愛の花

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動いてであった本当のこと⑦過去も未来も今もみんなありがとう

朝、こどもたちと一緒にご飯を食べていたら、胸の中で歌がうたわれているのに気がついた。
「あ!歌が やってきてる。ママはごちそうさま。ゆっくり食べてね。歌を書き取らなくちゃあ。」

さてさて、その歌は。。。

♪開け放した縁側に 今日も 山たちがいる 
 黒々とした畑の土 命はぐくむ
 日差しの中 こどもたちと 洗濯物を干す
 あたりまえの日常に 歌がこぼれだす

 山の稜線、うぐいす、そよぐ風の歌
 ひとつひとつの手作業を ネット上で話す
 目の前の世界も 遠くのあなたも つながってる
 今 わたしの内側に 愛の国がある

  今日一日をありがとうと 沈む太陽に挨拶
  共に遊び、共に働き 共に育ちあう 家族に ありがとう
  今 この時の やすらぎ育む 緑の地球 星々にありがとう
  見えない世界に共に生きてる かけがえのない あなたに ありがとう

 開け放した縁側に 今日も山たちがいる
 黒々とした畑の土 命はぐくむ
 当たり前の日常に うたがこぼれだす
 日差しの中 いとおしいあなたと笑いあう。
 日差しの中 こどもたちとふざけあい 笑う

 過去も未来も 今も みんなありがとう
 過去も未来も 今も みんなありがとう
 過去も未来も 今も みんなありがとう
 過去も未来も 今も みんなありがとう

これは、近い未来の風景って感じ。
先にうたがやってきたみたいだね。
歌に導かれて現実も やってくることでしょう。

歌詞は、きっと しっくりくるまで 何度も書き直すと思いますが。

************************************
さて、旅の報告 最終編になります。

15日は、京都、シンガーソングライターでもある安部ひろえさんの営むエイコンズビレッジに向かいました。いろんなことが重なり、人数は少なめ。「なにをやるのか知らずに誘われてきた。」という方々もいて、いつもの集中した空気とは一味違いましたが、必然を感じる出会いもありました。ひろえさんの雰囲気は なにか親しみがあります。町屋に手を入れてギャラリーと自宅にしているコンパクトで多機能な空間作りも心に残りました。
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 そして、リトリートに何度も参加してくれ、火事の直後、長期的にサポートしてくれたゆうちゃんに、再会できてうれしかった。元気さんも、手伝ってくださってありがとう。
 ゆうちゃん、ひろえさん また会いましょう。
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さて、ツアーの最終は、兵庫県、高砂市。
高砂は、カトリック教会働く人の家に着いて、懐かしいみなさんとハグして、設営を始めてまもなく、突然、大変なことに気がつきました。
 楽譜をすべて、「エイコンズビレッジ」に忘れてきてしまったみたい。

 20年うたってきて、今までに、バイオリンを忘れたことは、1回。ギターを忘れたことは1回。(バイオリンを忘れたときは、ギター1本でやりました。ギターを忘れたときは、お借りできました)楽譜を忘れたのは、初めてだ~~。

 さて、どうしよう。
 最初に連絡が取れたのは、名古屋のサダムくん。ギターのサポートに2回入ってくれた人。
 次に連絡が取れたのが、大阪のサックス奏者の公成さん、そして、岩手のウッドベース奏者のでんちゃん。
 最後にエイコンズビレッジのひろえさんに連絡が取れ、無事 必要な歌の楽譜を 3ヶ所から  ファックスし  てもらいました。

 お騒がせしました。
 みんな、速やかに助けてくださって ありがとう。心強かったよ~。

 そんなことでバタバタしているうちにコンサートの開始の時間になりました。

今回、声をかけてくださった姫路は甘地にある高円寺の後藤由美子さんとは、2000年、わたしがカリフォルニアから単身で8年ぶりに日本にやってきた時、出会いました。妊娠8ヶ月で、最初のパートナーと二人でカリフォルニアに渡り、山の草原で二人のこどもを自力出産し、シンプルライフを経て、パートナーからも独立した歩みを始めていた当時のわたしに由美子さんは「命の揺らぎを感じ」衝撃を受けたと、言われます。そして、7年。
「今回、最初に有里さんとであったときと同じくらいの衝撃を受けました。」と、最後に話してくれました。
実は、わたしも、由美子さんたちに会うたびに、触発されているのです。
それは、言葉ではなく、生き方で。
由美子さんをはじめとして、何組もの家庭が、学校を選択しないという選択をこどもたちと実践しています。シンプルに、はじめから(小学校から)学校という選択を選ばず、もっと望ましい環境を心がけている。親の意識、生活のあり方、子どもと共にあろうとする親の連携、そして「まっくろくろすけ」というフリースクールも生まれ、流れの中で、今は夢紡人という活動をしています。

今回、由美子さんの息子さんたちとは会わなかったにもかかわらず、こどもたちの様子を聞いて、それだけで、わたしは触発されてしまいました。
「こどもたちはどうしてるの?下の子は八星と同じくらいだったね。」
「うん。彼は、ゲームは卒業して、今はギターばかり弾いてるよ。よく、あんなに熱心に一日中やれるってくらい。」
「上の子は?」
「彼は、高校だけ夜間に行って、苦労した友達に沢山であって世界が広がったみたい。二人とも、好きなことばかりしてるから、心が安定しているよ。」
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帰路に、わたしに訪れた思いは
「八星は、学校に行かなくてもいいかもしれないな。彼は、もう自分のやりたいことが分かっているから、彼の心のままに 自分の好きなことを充分取り組ませてあげたいな。」
そして、帰宅後
「八星、学校行きたくないのなら無理していかなくてもいいよ。自分の中で、ちゃんと自信を持って毎日を送るほうがいいね。」
以来、八星は ほとんど家で過ごすことを選択しています。
家にいると、さまざまなドラマも 共に体験し、共に学び、共に遊び、共に働く仲間 という感じがします。
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由美子さんたちは、今回のできごと(火事と、誠さんの旅立ち)を心から悼んでくれていました。由美子さんの最初の挨拶。。言葉を詰まらせて、思いのこもった言葉。。
 ほんとうに、大変だったね。。という思い、そして、誠さんを悼む気持ち。。
歌うたびに涙してくださるみなさんの気持ちは、わたしの通った道でした。

