愛の花

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美唄から

長野を出発して1週間がたちました。

美唄は新得東町の芹沢さんのお宅で明け方 起きだして 書いています。
今日は、午後6時から アルテピァッアでコンサートです。

さて、長野を出発したのは21日木曜日。この夜は 新潟港を目指し夜車を走らせ、車中泊。
22日朝には、10時半発の新潟港から、小樽行きのフェリーに乗りました。
23日、朝4時半に小樽到着。船の中で知り合ったラジオキャスター明美さんを 小樽のおうちに送り届けてから、一路室蘭へ。

23日、雨が降りしきる夜 「ほしのおくりもの」でコンサート。
この日は 室蘭は選挙戦の最終日で、コンサートの主催の仲間たちは 29歳の新人候補を 車を使わず 歩くことにこだわって 広報活動をし 雨にぬれて疲れが出たみんな、来れない人が多く、少人数のコンサートとなりました。

でも、主催の大谷さんを始めとして力強い再会がありました。

みな 地震、津波、そして原発事故を受け取って 深いところに立っているのです。いのちの限り できることをやりきろう~という揺れた後の、揺るぎのないところで
出会ったような気がします。

今、再会できるみんな迎えてくれるみんなは そんな魂の仲間たちなんですね。

24日は 統合医療をされている「ひびきの杜クリニック」で
西谷先生のトークとのコラボでした。

24日、再会するなり

「今回は原発事故のことを避けては話ができないなあ。」とつぶやいた西谷先生・・
「宇宙の法則(真理)にしたがって生きる」というトークテーマ
最後の30分は 原発の恐ろしさを伝え、テレビや新聞など公的なメディアが政府、財界、東電にコントロールされ、真実を伝えていないこと、日本が汚染列島になりたくなければ(生きてゆきたければ)日本の原発すべてを即刻停めるべきだし、それに代わる水力・火力があること、そしてそれも よりよい、自然エネルギーに代替えされてゆけることを限られた時間でデーターを駆使して話してくださいました。

西谷先生のお話しの前後を わたしのうたとお話し。

資料を駆使した説得力のあるトークと
ハートに訴えるうた・・コラボは力がありますね。

西谷先生とのコラボは2回目になりますが、もうお互いのことがよくわかって来て 西谷先生曰く「前世からの知り合いって感じですね・・」

ほんとう~一緒に もっと働いてゆきたいです。

27日(水)は 岩見沢のマヤ珈琲でコンサート。
岩見沢は初めて。マヤ珈琲のマスターとは17年くらい前に カリフォルニアで会ったことがありました。この夜のコンサートも少人数ながら集中力の高いコンサートとなりました。なんだろう?パワースポットの入ったかのような感覚があったのです。 エネルギーのシフトがありました。

また ライブの間のオフの日にも再会&出会いが続いています。

そしてまた、長野へ置いてきた 15歳の八星は3年間の中学不登校を終えて、農業高校に 通う毎日が始まっています。笑えるくらい、忘れものや 通学時のボーっとしてバスから降りれなかったりの
ハプニングが続いており 一日なんども電話とメールのやりとり。

 電話で 遠隔操作というか(?)もう、あの手この手で てっちゃんを始めとした長野のみなさんに 八星のフォローをお願いしていたりして  気持ちは 北海道と 長野を行ったり来たりしてます。

運転中の車を道に停めて なんど電話とメールをしたことか・・・

さて、この珍道中 ツアーは 5月10日まで続きます。

美唄のあとは

旭川
富良野
上士幌
鹿追町
帯広
新冠
洞爺湖

1年に1回の再会のトキ

地震 津波 原発事故があったからこそ
一期一会
のかけがえなさを ひとしお感じてます。

共に過ごすトキ 今後の人生の流れを変えてゆく魔法がかかる。
見えない力が 人の本心 深いところにある 宝物のような不動な美しいものを引き出してくれる それが この世界を照らしてゆく ともしびとなるように思います。

また、北海道の後のコンサート予定は、

5月15日 長野 伊那 ル・ムートンブラン コンサート
5月28日(土)茨城 ヘンプアクセサリーワークショップ
  29日(日)茨城 コンサート
6月1日(月)埼玉 コンサート
6月4日(土)長野 安曇野 あべおさむさんの絵の展示会+コンサート
6月5日(日)長野 クラフト展 杜の市にてうたいます
6月25日、26日は 岐阜の光の帯で コンサート&ナチュラルサウナ など

