愛の花

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復帰/星祭リトリート参加者報告と後日談

やばいなあ~

14日頃から そうとう やばい体調だったけれど、
ふらふらの 頭で 実家の焼津まで 運転。
「ママ、大丈夫?相当眠そうだよ。」と 八星。

「走れるとき、走らないと 移動できないから 今は走る。」
と、車を走らせ、今は実家にいます。

はあ~駆け込みセーフ。

我ながら、自分の組んだスケジュールが 自分を守ってくれてることに感謝。
電池が切れた頃 実家に転がり込むことに なってるんだなあ~(苦笑)

この5日間は、実家で 充電切れの自分の充電待機状態でした。

症状としては 風邪 少し歩いても 頭が朦朧として すぐに眠りたくなる。
77歳の両親、一時13年間、勘当されていた時期もありましたが 今だって、いろいろ話し深めたいことは ありますが それ以前に 親の無条件の愛情に、疲れきった体と頭の芯を「休ませる」モードに自動的に切り替わる自分を感じ、その存在がどれだけありがたい存在なのかを改めて感じています。

ほんとは、わたしが料理しなくちゃ。。なのですが、
実家に帰るときは 程度の差はあれ、充電の限りなくゼロに近い状態で帰ってしまうもので、食べさせていただくばかりなり。。 それが、とても おいしいのです。

わたしって まるで モーレツ社員みたい?(誰にも雇われてないのにね。。)

17日は、「てんつく」の映画上映会に応援ライブでしたが、出番は数曲だったので なんとかクリア。素敵なイベントで、よき出会いもありました。
18日、19日は なんと映画館に。。実家の隣家がガレージの工事をしていて それが、わたしの休む部屋のとなり。。あまりにうるさく、また冷房のない1階はすごく暑いし、八星も一緒なので 映画館へ。映画館までの車の片道30分がすごく眠くて やばい感じ。。ここでの上記の会話の繰り返し。。。「ママ、すごく眠そうだよ。」「走れるとき、走らないと 移動できないから 今は走る。」云々。。遊ぶのも、休むのも命がけ??

家に帰ったら そのまま眠りました。

(映画は見てたけど)ほとんど、なにも できなかった5日間。。

充電できる状態への待機。

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リトリートは、準備も 本番も、そして その余波もすごいねえ。

リトリートから帰っていった みなさんと まだつながってることを エネルギーで感じてます。

未消化な部分も持ち帰った人も少しだけいるね。
「未消化な部分」は、「気づき」への種。

その存在の語りかけに心を開いていてね。
腹が立っても 腹が立った自分を感じてみてね。
すべては自分の内側に答えがあるから、感情の揺れる自分を見ればいいのです。
感情を味わえば、自分が見えてくる。

そして きれいに花開くときが来るよ。
「ほんとうの自分」という 尊厳のあふれた美しい「花」

自分自身への気づき。

それは、幸せへの一歩だから。

繊細に感じとり 自らを調整できる人生。

それが 豊かさだから。

いつも 応援しているよ。

あなたの幸せが わたしの幸せ。

♪ほんとの幸せは あなたが あなたであること。。♪

今度は わたしが 会いに行くね。

さて、わたしの電池切れで 「星祭リトリート」の報告はまだ途中ですが、
参加者Eさんのミクシー日記を ここに 転載させていただきます。

星祭リトリートは あまりにも多様な人生、多様な現状が
曼荼羅のようにきれいに絡み合って 浮き彫りにされてゆく 不思議なリトリートでした。

とても多様な要素が絡み合っていたので 帰宅してから これからの生活の中で 参加者におとづれる気づきや変化は 大きいと思います。

一人が軽やかになってゆくと みんなが 深い呼吸ができるようになる。

すべての存在が 深いところでつながっているので
すべての一歩に 心からの感謝と拍手を送ります。

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 (Eさんの日記より転載)

