愛の花

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カリフォルニアへ行ってきます

 今日は、わたしの暮らす長野の山里の村の運動会でした。

山々、田園のところどころに集落があり、その8つの部落の合同で昭和32年から続いている、年に1回の運動会。過疎化が進み、紅白玉いれなどは、赤チームが小学生と来賓、40~50代の女性の合同チーム。白チームは60歳以上と組み分けされるくらい、60歳以上が住人の主軸なんですね。

わたしは、「時間がない」と思いがちな日々なので、運動会に参加したいとは、思っていなかったけれど、放送係りになってしまい、仕方なく参加。

それが、ほんとにいい気分転換になりました。山里の手作り運動会。普段野良仕事に精を出すおじさん、おばさんたちが、みんなで運動会を盛り上げていく。カメラを持っていかなかったので、その様子をお見せできないのが残念。楽しかったです。わたしは、ずっと放送席に座っていたのだけれど、最後に「親子ボール運び」に呼ばれて、八星とチームになり一等に。とても大雑把な判定なので、あれでよかったのか、定かではないけれど。

八星は、たくさんの競技に参加したので、参加賞の軍手を山ほどいただきました。そう、この山里では、みんな野良仕事をするので、「軍手」が配られるんですね。たわいもないことに、笑い、遊ぶのは楽しいね。

ちなみに、アマチは、今日も部活のバスケに励んでいました。
「誰が持久走で優勝した?タイムは?」と、ほんとはどちらにも参加したかったようだけれど。
カリフォルニアにも、行かないで部活に励むことを決めたのですが、「写真たくさん撮ってきてね。」と、言っています。

と、体が二つあれば、よかったのにね。(ないから集中できてよかったね)

*******
さて、あと3日したら、わたしと八星は、八星の念願の「里帰り」に飛行機に乗ります。
「もしかして、前の日は興奮して眠れないかも?」とか
「ラウンドハウス(かつて暮らしたカリフォルニアの山の家)に行ったら懐かしすぎて切ないかも?」と、言っていますが、どんな旅になるでしょう。

嬉しいことに14日に渡米したら、15日には懐かしいともだちと合流して、一緒に懐かしい別のともだちに会いに、まずユーカイヤまで行くことになりました。その懐かしいともだちは、今、その町で「オコタイム」という「お好み焼きや」を開業していて、とても繁盛しているらしいのです。彼らとは、1年 同じ山(エルクバレー)で暮らしました。その当時の夢が今実現してるんですね。
 彼らにキャンプ用品を借りて、かつて暮らした山に行きます。もう、5年、誰も暮らさなくなった山は、道すらも車が通行しにくくなっている~とうわさに聞きました。キャンプするつもりです。

23日は、サンフランシスコでライブが企画されています。

帰国は29日。

帰国直後の10月2日から、メンバーを長野の自宅に迎えて、次のCD「一角獣のうた」のレコーディングが始まり、10月7日から、そのメンバーでミニツアーをします。一般向けのコンサートは、10月9日、大阪1ヶ所限りです。

是非、いらしてくださいね。

下記に9月23日(土)のサンフランシスコのライブと10月9日(月・祝)のライブのインフォメーションを載せておきます。

また、10月20日(金)からは、長野の自宅で今年最後のリトリートがあります。是非、いらしてくださいね。

わたしとの連絡は、9月14日~28日までは取れなくなりますのでよろしくお願いいたします。(パソコンもこの間は触れる機会はないだろうなあ~)メッセージしてくだされば、帰国したら、なるべく早くお返事いたします。

************************************

(SFイスキアさんの日記から)

ファンのかたが多いとおもいます。
今回は有里さんのコンサートをSF日本町の桑港寺でおこないます。
是非、お友達に声をかけてくださいね。

参加できるかた、Japan Town Acupuncture 415-922-2100

9月23日(土曜日) 6:00から
Donation: $10お願いします

吉本有里コンサート(うた、バイオリン、お話)

♪生きてることが歌だから♪

知ってるはずの自分の心。
でも、夜空にきらめく星々のように、
奥深く未知の領域がそこにあることを知る。
たくさんの情報に囲まれた雑多な日常に、
静かに発酵してゆくわたしの心を、
今日も歌おう。きっと、あなたの心と繋がっている。