今だから、集おう

7月前半は 東北へ うたを運びます。

7月29日~8月1日 は長野の わたしの家で3泊4日のリトリート

8月19日~22日 も リトリート

ああ、逢えたらいいね。
ひとつの場所で❤
by ainohanaMusic | 2011-04-29 11:07 | 心の旅日記 | Comments(1)

北海道へ

4月4日、沖縄から長野へ帰宅。沖縄旅行は、わたしから2人のこどもたちへ、中学、高校の卒業祝いでした。

4月7日、次男の八星は 晴れて上伊那農業高校へ入学。

次男は 中1の夏休みがあけてから学校に行かなくなりましたが、中3の始め、兄の通う農業高校へ行きたいと言い出しました。中学に行ってないのに、高校に合格できるのか?また合格しても果たして行けるのか?半信半疑ではありましたが、本人の望むまま、受験、そして合格。入学してすぐに軽音楽部に入部して、毎日 楽しそうに通ってます。

ところで、親にとっての難関は送り迎えなのです。田舎なのでバスが利用できず、電車の駅まで朝夕送り迎えが必要なのです。

そして、長男のアマチが4月12日、東京へ旅立ちました。
 バスケに燃えた中高の6年を終えて、18歳のアマチの現在の関心事はファッション。
東京ではご縁の深い本應寺にお世話になり、古着屋でバイトして働きながら学び、そのお金で海外へ行くということが当面の目標です。これも、本人の心に生まれた道でいのちの不思議です。

子どもたちそれぞれが 自分で決めて歩き出している。
震災で揺れるこんな時代ですが、親としては 2人の子どもたちが成長し、自分で決めて歩きだした道を祝福し応援しています。
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さて、親のわたしも こどもたちのお世話の合間にライブをしていました。
(ライブの間に 進学サポートをしていたのか?)

4月8日9日は岐阜の清見町の川のほとりのおうち「光の帯」のオープニング祝いのボロンのコンサートに駆けつけてうたい、交流会の後 深夜12時から 集まったみんなでシェアリングをしました。10人以上の方々が泊まられて、震災で揺れる気持ち、生き方を根底から見直してるプロセスを語り、それぞれの中心がクリアになっていったのでした。
 6月25日、26日には河原で石を焼いて、ナチュラルサウナで心身の清め、コンサート、シェアリングなどの時間を計画し、今後の新しい生き方の実践につながる大切な時間を再び共有したいと思っています。

そして、4月14日、15日、16日は 浜松、清水でコンサートでした。

14日はラフターヨガの陽大さんとのコラボ。陽大さんのまっすぐで晴れ渡った存在に支えられて、みなさんと深い出会いができたことに感謝です。
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15日は浜松の中村さんの企画で、コンサート、瞑想、シェアリングの3時間をわかちあいました。これまた震災で揺れに揺れていたみんなの心の奥から、ゆるぎない透明な流れを汲み取る時間になりました。一人ひとりが生き直す時、その大切な時間に出会えてることに感謝でした。
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また、この夜、陽大さんの計らいで20年ぶりに野草社の石垣さんと再会。
25年前のチェルノブイリの事故の前後は原子力発電所の危険性を伝え、自然な暮らしへのいざないをしていた「80年代」という本を編集していた石垣さんご夫婦のお住まいに泊めていただいて、「時」が満ちていることを感じました。大切な時 魂の群れと再会して 始まってゆくことがある。
16日は清水の銀座シャルでチャリティーイベントがあり、うたいました。石巻で被災地を応援している「めぐみジャパン」のてんつくまんらを支援している田島和子さん、そして和子さんを応援する友人ぺこちゃんと秋田さん、そのお二人の要請でうたったわたし。30分という持ち時間でしたが、わたしがうたいながら伝えたのは、一人ひとりが 「今」必死になって 自分自身の新しい生き方をはじめる時だということでした。

地球がわたしたちに伝えていること、誰もが 気がついてきていること、過去を手放して生まれかわってゆく時が来ていること。
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さて、そして、わたしは明日から
北海道へ向かいます。さて・・八星の送り迎えとお弁当は?そう、出会って もうすぐ1年になるパートナーのてっちゃんに託します。
 大丈夫だろうか?大丈夫だよね(笑い)任せるより仕方がないのです。子育ては、たとえ子どもが15歳になろうと18歳になろうと、子どもを全面的に引き受けて愛するという無条件の愛が必要。独り身で自由に生きてきた彼に その一部でも託すというのは 思い切りが要ります。
 