ありがとう。人の体験をわが身に感じてくれるそんな仲間の育っているこの場所に、迎えられたこと。

そして、由美子さんが言ってくださった事。
「有里さんの今の歌を聞きたかった。そして、有里さんのコンサートを聞いて、転じることが、できました。」

今回のツアーの収穫は、「転じることができたこと」

悲しみの世界から 喜びの世界に。

泣きながらでもいい、自信が無くてもいい、不安があっても、前に進むこと。
歩いていれば、余分なものが剥がれ落ち、ほんとうの自分が顕われて、ほんとうの世界に出会ってゆく。

辛いことがあっても 立ち止まらないで。
ありのままの自分を許して休養することはいいけれど、ほんとに歩きたい道はあきらめないで。
言い訳はいくらでもあるけれど、人生の時間は限られている。

せっかく生きるなら思い切り。

どちらにせよ、死ぬまでは、生きてるんだから。(笑い)

同じ生きるなら思い切り。人の評価なんて気にしない。ありのままの自分が懸命に生きてるそのことに専念させてあげよう。人のことより、自分自身を優先して、自分の人生に本気で取り組もう。そこには、余分なもののないシンプルで健全な世界の始まりがあるよ。

そう、あなたも、わたしも、それぞれが自分に取り組んでいるときに ほんとに安心して出会うことができるんだね。

これで、今回のコンサートツアーの報告は終わりです。
長くお付き合いをありがとう。

♪過去も未来も 今も みんなありがとう。





 
by ainohanaMusic | 2007-05-27 23:03 | 心の旅日記 | Comments(0)

動いて出会った本当のこと⑥天地の柱

5月12日、午後5時、徳島のYちゃんに見送られ、やっちゃんの待つ新居浜へ。
 やっちゃんは、昨年の夏、長野のリトリートに参加され、「有里さんの来れるときに故郷の新居浜で、コンサートしてくださいね。」と、申し出てくださった。
 彼女の住まいは横浜だが、ご主人は山口に単身赴任。長年専業主婦だったやっちゃんが、故郷の新居浜に事務所を借り、おさななじみの友達と共にアロマランプを扱う仕事を始め、「自分らしい生き方」の展開を始めた。
 翌13日、昼、夜、2回、場所を変えてコンサート。
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コンサートの終わりの挨拶で、やっちゃんは、言葉を詰まらせながらも、語ってくださった。
「有里さんに新居浜に来ていただきたかったのは、交流の途絶えた姉に、聞いてほしかったから。でも、姉と復縁することなく、姉は昨年11月に突然亡くなってしまいました。それでも、有里さんに、わたしのふるさとの新居浜に来ていただきたかった。姉も、一緒に聞いてくれたと思っています。そして、これを始まりに有里さんに今後も来ていただきたいと思っています」
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そうだったんだ。やっちゃんのお姉さんが11月に、誠さんが12月に亡くなった。それでも、わたしはここに運ばれてきた。光になった誠さんも、やっちゃんのお姉さんも、ちゃんんとこの流れの中に存在している。見えない存在も、見える存在も 共に溶けてゆける輪を育ててゆこう。

夜のコンサートは、少人数でしたが、コンサートが終っても、みな話したそうに座り込んでいらしゃったので自然にシェアリングの時間になりました。輪になって、ひとりひとりが感じたことを、ただありのままを分かち合う。ひとりひとりの言葉が味わい深く、心が静かになってゆく。初めての場所、初めて会う人ばかりなのに、心はつながっているんだね。ありがとう。最後に繋いだ手のあたたかさ。きっと、また来るんだね。

*************************
14日の朝、5人で喫茶店でモーニングを食べ、見送っていただき、わたしは兵庫県竜野へ。
 
お花畑(野外)のコンサートなので、「音響を運んでくれる人手をお願いします」と前夜に確認メールを送ってあった。「設営に3時間みて、午後2時には着くようにします。」と。
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途中、電話を入れたら主催の真智子さんが
「有里さんの期待してるようなコンサートにはならないかもしれない。」と言う。
どういう、意味だろう?運転しながら考えてしまった。。

音響の設営や受付などの準備を早めに着いてやる~という段取りが、大げさに感じたのかな?でも、会場の設営、音響、受付、展示は事前にやらないと間に合わないから、どちらにしても、わたしはわたしのなすべきことを やるだけだ~。

真智子さんに案内されてお花畑に着いたら、美しいお花が「ここでうたってね。」と色とりどりに咲き乱れ、鳥も歌っていましたが、誰もいませんでした。まだ小さい子どもを世話している真智子さんには、お願いできないので、一人で音響の荷物を運び、設営を始めました。
(もしかして、お客さんはいないってこと? でも、真智子さんは ここでうたってほしいんだよね。。ご主人やはるかちゃん(長女)も来るだろうし。。戸惑いを感じつつ、わたしは、ただ自分の務めに心をこめればいいんだよ、と自分の心に確認をとりました)

音響設営が終る頃、真智子さんのお姉さん(初対面)が到着されました。

それで、迷ったのですが、CDは出さないことにして、「夢をおる家」の衣類の展示をお願いしました。もしかして!お客さんが来られないとしても、お花畑と草木染の衣類はきれいにマッチしていて、楽しい空間になる。

真智子さんが「知らない方から問い合わせの電話があってね。。どういう人だろう?」と不安そうに言葉にしました。

「真智子さん、来てくれる人はみんな必然があって来てくれるよ。心配しないで、楽しみにしようね。知らないところに来る人は不安なんだから、こちらは ただ来てほしいな~と、楽しみに待つことが、大事だよね。気持ちが伝わって安心して来てくださるよ。」

真智子さんは、「かんのんさま」「こどもたちの心」のCDジャケットも描いてくれた、とてもあったかな心と世界の持ち主です。でも、集客(人を集めること)は、びっくりするくらい、苦手なんだな~~。そんな苦手なことにチャレンジしてる真智子さん!すごいなあ。
 
お花を植えるときから、うたを心待ちにしながら、花を植えてくれる少女の心の真知子さん。
真智子さんはお花畑係り、お客さんを集めるのを別の方がしてくださったら。。。きっと、人と自然が溶け合う素敵なコンサートになるでしょう。きっと、いつかは、そうなるね。
 
ところで、会場準備が終わり、包帯を解いて手を洗っていたら、真智子さんのお姉さんが、わたしの手をヒーリングしてくださることになりました。ゆみあさんが、クリスタルを持って わたしの後ろに静かに立ちましたら、、、突如、リーディングとしての情報が、降りてきたのです。

