愛の花

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歌うように生き生きるようにうたう②

吉本有里という生き方②

訪ねたコミューンは、もうすでに消滅して人々は島の村人になってそれぞれの場所で暮らしていましたが、島は静けさと自然が満ちて平和でした。わたしはコミューンの跡地の竹の小屋に、寝泊まりして、一回り年上の若者とかまどを共有しご飯を作り、島の子どもたちと遊びながら、元コミューンの島人にインタビューをして回りました。

そんな日々、竹の小屋に夜這い。月明かりで誰かが、笹の間を歩き近づいてくる音で気がつき、直観で対処し、逃げ切って、その怖さが、わたしに旅を次に先に進めることを止めました。

大学新聞の仲間たちからは、「もう帰ってこないかもね。」なんて冗談を言われて送り出されたのです。(笑い)どこか、自分の暮らす場所を見つけて自然な暮らしに回帰してゆきそうな本質が そのころからあったのでしょう。けれど、「鍵のない家」「なんでも共有できる自然を大切にするエコロジカルな暮らし」、その項目の中に、異性に対してどう対処したらいいのか、知識も欲求もなにも分からない硬い殻の中の自分を発見したのです。

大学に戻って、守られた暮らしの中で、男の子たちから誘われるデートは楽しくて行くけれど、女性として見られ求められると、とたんに拒絶反が出てくる自分がおかしいのかも?気がつき始めました。親しくなった男の子たちが、わたしに交際を申し込んだり、行動を起こすと拒否反応が起きて会いたくなくなる。その自分が当たり前だと思っていたけれど、あたりまえではないかも?未知なる世界へ扉をあけるスイッチが入ったのです。

そのとき一番身近にいたバンドのボーカリストのOさんと自然な成り行きで、つきあい始めました。まだ自立していなかった時代、兄弟のような距離感で、わがままを通し、甘えて世界を広げました。また、いざという時は、知識も経験もない自分の方が彼よりも揺るぎのないことも知りました。

そして 春・・・
満開の桜の木の下で、いのちの渦に わたしは遭遇しました。



毎日挨拶していた木々は 桜の木だったのです。
花びらがいっせいに散り、花吹雪になった夕方、それを知らずに、ふと公園に足が向きました。

花吹雪の真ん中にわたしは立っていました。花吹雪は、息をのむほどの美しく、花びら一枚一枚が、くるくると舞いを舞って、いのちを惜しむように、なかなか地面に落ちてゆきません。

この渦の中では、人も舞うのだろうか?
ふと疑問が湧いて、力を抜いて手を差し伸べてみました。
手のひらがくるくると舞いだして、体も、くるくると回り始めて・・夕闇の中、花びらと一緒にわたしは、踊っていました。

目が回ったので、ゆっくりと足を踏ん張り、歩き出した時、胸の奥からなにかが押しあがってきました。

生まれて初めてのうたが、一番から二番まで、唇から出てきましたが、それが、あまりに唐突な出来事で、なんだかわからなかったのです。ただ、唇からこぼれ出てきた言葉とメロディーを繰り返し歌いながらアパートに帰りました。

花びら流れて

花びらを数えては風を感じてる
花よ 花よ いつまでも散り続けてゆけよ
寂しさのせて 散ってゆくんだよ
仲間たちも後から来て追っかけてゆくよ

花びらを数えては風を感じてる
花よ花よ どこまでも吹かれてゆけよ
この野原で わたしも 踊り続けてゆくうちに
闇に溶けるよ


アパートに帰ってカセットテープに録音して、Oさんに聞いてもらいました。彼は、とても喜んでくれて、「これは、歌だよ。」と、教えてくれました。当たり前のことが、あまりにも不思議に感じたのです。「これが、うたなの?」

O
さんが、気に入って伴奏をつけてくれて、わたしは、歌うようになったのです。
以来、うたはずっと、聞こえてくるのです。

わたしの仕事は、自分らしく生きること。 そうすると、歌が、やってきます。
わたしの暮らし、わたしの心、出会った自然やいのちの声が流れ出てくるのです。

うたは、わたしの暮らしであり、心であり、出会いであり、未来のビジョンであり、浄化であり、今ここすべてなのです。

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                 (学生時代 バンドでイベントに出演 楽屋でのひと時)


by ainohanaMusic | 2017-07-27 23:46 | | Comments(0)