愛の花

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満月リトリート3日目

朝7時半。
勤行を始める準備をしていたら、Hちゃんが具合が悪そうに現れました。

「有里さん、おっぱいが張って(乳飲み子をパートナーに託して出かけてきたので)苦しくて。。
どうしたら いいかな?」
「絞ってみたらいいんんじゃないかな?(わたしも おっぱいが出すぎて 胸が張りすぎたときその経験があったので)」
「それが、一度 それをやったら 止まらなくなったことがあるから 怖いんだ。。。」
「そうか~、じゃあAちゃん(最年少の子)に飲んでもらうことが可能かどうか 起きてきたら聞いてみようか?」(こういうときは 思いつく限りの可能性に あたってみるんだよね~)

そこにゆかりさんが 登場。
ホメオパシーを処方し、安全な絞り方を提案し、さらに胸に豆腐パスターをあててケアしてくれることになりました。

良かった~!

今度はNちゃんが 具合悪そうに やってきました。
「有里さん、花粉症で集中できないし、もう西洋医学の薬は飲みたくないんだけど。。。」
「そうだよね、今日は やっぱり室内でやろうね。ゆかりさんが、ホメオパシーを持ってきてるから処方してもらおう。」

リトリートの間に さまざまなことが起きるけれど すべては必然の成り行きです。体に出てきている症状も必要があって、出てきている。それにしても、ゆかりさんが いてくれて助かりました。

さて、お念仏と瞑想の間、参加者の人生が展開してゆく喜ばしいビジョンを見ていました。体の中に 参加者の人生が入っていて 祈りが力強くなり、手ごたえがあるのですね。頭ではなく、体で すでにつながったサークルの一部のわたしが、全体を自分として祈っていました。
その感覚を Nちゃんは
「魂のコードがつながっていったよ。参加者もスタッフもこどもたちをもつなぐコードが伸びてつながっていったの。」と言い
誰かは
「光の玉が頭上からわたしたちの上に、降り注いだ。」と言い
N子さんは
「今日は 手のひらに 光の玉をいただいて 気持ちよくて。。」と、言いました。

さて、朝ごはんを終えて 「祈りの間」で休養していたHちゃんと話しました。おっぱいが痛むことで、家に残してきた子どもたちのことを思い、罪悪感を感じているようでした。子どもが親を求めているから、体が反応しておっぱいが痛んでいる~と。でも、彼女の話を一緒に聞いたNちゃんが 言いました。
「昨夜、お母さんに対する思いを爆発させて、愛のチャクラが開いたから Hちゃんが母親の体だから、愛=胸が張る、と言う反応になっているんだと思うな~。こどもにとってお母さんは太陽だから 輝く太陽になって帰宅して しっかり抱きしめてあげれば すべて溶けてゆくよ。」

「そうなの。輝く太陽になりたいと思って、ここに来たんだよ。」と、Hちゃん。

急遽プログラム変更。
Nちゃんの提案で
「頭使い過ぎだから、頭空っぽになるように みんなで鬼ごっこしない?」

素敵な提案。

ありがとう。Nちゃん。

ハグ鬼というスペシャルな鬼ごっこで盛り上がり、座ってゲームも楽しみ、こどもと大人のひとつの輪が 楽しかったなあ~。
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そして虹の間でコンサート。

Hちゃんの深い痛みが 表に出てきて どの歌を聞いても慟哭が止まらない。。
歌の合間の語りも 慟哭を 聞きながらも 深い願いで語りました。
魂の底からの慟哭は 交通整理を必要としていました。
ライブを中断してサークルを作り、Hちゃんの中で慟哭している2歳のインナーチャイルドにみんなで光を送りました。見えない世界を見る能力を授かっているNちゃんが2歳のHちゃんの隣にはHちゃんのお母さんのインナーチャイルドが背中合わせに立っているのを伝えてくれました。Hちゃんのお母さんにも みんなで光を送りました。そして、Hちゃんを膝枕して頭をなでつつ、お母さんの意識を自分の体に引き受けたNちゃんが、お母さんとして語りました。
「ほんとは、こんなふうに かわいがりたかったんだよ。でもお母さんは どうしたらいいのか わからなかったんだよ。拒絶されることが怖かったんだよ。」