「あなたのことが、よ~く、わかりました。」
と、感嘆したような趣(おもむき)の ゆみあさん。そこから、語られた言葉はずっしりと実在感がありました。

(ほんとうのことと、思わなくてもいいよ。ちょっと、不思議でロマンチックな物語として、聞き流してくださいね。女神という言葉も、特別な存在という意味ではなくて、女性はみんな女神だと、おもいま~す。いいかえてみれば、一人ひとり、みんなが特別な存在。特別じゃない人なんていない。)

「すごくよくできたシナリオですね。あなたは、地球の女神。あなたは、この地球になくてはならない存在で微細なエネルギーを地上に降ろしています。誠さんは天の人。誠さんが、あなたと出会ってから、彼がより働きやすい天に移行することは 最初から決められていました。あなたと誠さんが地上で出会うことが大事だったんです。あなたは、天にエネルギーを上げることは以前はできなかったけれど、今はできます。あなたが地上にいて、誠さんが天に移行し、あなたには今、天地の柱が立っている。あなたと、誠さんのスピリットはひとつになったの。あなたたち地上でふたつだったものが、ひとつになり、天地の柱が立って、共に働いている。それが、誠さんの人生の最終目的でもあり、決めていたことだった。~云々~」

徳島のYちゃんを通じて、届いた光の誠さんからの伝言とも符合します。

「前略~僕たちは同じ源から分かれただけだから、今もつながり続けているんだよ~中略~不思議だね。僕たちは出会うまでもずっとこうやって話していたんだよ。~歌をうたってね。愛の歌、光につながる歌を。みんなのために。それが僕たちの願いだから。」

「有里さんの歌には、亡くなった方の魂を成仏させるエネルギーもあります。薄チャピンクのような柔らかな桜の花びらみたいなエネルギー。」
ここ数年、ご縁の深い亡くなった方の亡骸に、魂を送る歌を捧げることがありました。歌をうけとってくださるのは、生きてる人ばかりではない、亡くなった方々は、歌の真意をまるごと受け入れてくれる、そんな体験がありました。

思いもかけない言葉が、すとんと腑に落ち、気持ちが楽になってゆきました。

初対面のゆみあさんが、
誠さんが、彼の望んだ人生を生ききり、そして、今もわたしと共に働いている~ということを確信を持って、感嘆しながら、伝えてくださっている。
 
彼との出会い、彼の人生が、今なお意味を持って、わたしに生きていて、物語を共に綴っているということを第3者の体を通して改めて、伝えられたことは、わたしにとっては、安堵であり、癒しで ありました。
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コンサートが始まりました。
お客さんは、6人。
真智子さんの家族5人と、電話で問い合わせてくださったSARAさんが、たったひとりの外からのお客さま。

歌声に合わせるかのように、うぐいすの声が響き、風は優しく、日が暮れるとキャンドルも灯して、ほんとに気持ちのいいコンサートでした。

やっぱり、また来たいな。。
真智子さんのパートナーが、気を使って、何十人分もの入場料を払ってくださることにならないように、次回は人の輪も作ろうね。でも、安心してね。それは真知子さんの担当じゃないと分かったから、きっと協力してくださる方が現れるよ。(実は、もう出会えたね。SARAさん!)

真智子さん、心を込めて素敵なコンサート、苦手な分野にもチャレンジして、素敵な出会いに導いてくれてありがとう。支えてくれるひろゆきさん、いつも、ほんとにありがとう。また、会おうね。


 
by ainohanaMusic | 2007-05-26 16:48 | 心の旅日記 | Comments(3)

動いてであった本当のこと⑤徳島編

 5月10日夜、高知はメフィストフェレスでコンサート。1年前に再婚し、幸せそうな同世代のマキちゃんが最初と最後に心のこもった挨拶をしてくれた。数年に1回、会えるかあえないかの友達。みなコンサートを通じて出会い、こうしてまたコンサートを企画準備、片づけしながら、その後の展開や心のあり方を伝え合う。今回は、みんな最初 電話口で泣いていた。起こった出来事があまりに大きすぎて、コンサートの企画を立てる前に心を落ち着けることが先決だった。けれど、その涙を乗り越えて、現実を動かし、また出会えた。出会えるってことはすごい。いいことも悪いことも、できごとは、できごとに過ぎず、ほんとうのことは、残された人が、それをどう受けとめてどう生きるかの中にあって、それを分かち合う いちばんいい方法は生身の体で会うこと。そして、わたしのほんとうの気持ちは歌の中に一番現れてゆく。

コンサートを聴いた多くの友だちが
「励まそうと思っていたのに、逆に励まされちゃった。」と言ってくれた。歌うこと、ほんとうの気持ちを語るということは、なんて気持ちがいいことなんだろう。表層意識のわたしが、悩んだり悲しんだりしていても、ほんとうのわたしは いつも不動で、起きてる出来事のほんとうの意味を理解し、感謝している。

ありがとう、ほんとにご苦労さまでした。マキちゃん、影裏さん、恵美子さん、エミちゃん、豊かなときをありがとう。

11日は、徳島へ車を走らせる。コンサートの会場は般若院。主催の万理ちゃんの計らいで、けいじゅさんというギタリストが友情出演してくださることになった。1回だけの通しリハで譜面もなしに、全曲をカバーしてくれたケイジュさん。さすが、音のプロだよね。ありがとう。
 「美しい瞬間」と「生きてるそれだけで素晴らしい」、美しいギターで、歌いこみやすかった。
今度は、充分にリハーサルをして、せっかくなので 何ヶ所かツアーできるといいですね。
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けいじゅさんは、わたしがまだまだ痛む手、やけどの手でギターを弾いてることに衝撃を受けたようです。「僕なんか、つめが割れただけで動揺してるのに。。触発されました。」とのこと。

