愛の花

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ラフターヨガとのコラボ

7月18日、東北ツアーの最終日は、東京は白金台のわくわくプラザでラフターヨガ(笑いヨガ)クラブのみなさんに迎えられました。
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ラフターヨガは、笑いとヨガの呼吸法を組み合わせ、冗談、ユーモア、コメディーに頼らない「ただ笑うだけ」のエクササイズ。1995年にインドの医師と、ヨガの熟練者の奥様と、公園で始めた運動が世界に伝染し、日本でも急速に広がっているそうです。

今年の4月、浜松の陽大さんがラフターヨガとのコラボのコンサートを企画してくださって、笑いヨガとの相性の良さを感じました。みんなで笑う~ということは、シンプルですが、前向きなチャレンジなんだなあ~と感じます。チャレンジすると、傍観者ではなく、主人公としての実感が起動して、うたは、生き生きと心に染み込んでゆくような気がしました。

今回のコンサートは、まだお会いしたことのなかった白金台ラフタークラブのアイラさんが、メールで依頼してくださいました。陽大さん企画のコンサートに続いて、ラフターヨガの平野さんが5月に浜松でコンサートを企画されました。アイラさんは 平野さんの企画感想を聞いて、自分も企画されることにされたそうです。人のつながり、出会いは不思議ですね。出会いが出会いを呼んでゆきます。
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コンサートが始まり、途中で 突然、気がつきました。
わたしは18年前、カリフォルニアの山の中で 最初の子どもを産んだとき、笑いヨガをやっていたのです。
すごい!

わたしは、最初の子どもから、専門家を頼まずパートナーと2人で迎える自然出産を選択しました。そのために、周囲の人を心配させないように、そしておなかの赤ちゃんが語りかけてきた「風の音しか聞こえない山の中で生まれたい」の声を頼りに、人里離れた カリフォルニアの山小屋に、妊娠8カ月で、移住しました。
 
そして、静かな山で陣痛が始まったものの、ふた晩陣痛と闘い続けて、破水もまだで、疲労困憊していました。今では 笑い話ですが
ウルトラマン(古いですが)の赤い胸のピコンピコン鳴りだした時・・このままでは、体力が尽きて死んでしまう~と本気の中の本気になった時、
「どうしたら、産めるの?」と基本中の基本の問いかけが 口から飛び出してきたのでした。

そのとき、答えは 稲妻のように、パートナーとわたしの2人に同時に聞こえました。

「痛みと闘うな。微笑みと共に痛みをやりすごせ。」

そして、二人で瞳を見つめ合いながら 一呼吸呼吸、微笑んだのです。

すると、痛みが陶酔へ転換しました。からだの状態が変わりました。20分後に破水して、2時間後に 長男が生きのいい魚のように 旋回して飛び出してきました。

アイコンタクト(目と目を見つめ合って)して笑うのが 笑いヨガの基本。

ああ~びっくりした!ラフターヨガをやりながら 出産してたんだなあ~ご縁があるはずですね。
アイコンタクトをして、笑うとそこに広がる世界は「内なる平和」。どんな苦しみ、痛みでも、起きてることは微笑みと共に受け入れれば、流れは速やかに変わってゆきます。

アイラさん、ラフタークラブのみなさん、来てくださったみなさん 素敵な一日をありがとうございました。
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ところで、夜の交流会にも40人くらいが 参加されました。
わたしの右手に座った方は、わたしの暮らす「東伊那」に かつて暮らしていた方で、これからもご縁がありそう。左手に座られた方は、わたしのブログを9年前まで さかのぼって読んでおられて びっくり!2003年、火事の直後にも日記を書き続けていたこと、どうして書けたのですか?と聞かれて
「みんなが心配するから、元気だということを伝えたかったんだよ。」と答えたら、
「お母さんですね~。」と感じ入ってくれました。また、
「有里さんは、有里さんしかいないオリジナルの有里さんですね。」
と言われたのが とても印象的でした。

