愛の花

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救われて信ぜよ 陰陽霊法との出会い②

11月21日、宮崎で成原先生の「お救い(おすくい)」を受け、そのシンプルで効果的な癒しの手ごたえに魅了され、2月2日から2月8日まで大阪は吹田市樫切山にあるトゥルース本部で行われる研修会を受けてきました。
 陰陽霊法は、2月、5月、8月、11月の1週間を4回、学ぶことで一通りの研修を終え、「お救い(おすくい)」をお仕事として始めることもできるのです。

たった1回の「お救い」で、これは身につけた方がいいと確信したわけですが、体の悪いところがはっきりと分かり、そしてその部分の麻痺状態を、温冷の刺激で解いてゆく。なんてシンプルで、確実なやり方だろう!ずっと体調を崩していたために、健康でなければ、楽しめないこと、身にしみていた。ちょっとした買い物でも、お掃除でも、すぐ疲れてしまう。体をかばいながら歌う時に、心には怖れがあり体も硬くなっているから、その怖れが敏感な人には伝わってしまう。歓談しているときですら何気に声帯を気遣っているわたし。
「歌えなくなったら、どうしよう?いつ完全になおるのだろうか?」

神経系や内臓の疲れと関連して弱っていた声帯を健康にしてゆくには、体全体の免疫力の回復が必要だ。目先のことではなく、体全体の健康回復への道。やっと、健康にまでたどり着ける。よかった。よかった。
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トゥルース教の教祖の奥原基玄師は、明治26年生まれで、昭和47年80歳で亡くなられた。
師は、生来の虚弱体質で「自分の体は現代医学では救われない。」と大自然を対象にした信仰生活に入り、独学で学んだ指圧療法で多くの人を治療するうちに、心身両面での健康の大切さに気づかれ「だれもが自分自身でできる簡単な健康法」の模索研究を続け、昭和5年、22年に三度の霊示を受けられた。
2度目、枕元に立った男神は火をかかげ、女神は水の器を持っていました。3度目は、東の窓、朝の大自然の光の中から、澄んだ声で、「大宇宙陰陽、大宇宙陰陽、心身一如」という言葉を聞きました。その霊示を解くために、診療もお弟子に任せ、患者が日ごとに減っても、親戚の方が来られてもお篭りされ、半年の考案と祈願の末に創案されたのが、温球と冷球のついたご霊器でした。
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さて、今は、このように説明できるけれど、なんの予備知識もないままに1日の夜、10時頃、トゥルース本部に到着。迎えてくれたのは宮崎でお会いして以来の成原先生と一足さきに到着していた誠さん。本部の方々は「お帰りなさい。」とあたたかく迎えてくださった。
5階建てのビルの4階の大きな部屋で女性は雑魚寝。参加者は60名くらいだったかな。起床が6時で、夜10時まで、びっちりと研修が詰まっていました。
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翌朝6時、起床と同時に音楽が鳴り始める。すると みんなもう既にエプロンをつけた姿で、布団をたたみ、班毎に感謝行(掃除)が始まり、初日は面食らってしまいました。二日目からは、みんな朝5時半に起きて身支度を済ませていることが分かり、わたしもそのようにしました。感謝行のあとは、鎮魂(ちんこん)と呼ぶ座禅、講話があって、朝祭(ちょうさい)がある。これは祈りの行。わたしは祈りが好きだし、宇宙の中心に働く大生命力を「総祖宇宙大霊之尊(おおみおやうちゅうたいれいのみこと)」と尊称して信仰の中心にしていることには、異論もないどころか、わたしの中にある祈りと同じ。でも、儀礼的な感じ、古めかしい儀式感覚に馴染みにくかったのです。シンプルで心がこもったものが好き。でも、好き嫌いを越えて、そこに存在している根本的なもの、祈りを行じる生活は、気持ちよかったのです。

そして、8時頃、朝食。9時過ぎから実技の勉強がありました。初回生は13名。経絡の勉強から始まり、霊器の持ち方、なぞり方、温球を絡にあてて、感察してゆく(どこが熱いか)事から始まり、麻痺しているところの麻痺を返す「麻痺返し」のやり方、そして、お救い(治療)に入っていきます。実技は3~4時間の枠が5回。2回生から4回生までの先輩と組んで、交代で実技をしてゆくのを、さらに各地方から来られたベテランの先生がついて指導してくださいました。男女入り混じって、下着1枚の体を3枚の大判のバスタオルでうまく包みながらお互いの体を「お救い」練習。次第にあらわになる肌も気にならないくらいの熱が入って、休憩中も「お救い」談義はいつまでも飽きることはありませんでした。