2人が それぞれに、対応できないんじゃないか~と実は、心配もあります。対応できなかったら、「できない」~というところから 気がついてゆくことも あるのでしょう。・・母親は どんな大変でも子どもを優先して育ててゆきます。男性は そんな女性をフォローする中で、愛を学んでいきます。いのちを育てて守ってゆくということを、愛する人と、わかちあいたいですね。 育ちあってゆきたいです。無理は禁物ですが、ゆだねるということと引き受けるということは同時に存在するから、ゆだねることも 引き受けることも 愛情であり、愛されることであるように思います。

さて、北海道の予定です。

もう、北海道の広がりが心の中に入って来ているよ。
ライブの合間のオフの日は 今回は ほとんどなにも決めていません。
北海道の自然の中で一人で過ごしたり、人々と 導かれるままに深く交流してゆくことは 決まっているけれど・・生きてることが愛おしい~そんな旅をしてきます。

北海道のみなさん 待っててね❤ 一期一会 を楽しみにしています。

4月23日(土)室蘭 吉本有里 東北地震チャリティーコンサート
場所 ほしのおくりもの(室蘭市東町2丁目27-4 セミナービル2F)
時間 15時~17時
前売り 1800円 当日 2000円
お問い合わせ 0143-45-1690(大谷) 

4月24日(日)札幌
第79回 ホロトロピック・タイム「宇宙の法則にもとずく生き方」西谷雅史・吉本有里 トーク&コンサート
場所 響きの杜クリニック2F ひびきホール 札幌市中央区南2条西27丁目1-9
時間 16時~19時
参加費 会員1000円 一般2000円
お問い合わせ&申込 011-616-3228
 E-mail *letter.holotrosap@gmail.com
主催 ホロトロピック・ネットワーク札幌後援 響きの杜クリニック 

4月27日(水)岩見沢
吉本有里 うたとお話 あなたはあなたであればいい  
時間 開場 午後6時半 開演7時
会場 マヤコーヒー 岩見沢市栄町8丁目52-1
入場料 1000円(ワンドリンクつき)
お問い合わせ マヤコーヒー 0126-22-8912

4月29日(金)美唄
吉本有里 うたとお話 あなたはあなたであればいい 
時間 午後5時半開場 午後6時開演
会場 アルテピアッツァ美唄 美唄市落合町栄町 電話0126-63-3137
入場料 一般 2000円 障害のある方・高校生・65歳以上 500円
お問い合わせ 0126-63-4313(18時以降にお願いします)

5月1日(日)旭川
吉本有里ライブ 
pm2:30~トーク pm6~コンサート
木造館・きらりん
料金 トーク 2000円 コンサート 3000円
問:090-2052-9286(戸館)

5月2日(月)富良野
吉本有里 生きてることの愛おしさ 
癒しのコンサート+つきを呼ぶヘンプお守りアクセサリーワークショップ
日時 5月2日(月)午後1時半~5時
場所 丘のテラス 上富良野西4線北32号深山峠
料金 予約 5000円(当日 5500円)コンサート、ヘンプお守りワークショップ、材料費込定員 10名まで
お問い合わせ&予約(電話&ファックス) 0167-45-4444 mail okatera@air.ocn.ne.jp

5月4日(水)鹿追町 吉本有里コンサート
 お問い合わせ&お申込み "m_m.siro..g-a-f.kyo"@docomo.ne.jp (松本)


5月5日(木)帯広 
 場所 あがり框(かまち) 時間 13:00~「玄ぴん」映画上映
15:00~「お産のはなし」&ミニライブ
料金 1家族4000円 大人 3000円
お問い合わせ先 0155-65-5283 あがり框さん

5月7日(土)新冠
震災を超えてゆく道♪目覚めの朝吉本有里 バイオリンとうた 
小林真奈美 イラスト展
【会場】 新冠町レ・コード館 第3研修室 (電話 0146-45-7600)新冠町字中央町1-4
【時間】イラスト展(入場無料)コンサート  午前10時半~午後5時半 コンサート 午後6時開演
【料金】予約 1500円 当日 2000円
【ご予約&お問い合わせ】 0146-47-6325(渋谷まなみ)20時まで
  E-mail junjii_love2002@yahoo.co.jp 