*当日はオリジナルCD、オリジナルヘンプ(麻)アクセサリーなどの
展示即売します。お楽しみに。

☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆

(チラシから)
『吉本有里withサークル・オブ・フレンズ コンサート』

【日時】平成18年10月9日(月)(祝)
17:00開場/18:00開演
*終演後、交流会を予定しています。

【会場】
スペース北浜
大阪市中央区瓦町1-7-7 愛媛ビル6F
http://www.space-kitahama.com/map.html

会場は、よりリラックスして、
ゆっくりゆったりくつろいでいただけるよう、
全面禁煙&「靴ぬぎ」フロアになっています。

【参加費】3000縁(当日3500縁)

【定員】先着予約順!(なるべく事前予約制)

【御予約フォーム】(下記フォームにて受付)
http://www.formpro.jp/form.php?fid=2315

【お問い合わせ事務局】
スペース北浜 TEL 06-6228-1115
http://www.formpro.jp/form.php?fid=2089


【協力】
愛の花ミュージック http://amanakuni.net/yuri/
NATTY RECORD http://page.freett.com/nattyrec/
           http://blog.drecom.jp/nattymomo/
ALOHA CAFE http://home.polepoleto.com/pitchpipe/10002687/
末広開運堂 https://cart1.fc2.com/cart/arigatou88/
スペース北浜 http://www.space-kitahama.com/map.html

*当日はオリジナルCD、オリジナルヘンプ(麻)アクセサリー、
タイの「夢を織る家」サポートの草木染めの布小物なども
展示即売します。お楽しみに。

     ☆

【出演ミュージシャン】
吉本有里(うた、バイオリン、お話)
下村誠(ギター、コーラス)
DEN伊藤昌司(ウッドベース)
岡さやか(ピアノ)

*最新アルバム『こどもたちの心』『観音さま』の
レコーディングメンバー「サークル・オブ・フレンズ」と共に
大阪入りする貴重なライヴです。

【出演者プロフィール】
「吉本有里」 長野在住 
(2児の母・シンガーソングライター・バイオリン奏者・ヘンプクラフト作家)
大学在学中より歌い手として東京で活躍。
1992年、妊娠を機に
北カリフォルニアの大自然に囲まれたエルクバレーに移住。
2児を自然出産。ふたり目は、満月の下での水中出産。
2000年帰国。長野に築100年10部屋の家を借り、
畑、子育てをしながら全国を身軽にライブ活動中。
2005から、自宅で「つながりの中で自分自身を知る
~心のチューニングのための3泊4日のリトリート」を企画運営。
魂の家族、光りのネットワークつくりをしている。
カリフォルニア、ハワイ、オーストラリア、ドイツ、タイなど海外へも歌を運ぶ。
多様な人生体験に基づいた語り、透明な歌声はゆりかごのよう。
心を揺さぶり、それぞれの人生に光をもたらします。


「下村誠」 長野在住 (ギタリスト、ボディーワーカー)
2003年吉本有里のCD「愛の花」をプロデュースしたことがきっかけになり
有里のライブサポートを務めるようになる。
2004年夏から、夢の中に現れる有里が歌う新曲を、
夢から飛び起きて記録するようになる。
新たな形で有里とのコンビネーションで活躍中。

「伊藤DEN昌司」 花巻在住 (ベーシスト)
ジャズを中心にオールジャンルを演奏する。
有里とは2002年から演奏を共にする。
人柄がにじみ出た柔軟で機転の聴いたベースは心和みます。

「岡 さやか」 東京在住(ピアニスト、1月21日生まれ・水瓶座)

小さい頃から自然の中にいることを心のよりどころとした。
5歳からピアノを習い始め、曲をつくり家族に披露し始める。
ある時、自然と心が一つになり空からメッセージが流れてくる経験をする。
現在弾き語りと即興演奏を中心に、本来の自分に戻る音楽を求めている。

アースデイ東京、愛・地球博など環境イベント、
長野の山の星空コンサートなどで演奏。
琴、尺八、アイヌ音楽など民族楽器との共演も行う。
作品に『水の音』など。

【関連コミュ】
スペース北浜
http://mixi.jp/view_community.pl?id=990801

吉本有里
http://mixi.jp/view_community.pl?id=91516
https://cart1.fc2.com/cart/arigatou88/?ca=7
by ainohanaMusic | 2006-09-10 23:07 | 心の旅日記 | Comments(0)

