愛の花

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八星が光に還った

10月6日、小谷村でクッキングハウスのみんな、小谷村のみなさん、講座に参加された皆さんと別れて、帰路についた。
夕方 遊里庵に着き、アマチに搬入を手伝ってもらい、ひと段落したころアマチの携帯に電話が入った。
「パパがママに代わってって・・。」

14年前に別れた元パートナーとは、子どもたちは自由に行き来してつながっているが、わたしになんだろう?
不安になりつつ、電話をとると、アマチがわたしのために水を用意して、背中に手を回した。

電話の向こうの声が、想像をはるかに超えたことを伝えた。
「驚かないでね。八星が京都のアパートで、冷たくなっていた。って、警察から連絡があった。」
(八星は家出して、山小屋バイトを経て、四国の父親の家まで行き、京都のアパートと仕事を 父親つながりで紹介してもらっていた)

なぜだろう?わたしは、受け入れがたい最悪のことが起こるとき、瞬時に異様に冷静に、頑強になる。しばらく感情が働かなくなり、その間に、体制を整える。なにが起こったのか、理解できていないけれど、八星が、肉体から離れたらしいということを理解して、即座にそれを受け入れる体制に入ろうとしていた。

電話を切ったあと、アマチと抱きしめあった。
そして、なにをしたらいいのか?
「心を落ち着けるためには、暮らしを丁寧にやろうか?」と提案して、アマチは 小谷村からのお土産の栗を丁寧に渋皮煮にした。黙って、栗をむいていた。
わたしは、とりあえず、荷物の片付けをした。

すこし、落ち着いてから 東京の本應寺のお上人に電話をすると、すぐに八星のために祈りに入ってくださり、
また、尼の静和さんが、葬儀の手配を始めてくださった。

これから あとはフェイスブックの投稿記事を紹介しますね。

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【10月8日 フェイスブック投稿記事より】

【八星とご縁のあるみなさまへ】

おはようございます。
知らせを受け取って二日目の朝です。

10月6日、次男の八星が、京都で光に還ってゆきました。
わたし自身 彼の「死」を受け入れることに、時間がかかりそうですがご縁のみなさまには、彼の天への帰還をお伝えして 共に光で包めたら幸いです。

八星は、広大な自然の静けさの中で生まれ育ち、繊細で優しい若者に育ちました。20歳になり、家を飛び出し母の庇護から脱して 自立へ道を懸命に生きた4か月半

つい数日前、4か月半ぶりで家に帰ってきた八星は、さらに優しく広く深い心に育っていました。

繊細でまっすぐな彼には この地上は生きにくかったと思いますが、彼なりのチャレンジを生ききったこと、心から称えてあげたいです。

二日後の10日、京都で荼毘に付し
11月に長野と東京でお別れ会を持ちたいと思っています。
また 追ってお知らせいたします。

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【10月9日 フェイスブック投稿】

おはようございます。

八星の訃報に、多くの方たちが愛に満ちたコメントを入れてくださり、また個人メッセージも電話も、励ましの訪問もあり、そのたびに涙があふれますし、あらたな気づきがあり、ここで みなさんに心からお礼を申し上げます。

明日の早朝から、わたしとアマチは京都へ向かい、わたしは そのままコンサートツアーになり、時間が足りず 個人個人にメッセージを返せず申し訳ないですが、心をかけてくださっているみなさんに、ここに 数日の様子をお伝えしたいと思います。

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今は、7年ぶりに一緒に暮らし始めた長男のアマチが 支えあい理解を深め、成長する同志となっています。

訃報を受け取ったのは6日の夜ですが、
アマチが先に出来事を知りました。
わたしに電話を回してくれて そのとき、アマチは わたしの背中に手を置き、水を用意して背中をさすってくれていました。

知らせを聞き終えて、二人で抱きしめあって お互いをいたわりあいました。なにもする気力がないところを わたしが「こういう時こそ、暮らしを丁寧にやろうか?」と(それしか考えられないので)提案すると
アマチは静かに、わたしがライブ先から持ち帰った「栗」を皮むきして じっくりと栗の渋皮煮を作ってくれました。

わたしは、掃除をしていました。


暮らしを丁寧に・・歩みを止めず、でも思考の渦に巻き込まれて落ち込んでいるお互いを気がついては救い出していました。

弔いと葬儀に関してのやりとりは、本應寺の静和さんが引き受けてくださり、本應寺では上人が みなさんと祈りに入り、ほんとうにありがたかったです。八星の父親とも連絡を密にしてなすべきことが進んでゆきました。


