愛の花

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痛みと付き合う

数日前から、包帯の巻かれた両手の痛みが気になりだした。
ヒリヒリの他に、ズキーンと、痛みが響いてくることもあり、異様にかゆくなったり、生き物のように痛みも変化し、眠りにつきにくい。

痛いのは、当たり前。それより誠さんを失った心の痛みや、事態の収拾、住まいの確保、こどもたちのケア、支えてくださったみなさんへのお礼など、しなくてはいけないこと、したいことに心を向けていたのだと思う。

やっぱり、痛いね。
いつまで、この痛みは続くのかな?

そんな、普通のことを このごろ感じはじめた。

やっぱり相棒がいないって、寂しいね。心もとないね。

そう、もうすぐ、治る その日も近いってことかな。
そう、もうすぐ、歩き出すってことかな。

 12月6日、アマチ救出の際に火傷を負って、屋根から飛び降り、フリーキッズビレッジに火事を知らせに走ったとき、自分が火傷を負っていることを知らなかった。煙を吸って 呼吸に異常をきたしていることも知らなかった。
 ふらふらする足と、迅速に行動できないことが「どうしたんだろう?おかしいな。」と思わせたが、自分は普通のつもりだった。
 手と顔が熱いので、水道で冷やしたら、べローンと手の皮が剥けていた。いつもだったら、誠さんがわたしの側に来ないことを不審に思うはずなのに、気力をすべて使い果たしたように、気も回らなかった。救急車で運ばれている間に、我慢できないくらい手があつくなり、翌朝には手も顔も、パンパンに晴れ上がっていた。

それが、2ヵ月半して、顔も手のひらもすっかり治っているが、手の甲が今だ日々、変化を続けている。
「毎日、良くなっている。」
強い信念を持って、1日2時間は さまざまな治療を試みながら、日常をこなしている。

完治するには数ヶ月かかるのかもしれないね。

でも、今 なによりの元気の元は、歌うこと。
誠さんが残してくれた「夢歌」から 見えない世界の精妙な波動や、今だからこそハッとさせられる「真理」が流れ込んできて、物語は続いているんだ~と何度も気がつかされる。そして、コンサートで聞き手の魂にも、そのエッセンスが届き、聞き手の魂が癒されたら、わたしも復活してゆくのだろうね。

命ってそういうもの、与えたものが還ってくる、循環してゆくものだから。

そして、今、あふれるような想いやメッセージが胸の中に熟成しつつあることに気がついています。

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今暮らしている県営住宅は、もと暮らしていた「遊里庵(ゆうりあん)」から、車で15分。
その名も「神明」。日当たりが良くて、平和な場所。

ここでの暮らしが始まって、しっかりしているようで心もとないわたしを 継続的に支えてくれている人がいる。有賀さんという高遠町の公民館長さんだが、彼のおかげで、たった1室だけあいた県営住宅に募集時期ではない2月に入居することができた。
 そしてまた、救援の友人たちも日常に戻り、一人になったわたしの引越しを常時、さりげなく手伝いに来てくれたのも有賀さんで、3DKに入りきらなくなった誠さんの遺品なども預かってくださったり、折に触れて次の展開につながりそうな人を紹介してくださったり、とにかく気にかけてくださっている。

いつも一緒にいた誠さんがいなくなった今、そういう心使いが どれくらいわたしを停滞から救い上げ、物事を円滑にしてくれているか、改めて 気がついて 感謝している。

なぜ、有賀さんが、わたしをお世話してくださるのか?

彼は、一度 わたしが死んだと思い込んだのだ。

12月6日の火事のニュースの中には誤報を伝えたものもあったらしい。
「46歳の女性が焼死」と伝えた新聞もあって、有賀さんは
「大変なことになった!」と、誠さんに会いに、とるものもとりあえず火事現場に駆けつけた。
ところが、わたしが生きていて、誠さんが亡くなっていた。
有賀さんは、混乱したみたいだけれど、「死んだ」と思った有里さんを生かそう~とどこかで決めたのだと思う。わたしが、生きていたことに感謝した、そのことを素朴に、実践してくださっている。