新しいバイオリンとの出会い

ドラマチックなコンサートツアープロローグ、本編、最終章の続きです。
なぜ、バイオリンが壊れてしまったのか、それは、最終章に書いてありますよ。

*******
9月4日(月)、東京は本應寺に到着したのが夜9時頃。心身共にくたくただった。

M2カフェで打ち合わせ前に、武蔵小金井の宮地楽器に電話を入れてあり、翌日開店時間には、お店に行くことを決めていた。

「はい、ちゃんと記録にありますよ。2年前、クレメント&ワイスをお買い上げくださったお客様ですね。ありがとうございます。保障してさしあげることはできないのですが、あとは気持ちの問題ですね。なるべくお安くさせていただきます。楽器を用意してお待ちしております。」

そう、壊れてしまったバイオリンは、2年前、茨城のコンサートツアーの帰りに、思い切って買ったものだった。3ヶ所のコンサートが、女性たちのオーガナイザーによって、とても充実したものとなった。当時使っていた、200才を越えたイタリア製のバイオリンには、割れ目が生じ、毎回、演奏するのが不安な状態になっていた。コンサートの全収益と貯金をおろして新しいバイオリンを買った。わたしのところにやってくる経済は、たくさんの方々がコンサートに足を運んで、与えられたものだから、こうした形で還元し、さらにいい音楽を提供していこう。

2年で天命なんて、随分短かったねえ。でも2枚のCD製作と、たくさんのコンサートに活躍してくれたね。一緒に旅をしてくれてありがとう。
*****
本應寺では就寝前に、お上人に出来事をお話した。

「大事にしすぎたんだよ。この世では、あの人と別れたくない、これを失いたくない~と執着すると、必ず別れがくるもんだよ。」

驚きつつ、明るく優しく、笑い飛ばしてくれた。

ほっと、するんだよね。このお方に聞いていただくと。

******
翌朝、勤行を終えて、一路楽器屋へ。

出し惜しみしない、ということを心に決めて。
自分の払えるお金には限りがあるけれど、こんなことになって 新しい楽器を買うのだから、納得の行くものを選ぶことを心に決めていた。

山本さんという若い店員さんの用意してくださったバイオリンは数台。
前回購入したドイツのクレメント&ワイスが製作指導し、半手工品(半分が工場で、半分が手作り)グレードのもの。イタリア製の半手工品、イタリアで学んだ日本人の完全手工品。

次々と弾いてみる。クレメント&ワイスは、同じ製作者、同じグレードなのに、なぜか前回のバイオリンより、弾きやすいし音がいい。不思議だな。
イタリアの楽器は、音が華やかで魅力的。
日本人の楽器は、音の鳴りはこれからだけど、素直なハートに届く音。

クレメント&ワイスの完全手工品も持ってきてもらった。これ、すごくいい。さらに高価になるけれど、なんてつややかな音だろう!

山本さんがおっしゃるには、「クラシックをやっていると、音が華やかで響きのいいものがいい楽器と評価されるんですよ。でも、吉本さんの音楽の場合、わたしたちにはわからない、別の基準があるようなので、若手ですが、わたしの友人でもある日本人の楽器もお持ちしたんですよ。」

いろいろ質問しているうちに、新しい楽器も出してくださって、楽器を選ぶための素敵な個室には10台くらいのバイオリンがずらっと並んだ。一番高価なものは200万近い。とてもじゃないけど、一時金では買えません!さらに、弓もバイオリンケースも買わなくてはならない~。

いつも、大事なことを自分の意志で決めるときは、一人にさせてもらう。
この時は、誠さんと二人にさせてもらった。弾き比べているうちに、クレメント&ワイスの手工品(高いほう)と日本人の楽器がクローズアップされてきた。

最後の決め手はなにかな。

「誠さん、ギター持ってきて。アンサンブルしてみよう。」
そして、二人で次々と、いつもの曲「観音さま」や「光の輪の中で」「愛のはじまる場所」の前奏など弾いてみたの。

そしたら、びっくり。
断然に、クレメント&ワイスの半手工品(前回、購入したものと同じ)が、光ってるんです。
ハートに深く入ってくるし、曲調にぴったり。これ以外ないですねえ。どうしたって、これだよね、って二人で納得。わたしの歌には、わたしの声がぴったりであるように、世の中には魅力的なバイオリンはたくさんあるけど、この楽器の個性が、わたしの歌にはぴったりなの。

