愛の花

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新しい暮らしへ

こんばんわ。

しばらく更新できず、ご心配かけました。そして、今なお届いている義援金、義援物資、お見舞い、ありがとうございます。そうして心を寄せてくださった方々の総数は200人くらいにはなるのではないでしょうか?
 なかなか礼状も出せずにいますが、ほんとにありがたく受け取っています。明日の心配をせずに心身を癒し、暮らしを立て直す時間を与えられてること。なにが、与えられているのだろう?と自分に聞いたら、「無条件の愛」という答えが返ってきました。
 
そして、わたしが今、もっとも必要なものも、それなのだ、と数日前、気がつきました。

誠さんが光の世界に移行して以来、話しかけると電気のようなあたたかい波動が体に流れ込んできます。そして、誠さんとの対話が、自分自身との対話となって、心静かな時間が持てているにもかかわらず、時々、喪失感に涙が溢れてしまうことがあります。

愛されていたなあ、愛していたんだなあ、という気づきを掴んでしまうと、喪失感になってしまいます。

なにも掴まないで、愛されているし、愛しているという地平から歩き出す。

そう、なにも掴まないで歩き出す。
 
おかげさまで、少しずつ火傷も回復し、今日、ようやく12月6日の火事以来滞在させていただいたフリーキッズビレッジからの引越し先が決まりました。わたしを そっと自由にさせ、お世話してくれたフリーキッズの孝子、みなさんに感謝です。2ヶ月近くもお世話になってしまいました。
そして、この大所帯に食料を送ってくださったみなさん、衣類、火傷の治療薬など、ほんとに心のこもった物資をありがとうございました。衣類などは、すっかりわたしのテイストがそろってしまっています。自分のステージ衣装、販売用のものまで送ってくれた友人もいて、ほんとうに、ありがたかった!
 
引越し先は、高遠町の県営住宅です。今まで10部屋もある大きな家に住んでいたわたしにとっては非常に狭く感じてしまう3DKですが、火傷が完治し、新しい暮らしや仕事のサイクルが落ち着くまでは、いいサイズかもしれません。落ち着いたら、また次なる場所の展開があるのかもしれません。
 
やけどの両手は、傷がふさがり、赤ちゃんのようなピンク色の薄い皮膚に覆われました。部分的に硬いところもありますが、ゆっくりですが順調に治ってゆくのがすごい。こんなに自分の体を丁寧に世話し、観察したことはありません。手術しなくて良かったなあ~。火傷治療のプロセスも、その時期によって適切な情報が入ってきています。

14日の誠さんの念仏法要の時、来てくれた友人から東京の火傷専門のお医者さんを紹介されました。15日、そこへ足を運び、いただいた軟膏で飛躍的に良くなりました。また、同じ14日、友人から火傷についての手紙をいただき、「乾燥を避けるためのラップをはずす時期かもしれない」と直感し、ラップをやめました。また、沖縄の方からコーケントーという光線治療の情報をいただいていましたが、1週間ほど前、偶然、身近にその機器を貸してくださる方が現れ、今、毎日、光線治療をしています。その方は、誠さんとはほとんど話をしたことがなかったのに、10日くらい前から、誠さんが夢に何度も現れていたので、協力を求められてるように感じていたそうです。

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14日、東京は本應寺での誠さんの念仏法要&追悼コンサートは予想をはるかに上回る250人を超える集まりとなりました。
 この法要を提案し、早くから準備してくれた本應寺のお上人、みなさん、愛の花の仲間たち ありがとう。遊ちゃん、丁寧に関わってくれてありがとう。そして、遠方から来てくださったみなさん、ありがとうございました。そして、「観音道場 遊里庵 再建資金」をありがとうございました。ほんとうに、ありがとうづくしですねえ。

傷が癒え、暮らしが落ち着いたら、2005年から始めていた、リトリートを再開したいと思っています。安心して自分を深め、自然と共にある暮らし、出会う人の魂と響き合える空間、時間をつくっていきたいです。場所は、どこになるのかな?自宅には選べなかったけれど、家探しの中で見つけたいくつかの素敵なスポットが使えるように交渉してみるかもしれません。
 
