く。
よたよたしてるのに。

しっかりと抱きしめたら
おかあさんのお乳を両足でふみふみするように
わたしを両足で ふみふみした。赤ちゃん帰り。

そしてゴロゴロ言って目をつぶった。

「スピカ 生まれてきてくれてありがとう。
わたしは 間違ったこともするかもしれない。ごめんね。
でも、こうして一緒にいてくれてほんとにうれしいよ。ありがとう。愛してるよ。」

言葉にしたら、ポタっと涙が落ちた。
ほんとのことを言葉にすると、この頃 即座に涙になる。
魔法みたい。

魔法の涙がひとしずく落ちて、

わたし 猫たちのことを 心から愛してる~ と腑に落ちた。
愛してることは 確かだけれど、良かれと思って間違ったことをすることもあるかもしれない。
いつも 一緒にいられるわけでもない。
でも、全部をひっくるめて 包み込むよう 許してくれる 繊細な子猫たちの表現に 何度も目がひらかれる。

スピカは やっと安心したかのようにすっぽりと わたしの腕に納まって、安らかな波動を伝えてくれた。身体は傷ついたままなのに 安心すると癒しが訪れる。

なんだか、スピカも わたしも癒された。

明日は ライカを迎えに行く。
お腹切って 子宮と卵巣を取ってしまったから。しばらく 辛いだろうな~
なんだか、自分も手術したみたいに、ちじんでる。

ライカもしっかり抱きしめて、少しづつ 元気になってゆくの応援しよう。


2月26日は
伊那のムートンブランでライブ。

そのときまで なるべく家に いよっかな~

そうそう、長野のみなさん、あるいは遠方からも 来てくださいね~
帰りに高遠あたりで 温泉に入り、ご相談くだされば 遊里庵に泊まることも可能です。

そして、3月30日~4月2日は わたしには かけがえのない深いプロセス~遊里庵の春のリトリート~です。
未知なる自分と出会うリトリートです。

今、いろんなことが加速度的に変容過程に突入してる。

ほんとうの自分を、暮らしの中で語るようになると 魔法がかかったように和らいでゆく。

わたしの暮らす遊里庵で 3泊4日 うたを聞き 心がひらかれて素直な言葉をとりもどし、山々の土や春風に身をゆだねて 精霊たちの声を自分の内側に受け取る瞑想もします。朝のお念仏もします。念仏に込められている願いのお話もしますね。そして、それぞれが 生まれてくるときにそれぞれが願っていたことも はっきり思い出すことになるような気がしています。

だれが来てくれるかな?
楽しみです。
by ainohanaMusic | 2012-02-22 00:40 | 心の旅日記 | Comments(0)

お念仏したいのですが・・と青年がやってきた

電話が鳴った。知らない若者の声。

「遊里庵ですか?あの・・勤行したいのですが・・明日夕方 行ってもいいでしょうか?」

「???」

「え、ここは、普通の家ですが、どこで聞かれたんですか?」

昨年、高遠町にあるフリーキッズビレッジの サマーキャンプのボランティアをして、そこで、愚静庵(ぐじょうあん)の静悦さんに聞いたという。

どうして、わたしが お念仏してること知ってるのかな?
昨年の夏は、わたし あんまりお念仏もしてなかったよ・・

でも、今は、出家道場から帰ったばかり、なぜ、うちに来るのか、その成り行きはよくわからないけれど、ちょうどいいかも。まるで、知ってるかのようなグッドタイミング。

ということで 昨日の午後4時、
29歳の若者 Dくんが みかんを手土産に やってきた。
初対面。
「はい、どうぞ。」 と こたつに入ってもらう。

どうやら、Dくんの中で
本應寺のお坊さん、尼さんが ひらいたばかりの
「大静庵(だいじょうあん)」と「遊里庵」が 混同されてたみたい。

「次回は、大静庵に行ってきたらいいね、そこには本物の尼さんとお坊さんがいるからね。」

彼は、調理師で 少し前に 統合失調症を病み、スローダウンしながら なにか求めているようだった。

ということで お茶を飲み、いろいろ話して 夕の勤行を 一緒にやって、うたを1曲うたい、シェアリングをしてすっかり なごんだ。

シェアリングを説明して
ハートの石を 手渡したら

「僕 話すの苦手なので 緊張しています」

と小刻みに震えながらも 静かに自分の心を感じ、感じてることを話してくれた。

そして、「こんなふうに 話をできるところ、聞いてくれるところは あまりないです。今度 僕の彼女も連れてきたいです。」

勤行の間に インスピレーションがやってきた。
 彼が求めてる何か~は、一人ひとりの個性を伸ばしてゆく、コミュニティー的な 共同作業の中にあるのではないか? ということだった。 彼は、生まれ育ったご両親の家から、仕事に通っている。そこでは見つからないなにかを求めて、こうやって 出かけて来てるのではないか?

