愛の花

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Live in 松本、東京、茨城、長野 来てね

昨日からピアニストの夏秋さんと・ 2日間のリハーサルを終えました。

実は、4月24日の松本市のコンサートだけ演奏サポートで入っていただく予定が、
彼の個人的スケジュールが 偶然わたしの動きと同じ圏内で動いていたので、
4か所のライブに 演奏サポートに来ていただけることになりました。

今日は、ずいぶんたくさんの曲を音合わせしましたが、いい感じです!
ずっとうたっていなかった
♪わたしが蝶ちょだった頃や
♪ひかりのリトリート にもピアノ伴奏がついたら ああ~うたいやすい

よかったら ぜひ 聞きにいらしてください。

また、茨城県の常陸太田では5月3日、初のトークライブ(おはなし中心)です。

二人の子どもたちのカリフォルニアでのいのちがけの自然出産の体験で わたしは『内なる声』を、人生のガイドとして根底から信頼するようになりました。コンサートでは なかなか話しきれない詳細までお話しできると思うとうれしいな。よかったら ぜひ いらしてくださいね。出産の話のようですが、人生の話です。感じたことを信じ切って生きたらどうなるか~という体験談。ハートにしたがって深く感じて実践してゆけば すべてが未来を開いてゆく鍵を握っている。自分を生かすということは、この宇宙を生かしてゆくこと。ほんとにシンプルに自分を信頼できたらいいよね~

では、ライブのご案内です。

待ってますよ~


4月24日(土)松本市

吉本有里コンサート「はじまりのとき」 共演 夏秋文彦
場所 喜源治  松本市大字中山4096  
1:00会場 販売 ライブ 前半1:30~2:40 終わりにゲスト出演 
15分間 休憩 と販売 
2:55~4:05 ライブ後半   
4:20~シェアリング  
会費  2500円(当日2800円)
お問い合わせ&申込 090-9358-5794(堀内)

4月30日(金)東京都 調布
吉本有里ライブ~いのちと自然への愛を歌い続けて~
  演奏サポート 夏秋文彦
場所 クッキングハウス (布田1-10-5 稲毛家ビル1階)
時間 2時~4時
参加費 (ティータイムつき)大人1500円 
申し込み先 042-488-6369(要予約)
当日ランチを召し上がる方 ご予約ください
レストラン 11時より営業 
体に優しい 家庭料理ランチ1000円(デザート付)

5月1日(土)東京都 下高井戸
本應寺 浄土のひびき展 29日~30日まで ギャラリー、展示販売、コンサート、ヒーリング、ワークショップ、お寺カフェが開催されています。

吉本有里 演奏サポート 夏秋文彦
奉納コンサート 午後3時半~5時  料金は お心ずけです
お問い合わせ 03-3321-7860(本應寺)

5月3日(月・祝)茨城 常陸太田市
吉本有里 うたとお話し会(トーク中心です)
場所 カフェ結い+1(常陸太田市東一丁 2288 Tel 0294-72-8860)
時間 午前10時 オープン 10時半スタート
料金 1500円
予約 0294-82-2466    080-2047-8808
後援 みどりご助産院

5月5日(水・祝)長野県駒ヶ根市

吉本有里ライブ 共演 夏秋文彦

場所 宮下さんの家のガレージ 駒ケ根市火山のバス停左の大きな家です
時間 午後3時から
お問い合わせ ainohana@air.ocn.ne.jp 有里まで
 (宮下さんとの間をつなぎます・宮下さんは75歳の木彫りの好きなおじさんです)

5月21日~24 長野県駒ケ根市 有里の自宅にて 魂の目覚めのための3泊4日のリトリート
※少人数でも実施するよ。今日この頃、一日が とても深いよね。こんな時期にリトリートに参加されたら どういう転換がおきるかな?楽しみだね。来られる方は 決まってると思うんだよ。待ってるね。
田植えリトリートhttp://amanakuni.net/yuri/yuri_image/2010retreat.jpg
by ainohanaMusic | 2010-04-22 00:40 | ライブ | Comments(0)