そして、今年中に、誠さんと着手していた次のCDのプロジェクトを再スタートさせたいな。CDを製作するプロセス、プロデューサー、ミュージシャン、エンジニア、デザイナーやスタッフと作り上げてゆく世界は、ほんとに面白いのです。シンガーとしての力が飛躍するチャンスでもあります。まだ、未知数の次のCD製作プロジェクト。どんな展開になるのだろうね。あの世を感じながら、この世を生きるようになった今、どんな歌声になってゆくのかな。
 
ところで、誠さんは、わたしと活動を共にした3年半も、相当の人たちと出会い続けていたと思うけれど、それ以前もすごかったんだね。全力で一生を駆け抜けたんじゃないかな~。14日は、ほんとうにさまざまな顔ぶれで、誠さんが関わった世界の広さ、そのフットワークの軽さを痛感しました。そして、ほんとうに音楽が好きだったんだね。音楽関係の出会いの人たちが圧倒的に多かったですね。演奏に参加してくださったみなさん、音響をやってくださった方、ありがとうございました。

27日、誠さんが高遠町に借りていた(ほとんど帰ることのなかった)家を、誠さんの息子さん、娘さん、元のお連れ合い、弟さんと一緒に片付けました。誠さんの生前にはお会いしたこともなかった、家族は、結束が強く、さわやかで素敵でした。半日一緒に働いて、心があたたかくなりました。
 
そして、誠さんのコレクションしていたCDや以前の作品、シングルライフの生活用品など、ほとんどの遺品を譲っていただいたのだけど、、、。

わたしは、彼の残したCDを全部、聞くだろうな、と思っています。

一緒にいた時は、前に進むことに夢中で、誠さんの世界(特に過去のもの)には感心がなく、目を向けることがなかった。誠さんが光の世界に旅立って、初めて 彼の全体を受け取ろうとしているわたしがいる。

レゲェ、ロック、フォーク、民族音楽。自分の中から生まれたものしか興味のなく、情報を遠ざけて暮らしていたわたしが、誠さんを通じて、外の世界の情報に心を向けている。なぜなら、そこに彼の存在を感じられるから。彼の親しんだ たくさんの音楽を わたしはこれから吸収することになるでしょう。

出会いの順番が、現在から過去へ。

それでも、出会い、溶け合ってゆくことには変わりない。

生前は、誠さんが わたしの世界にやってきた。

誠さんが旅立ってからは、わたしが誠さんの親しんだ世界を受け取ろうとしている。

体がなくなってもなお、与えられている「愛」に感謝です。
by ainohanaMusic | 2007-01-30 01:47 | 心の旅日記 | Comments(3)
Commented by えりこ at 2007-01-30 08:39 x
ありがとう、涙が出てしまいました。よかった、有里さんが回復されているのを読み、すごく嬉しい自分に気付きます。

背負うと荷物は重いけど、手放せば無条件の愛になること・・・自分にしみてきた事でもありました。

ありがとう、有里さん
Commented by rumi at 2007-01-30 08:46 x
ゆりちゃん。
法要コンサート本当にすごかったね。
靴が並ばないくらいいっぱいだったね。
プレゼントしていたCDもなくなっちゃったね。

誠さんの人生と人柄を垣間見れたような気がした。
ほんとうに素敵な人たち、誠さんへの愛情でいっぱいだった。

お上人が言っていたね。
誠さんは「下座」に徹していた3年間だった。
それをやりつくした3年だった、と。
だから、一足はやく神様からOK!って言われて
次へ行ったんだね。

私たちは、まだまだ OK!って言われない。
まだまだやらなくちゃならないことがあるんだね。

15日はあいさつもできないで本当にごめんね。


私もあの日はお上人はじめいろいろな人に初めて会って、
深い気づきをもらいました。

ゆりちゃん。
大好きだよ。
またリトリートスタッフやるよ、今度は行くだけじゃなくて準備から。

いつか、遠い未来かもしれないけど、
神様がOK!って言う日まで、
がんばろうね!!
Commented by chico at 2007-01-30 16:54 x
新しい出発。おちついたら、火事前に考えていたこと、また話するね。

愛で繋がっていることいつも教えていただいてます。
ありがとう。