そして、この楽器が、用意された楽器の中では一番安価なものでした。(それでも、高価だけど)
弓は、安定感のある前回より高いものを選びました。ケースは、前と同じ軽量タイプで赤、でも小柄なものを選びました。ありがたいことに、2台目ということで、値段もだいぶ安くしていただけました。

支払いも済ませて、とても満足感に溢れていました。

店員さんにはわからないことだけど、わたしと誠さんには、はっきりわかったこと。
双子のように、同じ楽器だけど明らかに違う音。同じ個性だけどグレードアップした音。それは、製作者もこの2年の間に進化したということなのでしょう。

今のわたしに、ぴったりな楽器に、出会わせてくれてありがとう。

楽器屋さんから出て、うなぎを食べました。
ささやかなお祝い。

新しいスタートだよ。

前のバイオリンの魂が、新しい器を求めた~そんな風にすら感じられるんだよ。不思議な不思議な、別れと出会いの物語。
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by ainohanaMusic | 2006-09-09 09:14 | 心の旅日記 | Comments(4)

ドラマチックなツアー(最終章)

さて、翌朝、9月4日(月)、波の音と可愛らしい子どもたちの話し声に目を覚ました。海のすぐ側に建っているログハウスの三角の屋根裏部屋。昨日、海のコンサートに4人の子どもたちを連れて参加してくれた志保ちゃんの家。夏のリトリートで一緒だったひーちゃんも、東京からはるばる参加して、一緒に泊めてもらった。
 朝、7時半。でも、8時には出発しなくちゃ。今日は、午前10時からひたちなか市の友人の企画でシェアリング&ライブの小さな集まりがある。午後は、昨日のコンサートの場所として最初に話が持ち込まれていた東海村のM2カフェで、打ち合わせ。マスターは、短い時間にあせって準備するのではなく、きちんと段階をふまえてコンサートを実現させたい~との意向だった。

昨夜、寝る前に、誠さんと話したこと。
「今回の海のコンサートはドラマだったねえ。場所も、主催者も、どんどん変わって、でも結局1週間という短い時間に、みんなの心がやる気になって、ほんとにいいコンサートになったねえ。でも、まだ終わりじゃないんだね。明日もあるんだからね。これ以上、どんなドラマがまってるんだろうねえ。」

朝、8時5分。
「8時には出発しないと間に合わないよ。」とわたしに、言っていた誠さんが座りこんで話している。もう~出発時間になると、話し込むのはやめてほしいなあ。
昨夜、潮風で音が出なくなったバイオリンの弓、ちょっとだけおひさまに干していたのを片付けて、さあ、出発。車の後ろに積もうと思ったら、誠さんの背中が立ちはだかった。志保ちゃんと、ひーちゃんに渡したいチラシを、今頃になって一生懸命探している。
もう、仕方ないなあ。わたしは、なにも考えずに、運転席に座った。志保ちゃんの家に再び入ってしまった誠さんを待ったが、なかなか、出てこない。
Uターンしておこうと思い立ち、バックが苦手なので、後ろを見てほしいなあと少し、待ったけれど時間がない、もう、なにしてるんだろう、と思いながら、車を動かした。なにも、ないはずなのに、車が止まってしまった。石があるのかな?窓から顔を出してもなにも見えない。波の音が大きくて、ここから誠さんをよんでも聞こえないだろうな~。さらに、おもいきって、バック。車は動かない。石をどけよう、と思いエンジンをかけたまま、車を降りた。

え~~なぜ?どうして?

車の下敷きになっていたのは、バイオリン。どうして、車の後ろにバイオリンがあったのかまるで記憶にない。後で、誠さんから聞いた話では、わたしは、チラシを探している誠さんの背中に阻まれて、バイオリンを車の後ろにたてかけたようだ。誠さんに無意識に渡したつもりでいたのだろう。

慌てて、車を少し前に出して、バイオリンを救出。
おそるおそるひしゃげたケースを開けてみたら、見るも無残なバイオリン。弓も、ケースも、本体も見事に、一瞬にして壊れていた。助手席に乗り込んできた誠さんに、「たいへんなことになったよ。」と一言伝え、そうっと、バイオリンケースをあけた。泣き出しそうな誠さん。
「なにも、言わないでね、みんなには、今は言えない。このまま出発するよ。」

車を走らせながら、
「どうして、こんなことになってしまったんだろう。バイオリンはいつも一番大事にしていて、どんな時でも、背中にしょって歩いていたのに。自分で轢いてしまうなんて。」

