愛の花

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石巻

震災から3年たって石巻の支援コンサートは3回目。

おゆうさんの運転で 津波の被害の大きかった渡波の渡波地区へたどり着く。

二人だと楽だなあ~ガソリンを この辺で入れておこうとか・・そろそろご飯を食べたほうがいいね・・とか言いあいながら、そして、気がついたら 助手席で 眠っていたり。眠らないように ほっぺたを叩きながら運転してる状況と大違い・・・

おゆうさんは、おゆうさんで
「石巻は30年ぶりだわ。よかった来れて・・」
と運転しながら、興奮気味。
 津波の後の復興の様子を
「あら、このへんは流されたのね・・」
と他人ごとではない 想いで心に刻んでいる。

わたしは、ふと 
「この辺の線量は どうだろう?」
とおゆうさんの 線量計を出してもらい、石巻の 放射能値を移動しながら調べたりしていた。
だいたい、茨城と同じくらいだなあ~

長野へ戻ったら、測定器を 送ってもらい しばらくお借りすることにした。
漠然と 心配しているより 確かな事実を知って対策を練った方がいい。線量は 場所によって随分違う。山間や 谷合が高く、町場になると低くなる。

今回、とても心強い 人脈と出会えたな~

さて、震災直後 石巻へ支援コンサートに来るようになったのは、長野のフリーキッズビレッジ(かつて暮らしていた家の隣の家)のスタッフをやっていたケロちゃんが、震災直後から 石巻の支援に入り、今でも こどもたちの遊び場を作るために こども感ぱにーという団体を立ち上げて ささやかな助成金をもらいながら活動を続けているので その応援に・・という流れで3年目。

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コンサートは 震災直後 ボランティアの拠点となった 小金浜会館で。
コンサートの始まりの時間になっても 数名しか集まらず・・
無料ライブという設定が もう そぐわないんじゃないかな~
みんな 自分の足で歩き始めている真剣さの中で お金を払ってでも 聞きたいコンサートとして来ていただいた方がいいんじゃないかな?という思いも 湧いてきた。

結局 子どもたちも含めて20名くらいの方が 出たり入ったりしながら参加された。
最後の歌では 体を震わして泣いている方もおられて 残った方々と輪になって シェアリングをした。
石巻では 初めてシェアリングまでできた。震災直後は それどころじゃなかったから・・

音響機材を片づけるとき 残った数名の男性が 手際よく手伝ってくださった。
震災後、遠くからボランティアに入られ、今でも ときどき石巻に来られる~と話されていた方たちで、
人のために 労を惜しまず わが身のこととして 働く身のこなしが 身についていた。

近くでスナックを始めたという方が
「鍋パーティーをやるから 寄って。」と声をかけてくれた。
 ケロちゃんのパートナーが 夕食を料理して待っててくれてる・・とのことで帰宅を急ぎつつ、 せっかくなので 立ち寄った。

おゆうさんが運転してくれるので 注がれた生ビールを一杯のみ 3人とも 鍋をすこしずつ食べさせてもらい
あったかい気持ちになったなぁ~苦労を支えあい ここまで来た仲間たち・・だからこそ ほんとに心から「寄って行って」と呼んでくれた。
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今、けろちゃんのおうちで
ブログを書いている。ケロちゃんたちの暮らしは ほんとにささやかなお金で賄われている。
昨日の小金浜会館の使用料は2千円。
「コンサート無料で やってもらったし、石巻に来るのに経費もかかってるし、わたしたちから 地元の住人へのプレゼントっていうことだから 大丈夫」ということで ケロちゃんが払ってくれることになった。

ほんとうに必要とされるところで うたいたい。
そして うたうことで 生かされてゆきたい。

お金という みんなの共通認識をもつ媒体は そのうち 愛という形のないものを共通認識とする交流に代わってゆく時代が来るのではないか?と感じている。
人のために労を惜しまず 計算せず動くことが 即 自分を満たしてゆく循環になる 愛を誰もが実践できる安心な世界へ

みんな 人のことを わが身と思い 動く愛の力を備えている。
競争社会から 愛を基盤とした 社会へ

その移行を みんなで志してゆきたい。
by ainohanaMusic | 2013-11-01 11:27 | 心の旅日記 | Comments(0)