西表島~那覇 okinawa3

4月4日、村山君とあやちゃんに見送られて乗った西表島ゆきの船は30分後には大原港へ。

出迎えに来てくれたゆうわ村の孝子さんと9年前にお会いしているはずなのだけれど、最初 思い出すことができなかった。あの頃わたしは、まだ前のパートナーと一緒に小さい八星とアマチを連れていたし、ゆうわ村は孝子さんたちのご両親の時代で、ご両親主催のコンサートだった。この10年の出来事の目まぐるしさ。コンサートの企画をお願いするとき、わたしの状況の変化を伝えた手紙に、戸惑わず、すぐにお返事くださった孝子さん、やっぱりご縁があったんだなあ~3泊4日の滞在の間に 響きあえることがたくさんあってこれからのおつきあいが 楽しみです。

世代交代した孝子さん夫婦に、サトウキビ狩りの若者たちのお手伝いで ライブは準備されました。
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さて、夜8時から始まった公民館でのコンサートは50人くらい集われました。島の人よりも サトウキビ狩りの若者が多かった。埼玉から旅行中のりなちゃんたちの家族もいました。素朴な島のお年寄りが少し、子どもたちも多かった。でも、都会からの若者たちが圧倒的に多かったんだなあ~島の人にうたおうと思い込んでいたわたしだったので、照準が合わせ切れずに 前半をうたってしまいました。でも、それもよし。と、ゆうわむらのかずさん。ゆっくり出会っていったらいいね。

翌日は 星砂の浜で泳ぎました。昼ごろ、ゆうとが誘うので 荒い波を超えて深い海まで泳ぎました。サンゴ礁の色が違う。紅色と深緑の 折り重なったいつもと違う海底を垣間見ることができました。
 
埼玉のりなちゃんたちとこの海で遊んだよ。約束したわけではないのに同じ日に 西表島に来て、お互いに星砂の海で遊ぶつもりだった。ほんとにラッキー。3時ころ彼らが到着して、海に入った子どもたち4人は 春のまだ冷たい海水にぶるぶる震えていた。シュノーケルをつけて虹色の魚を見ることができたAちゃん、よかったね。
 そして、りなちゃんには 紅色、深緑のサンゴ礁を見せたかったし、りなちゃんもチャレンジしたかった。でも、リーフで波に揉まれ、波の向こうは深くて怖かった。
 でも、実は干潮になっていてリーフのすぐ手前まで膝下の浅さだったのには笑えた。あそこまで歩いてゆけたんだね。そして その先は、今度は ライフジャケットをつけて、一緒に泳ごうね。次回は楽勝だよ(わらい)ゆうととも、りなちゃんとも、りなちゃんのこどもたちとも それぞれに表情の違う海を一緒に体感した。そんなふうに旅ができたこと、幸せだ。
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ゆうわ村に帰宅して、夜は サトウキビ狩りの青年たちと ずいぶん語り合った。翌日、きび狩りがお休みになったということで打ち上げのような ゆっくりした雰囲気になった。わたしも、また数曲歌った。20代から30代の男の子たちが5人いて、一人ひとりが 純粋で、求める心に響くものがあり、長野の遊里庵にも旅の途中に寄るように誘った。アマチや八星とわたしたちをつなぐ年代の彼ら。アマチや八星も西表島のゆうわ村でサトウキビ狩りのバイトをしたらいいなあ~と思ったよ。