先週末から今週はじめにかけて、シンガーソングライターの吉本有里さんの企画する「星祭りリトリート」に参加してきた。

場所は長野県駒ヶ根市、有里さんの自宅でもある「遊里(ゆうり)庵」。ぎりぎりの時間で見つかった古い民家で、いろんな方が改築して、ようやく今の形になった気持ちのこもった場所。

リトリート(retreat)は「引退」とか「静養先」とかって意味なので、自然の中でのんびりしながら、自分の内側を探求するワークショップかと思っていた。有里さんのコンサートの後で行われるシェアリングには何回か参加したことがあったので、参加者の心の大切な部分に触れるとは感じつつ、「余裕をもって」構えていた。

が、しかしである。

リトリートのシェアリングは、なんともまあ、深い。
自分の感情を味わいつくして、表に出すこと。
自分の人生の「あり方」を見つめざるを得なくなる。

つまり、自分が平静に保てるようなら、言い換えると、自分が安全な場所にいるようでは、まだ不十分。危険を冒す作業にうろたえる自分がいる。

私の場合は...初日から叫んでしまった。
口をついて出た言葉は「バカヤロウ!」
なんで自分がそんな言葉を発しているのか、最初わからなかったが、次に出てきた言葉は「こっちを向け!」

幼少時、母親に十分見てもらっていなかったとの思いが、自分でもわけのわからないままに、口をつく。そして、それがいかに自分のあり方を支配していたか気づかされる。そのまま、熱い涙がとうとうと溢れてしまった。

スリーインワンのセッションでおこる気づきのステップに似ているが、この人数(参加者8人+有里さん)で場をシェアして起こることは非常に強大なパワーを持つ。自分がまだこんな思いをずっと抱えていたのかと思うと、自分でも驚くと同時にいとおしくなる。

その場にみんながいてくださったことに感謝。

偶然にも、「母から見た子への思い」を吐き出してくださった方がいた。ちょうど私と逆の立場。私に母の思いがじっと伝わる。もし、自分が母への自分の気持ちをこれほどに感じていなかったなら、母の立場がわかる、というのは表面をなぞる軽い言葉になっていただろう。この方のシェアのおかげで、母の気持ちがすぅと入ってきて、それを拒まない自分がいるのを発見しました。出会うべくして出会わせてもらったかのような通じ合い。

シェアを通じていやというほど実感したのは、有里さんが参加者一人ひとりの人生に深くまさしく真剣に関わってくれているということ。非常に厳しい言葉の中に隠された深い慈しみ。
決して、生半可な気持ちでは自分の人生に臨めないことを、痛感することしばし。

参加者の「心の開き」のために、温かく裏方から整えてくれたスタッフの皆様に感謝!


まだまだ書きたいことはいっぱいあるけど、書ききれないので、また(たぶん)今度。お盆で実家に帰るので、もう少し先になるかも。

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(そして Eさん 数日後の 後日談 日記より転載)

このお盆に帰省した。

リトリートの後で、母との関係、家族との関係がどうなるかと思い....

実際の人間関係ももしかしたら、変わっているのかもしれないけど、
何気なしに実感できた自分のあり方をひとつ。

実家に帰って、当然自分の部屋にいることがあるわけですが、自分の部屋にいるときは、これまで、部屋の戸をずっと閉めてきた。それは自分にとってはあまりに当たり前の行動。

でも、今回は、どういうわけか、ずっと部屋の戸を開けている。自分でも気になって閉めてみようとしたけど、逆に息苦しく思えるほど。
どうやら、誰が部屋に入ってきても、気にならない自分がいる。母に踏み込まれたくないから閉めてきた部屋の戸は、いまや別に家族が部屋に入ってこようと気にならないので、扉は開いていても構わない。

小さな出来事、と思えるかもしれないが、たぶんこんな小さな行動の積み重ねから、自分の振る舞いをこれまで制限してきたんだろうなあと、実感した一瞬でした。
by ainohanaMusic | 2008-08-20 15:15 | 心の旅日記 | Comments(0)