昨日 アマチが「3日前が大昔のようだね。」と言いました。
「そうだね。」と話していて、

アマチの中に価値観の転換が起きていることに驚きました。アマチが 八星の歩いたその先へ バトンを受け取り歩こうとしていること、感じました。


「なにかを成し遂げ」なくてもいいのかもね?とアマチは言ったのです。

ここ何年も目標設定して、脇目もふらず、生きてきたけれど、いまここを丁寧に生きればいいのかも?と。目標を達成しなくても いまここが実は幸せなのかも?と。そして ほんとうの願いは 故郷へ帰ることだと。(彼の故郷は 生まれた場所大自然しかないエルクバレーです)成功を目指していた長男の心境の変化に驚きました。

心の中に ほんとうの願いをしっかりと持つということ。現世での目標設定は、叶っても叶わなくてもどちらでもいい、努力はするけれど、柔軟に対処すればいいことであるということ。

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わたしは、八星の生まれてから光になるまでの21年間を 何度も なんども反芻しました。

そして、彼の人生は短かったけれど 彼の体験したいことをまっすぐ生ききって 彼には十分の長さだったのだと感じています。

八星は素晴らしい歌い手でした。


家を出て4か月半 社会で苦労して、謙虚になり、慈悲深くなり
その成長のあとのうたこそ、みんなの心に届くだろうと感じるのです、彼の成長は 魂に刻まれて なにかの在り方で世界に響くのでは?これから 本領発揮するのでは?とわたしには 計り知れない世界の不思議をちょっとずつ感じとっています。

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八星から、大切な友人を通じてメッセージが届きました。

「母に 自分の人生は光だったと伝えてください。


愛する息子の「死」は なにより悲しい。

でも、その悲しみを超えて、彼のありのままの魂と出会って、静かな受け入れる心と愛の在り方を いま 感じているところです。

みなさん いたわってくださり 心を寄せてくださって
ありがとうございます。


ツアーは中止せず 予定どうり 九州まで めぐります。

八星の新たな旅立ちのあと

みなさんと ありのままの心を 分かち合う大切な光の分かち合いの機会(コンサート)を与えられていることに感謝しています。


また、ほんとうに みなさんからの励ましに支えられています。

心からの感謝を伝えたいです。

ありがとうございます

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【10月10日 フェイスブック投稿】

八星の法要を終えました。急な知らせ 密葬に30名の方々が駆けつけてくださり、ありがたかった。ほんのうじの上人 スタッフの皆さまの供養 心強くありがたかったです。

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【10月11日 フェイスブック投稿】

京都で目覚めました。
目覚めと共に出てくる言葉は、
八星 愛してるよ です

八星お別れの会の決まりました
改めて 告知しますが、まずは簡単に。

11月16日 水曜日
場所 遊里庵 長野県駒ヶ根市
時間 午後1時から
法要 本應寺のみなさん

納骨

音楽葬

遠方の方々お泊まりできます

光の八星を囲んで いろいろ語り合いましょう

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【10月12日 フェイスブック投稿】

八星を通して 命と死を語り会う旅が始まっている

昨日は移動途中の明石に 久しぶりの大阪の友人が来てくれた。
海辺の温泉で待ち合わせ、海辺の階段で、充分語りあってから、お風呂に入った。


八星は生ききったねと 友人が、受け取ったメッセージ 感覚を伝えてくれて、それは、最初にわたしの感じたことと同じだった。

全てを自分で決めて、行動し続けて、最終的に追い詰められたとしても、そこととことん向かい合った。亡くなる前日の顔が、頼もしく柔らかで澄んでいて、彼の人生を決めた覚悟がにじみ出ていた。

生きてくれていたら どんなに幸せだっただろうと思うけれど、わたしの彼を愛する気持ち 彼を丸ごと尊重する気持ちは微塵も欠けてゆかない。

八星の人生がより輝くように わたしが幸せであろうと思う。


また、妹が父に八星の死を伝えた。

父が受け止めきれないのではないか?と心配になり夜電話した。父は、重く苦しく悲しく怒りもあり、静かに沈んでいた。

生も死も、人によって受け止め方は様々だ。


わたしは、人生は劇場と感じている。ひとつひとつ 自分の決めた役柄をとことん演じきって終了するたびに大きく成長した自分や仲間をたたえてゆきたい。

まだ、ツアーの初日 今日は広島三次市で歌います。

昨夜は、大切な姉妹 テルミーのとこに泊まって語り合いの夜でした。


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いま 広島です。

コンサートツアーは とても不思議。光になった 八星と一緒に巡っている感じがします。
また、生と死を語り合う旅をしています。




by ainohanaMusic | 2016-10-13 23:10 | 心の旅日記 | Comments(0)