孝子さんとかずさんのお二人と、わたしの世界に共通するものを感じた。

西表島では サンゴ礁が打ち寄せられて島になっているハラス島へシュノーケリングに行きました。
わたしは、ここで やっと素潜りする気になったの。
潜水は好きでしたが、耳が痛くなるのが嫌で 潜らなかったの。でも、ゆうとに 海底にある三角貝を採るように促されて しょうがない~やるかって感じで潜り、またひとつ、自由になりました。耳は痛くないんだ。潜るとき、唾を飲み込むと 空気が抜ける。
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4月7日 朝、ゆうわむらのお母さんに教えていただいて 久しぶりに「さおり織り」をしました。
織り物、大好き。帽子をひとつ織りました。そして、バタバタと港へ。その間に、6年前に福島でお会いしたという男性が訪ねに来てくださいました。すっかり忘れていたけれど、漠原人村のお祭りで、彼のパートナーが迷子になっているのを 親身に一緒に探したらしい~あの時はお世話になったずっと、お礼が言いたかった~と、 来てくださったのです。そんなささいなことを6年も覚えていてくれたのか~と驚きましたが、気持ちがありがたかったです。人はほんとうに困ってるとき、助けられると 何年でも覚えていてくれるんだなあ~

そして石垣島を経て那覇空港へ。
なんと、そのとき 携帯電話をゆうわ村に忘れてしまったのでした。
それでも、那覇のホテルで無事、えりちゃんとえりちゃんのお母さんと連絡が取れて 合流することができました。
沖縄最後の夜は ホテルのお部屋でえりちゃんとお母さんのためのプライベートコンサートとなりました。
ロビーで話していたのが、なぜか 話の流れで そういうことになったのです。

「有里さんの歌を聞いたら たくじさんの表情が変わったって、えりこが言ってたから、わたしも変われるのかと思ったけれど、わたしは硬くて駄目ね。」とおっしゃったお母さんが、次の曲「天からの水」で 体が震えて
涙があふれました。ゆうとの笛の音が心にまっすぐ届いたようでした。ゆうとが、わたしに目配せしていました。お母さんのそばに行くように、と。
 もちろん わたしは そうしたかったんだよ。でも、出会ったばかりの えりちゃんのお母さんに遠慮していまた。でも、ゆうとに促されて わたしは自由になりました。 同じ心で同じ場所にいられるなんて そんなふうになってきたなんて 不思議だよ。

あ~、ゆうとも変わったなあ~、泣いてる人がいるといたたまれなくなるか、目をそらす感じだったのに、別人みたいだ。

この沖縄の旅の間に 出会ったたくさんの人たち、そして藍色の海や魚、塩を含んだあたたかな風。
すべてのものたちが必要でそこにいてくれたね。

こうして、わたしもゆうとも、出会ったみんなも少しづつ少しずつ自分自身の心と、人の心を受けとめ抱擁できる存在に育っていった。そんな目に見えない変化が一番うれしいね。

素敵な旅をありがとう。

また、行くよ。

そして、最後に、沖縄へ出発する2週間前にやってきていた ♪祈り という歌を紹介するね。

  ♪同じものを 同じ気持ちで

    わかちあえますように

       お互いを 自分のことと

       感じあえますように♪

不思議だね。ほんとにそうなってきているよ。

*****************************


祈り♪

こんなにも 愛しているのに 

あなたには 理解できない

どうぞ わたしの この想いが 

あなたに届きますように

 心の奥 また その奥

 美しい 涙の部屋がある

   なにひとつ かくれるものない

   あなたと そこで 会いたい

こんなにも 溢れる 愛は

まだ見ぬ あなたへの 架け橋

    同じものを 同じ気持ちで

    わかちあえますように

       お互いを 自分のことと

       感じあえますように。

世界中の愛しあう 人たち 

お互いを あきらめないで

あなたはあなた わたしはわたし 

そして あなたは わたし

  お互いを 自分のことと 

  感じあえる日が来るね

       どうぞ わたしの この祈りが 

       あなたに届きますように   (2010.3.14)
by ainohanaMusic | 2010-04-15 01:47 | 心の旅日記 | Comments(0)

