愛の花

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子どもたち

中学1年生の八星

そして高校1年生のアマチ
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二人とも ものを考える年頃になった。

わたしは ふたりに かくしごとをしてこなかった。
 
こどもたちのおとうさんと わかれるときも、
あたらしいパートナーが あらわれたときも、
そして火事があって、彼が 光の世界に旅立ったときも、
そしてまた、一人になって 誠さんの旅立ちの悲しみと、やけどの痛みに耐えながら 家探しから 家事 引越し うたの活動を 再開したときも、
火傷の手が治らないんじゃないか~いや、跡形もなく 治り動くよ
うになると信じている時も、

わたしは、いつもわたしそのもので そのときのわたしの気持ちを出来る範囲で話し、 共に暮らして

彼らは、いつのまにか 助けてくれる存在になった。

八星は 学校に行くのを自らの意志でやめわたしと暮らし、わたしと働いている。

その様子を見た友人が
「八星は お母さんを尊敬してるんだね。」
って何気に言った言葉をさっき、急に 思い出した。

あ~、ほんとに そうだ。
八星は 世の中の誰よりもわたしを尊敬し、助け、学ぼうとしてるんだ。
今、そのことが唐突にほんとだと知り、 胸に染みてきた。 

八星は、わたしと同じようなやり方で 日々にチャレンジしている。 
掃除し、お皿を洗い、ふろを沸かし、薪割をし、畑を耕し、音楽に親しみ、日々の出来事をブログに書き、ツアーの準備をする。大人顔負けの働き者だ。

中学校で過ごした時間は苦しそうだった。
「みんなと同じことをしているという以外は、なんの意味もない。」と 朝になるとおなかが痛くなっていた。

今の暮らしには意味を見出し、自然体だ。できないことが、いつのまにか 出来るようになってゆく。

そして、長男のアマチ。

彼もいつのまにか育った。
彼が2歳半の時 八星が生まれ、甘え上手の弟に母親を取られた心の屈折が小学校の高学年くらいに顕著になり 中学の頃消えて、友達との世界に自分を見出し本来の明るさがよみがえったが、わたしには反発していた。

アマチがわたしに心を開いていない時でも、折をみて わたしから話しかけることはやめず、時には体当たりで接してきた。

このごろ、アマチは わたしが家にいる時はいつも、父親の家ではなく、わたしの家に帰ってくる。
そして言葉は少ないけれど 心を開いている。

生きるということの 楽しさと厳しさ

母である わたしを思いやりながら
アマチも、自分の人生を どこかで考えているみたい。

ふたりの幼子が いつのまにか 子どもになり、そして、親しい同士になってきてるみたい。

不思議だね。
by ainohanaMusic | 2009-03-17 22:31 | 心の旅日記 | Comments(0)