愛の花

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出家道場へ

1月5日、京都へ帰るアマチを駅まで送り、一度家に 帰って、八星や猫のためにいろいろ整え、荷造りをして、午後のバスに乗って「出家道場」に参加するため 栃木の愚静庵へ向かった。


12月の東京は杉並 本應寺主催の念仏会に参加したとき、今年の出家道場に参加するのんちゃんが「有里さんも来てほしいなあ~」と誘ってくれた。


出家道場は6週間かけて 仏教を学び、尼やお坊さんの基本的学びを終えて「受戒」する。わたしは2012年~13年にかけて6週間学び 昨年2月 卒業した。ほんとは、行かなくてもいいのだが、ほんとは「行きたい」と感じていた。


もっと、学びたい。

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実は、わたしは仏教を学びたい~と思ったことはない。

10年以上親しくしている 本應寺の品愚上人に なんどか「出家道場に出てみないか?」と誘われて、「出家するつもりはないですから。」とか「忙しいので」と お断りしていたし、「なぜ わたしを誘うのかな?」と不思議に思っていた。


ところが、2012年の冬は

「断る理由がない」と 初めて感じた。


そして 学んでみたら・・


わたしは、もともと 出家していた・・ということに気がついた。

物心ついた時から すべての人が救われる世の中を作りたいと感じていたし、その方法を探していた。唄も瞑想も 自然の中に暮らすことも その流れの中に存在していた。また、他の人と感じ方が違うことで傷ついた過去の経験から、自分の感性に素直に生きるために集団に所属せず、一匹オオカミのように単独で生きる習性を身に着けたことにも気がついた。


出家道場では 三つのことを学ぶ。


経典に学び、法を説く方法を学び、儀式をつかさどる方法を学ぶ

わたしは 三つのうちの二つが苦手だった。


経典を学ぶことと 儀式を学ぶこと

わたしは 実践で学び 自然体で自由に祈っていた。

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ところが 自分の願いと経典に書かれている願いが一つであることが わかると2500年の時の垣根が溶けた。そして、次第に 儀式の中で何度も唱えられる経文の波動が自分の心身に影響を与えていることを感受するようになった。飽きるほど、何度も学ばされる「儀式」の奥深さが だんだん感じられるようになると儀式への抵抗感が解消されていった。


深いところへ 少しづつ、全体としてのバランスを保ちながら降りてゆく。参加したみんなが それぞれのトラウマを解消し 深まってゆく。


ありがたい空間だったなあ~。

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今年 改めて気がついたことは 品愚上人の素晴らしさ。

こんなに 朗らかに自然体で丸ごと 人を受け入れて導いている人を わたしは見たことがない。笑える無邪気な場面が頻発するので、動画にとって みんなに見せたいくらいだった。(笑い)そして、自分を救った「念仏」を人に手渡してゆくことに 自分の人生の持てるものすべてを捧げている。


このところ、不安なことが あればあるほど、深く降りてゆくことが大切だと感じる。真実を見る目が曇るとき、不安が募るし 解決策がないと思い込んでしまう。


帰宅してから 猫のスピカとアミが 食べれなくなっていたり、八星の体調が悪かったりで 数日バタバタと対応していた。でも、心は穏やかだなあ~。


やれることを 心を込めてやればいい。

すべての出来事は 判断を超えてここにある。 永遠の豊かさ、穏やかさ、幸せは、やっぱりここに あるのだと感じる。だから、いいことにも悪いことにもすべてに手を合わせて感謝の祈りを捧げている。



by ainohanaMusic | 2014-01-14 00:43 | 心の旅日記 | Comments(0)