この夜は、徳島における「誠さんの追悼」という想いもあり、写真も飾り、ご縁のみなさんが集まってくださいました。お手伝いくださったみなさん。ありがとう。
 夜は、万里&ひささん、ももちゃんの暮らす神山の家に泊めていただきました。薪のお風呂に山の静けさ。やっぱり、いいなあ、山の暮らし。忙しい中、心を込めて、追悼ライブを企画運営してくださって、ほんとうにありがとう。
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 翌日は、市内の友人の家に寄りました。Yちゃんは、誠さんが光になった直後、彼からの伝言をたくさん伝えてくれた人。亡くなった人の言葉、妖精や天使の声も、聞き取れる、彼女自身が天使って感じの人です。
 頭をヒーリングしてもらっているとき、「誠さんを探し回ってる有里ちゃんのビジョンが見えたよ。誠さんは、おんぶお化けみたいに背中にいるのにね。」と、Yちゃん。
思わず、涙ぐんでしまいました。そう、ばれちゃったね。いつも探しちゃうんだよ。風の中に、雲の中に、鳥の声に。。。
そして、Yちゃんと同じく亡くなった方、天使、妖精など見えない存在と話すことができるNさんも、電話で伝えてくれました。

「誠さんは、いいのかな~って思うくらい幸せそうに輝いているよ。」

「今の言葉を聞いたら、彼、『いい思いしてるのは僕だけじゃないよ。僕が幸せになった分だけ、有里も幸せになってるはずだよ。』って即、言ってきた。」

あ~、そうなんだ。なんだか、思いがけないけど、それはほんとうだ。

わたしが思い込んでる世界のイメージと、現実は少し違うみたい。

わたしだけが、まことさんがいないことを悲しんでる。
でも、誠さんは、わたしといつも一緒にいるし、悲しんでいない。彼は より自分らしく働ける自分を喜んでいる。そして、わたしも、今、実は、毎瞬を自分らしく生き、幸せで輝いているんだ。

ちょっと、見えていなかったものが概念として入り、定着したような気がしました。
by ainohanaMusic | 2007-05-25 12:59 | 心の旅日記 | Comments(0)

動いて出会ったほんとうのこと④ありがとう感謝します

昨日、本應寺のお上人、フリーキッズビレッジの孝子、長谷村の指田さんが 偶然 我が家に集った。数日前から気になっていた杉島の6DKの売り家を、みんなで見に行くことになり、そこを「観音道場遊里庵」として購入することに賛同していただき、資金繰りから、大掃除までが、なんともスムーズに 現実的に決まりました!キラキラと流れる蛇行する川の流れを家の上の裏山の斜面からみんなでのんびりと眺めながらウグイスの声も美しく、ほんとに、よかった!と  思いきや、、、、どっこい、、
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『ほんとに申し訳ないけれど先約の方が欲しいと、言われたので。』と、思いもかけぬ不動産屋さんのお返事。
一度、決まったかと思ったこの話。。流れてしまいました。

2階の二部屋はレコーディングルーム、裏の山には梅の木を植えて。。。ありありと思い描き、みんなで喜べたから、落胆も大きい。

そんなときに郵便で、届いたのが、「ツキを呼ぶ魔法の言葉2」。

八星と、アマチと3人で、10回唱えてみました。
「思いもかけない、素晴らしい家、素晴らしい環境を ありがとうございます。」

これは、願っていることが、すでに起きたという過去形にして感謝を伝える「魔法の言葉」

わたしの決めた家が、わたしの手から逃げてしまったのは、実は、もっと わたしにふさわしい家が、どこかに待っていてくれているからに違いないのだけれど、
落胆してる子どもたちと、「魔法の言葉」を唱えてみて、がっかりするより、期待を共有してみる。
「どんな家と出会えるのかね?楽しみだね。毎日唱えて、待ってみようね。」

これ、効果あるんですよ。
がっかりしたときは、だまされたと思って「ありがとうございます」と、言ってみる。ありがたくないことも、実はありがたいことであったということは、後ではっきりと感じられる展開がすごい。あるいは、願いがあれば、すでにかなったことにして、感謝を述べてしまう。

さあ~~、どーなるかな~。ちょいと、楽しみでしょう?

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さて
動いてであったほんとのこと③の続き

5月7日、月曜日は松山から一路高知へ。
土佐清水のコンサート企画が、直前にキャンセルになり思いがけず空いた3日間。
高知の友人、が勧めてくれたのは、彼女の山の別荘で、ひとりになって、のんびりすること。
日が暮れた安芸の山のくねくね道を15分。
深い山の中に「考える村」の看板、そして眺望の開けた場所にギャラリー&喫茶店。その奥に恵美子さんの山荘があり、管理人さんから鍵を借りてドアをあけると、歓迎のお手紙。

きっと、着いたら疲れ果ててるだろう~と食材のほかに、お弁当やビールも充分買ってあったのに、酵素玄米がお釜ごと用意されていたんだよ。ほんとに、愛されているね。ありがとう。恵美子さん。
 火傷の手当てをして、気持ちのいい山の水を沸かしたお風呂に入り、そして誠さんに話しかけました。「一緒に来れたら良かったのにね。あなたは、今 どこにいるの?」

(ずっと、一緒に旅してたし、いつも一緒にいることは この旅の最後でわかったんだよ)
ひとりの山の家で眠ったこの夜、また久しぶりに泣けてきました。とつぜん、堰を切ってあふれ出す悲しみ。毎日を元気に生きるために、泣けるときは思い切り泣くに限る。一人の時、ちゃんとクリーニングされるわたしの心は健やかだなあ。

翌朝は、美しいうぐいすの声に、また、誠さんを探してしまいました。

お洗濯が山ほどたまってしまっていたので、久しぶりに洗濯。しかも手洗い。カリフォルニア時代を思い出しました。やけどでつっぱってるのでほとんど絞れていない洗濯物も二日の間に乾いてくれました。
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9日、高知市内に出て、10日のコンサートの主催者のまきちゃんと影裏さんと3人で、昼ごはんと1打ち合わせ。影裏さんが、「案内したいところがある。」とおっしゃるので、打ち合わせの後、お墓参りを付き合っていただくことにして、お墓参りの後、彼のお勧めの場所に同行することにしました。
 ありがたかったのは、お墓参り(お掃除)に必要な道具すべてを、恵美子さんの山の家からお借りできたことと、山の中のお墓では、影裏さんが、無心に草刈や、落ち葉集めなどを手伝ってくださったこと。おととし、父と待ち合わせして吉本家のお墓は、たぶん10年以上ぶりにお掃除されたのですが、あれから早2年。ふたたび草が伸び、枯葉に埋もれていました。ほとんど、初対面の影裏さんと、二人で黙々と働く。
 2年前は、誠さんが手伝ってくれた。今年は、さすがに一人だな、と誰もお願いしなかったのに、自然な流れの中で同行者が現れ、道具を貸してくれる人もいるし、現地では、近所の方が「水が必要だったら家のを使ってね~~。」と必要を満たしてくださっている。

