愛の花

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♪山に暮らそうね。家を建てようね♪

3月21日は春分の日、長野は北相木村に暮らす友人、きょうこちゃんとたーぼうの手作りの山の家、山々に囲まれた広場に焚き火を焚いてのコンサートに迎えられた。
 昼前に到着し、リハーサルをしていたら なんだかとても深いところで動く自分自身の心に気がついていた。
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「カリフォルニアの山に帰ってきたみたい。」

あたりには人家はなく、山々だけ。
静まりかえった山々に、自分たちの音楽が響き、鳥の声や風が、気持ちいい。

もうしばらく歌っていなかった「わたしは船の中」が、歌いたくなった。

2時半からコンサートがスタート。
きょうこちゃんとたーぼうが、まずウェルカムソングを3曲歌ってくれた。オリジナルソングではないが、どの歌も彼らの生き方と響きあっていて、心の奥底までまっすぐ歌が届いた。

30年以上前、彼らが東京に暮らしていた頃、山をハイキングしながら「山に暮らそうね、家を建てようね。」と交わした会話がそのまま現実になってる~という歌。たーぼうは、この家から車で15分はなれたところに廃校を仕事場として木工家具つくりをしている。山々に囲まれたこの家を建てるのに実質10年。準備も入れると20年かかったという。

♪山に暮らそうね、家を建てようね♪そう語り合う恋人は多いだろうが、それをあきらめず実現する夫婦は、どのくらいいるだろう?「夢」ってなんてシンプルなんだろう。心にあることを言葉にし、それを生きるだけ。

「歌と実像に隔たりがない」ということが、歌い手であるわたしにとっては「歌の命」だと思っている。自分自身と隔たりのない「言葉」と「メロディー」を歌うことで、自身の心も耕され、聴き手の心と一体になれる。虚像のない世界を生きる、歌い続けることで自分とも他者とも出会い続けることができる。

きょうこちゃんとたーぼうの歌を聞いていたら、クラクラしてきてしまった。

わたしの中にも、まだ達成されていない「夢」があったことに気がついた。

一区画だけ、借りて暮らすのではなく、山々や木々、海、自然と深くかかわり、周りに人家のないところで 新しい波動の場つくりを始めていくこと。、永続的な暮らし、自分の心、生き方とマッチする癒しの場つくり。そこで、歌を育み、暮らし、人を迎えたい。カリフォルニアの暮らしは自然の中にあったけれど、違法滞在であったし、経済的基盤が脆くて、そこに多くの人を迎えることはできなかった。そして、今は、たくさんの人を家に迎え始めているけれど、もっと、もっと静かな自然の懐に人々を迎えたい。

あ~あ、また気がついてしまった。ほんとにやりたいこと。

現在のわたしの家、長野は山室の築100年、10部屋の古民家「観音道場遊里庵(ゆうりあん)」は、13世帯ほどの過疎の村の中にある。広い畑もあり、近隣の老人も親切で、今のわたしには充分なくらい恵まれている。でも、わたしは知っている。もっと、もっと静けさに満ちた暮らし。
 
もしかしたら、また始めてしまうかも?もっと、トータルに取り組めるデザインされた、わたしらしい暮らしの場所つくり。10年、20年かかる仕事かもしれないのに。クラクラしてきて、歌えるか心配。気がつくと、そこに向かって歩き出してしまうわたし。また、なにかが始まってしまうかも?
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きょうこちゃんとたーぼうの2曲目は、♪めぐりめぐる♪。歌ってる間に大風が吹いた。

翌朝、4人だけのミニコンサートをした時に、風の意味が分かった。
「実は、有里ちゃんが、アメリカにから帰ってきたばかりの頃、コンサートを聞いて、『また、歌いたい。』って、気がついたのよ。昔、メジャーデビューして歌っていたとき比較評価される世界が嫌で、もう二度と歌いたくないと思ってやめて、それ以来歌っていなかったの。でも、有里ちゃんたちの歌を聞いた時、『こんな世界もあるんだ。歌いたい。』って思ったの。だから、そこから始まったのよ。」
「あのね、きょうこちゃん。わたしも昨日、気がついたの。こんなふうに暮らしの現場をトータルに作りたいって。だから、わたしも、きょうこちゃんとたーぼうの歌う姿を見て、始まるんだよ。」

*******

コンサートから帰ったら 水戸市は「農夫のパン麦」のTちゃんからアンケートが届いていた。
その内容は誠さんに向けて書かれていた。

《誠さんは、自分がサポートであるのかもしれないけれど、自分も主であることをわかっているのだろうか?本音で話すって、本当を生きるって、周りに言っいる有里さんと、自分は違うのだろうか?何もかも出し尽くして、いつわりのない自分でいられたらどんなに気持ちいいだろう。わたしは そうなりたいから、みんなにももっと自由でいて欲しいから、有里さんたちに来てもらった。シェアリングでは、誠さんは、ただあやまるばかりだったって、人づてに聞いた。出てきている現象を抑えないでほしい。出てくるものは、たぶん誰にとっても大切なこと。自分たちが、伝え続けてきたメッセージを自らみんなの前で否定するなんて。今回は、たぶん、自分もみんなも大切にしていなかった?たくさん感じて、次に生かしてください。》