わたしにとって、バイオリンは物質の中では一番大切なものだった。カリフォルニアの山で山火事にあった時も、しっかり一緒に非難して難を逃れた。高速バスでも飛行機でも、バイオリンだけは預けずに一緒に行動していた。

「飛行機が落ちても死なない人がいるのに、石ころにつまずいて死ぬ人もいる。」

そうなんだなあ、いつもいつも大事にしてきたけれど、今朝は車の下敷きになっていることすら気がつかなかった。なぜか、わからないけれど、信じられないことだけど、これは避けられなかったんだなあ。朝、まだ意識が朦朧としていた上に、あせっていた。これは、最悪のことだけど、きっとわたしには必然の出来事、最善の出来事なんだ。

助手席の誠さんが、異様に落ち込んでいる。運転をしながらわたしは、念仏を唱え始めた。

「誠さん、わたしのバイオリンをわたしが轢いてしまって、この現実をなんとかしなきゃあいけないのはわたしなんだから、隣で落ち込むのはやめてくれない。わたしが、誠さんを励まさなくちゃいけないなんて、ちょっと逆じゃないの。」

運転しながら、新しいバイオリンを買うことを決めた。それしかない。一瞬にして大切にしていた高価な(わたしにとっては)楽器がなくなってしまった。わたしにとっては、バイオリンと声は、なくてはならない大切なものなんだなあ。

でも、どんなバイオリンと出会えるのだろう?そして、経済的にはクリアできるのだろうか?

そして、この胸の痛み、壊れた無残なバイオリンの姿が脳裏にちらちらして、車に轢かれるシーンがよみがえってくる。消化するのに何日かかるかな?

*****
友人の企画してくれたシェアリング&コンサート
もちろん、起きたばかりの出来事をシェアしましたよ。
「最悪にみえる出来事は、実は最善の出来事であることを、このところ経験上感じているので、これもまた、わたしにとっては、最善の出来事になっていくのだと思います。今は、まだ、どういうふうにそうなるのか、わからないので、また後日報告しますね。」
「今までのわたしは、偶然が重なって、大きな出費をしなくてもいいように、困らないように、事故から、守られてきたように思うの。でも、今回は、それが全然働かなかった。そのことにも、びっくりしてる。ていうことは、もう自分でクリアできる時期に入ったんだと思う。」

これが、言えてよかったな。だって、そのとうりだったのだから。

そして、この日はさすがに朝10時から弾くバイオリンを探そうとはしませんでした。おきた出来事があまりに大きくて、なんとかしよう、なんて思えなくて、バイオリンを持たずにコンサートするつもりでした。
ところが、「あの、こどものバイオリンがあるんですけど、もしよかったら、弾いてください。」と、会場となった家のバイオリンをお借りすることができたの。4分の3の小さな子供用バイオリンだったけれど、嬉しかった。やっぱり、守られてる~~。

そして、午後は、M2カフェで打ち合わせ。
窓からあたりの景色がよく見える、気持ちのいい喫茶店でした。コンサートするのにも、とってもいい感じ。
「出会いは一生の宝ですから、始まりからちゃんと出会っておきたかったんですよ。」、とマスターは真剣で、コンサートへの思い入れも充分感じられました。

11月28日(火)夜7時からコンサート。開場は6時からで、マスターがカレーを用意してくれて、希望者は夕ご飯も、ここで食べてくださいね。

さて、最終章のつもりでしたが、まだ話が続きます。

次は、「新しいバイオリン」との出会い~~です。お楽しみに。

ちなみに新しいバイオリンとは、事故の翌日、9月5日に出会い今、満足して弾いていますよ。
by ainohanaMusic | 2006-09-09 04:52 | 心の旅日記 | Comments(0)

ドラマチックなツアー(本編)

2日(土)宮城県登米市にある小規模多機能介護施設「みんなの家」に到着したのは、午後4時。この近くに住んでいる昔からの友人Tさんの紹介で、初めて訪れた。
 
初めてお会いした施設長の猪又さんは、朴訥な人柄。「昔、ともだちの結婚式で、長野まで車で行ったことがあったんですよ。なんか、懐かしくて。それから、この施設に暮らす9人の認知症のお年寄りたちに、生の音楽を聞かせたかったから、ちょっと頑張ってみようと思ったんですよ。」
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この日は、思いがけない助っ人が二人。一人は、3日のコンサート地、茨城のひたちなか市から、翌日の運転を引き受けるために、はるばる電車で駆けつけてくれた。連日、一人で長距離運転しコンサートを続けるわたしには 天の助け。到着して、設営から、CDやヘンプアクセサリーや夢を織る家の衣類の販売まで、手伝ってくれた。ありがとう。扇さん。

