愛の花

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懐かしい場所がこんなにたくさん!

実家の焼津で5日間を過ごし、長野に戻ってきました。

9月に2週間、カリフォルニアに出かけるので、その前後の流れ(レコーディングやライブ、リトリート)を整えるために気持ちは、急いでいたけれど、昨日は、久しぶりに寝込みました。暑さにやられて、体温調整ができなくなったのかな?割れるような頭痛。もう、なにもできません。ただ一息、一息、息をしてるだけ。電話にも出られない。

夜、誠さんに、頭痛を治す「陰陽霊法」をしてもらい、ようやく起き上がれました。

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久しぶりに、苦しい時間を過ごしたので、今日はゆっくりおかゆを噛み締めました。
急いでも仕方ない。体には、教えられることが多いですね。「急ぎすぎだよ。無理しないでね」ってね。

で、朝、一番に始めたのは、玄関の掃き掃除。

そして、八星と畑に収穫に。
アマチが、1日、ともだちと遊ぶのに忙しくしてるのに、八星は1日中、家にいます。つまらなく、ないのかなあ。と思うのだけれど、一緒に収穫し、一緒にごはんを食べ、一緒に掃除をし、一緒に川に飛び込み、一緒に眠る~その間に、いろんな発見をする八星。
 今日は、カマキリがトンボを食べてるのを発見。
「こんなの、なかなか見られないよ。」と、座り込み、観察していました。
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畑の収穫は、なかなかすごいです。植えっぱなし、でちっとも手を入れてあげてないのに。申し訳ないくらいです。
毎朝、大きなかごに一杯の収穫。今朝は、トマト、きゅうり、おくら、ピーマン、ししとう、とうがらし、モロヘイヤ、まめでした。かぼちゃもサツマイモも順調に育っています。

夕ご飯は、夏野菜のトマトソースのスパゲティー。ほんとに、おいしかった。
畑から、いただいてるのは感動。ほんとうに、おいしいから、そのおいしさに深々と感動するのです。

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さて、静岡でのお話。

わたしが、両親の家に里帰りし、子ども達と数日を過ごすようになったのは、ここ数年のこと。それ以前は、13年間、父に勘当を言い渡されていましたし、カリフォルニアの山で8年、サバイバル生活をしていました。
無条件で、こどもたちを愛してくれる両親の家に滞在すると、ほっとします。こどもたちを見守る眼差しが、私以外に恒常的に存在していることのありがたさ。

わずかな滞在の間にも、自分のことを感じ取るスペースが与えられます。

今回は、もう歌わなくなっていた、カリフォルニア時代の歌を、久しぶりに歌ってみました。
「あ!これ、今、歌いたい。」

誠さんの夢を通じてやってきてる最近の歌とは、対照的な実在感のある歌たち。子育てに葛藤
しているリトリートで出会いを深めた友人たちと、同じ葛藤をアメリカの山の中で生きて、歌っていたわたし。「カモミールの花たちのように」という歌が、それ。
 目に映る自然も、動物も、出会う人々も、みな、私自身の一部と感じていたわたし。これは、リトリートで自他の境がなくなるとき、いつも感じていること。それは「もとは、ひとつ」というカリフォルニア時代の歌。

大自然の暮らしの中で感じていたことと、人の輪の中で生かされて感じてること、表現の方法は違うけれど、ひとつのことなんだ。

こどもたちと、静岡の町で観た「ゲド戦記」
中学校時代から、大好きな物語です。
 魔法の力を持つ大賢人ゲドや、かつて巫女だったテナーが、汗を流しながら畑を耕し、シンプルな暮らしのなかに自分自身の心と世界を見ている。

原作とは違った物語の展開の中にも、わたしが、二人のこどもたちに伝えたいことが、随所に出ていて、映画館を出た後、二人に話をしました。
「ママが、二人とやりたいことは、生活を共に作っていくことなんだよ。」「食べ物を作ったり、掃除洗濯をしたり、基本的なくらしが、地球とのバランスがとれていて、家族への思いやりがあって、自分の願いを社会のみんなと分かち合い、生きていけたらいいよね。」