ありがたいなあ。

その後、影裏さんと、訪ねたのは、女性のエネルギーの感じられる石が頂上にそそり立つ山でした。
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「柔らかなエネルギーですね。」
石にひたいをつけたら、肩の凝っていたのを思い出し、ヒーリングをされるという影裏さんに手をあてていただきました。
ああ、そうだ。毎日、毎日、運転と、コンサートで体の芯が疲れ、緊張してるんだ。
誠さんには 毎日ヒーリングしてもらっていた(誠さんありがとう)けど、こうして他者の体を通してエネルギーを流してもらうのは久しぶり。ほんとに、気持ちいいなあ。これが、必要だったんだなあ。

帰り際、
「お墓にご先祖の魂はいないと思うけれど、お掃除は大好きなので、しかも自分のためではなく誰かのために汗を流すことは、ほんとに気持ちがいいんですが、そういうことは、稀なチャンスなんですよ。有里さんが変に遠慮されないので、わたしもいい時間を過ごすことができました。気持ちよかったなあ。」と、影裏さん。

不思議ですね。
わたしも、言葉のやりとりをしないのに、それぞれがお互いを干渉しあわず、自分の取り組むことに無心に取り組み始め、汗をかいて(わたしの包帯は泥だらけになり、それでも気にせず)、過ごせた数時間が一番楽しかっし、気持ちよかった。

「次に来られたときは、滝まで行きましょう。お昼ごはんを食べたい場所もあるから、午前中早くに、お墓参りを済ませましょう。」と、影裏さん。

なにげに「友」に、出会ってゆく。また高知にお友達ができたよ。

そして、嬉しいことに、祖父母のお墓に、事情があって、まだ名前が彫ってなかったのですが、影裏さんのお友達の彫刻家が、名前を入れてくださることになりました。

一瞬の出会いの中に、何十年も(40年位かな)滞っていたことが、解かれてゆく流れがあるんだね。ありがとう。影裏さん。

6時頃、影裏さんと別れて、山の家には7時半すぎに。
恵美子さんが夕ご飯を用意して待っていてくれました。
恵美子さんとひとしきり話し、管理人のやすみさんも来られ、そして、土佐清水のエミさん(長野のリトリートにも参加した)が、夜中に遠方から到着。にぎやかな夜となりました。
 火事のこと、誠さんのこと、それぞれの身に起きた近況~~ほんとにたくさんのことが語られて、眠りに就きました。
by ainohanaMusic | 2007-05-24 20:28 | 心の旅日記 | Comments(0)

うごいて出会ったほんとうのこと③

②から続き

奈良は柳生から、一路大阪へ。

数年前、本應寺の愚静庵で開かれた断食道場で出会って以来、姉妹のように親しくしているももちゃんが始めた「ヒーリングアートスタジオKARA」のオープニングイベントで午後7時からコンサート。12時半から同じ場所で山川夫妻のセミナー&スピリットダンスがプログラムされていたので、音響設営&リハーサルは午前10時から。ももちゃんの友人が音響の設営とオペレートを手伝ってくれることになった。熟練した人の動き方、発想、判断は機敏で柔軟。自分でやる覚悟で来ていると、学び吸収することが多い。

リハの後は、4~5時間ひとりになり、休養。疲れが溜まると体も動かなくなり、声が出なくなる。休めるときは休むに限る。
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いつもより、短いプログラムで1時間15分。
でも、伝わったみたい。
人として悲しい出来事も、魂が最善最良を知って選択したことで、それは「事故」に見えても、本人の魂の選択であることを、わたしは確信している。
火事ですべてが無くなり、誠さんも旅立ち、一人でツアーをしているわたしが、そのとき溢れ出てくる言葉を語り、心を込めて歌う。
今までよりも、もっと集中した意識が、聴き取ってくれているのを感じた。
つたないギターの演奏に身を任せて体を揺すってくださるみんな。
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みなさんが帰り、スタッフだけになって、打ち上げ。
一人でエサレンマッサージをしていたももちゃんが、ヒーリングスタジオを構え、たくさんの素敵なスタッフに囲まれて笑っていた。そうか、ももちゃんも、階段を登ってみたんだね。おめでとう。

スタッフと、別れて、わたしとは正反対のタイプの住まい(高層ビルのマンション)に暮らす、ももちゃんの新居に。この夜は、ももちゃんの友人も立ち寄り、朝4時まで3人で話すことになった。ももちゃんは、わたしがいたからだろう、シェアリングを始めていた。
 シェアリング(ほんとうにかんじていることを忠実に言葉にして分かち合う)というものの魔法をしらない(ほんとうのことをただ言葉にする繰り返しの中で、問題を根底から解きほぐすことができる)友達は、ももちゃんのハートの繊細な状態に呼応することは、なかった。
 
わたしは、友達が語ることができるように、逃げて帰ってしまわないように、自分の心を隠して、第3者のように尋ねた。「それで、あなたは、どうなの?」

翌朝、眠い目をこすりながら一路松山へ。
長い運転の途上に気がついた。

わたし、ももちゃんの友達を叱りたかったんだ。言いたいことはたくさんあった。彼は、あのままでは幸せにはなれないだろう。若いのに、生き延びるために生きてる現代人。目を覚ましてほしかったんだ。純粋な、ほんとの自分に立って、ももちゃんの言葉を感じてほしかったんだ。

そして、ももちゃんを抱きしめたかったんだ。

一期一会という言葉がある。
傍観者にならないようにしよう。
自分の中にある「愛」を隠さないようにしよう。

ももちゃんの若い友達が、彼の純粋さを取り戻すことができますように。
時には、叱りつけるお母さんのようであっても、いいのかもしれない。

わたしは、なんども本気で誠さんを叱りつけ、彼は、その「愛」を受けとめてくれて、大きく転換し、ほんとうの天使になった。頑固に見えた彼が、あんなに生き方を変えたのだから、人間ってすごい。誠さんと過ごした日々は、人の可能性を信じる力になっている。

*****
松山で砥部焼きをしているサトちゃんの家に到着したのは、夜8時くらいだったかな?

さっそく、包帯を解いて、患部を洗うわたしに、さとちゃんはオノノキ、そして「そんな手で有里さんが運転してきたと思ったら、わたしエネルギー沸いてきた。」と、いいつつ夕ご飯を用意してくれました。
 5年前に出会ったという、「おとうさん」(パートナー)と、とても仲良しで、うらやましい限り。テレビ局に勤める「おとうさん」が、単身赴任で普段は東京住まいになり、20歳すぎた息子さんと暮らす、さとちゃんも頑張りどころ。こうして1年に数回だけ再会出来る友人たちの近況を聞くに連れて、ひとりひとりの人生が愛おしく思える。