藍色の海で okinawa2

4月2日 那覇空港から石垣島へ。

4年前に茨城から石垣島へ移住した友人カップルを訪ねるつもりで2日滞在予定が、直前の電話で、フリータイムに変更しました。4年前に親しかったからって、必ずしも今も親しく思ってくれてるわけじゃないんだなあ~電話で感じた距離がちょっとさみしかったけれど、ひさびさの完全フリータイム。石垣空港で快適そうなホテルを見つけてタクシーで移動。楽器ふたつとスーツケース・ライブのある旅はバックパっカーにはなれないなあ~

タクシーの運転手さんに聞いて 島の料理のおいしい居酒屋へゆうと(門脇さん)と行きました。この夜は そんなふうにのんびりしていたおかげで、深いシェアリングになりました。言葉では伝わらない深い思いが、きっかけを得て、慟哭になりました。彼とのパートナーシップは 時として ほんとに孤独を感じさせられる。その孤独は、わたしが2歳半のときに体験したものと似ていると、最近気が付いていた。優しい母が倒れ病院に入院し1年半帰って来なかった。いるはずの優しい人が、そばにはいてくれないし、言葉が届かない。母も、伝染病と思われていた結核を病んでいて、わたしたちに語りかけたり抱きしめたりすることもできずに1年半を隔離されていた。

母が入院していた時は わたしは幼すぎて、自分の孤独を誰にも訴えることができず感情を麻痺させてしまった。それから もう何十年もたって、同じような感情を体験させてもらい、初めて慟哭できたんだなあ~。いつもは、うけとめない、わたしの想いを このとき彼は 「わかった。わかった。」と 抱擁して ただただうけとめ支えてくれたよ。

このことが どんなに重要な出来事だったか、彼は知らないかもしれないけれど わたしにはわかっていたよ。2歳半から「さみしい」と言えなかった、泣けなかったわたしが、やっと心の底から泣けたんだよ。あ~よかった、よかった、ありがとう。

さて、3日の朝、石垣島でのフリータイム。さ、レンタカーをかりよう~とレンタカーを手配していた時、
急に 石垣島の友人たちに電話したくなりました。

こんなに近くまで来てるのに 会わないって それは さみしいじゃん。
電話に あやちゃんが出たら、もう、わたしはこれ以上ないくらいストレートになっていた。
前夜泣いて、スイッチがオンになってたのかな?
びっくりしたかもしれないけれど、会いたいと想ってここまで来たことを、そのまま伝えました。
村山くんはリトリートに来てくれた足でわだかまりのあったお父さんに会いに沖縄へ向かった。その後の人生の旅をわたしなりに ずっと気にかけていたんだね。

島の北端から二人は1時間後には ホテルまで迎えに来てくれました。
ロビーで待っていたら、ふたりが首を大きく曲げて わたしたちを探すためにホテルの中をのぞきながら車を走らせてきた。あ~、やっぱり変わってない。超素朴なあたたかい二人。

そして 1泊二日 石垣北端に暮らす彼らの家を拠点に、海に遊び、歌をうたい、夜はずいぶん語り合いました。静かな夜。ぐっすり眠り、夢をたくさんみました。
 歩いてすぐそばが 誰もいない美しい海。 ここにいたら、誰が来ても来なくても 物事が起きても起きなくても あまり気にならなくなるかもしれない。カリフォルニアの山に暮らしていた時のことを思い出しました。一緒に過ごせてよかったよ。
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翌朝も、美しい海で泳いだよ。
初めて、リーフの向こうまで泳ぎ、美しいサンゴ礁に憩いました。
1回目は(1日目)1時間半くらい、海に浸かっていたら芯まで冷えてしまい、凍えそうになったので、2回目のこの日は1時間弱に時間を短くして、二人でリーフへ向かい また岸へ戻りました。
時々、わたしが方向を見失って違う方向へ泳いでいると、なにげに ゆうとが遠くから行くべき方角を手で示しました。それぞれが、自分のペースで泳いでゆくけれど、サンゴ礁で落ち合って、同じ岸に戻ってゆくパートナーシップ。深い足のつかない藍色の海の上でも、怖がらずサンゴ礁に夢中な二人。夢中になると体温が下がってゆくのを忘れるゆうとに、切り上げ時を示すのはわたしでした。ゆっくりと二人のコミュニケーションがゆき届き始めているのを感じました。