初めて出会った人が 本質に触れる そんな日々が与えられてることに感謝です。

さて、今夜から

長野は遊里庵、わたしの自宅に

「ものがたりをひらく 夏のリトリート」のスタッフが集合します。
明日は サウナ設営。
あさっては一日 準備
29日から 始まります。
by ainohanaMusic | 2011-07-26 18:37 | 心の旅日記 | Comments(0)

茨城 森の中でうたう

7月15日、東松島から320キロ、水戸に着いたのは夜12時過ぎ。
この日は そのままビジネスホテルへ。
 7月7日から10泊め、移動とコンサートと民泊の連続。
限られた時間を 休みことに集中する・・・
お風呂に入り、映画を見て、眠ったのでした。ツアーの間に 映画を見るのは、リセットになります。
体は疲れ切っているけれど 神経は高ぶっている。その情報をリリースするのに、映画を見るのは、有効。

16日、茨城の「茨城の軽井沢」へ。
Nさんがコンサートの主催のりえちゃんに紹介してくれたこの場所は 大工さんの雲井さんが森の中に、仲間たちと一緒に作ったという 素晴らしい憩いの場所でした。木々の間にハンモックがあり、テーブルがあり、キャンプもできる。広々として、周りに家もないから、気兼ねなく一日遊び、音楽も奏でられました。コンサートの休憩の時は、雲井さんが山盛りのかき氷をふるまってくださいました。
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「有里さんは、有里さんという個を超えて、周りの自然や その場のいのちと共鳴して歌ってくれる。それを仲間たちと一緒に感じて、受け取りたくてコンサートを企画するんだと思う。」とりえちゃんの言葉。

自分でも言葉にできない、自分を理解してくれる人がこの頃いることに気がつき、驚くことがある。りえちゃんは、わたしの本質を感じとって 迎え続けてくれている~。その出会いこそが奇跡だと思うのです。

幼いころは、周りの子どもたちと異質な自分を隠して、周りと同じ自分を作ることで 生き延びてきた。でも、ほんとうの自分を生きようとし始めて、周りの自然やうたに 助けられて 少しづつ 自分らしい人生を歩き始めた。

聞いてくれる人の心や、場所や、自然の中にある「神性」と、「うた」は、共鳴しあって浄化が起こる。それは、外からではなく、内側に起きてゆく。多くの方が、「不意に涙があふれて来て困った」とおっしゃいます。

うたは、外から来たのではなく「内側に響いてきた」ものだから、聞いてくださるみんなの内側に響くのだと思いうのです。聞こえてくる(降りてきた)うたを歌い始めて 30年がたちました。ささやかな活動ですが、きっと「個」を超えてゆくこれからの時代には、うたが響く人が 増えてゆくような気がしています。

素敵な場所を紹介し、分かち合ってくれた西野さん、雲井さんありがとうございます。
そして、「すっからかんバンド」の3人、ありがとう。今度は「すっからかん」のオリジナル曲も 待ってますね。
by ainohanaMusic | 2011-07-26 15:32 | 心の旅日記 | Comments(0)

東北の旅③

7月13日、女川町の避難所、海泉閣で支援ライブを終え 駐車場へ出たら月がきれいに空に上がっていた。
ああ~寝る前に、ビールが飲みたいナ~、そんなわたしの一人ごとを聞いたけろちゃんは、この夜の宿泊所のボランティアセンター、牡鹿公民館へ、自分の取っておきビールを冷凍庫で冷やすように友だちに頼んでくれました。夕ご飯は カップうどんとビール。雑魚寝の広間にはすでに眠っている人もいたけれど同じフロアで、4人でつつましやかな夕ご飯を囲みました。30分の道中、開業してるお店はコンビニ1軒だけで、そこも6時には閉まるとのこと。確かに、車の窓から見た風景は 行けども行けども壊れた海辺の町が続き、やっと到着した長期ボランティアの拠点となっている牡鹿公民館の上の高台の役所だけ明りが煌々としていました。
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ボランティアセンターの水道はタンクに毎日給水した水を大事に使い、ソーラーで蓄電した電気を必要な分だけ使かっていました。
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14日、長旅なのでオフの予定でしたが、東浜地区の避難所から コンサートの依頼がありました。ボランティアや行政のサポートが入らず ほとんど自分たちの力で運営していた避難所で、「歌手のような人は おれっちのところには 来ない、来てくれや・・」ということで すっからかんバンドと相談。「すっからかん」は予定どうり キャンプ場で休養、わたしは依頼を受けることになりました。