さて、翌朝、10時にコンサート地である砥部町の坪内亭へ向かいました。
途中、さとちゃんの工房により、こどもたちへのお土産を仕入れたよ。
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さとちゃん、たくさんの仲間に手伝ってもらって、ほんとにいいコンサートを企画してくれたね。
70人くらい、会場いっぱいのお客さん。コンサートの後、輪になってシェアリング。
さとちゃんのお友達で、見えないものを感じることのできる女性が
「有里さんの歌を聞きたかったんだけれど、彼(誠さん)が わたしを『こっち、こっち』と、呼ぶので ずっと蝶ちょを見ていました。誠さんは2羽のちょうちょになって舞っていて、観音さまの歌で1羽になり、屋敷の中まで入ってきて、彼の愛が伝わってきて胸がいっぱいになりました。」
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いろんな人が感じてる。
誠さんの存在。
会ったことのない人まで。

午後5時に、撤収して、夜のコンサート地に移動。
こちらは、長野までリトリートに参加してくれたご縁で近しくなった由美ちゃんの企画。
海の見えるレストラン、ブエナビスタで。

由美ちゃんの挨拶。
彼女の想いが伝わってくる。
熱を出してまで、一生懸命、集客してくれた。
まっすぐな懸命さが、人を動かしてゆく。
お客さんは、由美ちゃんの家族のみんな、友達みんな、50人くらいだっただろうか。
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この夜は、由美ちゃんの家にお泊り。
深夜、包帯を変えていたら、アロエの軟膏をプレゼントしてくれた。
ちょうど、気に入ったアロエの薬が、切れていたのでありがたかった。

眠る前に 由美ちゃんの夢を聞いた。きっと、実現するに違いない。長年連れ添っているパートナーと、気持ちを合わせられることが、小さなことでもとても嬉しい、と言う由美ちゃんはかわいらしい。そういう自分の心を知っていて良かったね。

そして、わたしの夢も語った。こちらも実現するに違いない。

また、由美ちゃんにとっての誠さんの印象を聞いた。さとちゃんも率直に 話してくれていた。人は自分の心に気がつかず、もどかしく闇の中で模索していることもある。身近な友達の感じていた「彼の素顔」。友達の目から感じられた「彼」を、改めて感じてみて、彼の人生への理解を深めることもまた、わたしの大事な時間だった。(続く)
by ainohanaMusic | 2007-05-22 18:18 | 心の旅日記 | Comments(0)

動いて出会ったほんとうのこと②二人で一緒に来てくれてありがとう

①からの続き

5月3日、朝6時半、出がけに泊めていただいた家の玄関を見上げると看板がかかっていました。

ホットスペースあっこちゃんハウス

この家の主の名前はあっこちゃんだったんですね。昨夜、話を終えて布団に入ったのが深夜2時近かったのに、わたしが目覚めたとき、あっこちゃんは、笑顔で味噌汁とご飯をよそってくださいました。

「主人が、わたしらしく生きるように自由な時間をくれたのよ。」
昨夜の言葉が、蘇りました。彼女の献身的な働きぶり。一人残された時間をご主人一人のためではなく、多くの方に捧げて、多くの方の感謝を受け取って、人生を全うするのでしょう。素晴らしいなあ。

さて、わたしは あっ子ちゃん、美恵ちゃん、蔵原さんたちに見送られて、一路、奈良は柳生へ。

午前11時到着予定でしたが、連休の渋滞にも合うことなく10時には到着。2000年、カリフォルニアから幼い子供たちを連れてツアーしていたときに出会って以来、妹のような存在の直ちゃんと、パートナーのわたるくん、かわいい息子くんと再会。直ちゃんの紹介で、11時に音あわせを約束した池内くんが来るまでの1時間、直ちゃんと話しました。
 
13年前に光になった直ちゃんの亡きお兄さんの名前も誠さんで、話は、最初から二人の誠さんのこと。

身近な人を亡くしたとき、初めて亡くなった人の「魂」と本気で向かい合うことになったりします。目に見えず、触れず、実際の言葉を聞くことのできないもどかしさ。 でも、だからこそ、感じ、受け取ってゆく「命」。わたしも直ちゃんも、亡き誠を求め、導かれ踏み出し歩いている「今」を分かち合いました。
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さて、若き池内君が登場して数曲、音あわせ。無理せず、彼に伴奏してもらうのは3曲に収めて、12時過ぎには柳生ツアーに集まってきたみなさんとわたるくんの手料理をいただきました。
(ちなみにRUPAは柳生の古民家を手直ししてオープンした無国籍お料理屋さんです)
この日は柳生のつつじ祭りでも数曲歌い、聖なるスポットを歩き、6時にRUPAに戻り、7時にはコンサートを開始。ハードスケジュールでしたが、久しぶりに再会できた「妹的存在」の暮らしや想い、触れてる世界に同行できてよかったなあ。

ギターサポートの池内くん、さわやかな青年で、彼のオリジナルの歌もよかったのですが、今、わたしの触れてる世界を彼に言葉で伝えるのは難しい、と感じました。だからこそ、充分にギターを弾けなくても4日、大阪からは一人のツアーが逆に楽しみになってきました。
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 わたしのコンサートは、アンコールもなくしっとりと終了することも多く、わたしはその静けさの中に、味わいを感じるのですが、池内君は
「こんな終わり方じゃあ、終った感じがしないから、みなさんで知ってる歌を一緒にうたいましょう。」と、閉めのサービスしてくれました。

音響を片付けながら、
「あのね、普通は、盛り上がって終ると気持ちいいかもしれないけれど、わたしの場合は、そのとき、盛り上がらなくても、いいと思ってるの。1年たって、あるいは思いがけないときに思い出され、心の支えになるような、内面に知らず知らず染みこむコンサートがやれたら、いいんだよ。
 そのとき、評価されたように感じなくても、心を込めてほんとうに自分の感じたことを歌を通して伝えられれば、それで役割は果たせているって、わたしは、そう思っているんだよ。」