彼を見送ったら 夕ご飯料理しようと思っていたが、
出てきた言葉は

「今からご飯作るけど、もしよかったら 一緒に作る?」

そしたら、Dくんは

ゆっくりとじわっと、嬉しそうな顔になり

「いいんですか?」声も和らいでいた。

そして、Dくんに薪ストーブを燃やしてもらい、
玉ねぎと ニンジンを 刻んでもらい、
わたしはスパゲティーをゆでて、
たらこ&ベジタブル スパゲティーと、アルコールフリーのビールで乾杯。

一緒にかたずけ、

暗くなったころ見送った。



「ありがとうございました・・・

僕、ここ 好きです。

とっても楽しかったです。

今度、僕の彼女と一緒に 来てもいいですか?」

「うん、いろいろやることもあるし、 障子を貼リ直してもらうとか・・・」

「あ、ネコの破ったところ?」


 また、じわっと 嬉しそうな顔。

やさしい青年だな~

出家道場に出たら

ほんとに

昨日は、道場になっちゃった。

いいな、こんな感じで

人が来るのも。
by ainohanaMusic | 2012-02-18 13:56 | 心の旅日記 | Comments(0)

帰って来ました!仏の名

親しくしている本應寺のお上人に誘われて参加した「出家道場」。

最初の1週間は、経典の勉強や儀式の練習(お経の読み方や木魚のたたき方、歩き方)などが窮屈で眠くて、「わたしは 尼にはならないから 時間がもったいない。」と どうやって逃げ出すかばかり考えていた。なんと、この出家道場は、12月、1月、2月 とそれぞれ1週間づつ、それを2回やって終了、つまり1週間を3回×2年=6週間で終了という長丁場で、忙しいわたしには、初回の1週間の体験で十分だと想った。

ところが、1週間目の終わりに、仏教の神髄がしみ込んできて、それはこの宇宙の「法」であり、真実であり、自分自身を知ることであると腑に落ちて、1月の2回目に参加。仏教を学ぶことが自分自身を深めることで、ひとつの形を学ぶことは、それに属することではなく自由になること、地に足を着けることだと気がついて、3回目が楽しみになった。

そして今回、3週間目の道場は、お寺の事情で急きょ場所は栃木の愚静庵(ぐじょうあん)ではなく、東京の本應寺での開催となり、法式(ほっしき)を学ぶのに法衣を着て本堂を歩いたり、お通夜にも参列して、亡くなった方や遺族へ朗々とお経を唄い祈るお上人や尼さんたちの本気に心打たれた。
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「出家」とは 尼になることではなく、生きる土俵が変わること。相対的な六道輪廻の世界から、絶対感覚を伴った「極楽感覚」へ。
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 そして、相対感覚で苦しむ人たちも、生きる目的を「解脱(悟り)」、自己成長、自分自身と向き合い 自分が減ったり傷ついたりするものではなく限りなく尊く無限な存在だと認識できるようになると 深い海のようになにがあっても 基本は揺るぎがなく 本質を理解して行動できるようになる。
 生きていれば、すべてのことは諸行無常。うつりゆく世界で、変わらないもの「菩提」を見出してゆく喜び。
最終日の2月11日、無量寿経の48願を学び終えたとき、感動というのか 人間ひとりひとりにかけられている宇宙の願い(阿弥陀の願い)に 心が安堵した。

わたしには、幼いころから、ずっと元々いた世界の記憶があった。生まれてくる前にいた世界はどこなのか、わからないけれど 愛に満ちていてお互いを心から慈しみあい調和していたように思う。幼いころ、両親のいさかいや、学校での陰湿ないじめなどを見て、こどもなりに、解決方法を考えていた。起きてることに落胆するより、その状況を変えたいと願ったし、人間の可能性を知っていた。
 大人になってからは、美しい星空を見るたびに、故郷へ帰りたい~という里ごころが湧いたが、この地上を 愛に満ちた星にすることが 生まれてきた理由だと どこかで感じていた。
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そして、今回仏教を学んで3000年以上昔、そうした願い~すべての人が救われますように~に人生を捧げた人がいること、その願いがこもった言葉(マントラ)が、南無阿弥陀仏であることに 驚いた。