さて、この日は 西表島でコンサート。
午前11時には 友人たちの車で、御神崎を経て港へ。
御神崎は不思議なところだったよ。石が岬に乗っかっている、なぜ落ちないのか。伝説があるらしいのですが、説明も読む時間がなくて、でも その場所で わたしたちは 竜神さまをうたい、舞いました。
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竜宮城に行ってたみたいな、ありがたい時間だったよ。
西表島ゆきの船にはギリギリセーフ。
この船が着く場所には、西表島のゆうわ村の孝子さんが待ってくれていました。
着いたら、音響設営の段取りになっていました。

(つづく)
by ainohanaMusic | 2010-04-13 22:13 | 心の旅日記 | Comments(0)

満開の桜

4月11日
 孝さんの命日・・自らの意思で旅立った彼の遺言、お葬式もお経もいらないと~そのとうりにした という気丈なパートナーの孝子が 1年後、里山での自給自足を目指した大家族、フリーキッズビレッジをたちあげた。

そして、3年後、フリーキッズビレッジの隣のわたしの家の火事の訃報に、東京から駆けつけた本應寺のお上人と孝子のご縁が結ばれてパートナーとなり、7年後の昨日、孝子の気持ちで、孝さんの7回忌と戒名授与式、そしてコンサートが行われた。

朝の目覚めが不思議だったよ。
満開の桜の絵の前に わたしは、誰かと一緒にいたの。
誰だったんだろう?隣にいたのは・・
「満開の桜に出会えるなんて 夢の中だけだよね。」と
夢の中のわたしが、口にしたとたん 目覚まし時計が鳴った。

そして、長男 アマチを駅まで送り、家に来てくれた 音楽パートナーのひこさんを車に乗せて、高遠へ出発。
全国的な桜の名所 高遠城址公園の前の道の渋滞を避けて、懐かしい 山室へ。フリーキッズビレッジの隣の家に わたしは2006年まで暮らしていたからね・・

埼玉から移住したてひこさんに、いろいろ説明する。

「この道は、子どもたちとサイクリングした道だよ。」とか、
「このうちの方は 畑も薪も ほんとにきれいにしてて、都会から移住してきたのかな~」とか
「このホテルはランチ&温泉がお得だよ。」とか・・

どうやら、高遠町は 桜の満開だ~
「ね~、ひこさん コンサートの帰り、城址公園に寄らない?今が まさに満開だよ。」

「え~?でも、渋滞してるんでしょう?」

「きっと、わたしたちが帰る頃には、みんな帰ってるから だいじょうぶだよ~」

***********
コンサートは
今回、不思議なほどに一般のお客さんが来られなくて、まさに7回忌のための、ライブだったのでした。

孝さんが亡くなったそのことをうたった
♪生きてるそれだけで素晴らしい

では、みんな 号泣・・7年たっても まだ泣けるんだよね~
そして 最後にまた みんなで うたいました。

イルカやクジラの素晴らしい写真を撮っておられたカメラマンの孝さんの戒名は海雲比丘(かいうんびく)、海を12年みて悟りを開かれたお坊さんの名まえになりました。

小笠原、御蔵島から、孝さんの親友が来られました。
もしかしたら、ご縁に導かれて 小笠原でコンサートになるかもしれません。

わたしも海が大好き。
海をもぐって 心が 海になる。孝さんの導きで まだ行ったこともない海に行けるかもしれないなんて、すごいご縁だなあ~

さて、フリーキッズビレッジで夕食をいただいて、帰り途、雨があがって高遠城址公園へ道が 空いていたのです。すごい、この満開のトキに・・・桜の木の下の宴会組も 夕方の雨で帰ってしまって いつになく落ち着いた 桜たちに出会えました。
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「満開のさくらに出会えるなんて夢の中だけだよね・」
って 目が覚めるとき 聞こえた声だよ。