ありがとう。Tちゃん。
このアンケートを読んだら、わたしと誠さんの話し合いがまだ不十分なことに気がついた。
それで、22日、一日かけて 話を聞きました。

ほんとうのほんとうの誠さんが、願っていたことはなんなのか。
何時間もかけて分かったことは、彼は、わたしとも彼女とも本気で人生を共に生きていこうとは思っていなかったということ。彼の「魂の願い」は、ぬくもりのあるところに安住したいという目先の願望にかき消されて、どうしても明確に現れてこなかった。でも、その時の彼が漠然と望んでいることが、明らかになって、ほんとうに、よかった。次へと展開してゆく流れが、そこにはありました。
彼の話をわたしが、まとめて
「誠さんの願いは、わたしと暮らしも仕事も共有して、女性としてもわたしを愛して、そして、経済的基盤が自分に整ったら、結婚はしないけれど、『彼女』に交際を申し込みたい。結婚もしないし、こどもも作りたくないけれど、楽しい時間を分かち合いたいから、彼女とつきあいたい。』

そういうことなんですね?と確認した上で、彼のほっぺたを、思い切り叩きました。もしかして、10発くらい、たたいたかも。わたしには、もう言葉はなかった。

彼女は、かつて彼が付き合った人で、その上にわたしと出会いました。二人に偽りを語って、二人とお付き合いしていたことが発覚して、彼女は去っていきました。「誠さんと結婚してもいいと思っていたのに。こどもを産んでもいいと思っていたのに。」と体を震わせて彼女は泣いていました。
 人の心の痛みを理解できないの?あなたには、自分の言ってることの意味するところがほんとに理解できているの?

偽りの上に成り立つ会話、再び始まってゆく交際。事実が、明るみに出てしまえば、そこには「愛(おもいやり)」はなさそうだ。

誠さんが、その後 取り組んだのは、自分の家に帰り、彼女に電話し、自分の嘘を全部告白することでした。
『あきれ果てて、涙が出てきた。』と、彼女は言ったそうです。
『付き合うつもりはない。けじめをつけたいから第3者をたてて、逢いましょう。』

わたしも、たいそうあきれ果てましたが、すっきりしています。今回、彼に話していなかった自分の身に起きた出来事もすべて詳細に話しました。

そして、誠さんも違うのです。ほんとのことを洗いざらい言って、現実を受け取っているその姿は、とてもすがすがしい。透明感と軽やかさ。
『胸は痛いけど、ほんと心が軽くなったよ。気がつかせてくれてありがとう。僕は、ほんとうに人を思いやるってことができていなかったね。』

これからが本番。
人間みんな、輝きも曇りも両面備えていますから、ありのままの自分自身をしっかり見ることができれば、光の方向に歩いていけるのだと思っています。

「誠さん、わたしは、あきらめていないよ。一緒に歩いていこうね。でも、願わくば、同じ願いを生きたいな。偽りのない世界で。」

一人の人と出会ってゆくこと、これは、なんて大きな学びなのでしょう。
相手を批判し続けるのは簡単だけれど、それでは出会えない。どんな「あなた」でも愛しているよ。でも、わたしは、こんなに傷ついたよ。そして、気がついたよ。それでも、「愛している」ということを。

あなたの良さは、ほんとにゆっくりとだけれど進化していこうとする意志を持っていることと、基本的にどこまでも優しい、柔らかな波動。

**************

さて、こんなわたしなのですが、もうすぐ「春のリトリート」です。
今のところ、申し込みは3人。後、3人ほど口頭で「行きます」と言ってくれてる友人がおります。

新年のリトリートに引き続いて、ふか~いシェアリングになりそうな気がしています。参加を迷われてる方は、どうぞ思い切ってお申し込みくださいね。

わたしの身に起きていることは、哀しいことではありますが、「愛」というものを深めてゆくとても「ありがたい」出来事だと思っていますし、身近にいて、なかなか深いところまで触れることのできなかった誠さんと出会ってゆく「奇想天外」な「ドタバタ3流お茶の間ドラマ的」プロセス。なぜか、わからないけれど、深いところが解かれてゆく。この流れを、必然として信頼していきます。

明日からは、子ども達と静岡へ向かいます。途中、こどもたちの希望で富士急ハイランド(遊園地)で一日過ごします。「春の絶叫祭り」とパンフがありますが、絶叫したくないよ~。怖い乗り物は苦手なんです。でも、こどもたちの喜ぶ顔は好きです。

それでは、みなさんも素敵な春休みをお過ごしください。
by ainohanaMusic | 2006-03-25 19:06 | 心の旅日記 | Comments(2)

春のリトリートへのお誘い

【春のリトリートへのお誘い】

今日は、4月14日から始まる「春のリトリート」へのお誘いをさせていただきます。
少し長くなりますが、よかったら読んでくださいね。どんな思いで、どんなことをやっているのかを感じてくださると、とても嬉しいです。

リトリートは、「魂の家族」「光のサークル」を形成し、魂の中心からつながり、循環してゆく「世界」を起こしてゆく動きのはじまりとしてささやかながら始めました。「ほんとうの自分」と出会うことで「ほんとうの繋がり」と出会ってゆきます。「ほんとうの自分」が立ち現われ、中心を感じながら人生を歩いてゆける。たったの4日間の体験が、なぜか、その後の人生を変化させてゆきます。自分の奥深くを感じれるようになると、ゆっくりとであっても、起きることも変化してゆくんですね。今まで参加された方々からのフィードバックでは、この変化はずっと続いています。
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来られる方が今後たくさんいることを、わたしは知っています。でも、「リトリート」とはなんなのか、知る方はまだ少なく、腰を上げるのが難しいことも、わたしは知っています。始まったばかりのリトリートの素晴らしさ。それを、みなさんにお伝えして、是非「光のサークル」が力強く育っていくように祈っています。すべては、今、用意されています。あなたが来られるのを待っています。是非、いらしてください。
*********
リトリートというのは、英語で直訳すると「隠遁(いんとん)」です。いつも、目の前のことの対応に追われる繰り返しの日常から離れて、自分の魂の滋養になる時間を、自然に恵まれた場所で過ごすのが「リトリート」。自分の心や人生を深く感じる時間を自然の中で過ごすのがリトリートです。わたしも、世界各国のリトリートを参加者としていくつか体験しました。