5月8日(日)洞爺湖 
泥の花から咲く美しい蓮の花のように
 吉本有里 東北自身 チャリティーライブ
場所 夢遊館(洞爺湖町193-4)
時間 コンサート 午後1時~3時 シェアリング3時半~4時半
   ヘンプアクセサリーワークショップ 午後5時~8時
料金 前売り 1800円 当日 2000円
 ヘンプアクセサリーワークショップは定員10名 要予約・お問い合わせください。
お問い合わせ&予約 090-7658-3027(峰岸)
by ainohanaMusic | 2011-04-20 22:50 | ライブ | Comments(0)

目覚めの朝♪そして 世界のみんなが思い出す♪

日本で起きていること
世界中が注目している。

放射能は怖いから 世界中のみんなが
「当分 日本へ行くのはやめよう」
と思っている。

そう、日本の中でこれから どうやって 新しい生き方が始まってゆくのか。
目覚めの朝♪ &世界のみんなが思い出す♪

みんなの協力で CDリリースより早く
ユーチューブで配信します。

勇気を出して 志を持って 自分の足元から仕切り直してゆこう。

自然と調和し 助け合い、叡智のある生き方を 「知恵の泉」に汲みに行こう。

わたしは長野で畑や 田んぼ、子どもを育てながら 行ける限りは
全国へうたを届けに行くよ。

そして そんな暮らしを手伝いながら自分の新たな生き方をはじめたい方は
どうぞ、長野へいらしてください。
http://www.youtube.com/watch?v=9ejhTlLip_0

【目覚めの朝♪ 世界のみんなが思い出す♪】2011・4・15 発信

吉本有里 うた・バイオリン・ギター
夏秋文彦 鍵盤ハーモニカ・ピアノ・パーカッション・ミキシング・
山本公成 リトアニアフルーテ・ソプラノサックス

弥勒の照美さん 写真編集&ユーチューブアップ

協力 ひろんちゃん
by ainohanaMusic | 2011-04-16 09:02 | 心の旅日記 | Comments(0)

いのちのしずく

3月11日以来、毎日が かけがえのない瞬間(とき)であることを多くの人は気がついていると思う。
東北が大きく揺れて以来、今 自分があたりまえに買い物したり食事したりしていることが
「かけがえのない」瞬間であることをわすれなくなった。

2006年12月に 一瞬にして起きた火事

30分の間に燃え落ちた家と共に、わたしはパートナーも、すべての持ち物も、両手の自由もなくしてしまった。いのちよりも大切なこどもを救うことができたのは まさに奇跡だったが 亡くなった人への強力な想いを手放して目の前の人を本気で愛するようになれるまでには 2年かかった。

それから、目が覚めたように 目の前のことに まっすぐ心を傾けるようになった。

今回の震災は、一人からではなく多くの方々からすべてを奪い、また原発の事故と今も続く放射能の深刻な汚染の被害を目の当たりにして、たとえ多少不便な暮らしになっても 安全で健全な生き方を志す時が来ていることを、みんなに教えてくれている。