彼は24歳。共に過ごした時間が「種」になるといいな。
心優しい若者たちと出会ってゆくことは、楽しいし助けられるけど、わたしって彼らを観察し、気がついたことは伝えようと熱心に語りかけ、今も気にかけている。まるでお母さんみたいだね。

ところでみなさんが帰られるとき、一人の女性が、戸口でわたしを呼び止めた。
彼女は2年前、大好きだったお母さんを亡くし、それから1年以上は泣き暮らしたそうだ。けれど、あるとき、『その姿をお母さんが心配して、光の世界に移行できずにいる。おかあさんのためにできることは、悲嘆することをやめて、あなたがあなたの人生を精一杯生きること』と伝えてくれた人がいたそうだ。
 彼女は、わたしに言った
「もう、5ヶ月も 経ったんでしょ。もう泣くのはやめて、自分の大好きなことに専念することよ。あなたが悲しんでたら、誠さんも心配で幸せになれないわよ。思い出を宝物にして、思い切りエンジョイしましょう。」

あれ~、1年、泣き暮らしていた人が、もう5ヶ月経ったんでしょって言ってるよ。。と思いつつも(笑い)、これは、わたしへのメッセージだな、もう意識を「転じる」時期が来たんだなあ~と受け入れました。悲しみモードから喜びモードへ、転じなさい~というメッセージが早くも彼女を媒介に、やってきた。話してくれて、ありがとうね。

ライブ終了し、交流会も終わり、深夜、わたるくんと直ちゃんとわたしの3人になった。

お料理と片づけで忙しかったわたるくんとやっと、ゆっくり話ができた。
誰にでもオープンではない彼が、誠さんに心を開いていたのを感じていたから、話ができてよかった。
 キッチンの中で、初めてわたしのコンサートをじっくり聞いてくれたそうだ。

誠さんが亡くなってから、わたしは誠さんのCDを熱心に聴いた。そして、わたしが♪輝きの中で♪八番星をうたう時、彼が熱くなって刻んでいたビートが誠さんのエッセンスであることに気がついた。どうしても、それを弾きたくなって、不自由な手で慣れない激しいギターの刻みを練習した。
未だに、不器用で、間違えてばかりの「誠さん刻み」のギター。

コンサートのとき、そのギターの上に、聞こえてきた声は、わたしの歌声ではなく、誠さんの歌声だったそうで、わたるくんは涙が出た~と伝えてくれた。不思議なことだけど、わたしが♪輝きの中でや♪八番星を弾き語りすると、誠さんのギターと歌声が聞こえてきた~という話は、たくさん聞いた。

弾いたことのない激しいギターの刻み。それを弾きたいと感じてる自分を疑わず、素直に、勇気を持って、根気よくチャレンジしてゆく。そこに、誠さんが共にいる。

亡くなってより、それぞれの本質がクリアになり、共にあり、トータルに溶け合い成長してゆく。

翌朝、8時に柳生を出発。

見送ってくれた直ちゃんがポツリと言った。

「有里さん、一人で来たの初めてだけど、一番ひとりじゃなかったよ。二人で一緒に来てくれてありがとう。」

(続く)
by ainohanaMusic | 2007-05-22 12:16 | 心の旅日記 | Comments(0)

動いて出会ったほんとうのこと 満月~新月の復帰ツアー①

5月2日、満月の日から始まった復帰コンサートツアーは、5月17日新月の夜に終了、長野に帰宅しました。
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 (5月17日、高砂にて。モーニングをみんなで食べて、さあ、わたしは長野に帰るぞ~)

今日は一日、八星と古民家めぐり。ツアーの半ば、高知市の友人の山の家で休ませていただいたときに、美しいうぐいすの声と静けさに癒されました。同じ1日でも、静かな山の中、誰にも気兼ねなく窓を開け放して過ごす1日は豊かさが違う。帰ったら、再び家探しをしよう!と。19日は、夏のリトリートの予定地である豊岡村まで行ってきましたが、こちらは、これから人脈、土地とのご縁を育てる場所、まだ家探しまではつながりません。
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(写真*高知で休ませていただいた山の家*in安芸)
 
今日、見てきたのは高遠町で、気の里で有名な長谷村の一番奥の集落の杉島というところ。他、新山と南箕輪の家も見てきました。杉島の築60年くらい、6DKの2階建て。2年前から空いているとのこと。おうちに到着したら、美しいウグイスの声が迎えてくれました。格安の売り家ですが、買うとなると返済計画も含めて、よ~く味わってみなくては。買うということを思い当たったのは、実は、つい昨日。わたしと同じく古民家を探していた友人が、不動産屋さんを通じて求めていた家に出会えた、と喜びの報告を受けました。そういえば、火事以降、売り家の話はあるが、貸す話はほとんどなし。教えてもらった不動産屋さんに当たってみたら、お世話になってる有賀さんと親しい方で、朽ち果てそうな家ではなく、そのまま暮らせそうな物件に出会えて(笑い)、八星とあれこれ、意見を交換し合いながら楽しいときを過ごしました。(ちなみに、八星は学校を自主的に休み、アマチは学校へ)
 杉島よりさらに200Mくらい山を上がると浦という村があって、そこは 家もまばらで外部からの移住者も多く、過ごし易いかもしれないよ、と帰宅と同時に、パソコンの修理に来てくださった地元の友人から情報が入り、そちらの情報にも当たってみようと、思っています。
*********
 さてさて、2週間こどもたちから離れて単身、車を運転し、愛知県東海市を皮切りに、奈良、大阪、松山市で2ヶ所、高知、徳島、新居浜で2ヶ所、兵庫県竜野市、京都、兵庫県高砂市、全部で11回のコンサートを無事満了しました。
 やけどの手は常時ひりひりと痛むし、今まで音響の設営、オペレート、撤収、ギターの演奏をしてくれた誠さんも光に移行して、一人で、運転からコンサートの設営、演奏、撤収と、大丈夫だろうか?という不安も感じつつ出発したのに、今は感謝と信頼、そして自信を感じています。
 
このツアーで、わたしは「ほんとうの世界」に出会い続けた。悲しみではなく、喜びに満たされたこの世界、そして喜びに満たされた誠さんが、いろんな人を媒介にほんとうのことを伝えてくれたみたいです。

「僕だけがいい思いしてるわけじゃないよ。有里だって、僕が幸せになった分、幸せになっているはずだよ。」。
(『こんなに幸せでいいの?と思うくらい彼は輝いてるよ。』と霊視した友人の言葉に対しての誠さんの言葉)