自分がバテテしまえば、声も出なくなりコンサートに来てくださる方々に迷惑をかけてしまうので無理は禁物。でも、願われて歌うことが一番いいタイミング、ツアー最終日まで 結局 10日間、 連続コンサートとなりましたが、最後まで歌えたことは奇跡。旅の途上、泳げるときはプールへ立ち寄って体を整え、旅の間もライブの後は緊張を緩め、ビールも飲んで(笑い)よく眠り、眠れないトキは 夜中でも起きて テルミーをして自分の手当てもしました。

また、心の病を抱えたすっからんバンドの3人にとっては、ボランティアーセンターでの雑魚寝など、知らない大勢に交じって旅をすること自体がチャレンジだったと思います。1泊のキャンプで 自分たちのスペースを取り戻した3人、また元気に演奏できてよかった。
 
東浜小学校は、避難所であり、小学校でもあり、午後2時ころは、教室から帰ってゆく子どもたち、そして 夕ご飯のお弁当が到着したり、校内放送が入って、「今日は音楽室でコンサートがあります。お仕事の手を休めて、音楽を聴きにいらしてください。」と、コミュニティーが機能してて心地いい空気が流れていました。音楽室は2階でしたが、みんなが機材を運んでくれました。みんなが 自主的に片付けも手伝ってくれました。他の避難所は、ボランティア慣れしてしまっているのか?手伝う人はいなかったのに、東浜小学校は一緒に作っているという自然さがありました。家財すべて無くしてしまっても、自分たちで作っているという意識は活気を生み出している気がしました。
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14日の夜は登米市のめぐみジャパンのボランティアセンターに泊りました。
この日は 長期ボランティアのミーティングが夜9時から。
若者が多く、20人くらいはいたかな?食費、シャワー代金を合わせて1泊700円。ミーティングの前に1曲、新曲♪キズキをうたいましたよ。思いを共有できている。一緒になにかできそう。
朝は7時には外でミーティング、一人ひとりがその日 どんな動きをするのか確認しあって、ボランティアに出発。
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15日は東松島の縄文村歴史資料館で、冷やし中華の炊き出しと支援コンサートを
茨城のNさんがオーガナイズ。でも、驚いたことに、この日の被災者へのコンサートは成立しなかったのでした。

中華そばは450食炊き出ししたのですが、コンサートは告知しない方がいい~営業目的と誤解される~というわたしには理解できない現地の事情と判断で告知はされておらず、告知されていないことも Nさんもわたしも気がつかず。結局 誰も集まらず、準備しても コンサートにはなりませんでした。ほんとに、なぜ こんなことに なってしまったのか?

コンサートは 心と心の懸け橋。心がつながっていないと成立しない。無料のコンサートを「営業目的」と誤解する人がいるとの気遣いで告知せず、炊き出しに集まった人に聞かせるという作戦だったと、 後で知りましたが、炎天下だったので 屋根の下の 炊き出しの場所と もうひとつ屋根のあるスペースコンサートの会場が離れたことと、当日は 避難所のみなさんが忙しく、炊き出しの冷やし中華を家族分持って帰られるつもりで家族の代表者だけが来られて、急に知らされても予定を変えることはできず、帰ってしまったのでした。

自分の「仕事」を無料で提供するのは、想いや志があるから。ボランティアの気持ちを疑う人も いるかもしれないけれど、今までと同じやり方では この日本は立て直せないと感じている。新しいやり方を「ボランティア」という形でチャレンジしている。一人ひとりが どこかで生き方を変えてゆかないと追いつかないと感じている。

被災地でのコンサートは、回数や聞いてくれる人数が大切ではなく 自ら聞きたいと思う人に 確実に希望を運べたらいいのだと思う。だから、 必要としてくれる人に必要なもの「希望」を届けてゆくようにその道筋を作ってゆくことが大切だと思います。よりよい世の中をつくってゆきたいという志 は、少しづつ 響いてゆくと思います