さて、そんな時に わたしたち家族は
沖縄旅行を計画していた。

偶然予定していた 沖縄旅行が
「生きる」ということの 喜びとだいご味
自分のこれからの役どころを伝えてくれた。

沖縄の時間の流れはゆっくり。そして人もあたたかく自然は美しい。
大切にしなくてはいけないのは そういう流れを自ら生きてゆくこと。

これからは、一人ひとりの輝きが この地球を照らすかけがえのない光
一人ひとりが 真剣に正直に 自分の道を照らして歩き始める時だ。
なにが 正しいなんてないけれど ただただ 正直に
そして この地球を慈しんで歩いてゆこうね。みんながそれぞれでありながら ひとつなんだ。
叡智のある生き方をみんなが掘り下げて 勇気を持って愛のある人生を全うする時が やってきた。
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沖縄に着いた翌朝、わたしは海を見ながらギターを弾いてうたをうたい こどもたちは 二人で遊んでいた。
長男は 高校の近くにアパート暮らしをしていたから 2人がこうして遊ぶのは久しぶり。
あさって、長男は東京へ巣立つので ほんとうにかけがえのない瞬間でした。
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これはクジラ
ゆうゆうと広い海を2頭で泳いでいる。
ぱたんぱたんと ひれで水をたたいたり、塩を吹いたり
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この海に生きてるのは数知れぬ美しいいのち。
わたしたちの飲む水も 汚染は怖いけれど、いのちの水は すべての生き物たちの水なんだね。
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4日目、
いつも コンサートをお世話してくださる照喜名さんを訪ねた。
大宜味村の山の懐で鶏を飼い畑をして焼き物やフリースクールを試行錯誤している彼らの暮らしを 成長してきた子どもたちに体験してもらいたかった。すると、町で古着を見たいとリクエストしていたアマチが、二日目の朝「もっと、ここにいてもいい?」と聞いてきた。
 すっかり現代っ子になって田舎より町が好きになったかな?と、思っていたのに、
愛情をかけてくれる人がいて、自然が豊かで 静かな場所には 強力に惹きつけられ いつまでもいたいのでした。
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けいさんと娘のるかちゃんは
アマチと八星に サンシンを教えてくれて
大切なサンシンを「ひとつあまってるから。」と、 アマチにプレゼントしてくれた。
え~、ほんとに いいの?
出し惜しみのない 愛情に触れて 2人は心をひらいて 2泊の予定が4泊 けいさんのおうちで過ごしたのでした。夕方になるとかつらさんが、火をおこし鳥を焼き、ビールや焼酎を飲む。
そのとき かつら哲学を話すのですが 子どもたちは 話し半分しか分からなかったと思うけれど かつらさんの「酔っ払いトーク」のそばからいつまでも離れずにおりました。
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4月2日
わたしは一足先に 浦添に向かいました。
昨年出会ったたくじさんが紹介してくれた「じゅじゅも」というユニットの2人の自宅でコンサート。

沖縄に着いて数日後、毎年夏に行っている東北ツアーを自分なりに実現すると、決めることができました。
東北でも被害の少ない場所と 大きな被害を受けている場所がある。
現地の状況に応じて 一番いい形でうたをお届けできるように、必要な準備を始めよう。
そのためのチャリティーライブの皮切りを じゅじゅもが受けてくれました。
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「もうすぐ、赤ちゃんが生まれるんで 僕たちはまだ行けないけれど ほんとは行ってなにかできることをしたい。そう思ってる僕らがたくさんいることを 東北に行ったら伝えてね。」沖縄からの熱い思い 受け取りました。

4月3日は 海浜公園でかみんちゅうのひがよしまるさんとりかちゃんたちの呼びかけで
心のかけ橋祈りの輪のセレモニーがあり、うたいました。

祈り人がたくさん来ておられて独特の雰囲気。そんな中で、胸に答えがすとんと落ちました。

ずっと昔から、大きな天災が立て続けに起きるとか、科学をコントロールできずに自滅するとか、この地球が終わりの時を迎えるとか、
予言のようなものをときどき聞いていた。

震災のショックは その時がまさに近づいているという厳粛な気持ちと、なんとかしたいという気持ちと、そうでなければいいな~というすがりたい気持ちがないまぜになって、心は揺れた。

多くの方たちと語らってみると、やっぱり同じように、厳粛なメッセージを受け取っているんだね。
そしたら、その場所から先へ行くことを決められた。

自分が死の宣告を受けたかのように
限りあるいのちの終わりが近づいていることを受け入れ
覚悟をした。そして時間をかけて、安らかな気持ちになってきた。
まずは 逆らわず受け入れてみる。すると自分の中にある恐怖のパターンがわかるんだよね、
わたしはパニックになって 訳が分からずこの世を去るのが嫌なんだ。
 
わたしの母は 癌の宣告を受けて 自分の自宅で 延命治療なしに最後まで父と過ごすことを選択した。
自分の選択は厳粛なものだ。安らかさと自分らしさ、懸命に最後まで生き、誰もいなくなった 一瞬の間に ふっと旅立って行った。

ほんとうにやりたいこと、ほんとうに伝えたいことを 明日はないということを肝に銘じながら
ただただ 一日一日を 愛おしく過ごしてゆくって、今ならできるし、それ やりたいよね。
いつかは みんな この世を去ることは決まっている。
この世の終わりまで、生ききることを決める。そうして 腹が決まると、からだの緊張が解けてくる。

5年前火事の経験で目が覚めた。その時のとの違いは

「この地球」のいのちと 「一人」のいのち の違い。

「地球」のいのちが主人公だとしたら、
一人ひとりの本質と 出会ってつなげてゆくことが大切な気がしています。

地球意識に目覚めて、共に かけがえのない瞬間を生きれるようになったら
夜明けが来る。なにかが根本的に変わる。
そんな気がする。
そんなリアルな体験を きっと わたしたちは初めて体験するような気がする。
こんな時代に出会えて
未知なる自分と出会えるばかりでなく
未知なる 世界と出会える。

