愛の花

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Something great inside of you♪

カリフォルニアの草原で生まれた二人の男の子。
お産婆さんも立ち会わず、元パートナーと二人でお産に臨んだ。

郵便やさんも来ない飛行機の音だけがときおり響く静かな山の草原で育った二人の男の子。
週末は町で歌う両親の背中や足元で、あやされながら のびやかに育った。

アマチが8歳、八星が5歳の時 日本に初めて帰国。
 アマチが10歳、八星が7歳の時 わたしと元パートナーは別れることになり、別べつの家で暮らし始めた。こどもたちが 父親と会えるように わたしは、わたしとこどもたちの暮らしの場所を長野に決めた。

両親が別れたことは子どもたちにとって別れとはならず、二人の子は 父親の暮らしや生き方にも触れてきた。 次男は 基本的にわたしの元で育っているが、長男は この頃は、学校近くにアパートを借り、母と父の家を行き来している。

アマチは いつの頃からか、なにかを乗り越えたかのように自立し軽やかで、包容力をそなえた少年になった。両親の足りないところも知りながら、それぞれの良さを受けとっている感じがする。
 両親を思いやりながらも 自分も生き抜く必要に迫られていて そんな彼のポジションと気持ちを労わりながら、わたしのできることを精一杯してあげたいと感じている。そのできることの ひとつは わかれたパートナーに、父親としての自覚を深めてほしいという願いを満ち続けることでもあるが、彼は彼なりの価値観の中で精一杯やり、足りなくてもその「精一杯」の愛情が子どもたちの育ってゆく基盤になってゆくのだろう。

離れても 距離を持つことで 育ちあってゆく人のご縁の不思議。

子どもは本来 親を全面的に愛し、愛されることを願っているが、その願いは必ずしも満たされるわけではない。傷ついた子どもは、心を閉ざしてゆくが なにか感じた時 親としては 体当たりで二人の子どもに接した。
体当たりの「愛」は、激しさとやさしさと両面を持ち、激しくぶつかってゆく自分が我ながら可笑しい時もあったが、未熟な表現を超えて いつも ふたりは 深いところを受けとめ 育ってくれた。

そんなときも、 二人が偉大なる存在に感じられた。

アマチをみていると、友だちが増え、バスケットに情熱を傾け始めた頃から、個としての自立が始まっているが火事の後、なにもないところから暮らしと仕事を再興してゆく「苦労」を分かち合ったあたりから、批判を手放し道を切り開いてゆく愛の存在に転換していったような気がする。

刻々と変化する 曼荼羅模様のように さまざまな要素が絡み合って深化してゆく親の心と生きざまに触れて、成長してゆくこどもたち~

こどもたちが望むことを 親であるわたしも また父親である元パートナーも 与えられるわけではないが、

わたしがわたしを深く生きれば、子どもたちを見守る まなざしは深くなり、そして出会える場所もまた、深いのだろう。


彼らへ贈る歌が生まれてきました。



♪something great inside of you

強く生きろよ いつも見てるよ

あなたの中の 偉大な力

悲しい時も 嬉しいときも

いつも流れる いのちの力

  あなたのやさしさが 怒りに変わる前に

  悲しみを止めないで 抱きしめて 手放そう


やさしくあれよ いつも見てるよ

あなたの中の 偉大な力

悲しい時も 嬉しいときも

いつも 流れる いのちの力

  あなたのやさしさが むなしさに変わる前に

  ふるえる怒りを 抱きしめて 手放そう



育ってゆくね いつも ありがとう

あなたの中の 偉大な力

悲しい時も 嬉しいときも

いつも 流れる 偉大な力
by ainohanaMusic | 2009-06-06 00:44 | 心の旅日記 | Comments(0)