現地でボランティアを続け、希望への道筋を作っている人たちの存在は大切だと思います。 東北でボランティアをしている間もお金は必要だったから、少しでも資金があれば、活動は支えられます。よき人材が被災地支援に継続的にエネルギーを傾けられて、新しい文化が産まれてゆくように 祈っているし またわたし自身もこの地に戻って来れるように心がけてゆきたいと思います。

ところで、せっかくコンサートの設営をしたのでNさんや すっからかんバンドのみんなのためにうたうことにしたのです。そう、この日は、こうなってしまったら 仕方ない、一緒に同行してくれた友人たちのために うたったのでした。そのコンサートの歌声を聞き取った避難所の女性3人が、「いい声だ」と聞きに来てくださいました。一人の男性は、駐車場を出発するときに「あの美しい声の方はどの人ですか?」と探しに来ました。その方は「久しぶりに ぶれない声を聞いた。聞きたかった。」とほんとうに残念そうでした。どの場所にも求めてる人はいる。そんなことを 最後に感じられて ホッとしました。

東松島を出発したのは午後4時。茨城に着いたのは夜12時過ぎ、途中 目がかすんできていて、あいりに運転してもらいました。1週間 連日のコンサートと長距離移動で、疲れが出て、この日の朝、あいりに、「わたしが一番助けてほしいのは運転。助けてくれる?」と聞いてみたのです。運転を交代してくれたあいり。助かったよ。ありがとう。

そして、茨城までの道のりで あいりは心の病になる以前の自分を思い出し、語ってくれました。
「このツアーの間、悩んでる暇がなかったし、病気になる前、夢を持って働いていた時の自分を思い出した。」

そっか~
病気も、事故も、そして自然災害も みな それぞれが それを体験する前の自分自身よりも 深くたくましく、優しくなれるチャンスを与えてくれる

「震災を超える道」

そこを みんなで歩いてゆこう。
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by ainohanaMusic | 2011-07-23 19:24 | 心の旅日記 | Comments(0)

東北の旅②

長野にやっと、着地です。4日後には、夏のリトリート ものがたりをひらく のスタッフが集ってくるよ。6日後には リトリートが始まるよ。昨日3時に寝たのに、朝から起きて、畑の草刈、そして次男八星は、リリースしたばかりのニューCD♪帰ろうの歌詞カードを折ってセットしてくれています。
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(12日ぶりに行った畑は、草畑・・ママ!ママ!ってあっちこっちで野菜が呼んでたよ。カワイイ坊やたち)
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(7月19日、長野に帰宅したら届いていたニューCD♪帰ろう 67分12曲入り 3000円(送料込) 夏秋文彦さんを始めとして、素晴らしい仲間たちと時間をかけて仕上がった静音シリーズの②完成です。おうちでじっくり聞いてくださいね。2011年震災を超えてゆく道 目覚めの朝♪も入っています。送りますよ~注文先mail ainohana*air.ocn.ne.jp(*を@にしてね)

7月19日、東北~茨城~東京の12日間の旅から帰宅。休む間もなく、二日後の21日にはパートナーの手術に付き添うために東京へ1泊で行ってきました。。いのちにかかわる手術ではないのですが、日常生活が著しく困難になって手術を受け入れました。5年ほどは自然治癒を目指して頑張ってきた彼に訪れている予想外の転機を わたしも見守り、支えてゆきたいな。1週間は入院するパートナーを残し、昨日の最終バスで長野へ戻りました。
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(パートナーの入院した板橋の病院の窓からの風景)

みんなそれぞれに 精いっぱい自分と向き合ってる。それが、心(人間関係)だったり、暮らし(経済)だったり、体(病気)だったり、一人ひとりに訪れている目覚めの朝♪ 駆け抜けてゆく夏です。

さて、東北ツアーの報告②を書きますね。

7月9日は 花巻は八重畑振興センターでコンサート。
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1年に1回の花巻ライブ、お子さん連れでほのぼのしているけれど、今年は震災があり メッセージを伴う 心の揺れは例年より深くまで降りているように感じました。