わたしたちは、まさに 夢の中を生きているんだね。 
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by ainohanaMusic | 2010-04-12 17:23 | 心の旅日記 | Comments(0)

孝さんの7回忌&フリーキッズビレッジお花見コンサート

早いもので、7年・・・
カリフォルニアの家から、高遠町は山室に移住したのが2003年の4月1日。
そして、10日後の11日に、隣人としてお世話になった孝さんがあまりにも突然自らの意思でこの世を旅だった。その翌朝、ご遺体の前でうたをささげ、夜には 亡くなった彼への想いが♪生きているそれだけで素晴らしいという 歌になった。育ちゆくこどもたちのいのちと彼の素晴らしい駆け抜けた人生を賛歌する歌だ。

どんな 亡くなり方をしようとも生きたその輝きを讃えて、旅立ちを祝福するしかないということを、孝さんは教えてくれたし、引越してたった10日のお付き合いだったけれど 孝さんの突然の旅立ちと、そのごの空気感を通して 孝さんの人生の奥行きを 感じ取ることになった。

生前のおつきあいより、旅立ったあとのおつきあいの方が長い不思議な人。
亡くなって1年くらいは、♪生きているそれだけで素晴らしい をうたうとき、彼の存在を感じていた。亡くなった後も 存在している(聞きに来られる)ことを 孝さんは伝えてくれた。

さて、4月11日(日)は午前10時半から 孝さんの7回忌

そして、午後からは お花見コンサートです。

わたしは、2003年4月から2006年12月まで フリーキッズビレッジの隣の築100年の古民家に暮らしていました。
2003年4月には 孝さん 2006年4月には 畑を教えてくださった隣のおじいさん 12月には 誠さんが その村で 光の世界に旅立ってゆきました。

すべての命が 限られた瞬間を 生きている
みんなの人生が 交差する 不思議なトキを分かち合いましょう。
お待ちしています。

****************

桜の高遠 フリーキッズ吉本有里お花見コンサート 
場所 フリーキッズビレッジ母屋または桜の木の下  

伊那市高遠町山室3009開場 11時半開演 13時30分
前売り 2000円 当日2500円(小学生以下は無料)

※埼玉から長野へ来られた夏秋文彦さんも共演します。

手づくりランチ(要予約)春ののランチ 500円 古代米白毛餅おしるこ 300円 お泊まり農家民宿 フリーキッズビレッジ(1泊2食付き)大人 6000円 子ども 3000円 ※里山ファームステイ料金もあります。お問い合わせください

お問い合わせ&ご予約 NPO法人フリーキッズビレッジ0265-94-5028

遠方から来られる方へ観桜期で高遠は大変混雑します。前日の夕方以降、または当日早朝着かれることをお勧めします。新宿から高速バスで来られる方は「さくらホテル下車」でご予約ください。バス予約 0265-71-3800   
by ainohanaMusic | 2010-04-10 01:03 | ライブ | Comments(0)

okinawa

沖縄から帰ったよ。

このところ、ミクシーの日記ばかり更新していたのでブログを1カ月ご無沙汰してました。
訪ねてくれてたみなさんごめんなさい。

3月22日から28日まで静岡の両親のところへ里帰り、そして「てんつくまん」の映画と書き下ろし、ライブのコラボがありました。新しい出会いも 深まる出会いもあり とてもいい時間でしたが、また、実家で両親と過ごした時間が 貴重でした。

母は30代に肺結核で入院して手術し、肺が片方しかない酸素の少ない状態で 体を労わりながらわたしたち(双子なのです)を育ててくれました。この数年、呼吸がさらに苦しくなってきたようで 家から出ずに、退職した父が母をかばうようにして暮らしていました。