御釈迦様の生まれる前、時の彼方、宝蔵菩薩という方がおられて、
この方はある国の王だったのですが、せ自在王仏という素晴らしい仏さまに出会って
「自分も仏になりたい。そしてすべての人を苦しみから救いたい。」というい大きな願いを持ちました。

そのために48の願いをたてて、その願いが全て叶わなければ自分は仏にならないと誓いをたてて長い修行に入られました。長い長い時が流れ、48の願いは全て叶えられ、宝蔵菩薩は阿弥陀如来という仏さまになられました。

その後、時が流れ 御釈迦さまも出家し修行の末に悟りを得て、「法(真実)」を説き、その法の中に 48願が伝えられている。

南無阿弥陀仏という7つの音に 48の願いが込められている。その48の願いは 人が煩悩に振り回されて幸せになったかと思うと不幸のどん底に落ちる六道輪廻から 解放される目覚めへの道案内が届くようデザインされている。どうしたら、みんなが幸せになれるのだろう?その答え、48の解脱への鍵が、音の中に込められたのは 時の彼方に 宝蔵菩薩が誓い、願いを建て、聞き届けられ阿弥陀如来になったから。

言葉では伝えられない途方もない「悟り」が、「南無阿弥陀仏」を唱える人の状態に合わせて起動してゆく。
「すべての人を救いたい」という願いが、「どこでも だれでも」唱えられる「御名(みな)」に結集した。「名前を呼ばれたら救いに行く」
確かに お念仏は すごいと体感していたけれど、そんな由来があったのか。
南無阿弥陀仏は サンスクリット語で、
「思惑を超えた偉大な光にお任せする」という意味でもあります。

お上人が3週間かけて説いてくれた48願、ありがたく受けとり、また感じ方が深まったたように思います。

48の願いの中には、仏教を知らずとも経験していることがたくさんあります。
たとえば、2番目の願は、不更悪趣(ふこうあくしゅ)の願で、永遠の光に出会ったものは二度と地獄のような苦しみには戻らないという願い~そう、わたしの場合は、全ての出来事は自分への最高のプレゼントと知ってから、傍目に不幸に見えても、自分では不幸とは感じていないのです。「極楽感覚」ってこういう感じなのかな?

出来事をありのままに味わうと、ギフトと感じられる。成長してゆくこと、あるいは成長をサポートすることに集中できていると思う。

1月24日に パートナーの家が火事で全焼し、彼が わたしの家で暮らし始めたばかりだけれど、なんの不安もなく、差しさわりもなく 道場に参加したら、
 「火事の連絡があった時は、有里は 道場に参加できないかも?って思ったんだけど、有里はさすが 動じてないね。」とお上人に言われて 驚いたくらいです。 「てっちゃんもわたしも元気ですよ。ほんとうの自分をやり直すいいチャンスだと二人とも思っていて同じ思いでいられることがうれしいです。」」

今回の道場が2年目のTさんの受戒式が2月10日にあり、その夜は、手巻き寿司パーティーと ミニライブ。満ち足りた1週間でした。伝えてくれた師匠、品愚上人、スタッフや学んだ仲間たち、かけがえのない時間をありがとう。
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2月11日に長野に帰宅。
そして12日は山梨の韮崎市藤井町の生涯文化フェスティバルに出演しました。
同行して手伝ってくれた哲生、山梨の仲間たち5人、みんなの協力で、これまた満ち足りた一日でした。
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2年前、山梨のクラフトフェアで歌を聞いてくださった公民館主事の守屋さんが素晴らしい司会進行をされ、
藤井町のさまざまな方が 踊りや音楽を大きな舞台で披露されていて、町民のよき交流、刺激の場となっていました。
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2012年2月12日
今年の仕事始め。
出家道場で 世間の垢(この世的な見方)を洗い流し浄土の光に満ち足りて 出発。
この世を去ったら、もちろん光り輝く故郷へ帰ってゆくけれど、そんな故郷を この世でも一日一日暮らしてゆこう。

計らわず、素直に 本来の自分を生きてゆけばいい。

唄いますよ~今年は

愛を込めて
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次のライブは 2月26日(日) 地元は長野伊那市の自然食レストラン ル・ムートンブランで
午後2時半開場 3時開演です。遠くから来られる方は 宿泊 ご相談ください。遊里庵にお泊まりできます。
泊まられたら せっかくなので、翌朝、一緒に勤行しましょう。習いたての 法式(ほっしき)披露しなきゃ。(笑い)
by ainohanaMusic | 2012-02-16 15:36 | 心の旅日記 | Comments(0)

スノーシュー

火事現場で哲生が見つけたタカラモノ。
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それは・・哲生のスノーシュー。