コンサート後のシェアリングを終えて、八重畑自然農園へ移動。1泊のミニリトリート。
翌日10日の午後4時ころまで あっという間でしたが 深くまで降りようとしていたみなさんが 八重畑自然農園の畑や砂利道の裸足でのサイレントウォーキングや瞑想、ライブ、シェアリングで涙と共に 答えを受け取ることができて 爽やかな時間となりました。八重畑農園のお二人とお手伝いの3人、そして、いつも素晴らしいトキを分かち合ってくれてる恵さん、来てくださったみなさん ありがとう。
 早朝、自然農の畑でサイレントウォーキングをしたのは初めてでしたが、いのちの豊かさに時があっという間でした。柔らかなむらさきのクローバーや鮮やかな緑のアマがえる、いのちの饗宴はこんな身近にあるんだね。
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11日は、オフの予定が 恵さんのおうちにパン作りに来ている女の子の通う、知的障害者の施設「まほろば作業所」でうたってくれないか~という話が舞い込んで来て、行かせていただきました。1時間くらいの時間、みんなと笑ったりうたったり。
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夜、茨城から「すっからかんバンド」を東和インターに迎えに行くのは恵さんにお任せして、 プールでひと泳ぎ。体調を整えました。

12日、すっかりお世話になった 花巻の恵さんに見送ってもらい、すっからかんバンドの3人と車2台を連ねて釜石へ。
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花巻は野山の緑も美しく癒される風景でしたが、釜石駅あたりから津波ですべてが壊滅していて別世界。
12日の支援ライブは、津波で壊滅的被害を受けた場所から車で20分くらいの山手で、震災以来避難所へ炊き出しの支援をしているコスモスさんの自宅で、震災で新築したレストランが流されてしまったMさんが仲間に呼びかけて 仲間たちの応援で 実現しました。
 コンサートの後のシェアリングは一人ひとりが震災をどうくぐり抜けてきたかが克明に語られ、それをみんなで受けとめてゆくことが「震災を超えてゆく道」の大切な一歩と感じました。素晴らしい時間をありがとう。大きな借金をして新築したレストランが流れても、盛岡で仕事を見つけることができて、被災地で仕事もなく苦しむ仲間のためになにかしたいとコンサートを企画したMさんや、「避難所の最後の一人まで炊き出しをします。役に立てることがあって幸せです。」と言われるコスモスさん。がれきの中に一軒だけ残った暮らしの中で自分自身のほんとうの安らぎを見つけた方もいましたし、家族も家も無事だったけれど、仕事を失い、恐ろしい津波の残像や亡くなった人たちの悲惨さがトラウマのように、心を縛り身動きとれなくなっている方もいました。

自分のやれることを見つけられた人は どんな状況でも元気。歩き出す方向が見つけられない人は ほんとうに苦しい。心の明暗は、それぞれが 「震災を超えてゆく」方向へ歩き出せるかどうか、だと感じたのでした。
 
また、長年心の病と闘い、今回、初めて自分をさらけ出しながらも、人前に立った「すっからかんバンド」の3人、それぞれに 自分の心を見つめて一歩一歩、歩いていた。一緒に行けて良かったよ。来てくれてありがとう。長野に帰ったら、3人と出会えてうれしかった~というお便りが届いていましたよ。 夜は、コスモスさんの用意してくれた 交流会。最後はみんなで踊った。苦しいことも、悲しいことも 溶けてゆく、テーブルの周りをみんなで 笑いながら踊り、軽くなった夜でした。
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(牡鹿半島、石巻の写真です。釜石も ほぼ同じ感じ、たくさんの流され粉々になった家やモノが ところどころ山にしてあり、海風の混じった異臭が漂っていました)
13日、コスモスさんで朝ごはんをいただいて、一路石巻へ
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石巻市の黄金浜会館あたりの住宅は、天井近くまで水で浸かったので 無事残った家でも、2階などで暮らしている人が多いとのこと。震災後のボランティア活動で若者たちが活躍しているてんつくまんの活動、めぐみジャパンのボランティアの拠点のひとつが黄金浜会館。