一人で懸命に歩いてると、気がつくと、みんなが近くに来てくれている。
一人で運転しているときも、わたしは孤独を感じなかったし、高知で一人で先祖代々のお墓を掃除に行ったときも、頼んだわけではないのに同行者がいて無心に手伝ってくださいました。
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誠さんが亡くなってから、どうしても元気のない自分に「時間が経過するまでは仕方ないか」と感じていたわたしだったのに、一人では無理なことを引き受けて、気がついたら行く先々で自然なサポートとタイミングに恵まれ続け、意識が転じたみたいです。
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(写真上、高知で一人で過ごした山の家の、歓迎の置き手紙)
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さて、コンサート地に着くと、わたしはまず、包帯を外して、汗をかいたやけどの患部を洗い、軟膏をつけて、ラップし、包帯を巻きなおしていました。長距離運転で疲れた体、なによりも、まずは火傷の患部を労わってあげることが わたしには必須だったので。

するとそのたびに、焼けど治療の自然薬や、知恵が惜しみなく与えられました。
家で安静にしているよりも、はるかにスピーディーに集まってきた「癒し」の知恵の数々に驚きました。

また、一人では2~3時間はかかるだろうと各地の主催者に伝えていた、音響設営、会場設営、夢をおる家の草木染やCD,ヘンプアクセサリーの展示が、みんなの圧倒的な協力で1時間くらいでできてしまいました。誠さんと、わたしと二人のときも、2時間はかかっていたのに、みんなで協力し合うと、圧倒的なスピード進んでゆくことの驚き。
 撤収のときは、コンサートに来てくださったお客さんまでが、コードを巻いたり、マイクスタンド、草木染の衣類をたたんだり、スピーカーを車まで運んだりしてくださいました。

みなさん、ほんとにありがとう。
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(写真上、大阪は国際会議場KARA主催のコンサート終了後)
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さて、時間を追って、コンサートの報告をいたします。

5月2日は、愛知県東海市の妙乗院で「星まつりライブ」
3月18日、名古屋で開かれた、復帰ライブの第1回目を聞いてくれた蔵原さんとしのぶさん。
二人がそれぞれの想いを形にして、午前11時から縁日(出店やワークショップ)が始まり、午後6時から、3組のミュージシャンの演奏。ボロン、海老原美恵さん、そして、わたし。
3組3様でありながらひとつのメッセージが染み渡った不思議な調和と深まり。
 最後は、それぞれのオリジナル曲「ありがとう」のメドレー。
わたしは、♪生きているそれだけで素晴らしいをうたいました。
 
ずっと、言葉に詰まらなかったのに、11時に近づいた、さいごの閉めのこのとき、言葉にしていなかったほんとのことに触れて、涙が溢れてしまいました。

「誠さんが亡くなって、わたしの体は生きるために懸命だったけれど、心は誠さんのいる向こうの世界へ行きたがっていた。生きていることを素晴らしいと、そう歌うには、この世に関心を持ち、この世に重心をおかないと、そうはうたえない。みなさんに求められ、そしてわたしも懸命に現実に向かい、やっと、うたえるようになりました。」
詰まりながら、語った言葉は 上手に伝えられたか定かではない。

でもね、なにかが伝わった。

主催のプロセスでコミュニケーションがとれなくなり、友人が仲介に入ったけれど、さじを投げられたという蔵原さんとしのぶさんが二人で抱き合っていました。何かが溶けた。

この夜、火事で全身をやけどし、今も後遺症を持ちながら前向きに生きてる女性が話しかけてくれました。恋人、身近な人を突然亡くして一時生きることさえ辛かったという経験を数人が、コンサートの後、話してくださいました。

蔵原さん、しのぶさん、ボロン、美恵ちゃん、今回2回目のギターサポートに入ってくれたサダムくんありがとう。
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さてさて、深夜12時過ぎ、お寺から荷物を車に積んで、泊まり先へ移動。
スタッフ、美恵ちゃん、わたし、計6名のお泊りを、お布団をしいて迎えてくださったのは、パジャマ姿の初めてお会いする女性でした。
 
着くなり、痛むやけどの患部を洗い流して、軟膏をつけてるわたしに、その方は
「酸性水がいいのよ。あなた、毎日酸性水になるべく長く手をつけなさい。後がのこらず、きれいに治るわよ。」
 
なんのことやら、わからないわたしに、彼女は、水を酸性水とアルカリ水に分解する機械を持ってきてくださり、使い方を教え、必要なものを揃えて、カバンに入れて
「これも、なにかのご縁だから あなたにあげるわ。」
と、翌早朝に発つわたしが、忘れないように玄関まで運んでくださいました。

この方は誰だろう?、尋ねてみたら、
驚いたことに、この方は、蔵原さんやしのぶさんの知り合いでもなく、コンサートのスタッフでもなかったんです。
「わたしは、今66歳なのだけれど、主人が亡くなってから一人暮らしで、誰かの役に立ちたいと思っても、自分にはなにもないと思っていたんです。そしたら、ある方が『あなたには、家があるじゃないの』と言ってくれたんですよ。それで、1ヶ月前から、わたしは2階に暮らし、1階はオープンスペースにして、引きこもりの子やいろんな人を受け入れているんです。」

「え~!?そうなんですか!?誰も知り合いではないのに、こんな深夜にお布団しいて迎えてくださるなんて。。。すごいですね。」

コンサート「ほしまつり」の世界はまだ続いてるようでした。
その人の存在の仕方に、心から感銘を受けました。

「ご主人が亡くなって寂しくはないですか?わたしも、つい最近パートナーを亡くしたんですけれど。。」と自分のことを話すと
「主人はね、亡くなってわたしの守り神になっている、そういうふうに思ってるの。わたしが、わたしらしく生きれるように自由な時間をくれた、そう思ってるのよ。」

「それからね、この世で起きることは、いつも最良最善のことなの。いつもそう思って感謝していれば、すべてのことはそうなってゆくのよ。」

彼女が語ってくれたことは、わたしも そう思っていることでした。
でも、大胆に奉仕的な生き方を、彼女の年齢から始められた彼女の不安のない朗らかな声を通して伝えられると、それが真実であることがいっそう深く伝わってきました。

なんて、素敵なツアーの始まり。

ありがとうございます。(続く)
by ainohanaMusic | 2007-05-21 10:19 | 心の旅日記 | Comments(0)