そして、もう一人は、レコーディングメンバーで、ウッドベース奏者のでんちゃん。彼は2002年のライブを聞きにきてくれたことがきっかけで、1年に1回くらいレコーディングや東北ツアーで手伝ってもらっている。

今回は、「みんなの家」は仙台と、なぜか思い込んでいたわたしは、でんちゃんに声かけしていなかったが、「みんなの家」はでんちゃんの家の隣町。誠さんが電話して、駆けつけてくれた。
 それで、ライブの始まる7時ぎりぎりまで、3人で急遽1年ぶりの音あわせ(練習)となった。ベースが響くと、安定する~いいなあ。ありがとう、でんちゃん。今度は、10月にレコーディングとライブで再会だね。

「みんなの家」は、デイサービス、ショートステイ、グループホームを、同じスタッフで家族のように取り組んでいる。2級建築士の猪又さんは、土木の方面から、この仕事に関わるようになった。「自分が迎えたい老後、という観点から、この仕事を始めたんですよ。」
ほんとに、安心している お年寄りたち。コンサートは彼らには40分ということだったので、そこで休憩をはさみましたが、最後まで半数のお年寄りが残られました。今後も、ご縁を育てていきたいですね。
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*********
3日(日)、午前10時出発。予定どうり、午後3時には茨城県の河原子北浜海岸に着きました。
この5時間、扇さんが運転し、わたしは後ろの席で仮眠をとり、移動中に身体を休めることができ、感激。誠さんとパートナーシップをとって3年、一人で運転し続けたわたしもえらい!そして、9月に、誠さんが、ついに、運転免許をとることになりました。すごく大きな変化が、やってきますね。

さて海に着くと、りえちゃん、るみちゃん、ゆかちゃん、やっちゃんが迎えてくれました。
思ってもいなかったことに、台風が来ているとのことで海は波が高く、砂浜ではちょっとできないんじゃないか~とのこと。
「いつもと、全然違うの。」とゆかちゃん。
「この風じゃあ、焚き火も無理だねって、言われてるの。」とるみちゃん。
ほんとに、ありがたいことに電源を貸してくれることになっていたサーフショップの店長さんが、ショップの横の野外スペースを快く貸してくれることになりました。
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ライブの設営をしていたら、強い風、波音、野外の暑さで疲労を感じ、砂浜に一人で歩いていきました。人気のない砂浜に座ったら「やっぱり、砂浜は、いいなあ~。癒されるなあ。シェアリングは砂浜でやりたいな。予定どうり焚き火もしたいな~。」と思い、きっとできるはず、と思いました。

コンサートはね、やっぱり、海と溶け合っていたよ。味わいながら気持ちよく歌いました。そして、次々とやってくる、親しいともだちに 心の中で「あ~、来てくれたんだ~。久しぶりだね。ありがとう。」と声をかけながら歌っていた。このコンサートは、たった1週間で準備された、ほんとにドラマチックなコンサートだったんです。「ここでやりたい。」と言ってくれたYちゃんが、途中で「やっぱり、できない。」と降りてしまい、その後を、るみちゃんとりえちゃんで引き継ぎ、チラシができたのがライブの4~5日前。扇さんは、このライブが成功できるように、わたしが疲れすぎないように、宮城県まで迎えに来てくれました。30人くらいは来てくれていました。その中には、今まで茨城でコンサートを主催してくれた方が8人もいたの。みんなが、つながってきているね。
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子どもたちが、暮れてゆく砂浜で伸びやかに遊び、主催を降りてしまったYちゃんも、当日は準備から挨拶、ライブ&シェアリング、片付け、すべてのプロセスを一緒にやりました。ほんとに、やってよかったね!Yちゃん、るみちゃん、りえちゃん、扇さん、そして、来てくれたみなさんありがとう。次の茨城のコンサートは、11月28日、火曜日、東海村のM2カフェで午後7時からと決まりました。また、会いましょう。
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さて、コンサートが終わった頃、風がやみました。持ち寄りピクニック夕ご飯は、砂浜にビニールシートを敷きました。そう、すごい玉響でしょう。5時から始まったコンサート。暮れてゆくにつれて半月が輝き、玉響もどんどん増えていきました。
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シェアリングは、焚き火を囲みました。一人ひとりが、時間を忘れて揺らめく炎と波音に包まれて話し終わり、最後に手をつないだ輪の中で、しめくくりに瞑想と祈りをナビゲートしていたら、やっちゃんが「うわ!」と叫びました。波が近くまで来ていたの。みんなで、びっくりして、逃げて大笑い。