わたしも一昨年まで知らなかったんだけど 雪の上を歩く靴。
一昨年のクリスマスに 哲生がプレゼントしてくれたのがスノーシュー。

プラスチックがたくさん使ってあるのに どこも溶けていなかった。
玄関前の端っこに置いてあって、なぜか無事だった。

それで きっと、ふたりで雪山を散歩したらいいってことだね~とうなずきあい、今日、車山高原まで行ってきました。片道2時間のドライブ。真っ白の雪が太陽に照りはえて美しかった。
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わたしは、明日から 3回目の出家道場で 栃木に1週間行ってきます。
帰宅は11日になり、 12日には 山梨の韮崎市藤井町の生涯文化フェスティバルに出演します。

そして、26日は地元は伊那市の ル・ムートンブラン 自然食レストランでコンサートです。
詳しくはホームページを見てくださいね。

火事の後片付け まだまだ ありますが
さあ、そろそろ うたわなきゃ
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入れ替わるようにして 哲生も 15日から10日間のヴィパッサナー瞑想に千葉の道場に出かけます。
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自然のなかで 立ち止り、揺るぎのない深いところの自分を汲みとって、また始まる日常が 楽しみです。

また、3月30日から3泊で リトリートを企画しています。
また さまざまな体験を経て みなさんをお迎えすることが 楽しみ。
今回は 共に生きる~ということを 副テーマにして いろんな仕事もわかちあってみたいと思ってます。
参加者 スタッフ共に そろそろ受け付けます。

お待ちしています。
by ainohanaMusic | 2012-02-03 23:10 | 心の旅日記 | Comments(0)

深く知る

哲生の家が火事になり、 一緒に暮らすようになって1週間が過ぎた。
警察とのやりとり、保険の手続き、火事跡から使えそうなものを運んだり、お見舞いの方たちと話したり・・そんなことが 少し落ち着いてきて 日常の暮らしに気持ちが向くようになってきた。

昨日は 二人で映画に行ってきた 「3丁目の夕陽 」なかなか 味わい深い映画だった。帰りは諏訪湖の「おみわたり」を見ようとか、温泉に行こうとか話していたが、道に迷ったり、時間に間に合わなかったり、「じゃあ帰ろう。」と哲生の運転で、伊那に向かったが、また、諏訪に戻って来てしまった時は 驚いた。

「化かされた。」とっさに哲生が言う。(笑い)
「道間違えたんでしょ?」とわたし。「ありえない。」と哲生。

ストレートで主張が強いのが男性性~とこの1週間で感じている。女性(わたし)は 生来の調整力が働くので、とっさに自己主張をしない分ストレスを抱えがち。表現は違っても本質は同じ。同じものが ふたつの表現をとる~ありのままに愛おしく感じると、ひとつに納まってゆく。

え? わたしだったら、ありえることだけどてっちゃんが?・・気を取り直して 運転交代。 この1週間、起きることひとつひとつが 慣れないことで、お互いのストレスになることが同時に、理解と成熟に向かわせている。

今まで 暮らしと仕事を一人ひとりでこなしてきたふたりが協力し合うようになったことは、奇跡であり、成熟だと感じます。

ところで、哲生は「銀河工房」という靴工房を営んでいたが、道具ばかりではなく 1000足作った経験の結晶の「型紙」を焼失した。靴屋として再起するには 相当の意欲と決意、エネルギーが必要になり、今後どうしてゆくかを、白紙に戻した。今の彼は、悩んでいるというより、解放されている。人の可能性は計り知れないですね。どんな展開になってゆくのか? 考えるよりもっと、素晴らしい展開が待っているような気がする。楽しみです。

さて、一緒に暮らしようになって 改めて彼に敬意を感じています。

たとえば、哲生が気がついて整えたことは・・

昨日は・・お風呂の隙間風をコーキングで埋めて お風呂があたたかくなった。
今日は・・薪の積み場が 新しい薪が上に積まれているのを積み直して、古い薪から使えるようになった。
掃除機が吸い込まなくなってるのを取扱説明書を 読んで水洗いして吸い込みが良くなった。
神棚に飾ってあった高烏谷神社のお札に台紙をつけて しゃんとした。
冷蔵庫が傾いてるのを 下に木をかませて 直した。

哲生と初めて出会ったのは2年前の3月。
親しくなったのは 2年前の5月。

そして、一緒に暮らして 改めて彼を知り始めている。

わたしは 遠くを見て足元をおろそかにしがちだけど
彼は まず足元から 整えてゆく人。
by ainohanaMusic | 2012-02-02 23:25 | 心の旅日記 | Comments(0)