愛の花

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最悪の日は最良の日 「陰陽霊法」との出会い①

昨年末、「1年を通して、一番良かったことはなんだったかなあ?」と、ふと振り返ったことがありました。
 一番心深く、愛を受け取った日。

心によみがえったその一日は、意外なことに一番辛かった日でもあったのです。

2005年11月20日。コンサートで歌えなかった日。

その日は、九州でのコンサートツアーの3日目。朝、小倉で目を覚ましたら、喉がひりひり痛みました。前夜、家族のように親しい助産婦さんの金子さんの企画してくれたコンサートの終了後温泉に浸かり、海の幸とお酒のおいしい素敵なバーへ飲みに行きました。彼女の新しい恋人の接待でご馳走していただいた夜があけて、思いがけず痛み始めた喉に、不安な気持ちで電車に乗りました。
 電車の中で「絶対に治る」と信じて、誠さんのヒーリング(手当て)を受けたにも関わらず、宮崎に着くころには、歌声はおろか、しゃべる声までガラガラになってしまっていたのです。

無力感。

「わたしは、歌を通じてお役に立ちたいと願っているし、この道は間違っていないと思う。それなのに、肝心な時に声が出ない。自分で治すこともできないし、祈っても奇跡もおきない。でも、あきらめてはいない。ただ、ベストを尽くせばいい。何故、今、声が出なくなったのか、理解できてないけれど、今、起きてることが一番いいのだよね。何故なのか、どうなるのか、わからないけれど、一番いいようになる。いつだってそうだった。一番いいようになってゆく。それは信じていよう。」

迎えに来てくれたライブの主催者、ののちゃんは、わたしの声を聞いて、動揺しました。
「有里さん、どうする?中止する?」

「大丈夫。歌えなくても、出会えるよ。歌は手段で、コンサートの動機は、人生の本質に目覚めるために ほんとのことをシェア(分かち合う)しあうことだから、歌わないコンサートをするよ。大丈夫、ちゃんとやれるから、安心してね。」

急なことで、コンサートが始まるその瞬間まで、2時間のコンサートで、なにをするのか自分でも分かりませんでした。ただ、歌えなくても出会える、原点に戻って「心と心の出会いのコンサートをする」とギターの誠さんに伝えてありました。

結局、お話とバイオリンとギターのアンサンブル、そして2曲をわたしの変わりに誠さんに歌ってもらいました。

そして、残った方とのシェアリング。
「あの歌声が聞きたかったなあ。でも、仕方ないよ。スーパーマンじゃないんだから。」
その、言葉が 胸に響きました。「そうだよね、わたしスーパーマンじゃないんだよね。」って、当たり前のこと、受けとった気がします。

また、歌わないコンサートでは、「心配しないでありのまま生きればいいんだ。形じゃない心だね。」ということが、ちゃあんと伝わっていた。そして、最後に わたしがシェアして
「今日は、歌えないわたしでした。ほんとは、歌いたかった。」と言葉にしたとたん、涙がこぼれ落ち、「でも、歌えなくても、わたしでした。ありがとうございました。」となんとか思いをそのまま、口にした時、どーんと胸にあったかいものが流れ込んできました。

「わ、なんだろ?このあったかいもの。」

それは、輪を囲んでた20人くらいの人たちからの「愛」だったのか、わたしを守護する大いなるものからの「愛」だったのか?あったかい、なにかが確かに流れ込んできた祝福された夜だったのです。

一番深く、愛を受け取った日。それは、歌えなかった日。

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そして、翌日、ののちゃんの急なアイデアで「陰陽霊法」という治療を受けることになりました。
実は、次のコンサート地の鹿児島で、昼食を一緒にする約束があったのですが、しゃべることも困難なときに、約束より優先するのは、やはり体。そのあと、最終日の長崎まで5回もコンサートが控えていました。

足を切断することになっていた人が、最後の希望を託して「陰陽霊法」を受けに来て、帰りは歩いて帰ったとか、癌の人が治ったとか、奇跡のような事実が口コミで広がって予約で満杯の成原先生の治療室に、座ることもしんどかったので寝かせてもらい、1時間の「お救い(おすくい)」の時間を取っていただくことができました。
※陰陽霊法は治療ではなく宇宙の大生命力が働くよう陰陽霊器をあてることで生体の持つ自然治癒力を復活、増進させてゆく皮膚刺激健康法だということです。