わたしの家でのリトリートのやり方は、他では見たことがありません。サンプルになるものも、ありません。そこは私自身の暮らしの現場であり、歌が生まれる現場であり、来られたあなたも、スタッフも、みんなありのままで深いところで「ともだち」になってゆく場所です。ちっともファンシーでなく、ゴージャスでもない。でも、一過性のものではなく、ずっと続いてゆく始まりが、ここにあります。このリトリートの青写真は、わたしの魂の奥にずっと存在していました。こうしたら、人は本当に「目覚め、つながることができる」という「指針」の存在を胸に感じていましたが、これを始めるには、まず自分の生き方、暮らし、人との繋がりが整わなくてはならない。あたため、学び、時が来て、今、導かれるままに始まっています。
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我が家のリトリートの核になるのは、「コンサート」「シェアリング(分かち合い)」それから「自然に調和した祈りのある暮らしの現場」です。わたしのこどもたちの育つ長野の古民家であるわたしの家、暮らしの現場にみなさんをお迎えします。みなさんのお泊りするお部屋は、子どもの部屋だったり、祈りの部屋だったり、レコーディングの部屋だったり。みなさんのお食事を用意したり、子ども達と遊んだり、薪のお風呂を焚いたりするスタッフは、わたしのお友達です。彼らもまた、「心のチューニングのためのリトリート」を裏方として支えるために、みなさんが来られる前に、スタッフだけのシェアリングや祈りの時間やミーティング、前準備をします。自分の感性を働かせ、コミュニケーションしつつ、参加者が安心して自分の心と体を解放できる場を支えていく「現場」でスタッフも成長してゆきます。

リトリートのプログラムは、その時のインスピレーションで、柔軟に進めています。重要なのは、参加者の心と体が解放できるように、個々が自由でありながらつながれる流れを具体的に整えることです。
今まででしたら、1日目は、みなさんが来られたら、まず、お部屋に案内し、お茶をいただいてリラックスしてから、オープニングサークル(始まりの輪)を開始します。心をこめてウェルカムソングを歌い、そして、みなさんが夫々に、「なぜjここに来たのか」を話しつつ自己紹介をします。夕方、温泉に浸かり、さらにリラックスして帰宅したら、スタッフの心のこもった手料理が用意されています。夜は、キャンドルコンサートとキャンドルシェアリング。いつもそうですが、持ち歌の中から、その場で選ばれ歌われる歌は、その時に決まります。話される内容もそうです。インスピレーションは明確にやってきます。歌を聞かれて、リラックスした気持ちで、ろうそくを囲んで、今度はみなさんが語る番になります。
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二日目の朝は、スタッフの手料理、おいしい朝食をいただいてから、我が家の勤行(祈りの時間)をみなさんと分かち合います。南無阿弥陀仏(思惑を超えた偉大なる光に全託します)という、マントラは、とても力強く、リトリートをも導いてくれるようです。朝、歌う歌のインスピレーションが降りてくるときもあります。そんなときは、朝から数曲歌ったりします。二日目は、たいてい自然の中を歩き、その後、それぞれの気づきを交換します。この日は、天気がよければ、午後、野外でコンサート。昼ごはんも外で食べます。夕方は、薪で焚いた山の清水のお風呂に順番に入ったり、オプショナルワークショップで、ヘンプ(麻)とビーズのオリジナルアクセサリーを作ったり、ヒーリングを受けたり。焼き芋や、薪割りをしたこともありました。今回、初めてスタッフをされるむちゅうさんも、もしかしたらカードリーディングなどのオプショナルを提供してくださるかもしれません。
夜は、またキャンドルシェアリングですが、このあたりから、夫々が思いがけなく「語るつもりもなかった、気がつかなかった重要なこと」を語り始めます。みなさんは、わたしも含めて外の世界の対応に追われ、本当の自分の「魂」を安心して感じ、開く機会を、あまり持っていないので、どこか滞っていたりします。「神性」に触れ始めるまでに2日くらいかかったりするんですね。涙、笑い、震え。輪に集ったみんなが、どんな話をも全身で聴く。話す人が「真実の言葉」を語りだせるように支える心の輪は次第に整ってゆきます。

「魂」が語りだすと「真実の言葉」が、その人の人生を開いてゆくことになります。本来、言葉は「力」を持っています。人の輪の中で獲得したボディ、マインド、スピリットの統合と共にこぼれだした「言葉」。断片的な言葉であっても、誰かの心の真実を開く鍵になる「言葉」。一人が自分の体裁をすてて、その人の真実を語り始めると、空気が変わります。場が変化します。そして、みんなが「自分の真実」を語り始め、その絆は、一生変わらぬものになるのです。ありのままの姿で愛し、愛されてる絆。5回のリトリートで、なによりも豊かなギフトは、この「絆」の実在感ですね。リトリートがやってくるたびに、「魂の家族」が増えてゆく。毎回、なにがおこるか分からないリトリート。でも、絶対に大丈夫。来られた人の魂そのものが、光となって導いてゆくのが、「観音道場遊里庵」のリトリートなのです。
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リトリートは、その後3日目、4日目まで続きますが、全部を語るととても長くなりますので、このくらいの紹介とさせていただきます。
私自身、数日前、自分の心が深まる大きな体験をしました。それは、まさに「冬から春へ」。「雪解け」です。みなさんの人生は、今、どこにありますか?