波から、遠くに座りなおし、祈りのシェアで締めくくり。

あ!そうだ、最後に誠さんが、「扇さんを褒めているってことは、運転できない僕が批判されてるって気がして、ネガティブな気持ちになっています。僕は、もうすぐ免許をとりますが、3年は一人で運転しなくてはならないと、言われています。」と言ったので、わたしは、あきれてしまい、「もう、いいかげんで甘えるのは、おしまいにしてね。」と叱咤して、それが締めくくりになってしまったんだな~。あ~あ~。(笑)

今、振り返ると、わたしにすればがっかりしてしまう誠さんの心の内だけど、心の状態を、かっこつけずに言葉にできるようになったのだから、そこを判断しないで受けとめられるようになるといいんだね。なさけない状態も、りりしい状態もみな、それ程大差ないのが命の世界。今、この瞬間をありのまま生きれば、次の瞬間には次に転換したりするのだから。誠さんの限りない優しさも、このところ、ちゃあんと日常の中に、なんだか光っているんだよね。

その後は、いける人ですぐそこの海の見える温泉へ。気持ちよかった~。解散したのは深夜1時。いい一日でした。実にドラマチックだった、コンサートの発案から当日までの流れ。
信じることを試されたコンサートでしたね。

******
そして、ファイナル~~~最終章に続きます。
最後の出来事が、これまたびっくり。

「最悪の出来事は最良の出来事」

一休みしたら、明日くらいまでに、書くからね~~。
by ainohanaMusic | 2006-09-07 14:14 | 心の旅日記 | Comments(2)

すべては必然 ドラマチックなコンサートツアー(プロローグ)

8月31日に長野を出て、昨日、5日に戻ってきました。
仙台~茨城コンサートツアー。

9月1日、仙台は自然食店&レストランの「おひさまやさん」主催のコンサート。
2日は宮城県登米市の小規模老人ホーム「みんなの家」でコンサート。
3日は、茨城県日立市の海でコンサート。
4日午前中は、茨城県ひたちなか市の友人宅でプライベートホームコンサート。午後は、東海村のM2カフェで、次のコンサートのための打ち合わせ。

この5日間は、なんて、ドラマチックだったのでしょうか。予定になかった出来事が、前後にありました。圧巻です。それでは順次、報告です。

*****************************
31日、長野を出て、東京で1泊。
いつもお世話になっている本應寺に着いたのが夜9時頃。

車の中では、10月始めから始まる次のCD「一角獣の唄」のレコーディングのためにメンバーに送ったデモCDを自分で初めてじっくり聞いて、検討しながら車を走らせた。次のCDは、「観音さま」「こどもたちの心」ともまた、趣が違う。声も、波動も、変化してきている。毎年、毎年、変化する。いいCDになりそう。ライブで歌いこんできた歌を、レコーディングすることでさらに練りこんでいく作業が、とても楽しみ。

「こんばんわ~。お久しぶりです。」とお寺に入ったら、
「さっき、福井から帰ってきたばかりなんだよ。」とお上人も、長期外出から20日ぶりのお寺へのお帰りだった。偶然だなあ。夏のリトリートで出会ったけいちゃん、遊ちゃん、お寺のスタッフ、数人知らない方々もいて、賑やか。
 知らない方のお一人は、以前からお上人からうわさを聞かされていた凄腕のヒーラー、錬堂さんだった。「有里の歌を聞いたことないだろう?」とお上人。「どんな歌を歌うの?」と錬堂さん。

それで、2曲ほど歌うことにしました。どんな歌を歌うの?と聞かれて、他の人たちもいる中で歌うとき、わたしは、コンサートの時ほど 思い切って歌えないんですね。みんなが必ずしも歌を聞きに来ている場所じゃない、とどこかで感じていると遠慮が出て声そのものが出にくかったりするのです。