その1時間ほどの間に、「目からうろこ」の事実がわかりました。
陰陽霊器というあたたかい球と冷たい球が交互に、体をなでてゆくとき、そのあたたかさが、灼熱の熱さに感じてしまうところが体中にありました。その場所が、自分の体の異常な箇所だったのですね。私の場合は、すい臓、肝臓、腎臓、胃、胆のう、秘蔵、生殖器、肺、気管支、神経系など。熱い場所を温球で丹念にさすり、冷やし、あたためとやっていると平常の温度に感じられるようになります。麻痺した状態が解消されて整ったというとになるんですね。そして、自然治癒力が復活してゆく。

わたしの体は、思い返せば、カリフォルニアに暮らしていた頃、いやそれ以前から異様に疲れ易かったように思うのです。それでも、自力で自然出産し、思うままに生きてきた。この数年などは、日本内だけではなく海外をサバイバル的に旅して、家では子ども達の世話、畑を耕し、リトリートも企画し、コンサートもレコーディングもコーデュネイトから演奏、実務、長距離運転まで自分でやっています。過密なスケジュールを乗り越えてきたけれど、体はついて来れなかった。気持ちひとつでやってきたところがある。だからこそ、「スーパーマンじゃないんだから。」という言葉がやけに響いたんですね。

体をいたわらなきゃ。自分が健康になってゆくこと。それは、周囲にも健康を伝えてゆくということですね。たった1時間の出会いで、陰陽霊法のすごさ、癒しの力の確実さを感得して、研修をうけることに決めました。

それでね、さっそく陰陽霊気を購入し送っていただいたのだけれど、「入信願い」という書類や、ご念誦とか、祈りの本とか みおしえの歌などという本まで 送られてきました。
「え?宗教団体なの?わたし陰陽零法を学びたいだけで、入信するつもりないんだけどなあ。」と、戸惑い。

警戒、疑いだしたらきりがない。細かいことは気にするのはや~めた。

信頼。自分の直感を信じてみる。カリフォルニアでも、たくさんの教会で歌った。キリスト教のことをなにも知らず、自然にご縁のつながる教会で自作の歌を礼拝の間にお仕事として、歌わせていただいた。ご縁が深まった教会は「サイエンスオブマインド」と「ユニティ」という教会。いずれも、聖書からではなく、司祭自身が暮らしや心の中の出来事に気づきを細やかにシェアするのが講話で、いかに目覚めて生きるかを学び合ってゆくセイクレッドなサークルで、素敵な友だちがたくさんできました。

日本では、今、浄土宗の本應寺とご縁が深まっています。おかげさまで、「思惑を超えた偉大なる光に委ねる」ということ、自分の力で生きているのではなく、委ねたところでベストを尽くし、ベストを尽くして委ねる~ということが身について、不安がなくなってきています。お上人からは、「おまえは真面目すぎるなあ~。真剣は2割、遊びが8割でいいんだよ。」とアドバイスされておりますが。風流なお上人です。明日はそのお上人と名古屋で待ち合わせ。念仏会&誕生会で歌い、温泉旅館にみなさんと行く予定。ゆっくりしよ~っと。

ご縁というのは、突然現われるのではなく、既につながってるもの同士が、前世で再会し、また繋がり直してゆく感じがします。

というわけで、2月2日から1週間研修会に参加して昨夜帰ってきました。
こんな集団生活は初めてだったかも?最後には亡くなって55年経つ「教え親様」を祭る「教祖祭」まであり、おもちつきとか、模擬店までやりました。d0024504_14371271.jpgすごい1週間でした。もちろん、しっかり学んできましたよ。わたしの体質も変わるような気がしています。疲れ易い体質から解放される予感。今も、少し、すっきりしているのですよ。(続く)
by ainohanaMusic | 2006-02-10 14:51 | 心の旅日記 | Comments(0)