桜が開花する頃、長野のわたしの家「観音道場 遊里庵(ゆうりあん)」に是非、足を運んでください。
まさに「今」、「雪解け」を感じる方、「春」を心に迎えたい方、是非いらしてください。偶然ではありません、必然の出会いが待っています。

春のリトリート詳細 http://amanakuni.net/yuri
申し込みは3月28日までにお願いいたします。参加を決めた時からリトリートは始まります(気づきを深める偶然の一致が始まります。

【♪4月14日~17日 長野は高遠町 観音道場 遊里庵(ゆうりあん)有里の自宅で吉本有里とその仲間たちによる春のリトリート♪】
心のチューニングのための3泊4日~繋がりの中で自分自身を知る~
コンサート、シェアリング、瞑想、自然の中でウォーキングメディテーション、心のこもったおいしい食事、ボディーワーク、薪のお風呂、温泉
*今回はアメリカから地蔵カフェのシェフむっちゃんがスタッフにきてくれます。http://jizocafe.blog9.fc2.com/
《日程》 4月14日(金)午後2時半までに現地集合17日(月)午後3時解散(バス停、電車の駅まで送り迎えいたします)
《料金》 大人45000円 こども9000円(宿泊、食事、コンサート&シェアリング、ワークショップ、お迎え、託児すべての料金を含む)*オプショナルワークショップ&ヒーリングは別
《スタッフ》下村誠(ミュージシャン&ヒーラー)むちゅうさん(地蔵カフェ、お坊さん、カードリーディングなど多方面で活躍中)みどりちゃん(きめ細やかな優しい人)
《申し込み》3月28日(火)までに申込金5000円をお振込みください。振込先 口座名称:愛の花Music 番号:00530-3-41882
残金は来られる前にお振込みください

♪観音道場 遊里庵♪

心に沁みる声がある 心を照らす光がある  見上げれば 山々が 輝いている 見上げれば星たちがまたたいている

心をひらく言葉がある 心育む 愛がある 見上げれば鳥たちが うたっている 見渡せば花たちがささやいている 

手を合わせ心を合わせて 祈りの中でひとつになって 輝いた 輝いた 涙のしずくが

溶けてゆく 溶けてゆく 慈しみの愛に つつまれて  観音さまの手のひらで   (2006,2,18)
by ainohanaMusic | 2006-03-19 16:16 | ライブ | Comments(0)

春のコンサート&春のリトリートのご案内

今日から、こどもたちは春休み。
リトリートのスタッフで活躍してもらっているビーナス(旧呼び名*じーま)が昨日から遊びに来てくれて、今朝は5人で朝の勤行をしました。これから3月20、21日が山梨でコンサートです。26日から4月2日まで静岡の実家へ戻り、4月3日からデザイナーのスミエちゃんと歌の歌詞とイラスト入りのポストカードの製作に入ります。4月8日(土)は長野でコンサート。そして、4月14日(金)から17日(月)までが、長野の観音道場 遊里庵(ゆうりあん)~わたしの自宅~で待望の♪「春のリトリート」♪です。
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子彼岸桜で有名な高遠。我が家の庭には、チューリップが顔を出しています。よかったら思い切って、仕事や学校(子ども達のこと)を休んで、心のチューニング、人生の軌道修正、心のリフレッシュ、出会いにいらしてください。おととしの新年から始まった3泊4日のリトリート。参加者の大変身、心も体も健康になってゆく姿に私自身も感動しています。なにより嬉しいのは、「魂の家族」「光のサークル」魂の出会いが確実にあり、その輪が育っていること。違う時期に参加した参加者同士も、逢えばすぐに深いともだちになってゆける不思議。人生が豊かになってきた感じがします。このミラクルは、参加しないとわかりません。以下3月~4月のライブ&リトリートのご案内をさせていただきますね。

【3月20日、21日 山梨でコンサート】
20日(月)長坂町塚川1392-9ヒマラヤンカレー『ぼんてんや』にて6時半より 吉本有里with下村誠ライブ*料金 お志*カレーバイキング*℡&fax 0551-32-5242
080-5492-0536
21日(火・祝)春分の日 南佐久郡相木村*木工房アマナ 吉本有里さんのコンサートを開催します。下村誠さんのギター&コーラスで。午後3時より 参加費1000円 
要予約です。(定員25名くらいかな)0267-77-2485(きょうこ&たーぼう) コンサートの後は交流パーティしましょう。 (交流
パーティ・夕ご飯まで参加の方は一品持ち寄り大歓迎)

【4月8日 長野でコンサート】飯島町44-10 風の谷絵本館 入場料 1800円(℡予約)2300円(当日)午後6時半オープン7時開演
お問い合わせ&予約 0265-86-5546(絵本館)

【♪4月14日~17日 長野は高遠町 観音道場 遊里庵(ゆうりあん)有里の自宅で吉本有里とその仲間たちによる春のリトリート♪】
心のチューニングのための3泊4日~繋がりの中で自分自身を知る~
コンサート、シェアリング、瞑想、自然の中でウォーキングメディテーション、心のこもったおいしい食事、ボディーワーク、薪のお風呂、温泉
*今回はアメリカから地蔵カフェのシェフむっちゃんがスタッフにきてくれます。http://jizocafe.blog9.fc2.com/
《日程》 4月14日(金)午後2時半までに現地集合17日(月)午後3時解散(バス停、電車の駅まで送り迎えいたします)
《料金》 大人45000円 こども9000円(宿泊、食事、コンサート&シェアリング、ワークショップ、お迎え、託児すべての料金を含む)*オプショナルワークショップ&ヒーリングは別
《スタッフ》下村誠(ミュージシャン&ヒーラー)むちゅうさん(地蔵カフェ、お坊さん、カードリーディングなど多方面で活躍中)みどりちゃん(きめ細やかな優しい人)
《申し込み》3月28日(火)までに申込金5000円をお振込みください。振込先 口座名称:愛の花Music 番号:00530-3-41882
残金は来られる前にお振込みください。