そんな母の下腹部にしこりができて、足がむくんでおなかも張ってきたので 3月25日 母を車に乗せて、かかりつけのお医者さんのところへ行きました。精密検査をすることになり、藤枝市民病院へ紹介状をもらいました。腫瘍は、すでに転移していて 母の年齢や体調を考えると、西洋医学では対処のしようがないということで、今後は自宅へ先生が往診に来てくださることになりました。肺気胸に、おなかの腫瘍、体と心の声を聞きながらの自宅療養。 

 わたしもなるべく、静岡へ行ってできることをしたいと思っているけれど、父は自分のペースを大切にしたいと、まずは、思っているみたいです。ずっと、離れて暮らしていたし、想いも子どもと、遠いのだと感じます。少しづつその距離も近くなってゆきますように。

がんばって働いて、身近に感じていたのは、父にはとっては、母一人だったんだなあ~。
父にとっての父(祖父)が、遠かったのだろうと思います。

母は わたしたち子どもにいつも気持ちを寄せてくれていた。
だから、今、わたしは子どもたちに 話しかける言葉を持っている。育ててもらってありがたかったです。両親の一日一日が満たされて家族が繋がってゆきますように。

さて、沖縄の報告にはいるね。

**********
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今回の旅のきっかけは、昨年の11月宮崎で、しのぶえの門脇さんとの会話。
「家が売れたのに、働いてばかりで(自分で新しい家を建てた)自分に ご褒美をあげていない、旅に行きたいなあ~沖縄か、ドイツだなあ~」
彼の表現は、ストレートではないので、つまり、それは「一緒に沖縄かドイツに行かないか?」という呼びかけなんだと思う。きっと、そうなんだよね~。
彼は10年前に会社を辞めて以来、基本的に働かずに生きてきた。3年前に笛で生きることを志したけれど、資金尽きて、相当厳しい暮らしをした末に、会社員時代に建てた自宅を昨年の夏に売って、そこでえた資金で、秋には、小さな家を自分で建てた。

昨年彼を、北海道~東北ツアーに誘って、1か月一緒に旅をしたけれど、コミュニケーションが届かず一時は意思疎通不可能。腹が立ったあまり 「もう、顔も見たくない」と言い放ってしまった相手だ。でも、どうしてだろう?私の中には まだまだ 彼を通して変化し続けられるなにかがあって 11月には 自分を詫びた。大嫌いなのに、大好きな人。出会ったときから 言葉が通じにくい、立ってる場所の違いのようなものを超えて 信じられるつながりが存在してるのは 不思議だ。

さて、3月31日 那覇空港で門脇さんと、3カ月ぶりの再会。
空港で わたしを見つけてくれたのは 2006年 久高島から近いところにある「ポランの広場」のライブで出会ったえりちゃん。前日に、予定をメールしたら、空港まで迎えに来てくれた。うれしい~。空港で3人でお茶した。

4月1日、沖縄本島の北方、大宜味村へ。沖縄市そば屋さんで合流。途中、とても美しい岬へ案内してもらったよ。
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着くなり、公民館で音響チェックとリハーサル。主催は、2001ねんからのおつきあいの陶芸家のけいちゃんと、パートナーのかつらさん。4年ぶりの再会ですが、わたしは 2006年の火事を経て 少し成長してたみたいだなあ~大宜味村の素朴な一人ひとりの人柄に すぐに気がついて とても心地いい時間をずっと感じていました。
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また、ライブには、長野でかつて隣の家でウーファーをしていたエバが名護から来てくれたり、当日 メールしたoさんが、パートナーと二人で那覇から駆けつけてくれたり、交流会を持つ時間がなかったにも関わらず、別れがたく温かなわが満ちていました。

けいちゃんの家は 森の中、海風も感じる精霊のいるような木々の茂った一角に 手作りの家。ライブの後の語らいは 深夜3時まで続いた。前回、ここに来た時に感じたこと 思いだした。
みんな、人が語り終わるのを待たず 一斉にしゃべりだす。二人や3人が同時にしゃべっている。それをみんな、同時に聞いて、次の話が また一斉に出てくる そのにぎやかさに、圧倒される。前回は交流会をもったので20人くらいいた。今回はごく内輪で6人くらいなのに、同じ空気がある。
沖縄って なんて元気がいいんだろう~って 心底思いました。