テルーの歌が、草原でアカペラで歌われて、それが、アレンの心に沁みていくシーン。
なんだか、懐かしかった。

わたしのもまた、かつて誰もいない山の草原で、ひとりで夕日に染まりながら歌っていたなあ。こどもたちの手をひいて、あるいは、こどもたちを背中におぶって、散歩しながら、歌っていた。

まずは、自分の心をなぐさめるために。
そして、希望をもつために。

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また、懐かしい場所にも子ども達二人を連れて、行ってきました。
わたしが、6歳から18歳まで暮らした静岡大学の職員宿舎(アパート)。
ここも、山の中の静かな場所。

当時は新築。今は、古くなった「歴史を感じる」(八星曰く)建物。
小学校1年のときの、わたしの日記を読んだばかりの子ども達には、おなじみのなまえ「せいくん」「なびちゃん」の住んでいた場所も教えてあげられました。わたしの心の中には、小学校時代のわたしもそのまま存在している。だから、二人の子どもを連れたわたしを不思議そうに見ている、こどものわたしの眼差しが、わたしの中にありました。なが~い、不思議な旅をしているなあ。過去と現在と未来を感じる眼差し。
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そして、かつて初詣に行った久能山の東照宮にも参拝に行きました。1000段以上ある、石段を駆け上って、山頂にある徳川家康のお墓まで、汗をかきながらみんなで歩きました。記憶の中にある小学校時代のわたしと妹の姿が、二人のこどもたちの姿に重なって、不思議な時間。
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帰りは、海岸に車を止めて、波と戯れ、最後には全身ずぶぬれになってゆく、二人の子ども達の遊ぶ姿を見ていました。
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静岡での5日間は、こどもたちにとっても、わたしにとっても良かったです。
カリフォルニア時代のわたし、それ以前のわたしと、久しぶりに再会した5日間だったな。

今、与えられている現実は、長い旅の途上で授かっているものたち。
過去、現在、未来をつなぐのは、おおいなるもの。
おおいなる流れの中にはぐくまれ、導かれているわたしたち。
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さて、今日も、歌おう。心の歌を。
日々の暮らしの中に。
by ainohanaMusic | 2006-08-19 23:56 | 心の旅日記 | Comments(3)
Commented by chico♪ at 2006-08-21 14:47 x
カモミールやさしいね。

オイルでも、花でもこどものときのやさしいきもちになるよね。

おでこにホホバ油でカモミールのっけると、ほんとだいすきな自分にあえるね。

春にむけて、種まいてみるね、
まだ少し暑いけど。無理しないでね。
アマチ君と八星君と静岡の海いったの。よかったね。
なんかとってもうれしかったよ。
Commented by 有里 at 2006-08-23 22:05 x
そう、カモミールの花を無心で摘んでいたとき、八星が、わたしを探して泣く声を聞いて、泣いてしまったことがあるんだよ。八星が2~3歳くらいだったかな。

毎日、30分~1時間、家から離れて、森の中でバイオリンを弾く わたしを探しては泣いてると、元のパートナーから聞かされていてね。
 それでも、自分の時間が必要だったよ。

子どもの泣く声は、母親の中にもある 泣いてる子どもの心と共振するんだよね。

わたしも、カモミールに包まれて泣いた。

こどもたちとの時間。

育ってゆくこどもたちと、いつも こうして出会えるのが嬉しいね。
Commented by chico♪ at 2006-08-25 11:36 x
カモミールは、こどものときの自分にもどる~

そんな作用があるみたい。

アロマの勉強をゆるーくやってるんですが。
パートナーは顕著な気質。
顔つきまで、子供時代の表情にかわってました。(笑)

カモミールのかおるクサハラに、こどものときの、悲しみや喜びを、大空にむかって、解き放てる。
そんな時間にであいたいな。

いろんな立場が人にはあるんだけど、純粋に生かされてるだけで、かかわる、みなもとのふところにいだかれたうね。
そして、許しあう日がきますように^^