参加された方の感想、来方など 詳しくはhttp://amanakuni.net/yuri

【4月22日(土)東京で吉本有里コンサート】タイの「夢を織る家」孤児20人以上を養子にして育てているナートさん&ユパご夫婦をお招きし、草木染衣類の展示販売の中でのコンサートです。是非、いらしてくださいね。
4月22日(土)会場 東京都府中市栄町 カフェスロー 開場11時半 開演 12時半料金 2500円(℡予約)3000円(当日)お問い合わせ&予約0265-94-5028 *カフェスローでは別料金にてランチも食べれます。042-314-2833(カフェスロー)
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わたしの暮らす高遠は、全国的に有名な桜の名所です。
ですから、「春のリトリート」来られたい方は、お早めにバスなどの席の確保をお願いしますね。
わたしの家は、過疎の村ですから、とても静か。
玄関前の桜の木の下で、野外コンサートも計画しています。ランチも、外で食べたりしましょうね。
パートナーと一緒に、あるいは親子での参加も歓迎いたします。
キャンドルコンサート、キャンドルシェアリング(分かち合い)で、ふか~いところまで自分を感じて、そして出会いなおす機会になります。
必然の出会い、どんなみなさんと春を過ごすのかな?楽しみにお待ちしております。

5月は関西~米子、出雲~名古屋へコンサートツアー6月は沖縄へ。7月は九州。9月はカリフォルニアへ行きますよ。また、お知らせいたしますね。読んでくださってありがとうございます
by ainohanaMusic | 2006-03-18 16:22 | ライブ | Comments(0)

愛が試されるとき

この数日、とてもとてもプライベートな出来事が、わたしの心のあり方を深めてくれた。
だから、それをここに書こうと思う。

でも、ほんとのことを言うとためらいがある。
事実を書くことは、無防備に自分、そして大事な人をもさらすこと。それを判断する人々、興味本位に知る人たちとも遭遇してしまうこともある。

でも、どこかで必ず、つながっているみんなの心。深いところでは知っている。
この世の中、いいことも悪いことも しっかり受けとめてみれば みな喜びの種になる。生まれてきた目的もひとつ。さまざまな経験を通して心を磨き、輝いた魂であの世に還ってゆくこと。そして、いつかは統合されてゆく、すべての経験、すべての思い、すべてのピース(断片)がひとつの光の元に。

だからシェア(分かち合い)をしてみるよ。あなたも感じてみて。受け取ってみて。わたしの体験、彼の体験を。そして、あなたの人生の中に繋がって行きますように。

わたしの怒りと悲しみと落胆。その後やってきた喪失感と胸の痛み。それから溢れてきた感謝と、自分が足りなかったことへの気づきと詫びる心。最後にやってきたのは、無条件の愛だった。心のあり方が変わりました。見えてくるもの、感じるものが変わりました。哀しい出来事、それも自分の本当の心と出会うためのギフトなんだなあ、実感しています。

深い気づきをもたらしてくれた存在、誠さんに感謝です。
いつもいつも、そばにいて助けてくれていることに感謝です。今日は、彼の行動を事実のままに書きます。もしかしたら、愚かに見える彼の言動。でも、これは、わたしにもあなたにもあるものであり、彼がその役を演じてくれただけのこと。体裁を整えなくてもいい。ありのままでいいよね。役者があって、物語が進行していきます。いつも、とんでもない役者の誠さんにわたしは振り回されていますが、これはギフトですね。わたしたちのたどった小さな物語を聞いてくださいね。
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10日から13日まで埼玉ツアーでした。
10日と11日は、埼玉は大井町にある天然酵母パンとマクロ料理のお店アルクトゥルスで、オリジナルヘンプアクセサリーのワークショップとコンサート。また、わたしがヘンプワークをリードしている時間は、誠さんのボディーワークの個人セッションを、初めて入れてみました。
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10日、アルクトゥルスの美智、大好きなともだちに「陰陽霊法」ヒーリングをしながら、二人で静かな部屋で話しました。わたしの中には誠さんに対する不満が渦巻いていて、そのことは話しても話しても尽きないくらいでした。3年間、活動を共にしてもなお、価値観を共有できないいらだたしさ。個人的なお付き合いとやめにして、スタッフという立場に彼を遠ざけてもなお、怒りを感じてる自分。困ったなあ~と自覚していました。
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13日の朝、ライブを終えて眠った茨木は旧里美村の日本家屋。12日、眠る前に誠さんにヒーリングをしてもらい、彼とは別の部屋で眠りました。
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わたしの部屋には誠さんの携帯電話が充電されていました。ふと、数日前のシーンが浮かびました。練習しているとき、「今、何時?」と、誠さんの携帯を覗き込んだら、とっさに隠した彼。なにか隠してることがあるみたい~。初めてのことですが、まだ目覚めきっていない体で誠さんの携帯を手に取り、受信メールと送信メールのところをあけてみました。

愕然としました。2003年、わたしの登場で別れた元彼女とのメールのやりとりが何度も何度も、そこにはありました。待ち合わせをしているやり取り。何気ないけれど、思いのある日常的なメールのやりとりは、心を寄せ合っている二人の親密な感覚。
 2003年11月の出来事が忘れられません。『別れた』と聞いていた彼女と東京のイベントで遭遇し、二人で話をしていたら、お互いに知らなかった驚くべき事実を知ってしまったのです。誠さんは事実を隠し、二人と同時に交際していました。可愛らしい、その人は体中から悲しみの棘を放ちながら泣いていました。わたしは、彼女の背中をさすってその痛みを受け取りました。彼女が誠さんの元を去り、わたしはみじめに謝罪するばかりの、まことさんを受け入れました。信頼感の崩壊した厳しい現実。わたしと、体裁のはがれてしまった誠さん~。それはまるで母親と子どものようなかかわりの始まり。