感じ わかちあえることに感謝だね。
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沖縄から
帰ったら 新しい人生が始まったかのように
すがすがしさがやってきた。

やることが たくさんある。
やりたいことが たくさんある。

ありがとう。

いのちのしずく 受け取りました。
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by ainohanaMusic | 2011-04-10 22:03 | 心の旅日記 | Comments(0)

すべてをなくして愛と出会う ♪無限 

家族も家も失い、避難所に暮らしているみなさんの再生を祈っています。
 
わたしは2006年12月漏電からの火事で、パートナーを亡くし、家とすべてのものを焼失しました。また、子どもを助けたとき、両手に重度のやけどを負いました。
 
すべてのものは必然で与えられ導かれていると信じていたけれど、大切な人を失った心の痛みと、やけどの痛み、家も楽器もすべて失って、ゼロから始めなければならない事態に 直面して、なぜ、こんな不幸が3つも重ならなければならないんだろう?と、正直どこへ導かれているのかは、わからなかったのです.

でも、大きな宇宙の意図を感じていて、心は静まっていました。

救急車で運ばれた病院では、自然治癒を待つことは不可能で移植手術しか手立てがありませんでした。楽器を弾く両手が不自由にならないように、自然治癒の道を選び、1週間後 には、自主退院しました。日本中の仲間たちが両手の完治を祈ってくれました。2カ月目には、身を寄せていた隣人の家から県営住宅へ仮住まいでしたが、独立しました。
 
なにひとつ残っていませんでしたが、全国の友人たちが義援金を送ってくださって、そのかけがえのないお金で、楽器や音響機材、ツアーするための車、今までリリースしていた CDアルバムをもう一度発注し直しました。着る物や生活用品はみんなが有り余るほど送ってくださいました。

火事の3カ月後に応援の気持ちで、コンサートを依頼してくれた友人がいました。 昼夜、痛むやけどの両手に包帯を厚く巻いて、パートナーの残したギターを弾き、コンサートツアーを再開しました。
 わたしはうたい、彼がギターでサポートして音楽活動していたのですが、火事の朝、なぜか彼は、自分のギターを隣人に貸して、ギターだけがわたしに残されました。彼の遺志を 感じて、わたしは包帯を巻いた手で、初歩から必死で練習し演奏しました。ふり返れば、これは手の皮膚が固まらないようにリハビリとして有効だったのです。

そのとき小学校6年生だった次男が、両手に皮膚のないわたしが台所に立つと、かばうように料理や洗いものを率先してするようになりました。そんな次男の料理は、パンと春雨 の炒め物とか(わらい)見たこともないものでした。守ってあげなければと思っていた子どもたちが わたしを守ろうと成長してゆきました。

前進した分だけ、一人になると思いもかけず号泣し、泣いた分だけ軽くなって、いつの間にか、二人でやっていた仕事を一人でこなしていました。光の世界に旅だった彼が、いつ も支えていることを感じていました。旅立った人は、こうして生きてる家族を支え、天地はつながってゆくのだ思いました。
 
彼が光の世界に旅立ってから、生きている人より、魂になった彼の方が愛しくて、心で話しかけることが支えになっていました。生きてる時より一体感がありました、2年してパ ートナーがわたしに伝えてきました。

「僕にしたいことを 目の前の人にしてあげて。」

どんなに愛しあっていても、この世を旅立ったら肉体として蘇ることはない。そのことは、どんなに祈っても変えることはできませんでした。どんなことでも、本気で祈れば叶う ような気がしていました。けれども、彼は蘇ることはなかったのです。生きて存在していることが、どんなにかけがえのないことか思い知りました。生きている間に子どもたちや 愛する人たちにできる限りのことをやりきりたいと思いました。自分のいのちだって、いつまであるのか分からない。
 
生き方が変わりました。ないものを求めるのではなく、目の前に与えられたものを、より好みせず受け取り、愛すること、自分のできることを喜んでやりきること。そのようにな れたことに、今では心から感謝しています。 無限といううたを贈ります。みなさんの再生への道を心から応援しています。


by ainohanaMusic | 2011-04-10 20:42 | 心の旅日記 | Comments(0)