暮らす場所を探して駆け回り、今は、リトリートもできそうな郊外の広い家を見つけることを心に留めてくださっている。その意識の存在が、わたしに安心を与える。自分でやらないと回っていかない現実に押しつぶされることなく、お任せの境地が流れ込んでくる。

再生してゆく命が、重みに押しつぶされないように、伸びていこうとする方向によりそう、そんなふうに淡々と行動できる人が、いるんだね。

本人は、きっと意識していないことと思いますが。
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誠さんが いなくなって、わたしは、今ポツンと一人で、道を模索してるような孤独を感じることがある。
「なんのために生きてるのかな」
ふとよぎることもある。
思うようにならない両手で、できることには限りがある。ひとこと、ふたこと相談する相手、共に働く人がいない孤独。

でも、きっと共に歩く たくさんの友が待っていてくれている。それは、今朝気がついたこと。

長い人生の道のりの中で、共に歩く人は数え切れないくらい たくさんいるのだろうね。
いつも、隣を歩いていた人がいなくなり、これからきっとたくさんの人と、肩を並べながら、今日を生き、明日を生きてゆくのでしょう。

春からのコンサート。

火事以前のつながりのデーターを焼失したわたしです。よかったら、共に考えてくださる方はお声をかけてください。3月18日名古屋、4月21日東京、5月4日大阪、そのあと徳島、7月27日は九州は、小倉。その前後、移動の流れで、コンサートを実現できそうなところがあるといいですね。日程に余裕があれば、いつでも、どこでも、企画は可能です。

今朝、誠さんのお位牌を前にしてお念仏を終えて、瞑想の中で、春からの音楽活動について誠さんに尋ねてみた。

「どうしたら、いいの?誠さん」

そして響いてきた言葉。
「有里が思ったことを実践したらいいんだよ。必ずうまくいくよ。今までだってそうだったでしょう?」

コンサートにも是非 足を運んでくださいね。なにか 今までとは また違った流れが始まってゆきそうです。

コンサートの形態を、従来のもののほかに
マイクを通さないで少人数で輪になって、シェアリングと瞑想を織り込んだ3時間くらいの参加型のものも、始めようと思っています。

♪今しかない、今しかない 昨日でも明日でもない♪
誠さんの歌声が、聞こえてきそうです。

生かされた命を、つながりの中で この宇宙に還元してゆくことが できますように。
by ainohanaMusic | 2007-02-26 15:43 | 心の旅日記 | Comments(4)
Commented by chico♪ at 2007-02-26 21:10 x
ゆりさん、絵一枚しかかけてないけど、大体できたよ。
あとね、有里さんや誠さんにぜひ話したかったこと、まえからあるんだよ。うまくはなせないんだよ。でもね、いまひとにじぶんのことばで話す必要を教えてくれる人にであったよ。mixiでですが。なんかきっと知ってる人のようにおもうんだよ。本当につらかったこと、いえなかったことひらいていくよ。
宇宙愛さんって人だよ。よかったらたずねてみてね。またね。
Commented by 有里 at 2007-03-02 11:01 x
真智子さん
そろそろCD関係のデザインが始まるよ。なにに使えるか、ポストカードかCDか、再スタートのコンサートのチラシにもいいかもしれない。今の流れのどこかに 必ず、真知子さんの表現が ぴったり合うはずだから、よかったら送ってくださいね。

原画はお返ししますね。

真智子さんが是非話したかったことって、なんだろう。
うまく、はなせなくても きっと伝わるはずだから 伝えてみてね。

宇宙愛さんは、わたしも一度 メールのやりとりしたことあるような気がするよ。
Commented by naoko at 2007-03-03 01:36 x
 ゆりさんが生きていて、誠さんが亡くなっていた・・・。そうだ、私もゆりさんが生きていてくれていることに、とてもとても、感謝してる。有賀さんの存在を知るだけで、私の心も安心します。祈りが届きますように・・・。
Commented by ainohanaMusic at 2007-03-06 08:40
なおちゃん、ありがとう。

命って不思議だね。
生きてるときは、それが当たり前なのに、亡くなると、生きていたことの奇跡に目が覚める。

誠さんは、今一瞬の 出会いに含まれている「愛」を、わたしに 伝えてくれたように思います。