彼女との再会、やり取りが始まっていたなんて想像もしていませんでした。

「誠さんはこれからどうしたいの?」「この頃なにを感じているの?」と度々聞いていたはずなのに、なにも語られていなかった。

そして、彼女とのメールの中に見つけたいくつかの嘘。

一緒に買い物していたとき『これ、お父さんにおくるんだ。』と、話していた「かんてんぱぱ」の贈答用セットは、彼女へのバースデイプレゼントとして贈られていました。また、彼の暮らしは、長野のわたしの家に24時間あり、収入源も、わたしが支払うお金しかないのに、偽りが、そこには書かれていました。

怒りで一杯になりました。わたしは、誠さんに本当のことを伝え、誠さんの気持ちを聞き続けていた。誠さんの答えはいつも、どこかあいまいで心が見えてこなかった。それなのに、誠さんは自分の家に帰らない。「有里ちゃんを手伝いたい。」と言っているけれど、自立できない心の弱さなのか、公私共に忙しいわたしを助けたい優しさなのか。大きな葛藤の中で、わたしの決意は固まっていきました。随分泣いて、何度も何度も、彼と話したものです。「これからは、個人的なお付き合いは終わりにして、スタッフとしてなら一緒にいてもいいよ。」
 
変な提案ですが、試行錯誤した末に、それが事実に添った関係性じゃあないかなあ~と気がついたのでした。彼は、あっさりと、受け入れました。その気持ちは、わたしにはよく読めませんでした。わたしは、個人的に関わるのならもっと素敵な人と出会いたい~と次なる出会いに心を向けていたのです。

落胆しました。2年前の出来事と同じ。偽りの上にかかわりを維持していた。建設的な話ができなかったわけだ、とね。いったいこの3年間は何だったんだろう、と。

この日は、水戸の「農夫のパンや」でコンサート。新年のリトリートに参加してくれたやっちゃんと、秋のリトリートの参加者ゆかちゃん、そしてちえちゃんが思いをこめて用意してくれた手づくりのビニールハウスでコンサート。時間が空くと、わたしは誠さんと話をしました。彼は、少しずつ話してくれました。「1月の末に、彼女に交際を申し込んだんだ。彼女への純粋な愛がある。それは変えることが出来ない。」「有里の仕事は素晴らしいと思っている。出来る限り手伝っていきたい。」「僕は君に怯えている。」

コンサートの前半、実は頭痛がしていました。「怒り」で頭が痛くなったんですね。

この夜のシェアリングでは、起きた出来事をみなさんにお話しました。
「家族として、家族の身に起きた出来事を聞いてください。」と。何事もそうですが、一人で解決しにくい出来事は、輪になって信頼できるサークルの中で話すだけでおのずと、答えが出てくるものです。どんな恥ずかしい出来事も、みんなの心の光に照らされると、そのことが起きている必然の流れというものが見えてくるものです。
 この夜、ろうそくの光の中で、夫々が人生の岐路に立っていて、そのことを分かち合ってくれました。誠さんは、「懺悔と謝罪」。けれど、ひとりひとりの経験が、実は曼荼羅模様の重要な美しいひとつのピース(断片)であることを感じ、「裏切られた」ことを感謝する気持ちになりました。
*****
長野に帰ると、今度は初めて誠さんがわたしの暮らしの中からいなくなるというリアリティーがやってきました。彼は、まだ、1年はわたしの家で公私ともどものお仕事をしていきたいと言いますが、今や元彼女となったわたしの家に暮らして、時々東京に出て彼女と逢うなんてことは、可能なのでしょうか?よっぽどの信頼関係がなければ難しいでしょう。彼がこれからどうなっていくのか、わからなくなりました。

当たり前に、わたしの家にいた誠さん。わたしの手が回らない日常をこまめに手伝い続けていた誠さん。わたしの日常は彼の働きの上に成り立っていたのです。いることが当たり前になって、不満ばかりをぶつけていたわたしでした。
 大きな喪失感を感じました。当たり前に存在していたものがいなくなる。いなくなって始めて感じる、その存在感。感謝が足りなかったなあ~と涙があふれてきました。感謝がなかったから、彼が離れていくんだなあ。自分が足りなかったんだと、初めて気づきました。

まことさんも気がついたみたいです。
『彼女に、自分が偽っていたことをすべて話してみるよ。彼女がそれを、どう受けとめるか、たぶん傷ついて、心が遠のいてしまうと思うけれど、自分がやらなくてはいけないことをやってみるよ。』と。

「今」は出会い続けてゆく長い旅路の一瞬にしか過ぎません。体裁だけを整えて、仮面の自分が出会った相手は幻のようなもの。目の前の人を悲しませたとしても、体裁や仮面を取り払って深く出会い続けてゆく人生を歩みたいですね。

買い物をしに車を走らせている時、怒りは通り過ぎて過去のものになっていました。
「2年前の事件、2年のブランクを乗り越えて二人が惹かれあっているのなら、それを祝福してあげたいな。」という思いが生まれてきていました。すると、また涙が溢れてきました。現在が過去になってゆく切ない気持ち。胸が痛みました。