祈りは夕祭といって夕食前にも30分あり、その他、御霊祭りや教祖祭、祈願祭もあり、儀式的なことが多かったですね。班毎の掃除や集団生活的な決まりごとも、わたしは苦手なはずなのに、集団の一人として個性を手放して、溶け込むことができたことは不思議。

ちょっとした休憩に親しみを感じる繋がりもできました。オペラを習っているというお姉さんのような高水さん。屈託ののない笑顔とほんとうに大らかな優しさが大好きになりました。彼女が、わたしの声帯を気遣って、声帯の健康を保つための「お救い」の図を書いてくださったことがきっかけになって、5日から連続3夜、30年~40年のベテランの大先生に「お救い」をしていただくことができました。研修会の間は、「お救い」を受けることは表向きには禁じられているのですが、高水さんのおかげで、「わたしは、なんのためにここに来たのだろう?」ということを改めて思い出すことができて、チャンスを受け取る積極的な心の準備ができたのです。
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 ベテランの八木先生、成原先生、福井先生にお救いをしていただいて、体もぐっと楽になりました。1回、1回、確実に健康を取り戻していくのです。一人ひとりの先生が、ご霊器を扱うときに、霊器を通して働く陰陽の力は、自己を超えたもの「宇宙の中心の生命力」から働いてくるということを感知することができました。福井先生はトルゥース教会の理事長。喉頭癌で声帯を無くされたにもかかわらず、食道気管を使って、しゃべる技術を体得したすごい方です。大きな声は出ず、搾り出すような一言一言が、優しくて愛がこもっていて、感謝しています。みな、それぞれに違う。でも、同じなのは「大霊」に委ねているということ。霊力をいただいて、「お救い」をしているということ。

初回生は「入信の動機」、先輩は「実践清話」を、みなさんの前で話す時間がありました。また、班毎に「法座」と言って、「陰陽霊法」とのご縁を語り合う場がありました。
 学びに来られた人のほとんどは、自分自身か家族が病んで「陰陽霊法」で救われた「奇跡」を体験していました。現代医学でも東洋医学でも治らなかった難病が、治り驚嘆感謝し、今ではご縁の方々を一生懸命、「お救い」している方々の話は、聞いていて涙が出ました。自分では到底治せない、知識も無い病気の方を目の前にしても「治してあげてください」という願いをこめて「お救い」してゆく。未知な領域、未経験の領域に、「菩薩」として働くことに専心してゆくようなのです。


「お救い」の前には必ずお祈りをします。「真理妙法霊力無量寿光 南無帰一宇宙大霊之尊」を3回、「南無大霊」を5回、自分が治すのではない、「おかげ」をいただくだけ。ノイローゼやうつ病も治ってゆくのです。すごいことですね。

さて、思いもかけないご縁も始まりそうです。
それは、わたしの本業である「歌い手」としてのご縁です。

10月8日は、トルゥース教立教55周年の大祭があるのです。トルゥース教では、今までプロの音楽家によるコンサートは企画したことがなかったそうなのですが、55周年にはコンサートをやりたいという意向が会った時、今回の出会い。わたしは、今回、珍しく1回も歌いませんでしたが、噂だけをたよりに、コンサートのお話を持ってこられた八木先生にCDはお渡ししました。彼はまだ聞かれていません。忙しすぎて。でも、八木先生は、確信し、決めているみたいですね。まるで、わたしがトルゥース教のことを一切知らないのに、信頼して、飛び込んできた時のように。
「バンド全員で演奏してくれよ。300人は集まるからな。」と。

そして、わたしも そうなるであろうことを感じています。

不思議な出会い。すべてがまるく整ってゆく。

10月7日、大阪にバンドのメンバーが揃いそうです。岩手からウッドベースのでんちゃん、東京からピアノのシーナ、兵庫県尼崎市からシタールの田中峰彦さん、そして長野からわたしと、誠さん。PAは、ディー・エム・エスの桑田さんをお願いするつもりです。
前夜祭コンサートの後、8日と9日が日曜日、祝日です。どなたか吉本有里withサークル・オブ・フレンズのコンサートをこのチャンスに企画しませんか?駒は揃っています。どうぞ、よろしくお願いいたします。合掌
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by ainohanaMusic | 2006-02-10 19:11 | 心の旅日記 | Comments(0)