長野で知り合ったケロちゃんが震災後間もなくめぐみジャパンでボランティアを始めていたので、彼女のコーデュネイトの支援ライブでした。時間前から近くのおばさん達が集って語らっていましたが、ライブが始まるとボロボロ涙をこぼされ 顔を覆って聞いていました。悲しいことを、泣けると 自分本来の感覚が蘇り、再スタートの力になる。これは、わたしも体験して知りました。 朗らかに笑っている人がたくさん泣ける。
前進した分だけ 泣いて 泣いた分だけ 軽くなる。前向きに歩いてる朗らかな方たちが たくさんたくさん涙をこぼしていました。来れて良かったと感じました。喜怒哀楽のどの感情も 人生を育んでゆく健全な要素だと思うのです。再生してゆく道のりをわたしたちは、一緒に歩いているのだと感じます。
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(黄金浜会館前で日々 泥出しなどのボランティアを頑張ってるみなさんと記念撮影)

夜は、牡鹿半島の女川町へ。
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旅館が避難所となっていた海泉閣の広間でコンサート。
避難生活が4か月、もうすぐ仮設住宅へ移る直前のコンサート。一人ひとりが生きる力を自ら掴んでゆけるように、というのが わたしのうたに込めた願いでした。2006年の火事、死別、やけど、そして再生してきた自分の経験を話しながらうたいました。シーンとして聞いてくださっていました。一人ひとりが 震災を超えて輝いてゆけることを祈っています。
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by ainohanaMusic | 2011-07-23 13:14 | 心の旅日記 | Comments(0)

石巻ボランティアセンターから 東北の旅①

7月7日に始まった東北ツアーもちょうど1週間。
今、石巻は牡鹿半島のめぐみジャパンのボランティアセンターにいます。
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あと、30分で今夜のコンサート会場の東浜小学校(避難所)へ出発ですが、一人の時間が取れました、花巻のコンサートとミニリトリート、そして 被災地の支援ライブを3カ所終えたところです。中間報告を、できるところまでしますね。

7日、長野から 水戸へ。
あいり、やっちゃん、亜矢ちゃんの暮らす古民家へ着いたのは夜8時過ぎでしたが、音合わせ。彼らのバンド名は「すっからかんバンド」ということで 数曲演奏参加して 支援ツアーに同行することになりました。

3人それぞれ 長年心の病と闘っていたので、6月末に茨城ツアーで再会したとき、7月の東北ツアーで一緒に演奏したいという意思を伝えてきたのに びっくりしましたが なにか不思議な導きというか、今の時代にふさわしく 自分の足で立つプロセスが彼らの内側におきてるような気がして、その不思議を ありのままに受けとめたいと思い、3人をツアーに迎えることになりました。

あいりはパーカッション、亜矢ちゃんはキーボードで参加~初めて聞く2人の演奏、7日の夜は、深夜まで泥縄練習。そして、移動疲れで、泥のように眠りました。

8日、わたしは 一足先に花巻へ。

「すっからかんバンド」は自分たちの体力の限界は5日間くらい~とのことで 12日から合流。

8日は450K 前夜は350Kくら運転して、気が遠くなるくらいと~い。
東和インターにゴールしたら、もう 体が限界。とにかく泳ぎたい。
泳ぐと、体が整うのです。
 東和町の町営プールへ直行。
今年初めて、屋外プールで泳ぎました。ほとんど 人もおらず、雲をみながら背泳ぎ・・ちょうど夕方で気持ちよい暮れてゆく雲も 体をとりまく水も 心地よく、岩手の空気に着地しました。

このごろ 思うのですが、人に癒しを運ぶには 自分が元気でなくっちゃ・・
泳いだ後は 東和温泉・・そして 温泉のおためしマッサージを30分。

長野から来た、と伝えると
「ボランティアさんですか?ご苦労様です。運転疲れでしょう・・足がむくんでますね。」と ほんとうに丁寧にいたわってくださいました。

そして、今年で12年目、毎年岩手で、コンサートを企画してくれている恵さんと再会。
今回は、「すっからかんバンド」が合流し大人数になるので、共通の友人の家(留守宅)を借りてくださって、
自然豊かな その家で 一人で休めるように手配してくれていました。
by ainohanaMusic | 2011-07-14 13:36 | ライブ | Comments(0)