そしてその次、やってきたのは、それこそ思いがけない気持ちでした。
「感謝の思いを持って、誠さんともう一度やり直してみたいな。」

わたしは、この3年間、さまざまにおきるいろんな出来事を通して、すっかり彼が嫌いになってしまっていたのです。気の小ささ、相手に合わせて相槌を打ち、相手の気持ちのいい言葉を選ぶ不誠実さ。優しそうに、こまめに体を動かすけれど、免許を取るなどの、ほんとうに思いやりがあったら着手するであろうことにいつまでも着手できない、意志と見通しがどこか欠如したような彼。

ところが、彼がいなくなると実感したとき、初めて彼のよさが見えてきました。寒い朝、わたしの代わりにストーブをつけ、子ども達の朝食を用意する。日常生活の中で、わたしの手が足りないところを生真面目にやり続ける意志と純粋さ。わたしは、彼の落ち度を責めるけれど、彼はわたしを責めることをせず、寄り添うポジションで精一杯務めてくれていました。

「話があるんだけど。」
陽のあたるわたしの部屋で、彼と向かい合い
「どうしても、彼女と生きていきたいという思いがあなたの本心なら、応援したいと思う。でもね、わたしの今の本当の気持ちは、あなたへの感謝。感謝を持ってもう一度やり直せないかな?」

わたしの前にいる人は、心が硬く、反応がありませんでした。眉間に寄せたしわは、苦しそうで、いつもの癖、「どうしたら、ここを切り抜けられるだろうか。」を考えてしまってるかのようでした。

不意に愛が溢れてきました。目の前に座ってうなだれている彼。怯えた幼子のような彼。どこにもかっこよさがない。体裁がはがれてしまい、言葉も無い。未来も見えていない。愛が枯渇してしまい、闇の中にいるみたい。

思いがけない言葉が次から次へとわたしの心から溢れてきました。

「誠さん。愛してる。あなたがどんなにみじめでも、誰のことを愛していても、誰にも愛されなくても、どこで路頭に迷っても、わたしは、あなたを愛しているよ。わたしは、あきらめない。あなたが、ほんとに安心してあなたの人生をあるけるように、ちゃんと見守ってるから安心して。ずっと、ずっと愛してる。」

そんなつもりもなかったのに、彼を抱きしめて優しく優しく抱擁しました。

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全く わたしの計画にはなかった流れが とても気持ちよく流れ始めました。
目の前にいる人を愛していく。素敵であっても、素敵でなくても。愛が枯渇したところに自分から優しい言葉、心、行動を投げかけてゆく。そうすると、帰ってくるんだね。誠実な思いが。

もっと、素敵な人と出会いたいと思っていたのに、みじめな彼が目の前にいて、愛が溢れてきてしまった。仕方ないなあ~。チェって感じなんだけど、幸せですよ。

今、誠さんとの日常がとても豊かであたたかく感じられます。

これから綴る物語も、計り知れないものがあるけれど、「南無阿弥陀仏」
「思惑を超えた偉大なる光に全託します。」

祈りの中で歩いていきますね。
by ainohanaMusic | 2006-03-17 12:55 | 心の旅日記 | Comments(8)

この体、心は不思議だね

2月18日から1週間、栃木の静かな山里にある愚静庵(ぐじょうあん)での小食道場に参加してきました。東京は本應寺のお上人は、年に4回、断食や小食をしながら体を整え、仏道を学ぶ自然道場を開いています。
 わたしは、おととしの夏の断食道場から始まって、今回で4回目の参加。「小食」道場は初めてでした。
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 朝食は1杯の人参&りんごジュース、お昼と夕ご飯は、湯のみに盛られた玄米と甘辛いこぶとしいたけを少し。一口の玄米を200回噛む食事時は、瞑想どきの静けさ。
わたしにとっての道場は、日常から離れ、仕事をせず、心と体を休める貴重な機会。心身を休めるだけではなく、日頃なかなか実行できない小食や断食がきちんとできる上に、祈りと瞑想の時間がたっぷり保障されているので、魂に滋養がいきわたります。毎回感心するのは、お上人の懐の大きさ。目覚めた時から眠るまでほとんど自分の時間を持たず、みんなと一緒に動き、柔軟に流れを調整していきます。分け隔てなく参加者やスタッフに気を配り、仏道に専念していく大らかで朗らかな姿。
 朝のお掃除のとき、お焼香の灰の中に残るお線香の燃え残しを指で拾って、紙に包み、その短いお線香まで使ってゆくお掃除の仕方を教わりました。

「有里の家でも、ちゃんとこういうところまでやるんだよ。」とお上人。
「え~!?こんな細かいところまで、丁寧にお掃除するの?これをやるなら、他にもっと汚れたところがいくらでもあるから。。いや~参ったなあ。お掃除にこんなに時間をかけられないよ。」と思っていたわたしですが、今朝は我が家のお線香立ての灰を、きれいにしましたよ。手取り足取り教えられたことは、伝わってゆく。影響力を持つんですね。

全体を動かしてる人が、こんな細かいところに心と時間を注いでゆく。
爪楊枝をくわえて、一休さんのように、風まかせ、しなやかな笑いのたえない自由人の和尚さん。かつて経営していた会社が倒産してから、「念仏」ひとつに導かれ、「ナムアミダブツ~計らいを超えた偉大なる光にお任せする」を一途に唱えて歩いてきたその歩みと、そこで得た確信がわたしたちに伝わってくるのです。
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断食道場から帰る度に、断食の話を子ども達に話していたら、次男の八星が、いつの頃からか「いいなあ~。断食道場に行きたいなあ。」と憧れるように言い出しました。わたしが話したのは、断食後の重湯のおいしさ、満足感の話だったかなあ~。「湯のみ1杯の重湯が、ほんとうに香ばしくておいしくて、おなか一杯になるんだよ~。」って。長男のアマチは「うわ~。ご飯を食べられないなんて地獄だ~。」と今のところ興味を示しませんがねえ。

