愛の花

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原点に帰る旅 ~長男編~

6月22日 夜 長男のアマチが帰ってきた。
東京(神奈川)に暮らし始めて3か月。週に1日、デザインの学校に通いながら ひさびさゆっくりして、8月で失業保険も終わるので、 ゆっくりするのも あと1か月、8月からは 仕事を始めないと・・というタイミング。
求職活動をして ひとつ内定をもらい、でも なにか 迷いもあるようだった。本来の願いから 離れてゆくのではないかという 迷いだろうか・・。

次男と長男 わたしの3人で 23日は アマチの希望に沿って動いた。
「どこに行きたい?」
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「高遠」
「え?高遠のどこ?」
「ホリデーパークとか、南アルプス村とか、むかしのママの家とか、パパの家とか・・・」
「え??」

最初は 意味が分からなかった。
長男が帰郷して家族がそろうと 遊びに行っていたのは 映画とか 買い物、または カラオケなど。川でサウナをしたこともあったけど・・ホリデーパークって?ただの空き地だし・・・

次第に分かった・・
ホリデーパークは アマチが中学生の時 バスケットの一人練習をしていた場所。車にバスケットボールをのせている。空き地でバスケをして 原点に戻りたいんだな・・・。
南アルプス村(道の駅)は アマチが中学生、次男が小学生の時 わたしがツアーから戻ると、3人で 山道をサイクリングして パンを買い 庭のテーブルでゆっくり食べてから また 自転車で山道を帰った。楽しい思い出の場所。
そして かつて暮らしていた 家の場所まで行きたいという。山室としびらの2か所。
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火事になった山室の家の焼け跡へ。そして、父親(別れたパートナー)が暮らしていた シビラ(山の中)の家も、今は誰も暮らしていないが、兄弟二人は 懐中電灯を手に 懐かしい家に入り、置き去りになっている埃だらけの文学全集と絵の全集や 通知表や 友達の寄せ書きなどを 回収した。東京に持ってゆくと言う。1か所1か所、ゆっくりと アマチたちは 滞在していた。最後は 温泉・・昔 誠さんとよく行った長谷村の「入野や」へ。懐かしい ひとめぐりの時間だった。
 今の家と 長谷村は どういう位置関係になっているのか 分からず ナビで 最短距離で帰ると、ゼロ地場の山をどんどん深く入ってゆき どこへ行くのか 不安になった。そして 最後は、山越えして 今の家 東伊那の隣の中沢村に 出た。え~長谷村って ひと山越えたところにあったんだ~ なんだか びっくり。距離的には遠くないかも?

帰り道、車を運転しながら アマチと 話した。
もう、働かないと暮らしてゆけないけれど、何か 迷ってる。会社に所属することがピタッと来ていないのだろう。
今の手持ちのカードの中に 自分の納得できるカードがないって感じ。

視野を広げて 今を見なおす必要があるね・・。

岐路に来てるからこそ、原点にもどり、そして そこから プランのない旅をして 生きる力を蘇らせるといい。

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「旅に出たら?」と 言うと
「金がない。」と言う。

でも、「生まれた場所に 帰りたいんだよね。」と言う。

「アパート引き払って、長野に帰ってきて バイトして お金を作って しばらく旅に出たら?」と言うと
「始めたばかりだから そういうわけにはいかない。しばらく 続けないと。」という。

3か月前 京都を引き払うとき 長野に荷物を置いて 旅に出ればいいな~と わたしは薦めていたのだけど
長男は自分の計画を すでに進めていた。 京都で出会った 友人と東京で アパートをシェアして暮らし始めた。
「デザインをやるには 東京しかない。」と アマチは言ってたけど。3か月 東京で暮らして 今 そうとも限らないと 立ち止まり 感じているようだ。

 背中を押して 原点に帰る旅を応援することにした。

ほんとに あわてて 翌日 成田ーサンフランシスコーニューヨーク-成田の 周遊券を取りました。
一瞬で 決断した 、さあ~しょうがない 今しかない! お金を出しましょう。(笑い)
6月24日、5時までかかって 周遊券をとり、アマチをのせて 東京へ。

わたしは 25日から ワークショップ、コンサート 4日間の 大切なお志事。

18日間の旅に 5日後の 6月29日に アマチは 出発しました。
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 (これは 昨日 友人が送ってくれた写真、標高1000mのエルクバレーで生まれた アマチの両側にいるのは 同じ山で 暮らした幼馴染の姉妹です。右の ルナちゃんは 同じ山で 生まれている。)

長男は 旅の資金がなかったから、現実的に 旅することを諦めていたようだけど・・・
でも、旅券と 最低限の旅の資金を 渡したら
「生まれた場所に 戻る」という旅に対して 全面的に前向きで、全く不安を持っていないことに、驚いた。
「どうやって、エルクバレーに行くの?」
と 聞くと、
「誰かに、山のふもとまで 運んでもらったら 歩いてゆく。」と・・。
「え?エルクバレーは 誰も住んでないし、だいたい 山中、だれもいないし、山の道 一本 間違ったら どこまで歩いてもたどり着けないよ。だいたい、ふもとから25キロ 離れてるんだよ。」
「大丈夫、記憶を頼りに行ける。」

「・・・(絶句)・・」

長男が カリフォルニアに暮らしたのは 8歳まで。
そして、その間、ほとんど わたしたちの家族は 人がほとんどいない エルクバレーにいた。
そもそも 公共の乗り物に一度も 乗ったことがない。

サンフランシスコから アッパーレイク(エルクバレーのふもとのまち)どうやって行くのか?
そんなことも調べもせず、 なにも 心配せずに 旅立ったアマチを かつての 隣人だったことのある 友人が空港まで迎えに行ってくれたらしい。
(シスコに その日 たまたま 滞在していたということで)

今 やるべきことの 流れの中に ピタッとアマチは 乗っかって 生きる力を蘇らせて 帰ってくるような気がするな。
流れが 変わるかも。

※ちなみに アマチはなにも心配してなかったけど、わたしは 彼が出発するまで ライブの合間を縫って、カリフォルニアの日本人の友人たちに連絡を取った。友人たちに会えば かつての記憶も蘇り、また 今の年齢で知りたいことも会話の中で 知ることができて カリフォルニアの暮らしや文化にも 触れる手がかりをえられると思う。知り合いのいない町は 最後のニューヨーク滞在。きっと いい流れの 18日間になるでしょう。







by ainohanaMusic | 2015-06-30 18:41 | 心の旅日記 | Comments(0)