愛の花

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いのちへ帰る旅 仙台コンサート&荒浜で祈る

7月17日

朝、バタバタと 仙台のホテルを出発。

16日の夜は、あゆうさんと ホテルから歩いて良さそうな居酒屋で飲みつつ 食べた。おいしかったし、たのしかったな~。あっという間に11時を過ぎ あわててそれぞれの部屋で眠る。


朝は あっという間にやってきて、15分で行けるかと思った会場まで道が込み合っていて、30分以上かかり

10時半の開演目指して1時間で 会場設営と照明、物販を並べ、衣装に着替えた。会場は4階だったし、車も荷物を降ろしてから 地下へ移動しなくてはならず、おゆうさんのお手伝いがなければ、間に合わなかったと思う。照明からカメラマン・・なにからなにまで、おゆうさん、お手伝いありがとう。琴似さんも音響の搬入から、会場の外側の受付を担当してくださり、館長さんとも打ち合わせができていたので スムーズに開演することができました。

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今回、おゆうさんと一緒に5日間過ごして、おゆうさんのことを 今までよりも理解した。

おゆうさんはを福島で生まれ育ち、認知症のゆっくり進行する母親と、元気なうちにもっと一緒に楽しい時間をわかちあいたい、と 仕事をやめたとたん3・11がやってきた。計画していた茨城と福島を 行ったり来たりの楽しい平和な暮らしは、被災者を支えることと これ以上悲しい思いをする人を増やさないために脱原発と平和を祈る活動へと転換した。


いのちへ帰る旅コンサートは、主催の琴似さんのお母さんのお友達が来てくださり、年齢層が広くて 最後に「ふるさと」をうたった。

ステージに飾った 福島のみんなが祈りを込めて刺繍したキルトをコンサート途中で紹介し忘れたことを思い出して、 最後に キルトとおゆうさんを紹介したら「わたしは、まだ ふるさと♪は歌えないんです。この思いを 多くの方々に味わってもらいたくないんです。みんなのふるさとが 末永く健やかでありますように。」と涙をこらえながら 話しを結ばれました。


いのちに帰る旅♪コンサート、琴似さんが、この時間にヒーリングと祈りを呼びかけて独自な企画運営したコンサート。

みなさんの心に どのように響いたのか ・・ゆっくりと でも 確実に いのちへ帰る旅が始まってゆきますように。

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午後3時、機材など積み終えて 荒浜に向かった。コンサートに来てくれて出会ったばかりの由起子さんも一緒に、3人で。

津波の被害が大きかった荒浜で、48年前に聞こえてきたメロディーに追悼の想いを込めて歌詞をつけた

仙台出身の大沼さんのうた ♪いのち を届けに。「いつか、このうたを荒浜でうたってほしい。」と、渡された うたですから・・

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4階まで逃げて、自分たちの家が流されてゆくのを見たという、荒浜小学校を過ぎて・・・
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多くの方々が亡くなった浜辺に 供養の観音像が建っていた。わたしたちが祈る前に、北海道から来られた喪服を着た男性が祈っていた。どなたか大切な方が この浜辺で亡くなったのでしょう・・・・ここに多くの方が祈りに来ているのですね。
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バイオリンを奏で・・
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うたいました。
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そのあと、由起子さんを駅まで送り、岩沼市の温水プールで1キロ泳いで、13年ぶりに再会した、孝ちゃんと仏画家の郁夫さんのおうちに泊めていただいた。

この移動も、おゆうさんの運転。一日、動いていると、集中力が欠如してくるので、プールを探すのを諦めることが多いが、諦めなかったのは おゆうさんのおかげ。

孝ちゃんの体にやさしい夕食と、孝ちゃん&郁夫さんのオリジナルソングも聞かせてもらい、わたしも歌った。ふたりの率直で明るい、時代への向かい方が わたしを触発した。生きるか死ぬか心配するよりも、大切なことがある。分断されない平和な日常と高次な文化を生きる切ること。取り戻すこと。お二人の暮らし方&リズムが心地よかった。


この夜も 11時過ぎに おひらき。そして、旅は続く。




by ainohanaMusic | 2014-07-18 22:59 | 心の旅日記 | Comments(0)