また、男性3人がずっと、わたしに問いかけてたことがありました。
「愛してる」って、それって、30代くらいで終わることじゃないの?って・・・
ちがう、ちがう、40代でも50代になってこそ、「愛してる」ってその感覚に深まってゆく その心の旅をうたってるんだよ 愛してるって、感覚は ありのままの自分を生きることから開かれるような気がする、自分が自分を判断せず深めてゆけば、相手をふかくありのままで受け入れられる。一人の人をふかく受け入れられることが 自分の両親や、世界と出会いなおす 手がかりになってゆく。愛って、若い人たちのテーマではなく 老若男女問わず、生きてる証のようなものじゃないかなあ~って。

ふくろうの声が響いていました。

けいさんが言いました。
「あのね、今もう、わたしは みんなの話ではなくて、フクロウの声を聞いている状態なんだよ。この暮らしの中に音楽もいらなくなってきたの。自然の奏でてくれる音が なによりも心地いい。ふくろうの声が響いてくると そちらが 主で あとは そのまわりに響いてるの。」

ほんとに、そうだね。それが、自然な感覚だね。そうして眠りに誘われてゆく。そんなふうに暮らしているけいさんとかつらさんが わたしを迎えるたびに コンサートを企画してくださる。そして あ~でもない、こーでもない、と 思ったことを瞬時に語り合い お互いを愛おしく思える幅が確実に育っているのでした。

一緒に 時間を共有できたことに心からの感謝です。

翌朝は うっぱまと呼ばれる浜で 泳いだよ。
雨が降っていて、けいさんもえりちゃんも長袖の上着を羽織っていました。
泳いだのは わたしと門脇さんだけ・・・それでも 海につきあってくれた おふたりありがとう。

かつらさんなどは、
「八星を預かるよ。」と本気で言ってくれる。もちろん、そんなこと頼んでもいないのでびっくりですが、繊細で賢くて学校に行っていない八星の存在を感じ続けてくれてることがありがたい。沖縄、いいかもね~と思いましたよ。本人が望むなら。

さて、大宜味村から一路那覇空港へ。4月2日は石垣島へ。
途中、えりちゃんの友だちのたくじさんと会うことになりました。
たくじさんは えりちゃんの大切な友達で イベントも企画しているし、ゲストハウス&カフェも運営しています。
ちょうど おひるごはんを食べたかったので、沖縄市の そばやさんへ。
そこでたくじさんと合流。
ゆうと(門脇さんのこと)の言うには、
「有里のことは、うたを歌わないと伝わらん。」
そばを食べ終わって落ち着いたら あと、5分しかない。 
そばやさんで 1曲歌おうと思っていたら、なんと 野球が始まってしまった。(沖縄が優勝!)
それで、路上で別れ際に1曲歌いました。

♪無限 2008.9.10

目の前のあなたを いつも 愛してる
時にはやさしく ときには きびしく
あなたも知らない 美しい あなた
なにもかも わすれて 愛しあおう

手放し そして 思い出す
今 ここに 生きてること

目の前の家族を いつも 愛してね
ときには やさしく ときには きびしく
あなたも知らない 美しい 世界
なにもかも あなたの 内側にある

手放し そして 思い出す
あなたに そなわるもの

目の前のあなたを いつも 愛してる
時には やさしく ときには きびしく

あなたもしらない 無限な あなた
なにもかも 忘れて 愛し合おう

*************
たくじさんの表情がすっかり柔らかくなって、心がひらいて繋がったのがわかりました。
うたは不思議だね。そして、旅は、石垣島へ。
by ainohanaMusic | 2010-04-09 18:40 | 心の旅日記 | Comments(0)