Nちゃんの見えている2歳の二人のインナーチャイルドは背中合わせから横並びになり、恥ずかしそうにお互いの手を握ったそうです。

見えてる世界ではHちゃんの慟哭が収まり、穏やかな表情がよみがえってきました。

さて、そこで再びライブに戻った後、一足早く帰るFちゃんのためにクロージングサークル(シェアリング)に入りました。リトリートは3泊4日が基本なのですが、時に 参加者の必要で2泊で帰る方もいます。 シェアリングのダイナミックな展開を経験し、日常に着地するには 時間が足りない感じがします。3回目のシェアリングを夜を待たずに ここで特別に設けたのはFちゃんにも 充分 変化する自分自身を感じてほしかったからでした。自分を説明したり良く見せる必要のない安心できる輪に、一度思い切って飛び込めば 体が芯から軽やかになり、わだかまりも消えます。

シェアリングを重ねるたびに 少しずつ硬い心の扉も開き、時間との経過と共に 参加者の表情は軽やかになります。
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さて、少し遅くなったランチをいただいて、午後はオプショナルタイム。
この日は 温泉へ行く参加者が多く、その間にスタッフと話す時間がありました。
刻々と軽やかになってゆく参加者に比べて スタッフの重たい感じが気がかりでした。
 この日は Hちゃんのおっぱいケアに加えて、子どもが犬にかまれたアクシデントがあり、対応はできたのだけれど 人手が足りなくなり 忙しさに追われて余裕がなかった とのことでした。
 そして、心の奥は「参加」を求めていて、スタッフとしては動きにくいNちゃんの状態が伝わってきました。
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夕ご飯を食べながら いろいろ感じてみました。
思い切って、スタッフのためのシェアリングを参加者の夜のシェアリングの前に設けました。

夕食後 片付けと子どもたちの世話を参加者にお任せして
スタッフだけのシェアリングを観音の間で行いました。
快く 引き受けてくれた参加者のみなさん ほんとにありがとう。とても感謝しています。

6人でキャンドルを囲み、シェアリングの説明をして 歌を歌い ひとりひとりが語るのに耳を傾けました。短い時間でしたが、いい時間でした。一人ひとりが 自分自身を感じるスペースは安心の始まりですね。感じた事を 分かち合える~という実感は 習慣的に物事を片付けてゆく流れを変えていきます。
リトリート経験者がスタッフを勤めるのがベストだと思っていますが リトリート未経験でも、地元の友人3人がスタッフを引き受けてくれたのは より深いご縁の始まりと思っています。今回の経験を次のリトリートにつなげてゆくことができるでしょう。。

9時になって、最後の夜のシェアリングが始められました。
二晩 子どもを寝かせるためにリタイアーしていたKさんにとっては 最初の長いシェアリング。
昼のシェアリングでは、家族を支える父親として夫として誠意を尽くすあまり背中に痛みが出ていました。Nちゃんが Kさんの愛情の大きさと体の痛みを感受して、静かに涙していました。

この夜 まだ感情の地雷を踏んでいなかった全員が順繰りに地雷を踏むことになりました。
誰も計画していないのに、一人の痛みは他者の心の奥底に眠っていた忘れたはずの痛みの始まりの記憶をも呼び覚ましました。

夫婦でシェアリングに参加してくれたN子さんとKさんのおかげで 地雷が3つ(それ以上かも?)同時に爆発しました。

夫婦が 当たり前に毎日繰り返している会話。

一人のありのままの言葉を もう一人が責めて、修正するように命じる。
相手が応じないと なんども責める。
本人は 責めていることに気がつかない。
責められてる方は 愛してるがために 自分の言葉を飲み込み 命じられたことを口にして その場が収まる。