「あんまり、声が出てなかったんじゃないか?疲れてるのか。」と、お上人。
「それでは、わたしの出番です。歌のお礼に、ヒーリングしましょう。」と錬堂さん。

頭、顔、手に触れると、即座に わたしの体の状態が わかってしまいました。体のあちこちに支障が出ている、その状態は昨年の11月「陰陽霊法」と出会ったときから、私自身も分かってることでした。けれど、その根本原因とは出会ってなかった。

「咀嚼不足だな。噛んでないだろう?まだ 飲み込んでもらいたくない食べ物を飲み込んでいるせいで、喉も腸もストレスを起こしている。喉も振動しにくい状態になっているよ。腎臓を直すには、一日1、5リットル~2リットルの水を飲むこと。咀嚼をしっかりして、免疫力を高める指圧法を毎日したら、歌手生命が10年は長くなるよ。」

咀嚼不足。これは、もう十分に思いあたりがありました。コンサートツアー、リトリートの企画運営、子育て、畑、村の会合、ヘンプアクセサリー製作などなど、仕事量に対して、時間の足りない感じに追われていて、いつも食べる時間を早く切り上げ、そそくさとパソコンに向かったり、仕事のことを考えながら食べていたり。

そう、ほとんど、飲み込むように食べていたわたし。

「咀嚼不足は、唾液の酵素が足りなくなるから、免疫力も低下するんだ。多くの病気、ストレスは、咀嚼不足から起因してることが多いから、咀嚼を心がけると治ったりするんだ。」

目から、うろこ。そして、噛み始めました。そしたら、いつも急いで、いらいらしていたのが不思議と、解消されてきたのです。
「時間が足りない」というのも、思い込み。よ~く噛んで味わう~これって、すべてのことに当てはまるんですね。歌うときも、外に心を向け気を配っているよりも、自分自身で充分歌を味わいながら歌う~公の場でありながら、完全に自分のものである時間を味わう。そういうところが、おろそかになっていたんだなあ~。、目には見えない変化ですが、小さな変化、小さな気づきが、いろんなことに応用されて、ものの見方、取り組みに変化が生じ、結果も変わってゆくようです。

さて、1日は、久しぶりにお寺のみなさんと朝の勤行。気持ちよかったなあ。
8時には、中座し、仙台へ出発。現地には3時に到着。「おひさまや」に、初めて訪ねました。d0024504_0152620.jpg有機野菜、自然食品、手作りクッキー&ケーキなどが可愛らしく並び、カウンターも含めて15人くらいがいい感じの、かわいいレストランでした。25周年を迎えた「おひさまや」、翌日ランチをいただきましたが、ほんとにおいしいし、オーナーの重原さんをはじめスタッフが、あったかい。「どうぞ、おめしあがれ!」と、お客さんにかける声が、なんとも、いいんだよね~。


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コンサートは、25周年を祝う気持ちで企画したようですが、大げさにしたくない、とチラシは普通のコンサートふう。今、ご縁のある人たちといい時間を共有したい~と40人くらいのコンサートで、おひさまやさんのスタッフ7人はこの夜、みんなが来てくれました。

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曲目は、カリフォルニア時代からゆっくりと今に至る~という流れで、アンコールのリクエストで「愛の花」も久しぶりに歌いました。最初から最後まで拍手は力強く、アンコール2曲の後も、拍手が続いたのです。「今」出会う必然の人たち~なまえも知らないけれど、出会えている不思議。響いてる不思議。ありがたかったです。
 お客さんの中には、リトリートですっかり親しくなった東京に暮らすジャスミンも4歳のみーみと、コンサートに合わせて里帰り。初めてお会いするお父さんと3人で来てくれました。また、20年ぶりに再会した懐かしいともだちもいたり、本應寺のご縁で来てくれていた方もいました。ひとつのコンサートの中にも、そこで出会える流れには、たくさんのドラマがあります。
 
翌日、ランチをいただいて出発前にオーナーの重原さんと1時間ほどお茶しました。彼女の「今」とわたしの「今」は、どこかでシンクロしているみたい。仕事のグレード(質)のシフトアップの時期のようです。また、会えるね。つながってゆくね。

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そして、9月1日、この日は、重原さんと別れて、一路、宮城県登米市へ。
続きは明日。

そろそろ、寝ますね。
おやすみなさい。
by ainohanaMusic | 2006-09-07 00:17 | 心の旅日記 | Comments(0)