そして、八星は、今回、断食&小食道場始まって以来の最若手(10歳)の参加者となりました。
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大人12人に子ども一人。朝は6時半に起きて、2時間の勤行と瞑想、お掃除、お上人の法話から始まるお寺修行の日々を、10歳の子どもが退屈せずに過ごせるのだろうか?考えると心配になるけれど、本人が決めたのだから大丈夫だろうと、自然の流れを信頼して、お任せすることにしました。
 2月の始めに、陰陽霊法の研修会に参加したとき、40年のベテランの八木先生が、「憶えなきゃとか、あせらなくてもいいんですよ。自分をヌカ床のきゅうりだと思えばいい。まわりにベテランの先生や先輩がいて、何度も何度も実習するうちに、ちゃあんといい味に漬かっていくんですよ。安心して委ねていきなさい。」と言われたその言葉を思い出したりしてね。
祈りや瞑想が幼い頃から、生活の中にあれば、目に見えることと目に見えないものの両方がバランスして、その子の一生を貫く見えない揺るぎのない基盤となってゆくのでしょう。
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自分に気づきと癒しを与えてくれている「道場」を子どもと一緒に体験するなんて、計画外だったけれど、それが自然の流れなんですねえ。
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八星にとって少々苦痛だったのは朝と夕の2回の2時間にわたる勤行と瞑想だったみたいです。それも5日目くらいから『嫌じゃなくなった』とのこと。これって、大人も同じなんですよ。5日目くらいから念仏の声に張りが出てきて、瞑想にも入りやすくなるようです。また、一切の間食のない「小食」の3日目の夜、うなされていたので起こしたら、「おなかすいた。」と泣きそうでした。4日目は、食事を増やしてもらうと5日目からは『みんなと同じに減らして欲しい』と自分でお上人に申し出ました。

朝の法話や難しい話のとき、八星は一番後ろのコタツで、本を読んだり、絵を描いたり自分なりの時間を静かに過ごしていました。最後の夜には、お上人から教えられた体操をイラスト入りの解説本に仕上げ、最終日には、みんなにプレゼントする鶴を折り、自分で描いた絵手紙を選んでもらいプレゼントしたり、忙しそうでしたねえ。
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そうそう、途中、黄色い梅の花を見に出かけました。道場の仲間の顔ぶれは、CDでもピアノをひいてくれたシーナ、ヒーラーのももちゃん、リトリート仲間のさほちゃん、しおりん、じーまと、親しい顔ぶれだったのです。こうして出かけてみると、まるでともだちと観光旅行に来たみたいで嬉しかったなあ。
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最後の夜には、ピアノのシーナと一緒にコンサートもしました。
眠る時に八星が布団の中から、「八星の歌で、感動した。」というので
「どこで?」と聞くと「♪生まれてきてくれてありがとう♪で。」と答えました。私の歌は八星にとってはあたりまえの空気のようなもの。でも、この空間ではきちんと伝わり「感動」したんだなあ。

また、最初の夜は「瞑想のときにアメリカのこと思い出した。」と言っていました。
そしてまた、「若いときは、ミュージシャンとか絵描きで、おじいさんになったらお坊さんになろうかなあ。」と言い出しました。お坊さんになるなんて、今まで考えたこともなかったはずです。お母さんお父さんをみていたら、ミュージシャンになろうかな、と思ったりしているようだし、お上人を見ていたら、お坊さんになろうかな~なんて思い始めたのでしょう。

母親の世界と子どもの世界が自然につながってゆく。
子どもの感じられる世界への可能性が広がってゆく。ありがたいなあ。
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2月は、仕事をしませんでした。収入のある仕事はせず、出費ばかりの動きをしていました。「陰陽霊法」と「小食道場」と日常。

けれど、道場から帰ったらバタバタと10月までスケジュールが入り、びっくり。
「声もでないし、歌えなくなったらどうしよう?」そんな心配で、静養に専念した2月が終わり、活動が始まりそうです。

コンサート予定が急に決まってきました。ホームページのスケジュール欄を見て、近くの方は是非いらしてくださいね。

6月は沖縄に10日くらい行きます。朗読のしおりん、八星も一緒です。今のところ、アマチと誠さんは迷っているなあ。

9月はアメリカに2週間行きますよ。こちらは子ども達二人と行きます。

苦しいときは、立ち止まってみる。充分すぎるくらい静養したら、すご~くやる気になってくる。

そうそう、この頃、わたしちょっとだけ色が白くなってきたんですよ。
なぜかって?陰陽霊法で体の各所を温め、冷やしていたら、腎臓、肝臓の機能が回復してきました。そしたら、日焼け、しみで黒っぽくなってると思っていた肌がやけに白くなってきたんですよ。日焼け、しみが濃くなってきたのは年齢のせいかなあ?と思っていたら、内蔵の不調の影響だったみたい。色黒の人を見たら「陰陽霊法」してあげたくなっちゃいそう(笑)。命の営みが、不思議で楽しいこのごろです。

それから、道場から帰って、ちょっとだけお掃除が好きになってきました。
大きな収穫ですね。心が動くことを迷わず、疑わず、して行こう。必要なものは必ずついてくるから。いつのまにか苦手なことも好きになってゆく。安心して、慌てず、急がず、「今」一番心が向くことに専念していこう。この地球、宇宙は不思議。この体と心は不思議。すべてがつながってゆく。不思議だね。
by ainohanaMusic | 2006-03-02 20:28 | 心の旅日記 | Comments(0)