これがシェアリングの輪の中で展開され
一瞬にして 3人が 体に反応が出て 倒れてしまいました。
一人は 吐き気を催し あわてて大判のタオルに顔をあて 起き上がれなくなりました。
残りのみんなは 近くに倒れてる 友の手を握り 背中をさすりました。
調和的になっていた聖なるサークルに 爆弾が落ちたかのようでした。
繊細な心がむき出しでも守られた細やかな波動のサークルに落ちた「不調和の日常の繰り返しが余儀なくされている」という爆弾。「愛し合っているのに苦しい関係」という爆弾。

なぜ、シェアリングを重ねてゆくのか?
それは人の心の調和と 人と人との繋がりの調和のため。

なぜ、わざわざ祈り、
聖なるトーキングスティックである水晶のハートの石を真ん中に置き、
語る人が それを手に取ったら 語り終わるまで 他の人はただ聞くことに 専念するのか?
なぜ、シェアリングでは、人の話に判断せず、話すときは 自分自身のこととして語ることを基本とするのか?

それは 万人の心の平和と 調和に満ちた繋がりのため。
たとえ間違ってると思っても、人の心の自由を奪うことはできない。
ほんとうのことは 実際は誰も知らない。
どれが正解で どれが間違いか それは誰にも決められない。
自分のほんとうに感じていることを自分の言葉で語り、そして聞き、たとえお互いの見解が違っていても それをありのままに受け取りあっていれば いずれは自ずと溶けてゆく。
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夫婦の会話のおかげで サークルの参加者の苦しい記憶が蘇りました。
そして、Mさんが蘇った記憶を涙と共に語ってくれたとき、N子さんの中の2歳の女の子が泣き始めました。もう、泣かなくてもいいよ。優しい夫を責めてしまうのは、愛を求め、迷子になっているインナーチャイルドだね。大丈夫だよ。安心していいんだよ。
つないだ手、お互いに差し伸べ合う手は 時を越えて 言葉を超えた光の言葉で お互いを包みました。

そうして和んできた頃、Nちゃんが 踊り 沖縄民謡を 歌いました。
サークルに座ってくれたみんな 気づきを深め合い 支えあう 大切な存在だったね。

N子さんとKさんのやり取りは、わたしと今は亡き誠さんの関係をも思い出させました。

わたし、我がままだったなあ。誠さんは わたしを愛してるがために 言葉を飲み込み わたしは ますます 思いやりの欠けた言動をしていたなあ。申し訳なかったなあ~そんなことを言葉にしたら

Nちゃんに誠さんが降りました。

「僕は君の事を ほんとうに愛していたんだよ。
男は単純だから 頼られると 一人の女神に尽くすんだ。
僕は こっちから 今もサポートしてる。
だけど、Kさんは まだ、こっちに来てはいけないよ。なぜなら。。。。」

Nちゃんは、わたしを後ろからあたたかく抱きしめました。

『光の体になったら、抱きしめることができないから』

無言のハグは そんなふうに わたしに 響きました。
久しぶりに誠さんの声を聞けて 嬉しかった。
不思議な不思議なサークル。

低年齢のこどもたちの多かったこのリトリート。
こどもたちの存在が 参加者にとって、大きなギフトであったことも分かり、リトリートを始めて14回目になるけれど 手間もエネルギーもいるけれど こどもたちの存在する自然なリトリートを大切にしてきて よかったなあ~と心から思いました。
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次回から 子どもと大人が全員で遊ぶ時間は恒例にしたいなあ~と思っています。

この夜は 「観音の間」に供えてあったお酒を乾杯。
和やかに夜は更けていきました。
by ainohanaMusic | 2008-03-26 20:36 | 心の旅日記 | Comments(0)