愛の花

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福島県南相馬市へ

10月30日、朝7時半に 茨城のひたちなか市 正安寺へ。

南相馬市へ行くことになったきっかけは今年の7月7日と8日、ここで コンサートとヘンプアクセサリーのワークショップをしたときの ささやかな会話から始まっている。

7月8日に、ヘンプアクセサリーを購入した「おゆうさん」が、「福島の三春に暮らす大切な友達の誕生日プレゼントなのよ。」とおっしゃたので、「福島へも歌いに行かなくちゃなぁ~」と、つぶやいた。わたしにとって 福島はかつて ご縁の深いばしょだったのに、震災後は まだ一度も足を運んでいなかった。まだ収束していない原発事故の近くや、放射能汚染の深刻な場所へわざわざ足を運びたいとは思わないが、今 福島に起きていることは 他人ごとではなく 自分たちの暮らしの一部だと思う。そこに暮らしている方たちがいるのであれば その現状を知り、共にこれから生きていく道をわかちあってみることが大切かな~と 直感していた。

わたしの その言葉を受けて 思いもよらない企画が 立ち上がって行った。
茨城に暮らす 脱原発や福島支援に心を寄せるみなさんがチャーターバスで南相馬まで行き、南相馬の仮設住宅に暮らすみなさんと 一緒にコンサートを聞く。
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最初は茨城から来られるみなさんは8名くらい・・と聞いていたのに
当日 集まったメンバーは25名。

わたしは すべてを「おゆうさん」と真紀さんにお任せしていた。
どんな一日になるかはおたのしみ
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(チャーターバスに 集まってくるみなさん・・天気が曇り空から 晴れ渡ってゆく朝に気配)

おゆうさんと 事前にやり取りしているうちに
おゆうさんが 茨城から福島、福島から石巻まで わたしの車を運転してくださることになった。
一日の運転時間が長すぎるし、福島への道も 警戒区域を迂回するためナビどうりではないこと、いろいろよくよく考えてくださって ありがたい申し出だった。 

わたしの車には おゆうさんと はぎちゃんが乗り、二人が運転を担当してくれるばかりではなく、おいしいお弁当もごちそうになった。福島は自然が豊かだなあ~途中のパーキングで 青空の下 おにぎりをいただいた。

おゆうさんが線量計を持ってきてくださったので
ずっと、その数値の移り変わりを見せていただいた。

「有里さん、茨城と南相馬市は 空間線量はそう変わらないのよ。福島の中でも 海側で平地だから きっと流れたのね。山あいや谷合が 線量が高いの。」

出発時点で茨城が 0.09から 0.13くらい
福島県に入って 山間や谷合が 0.3を超え始めた。

そして 飯館村に入ると線量がグンと上がった。
いたるところで 除染のために 表土を削る作業が行われていた。
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そして 山道を超えると 南相馬市へ。
たくさんの車が行き交い、日常が営まれていた。
そして、線量は・・ほんとだ・・下がっている・・・0.09から0.16くらいの間かな・・
確かに 茨城とあまり変わらない。でも、南相馬市は 警戒区域の道が閉ざされたので陸の孤島のようになってしまっている。
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コンサートの会場に到着
広い敷地に ほんとにたくさんの仮設住宅があり
その集会所を使わせていただいた。

コンサートは まず 仮設住宅のみなさんが 集まったところからスタート。
茨城からのチャーターバスのみなさんは 津波の被害の大きかった海に まず追悼の祈りに寄られたので
コンサート開始して20分後に 合流。

仮設住宅のみなさんに1曲歌って、次の曲をうたおうとしたとき、晴れていたのに 急に雨が降りだして 雷が鳴った。聞き手の3分の一くらいが 洗濯物を取り入れに ばらばらと部屋へ戻って行った。
そして、茨城の みなさんが 3曲目で合流。

いつもと違う 話すことひとつひとつに しっかりと反応がある。
大きな困難を 現在も 経験している方たち
それを共に超えようとしている人たちと、うたとおはなしが ひびきあって空間が満ちてゆく

その真剣さの中で 1曲1曲が 沁みとおるように吸い込まれてゆき
空気感が どんどんやわらぎ 希望に満ちてゆく。
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コンサートの時間は たったの1時間
いろんな事情で 2時半から3日半 あとは 片づけて 退室・・と聞かされた。
集会室は 次の予定が入ってしまい 残念なことに すぐに退出しなければ いけないと直前に言われたのに・・
みんな和んでしまって あちこちで自然発生的に 語り合う輪が できていました。
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片道5時間の距離を 厭わず来てくださった25名のみなさんと記念撮影
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福島の現状を肌身で知り、
一人一人が 自分の人生を100パーセント開花して生きることで
「いのち」を大切にする 新しい時代をひらいてゆこうと きっと感じてくださった
茨城の仲間たちと 次に機会は ゆっくりと語り合いたい 希望をつなぎたい
と感じ、真紀さんに 提案したら
「東海村の 前村長さん・・(この日 一緒に来てくださっていました)感動されて、東海村にも 是非 有里さんを呼びましょうって言ってたよ。東海村で 次をやりましょう。」
ということに なりました。

日程は 来年の4月29日(祝)となりそうです。
バスが 茨城へ出発し
わたしの車も仙台の ホテルへ向かう途中
おゆうさんが 村長さんのことを 話してくださいました。

「東海村に今 原発が一炉しかないのは、村長さんが16年頑張ってくださったからなのよ。村長さんはもともと 脱原発でも なんでも なかったけれど、村長になって間もなく 東海村の原発に事故が起きたの。そこから、村民を守るために がんばってくださって、震災の後は それこそ、心臓破りの坂を登ってるようだった・・と本人が言われたほどに、真剣に いのちを大切にする社会への転換を目指されたので周囲からの風当たりも強かったのよ。」

今年奥さんを 急な病気で亡くされて、限られた人生の時間を また 新たな方法で歩みだそうと・・次期村長には出馬せず、普通の暮らしを始められたばかり・・とのこと・・・
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ご縁は 素晴らしいです。
必然の出会いを重ねて、いのちを大切にする新しい時代を 一人一人が 自分を生き切ることで「触発」しあい、 「発酵」させてゆけたら 素晴らしいですね。

コンサート あっという間でしたがアンコールに応えて歌ったのが
「千の風」 
多くの方々が 亡くなった南相馬市の海を お参りされた友人がなみだがとまらなかった・・と言っていました。
そして「有里さん、虹が出てたのよ!」と伝えてくれました。

そういえば 7月に茨城の正安寺で歌ったときも
晴れていたのに 急に雷が鳴り 雨が降り ヘビがでてきて 虹がかかりました。

もしかしたら 7月7日の茨城にコンサートと
10月30日の 福島のコンサートは 虹の架け橋のようにつながっていたのかも・・・

そして、多くの亡くなった方たちの「いのち」を追悼し 尊重する道は
生きている わたしたちが 希望のある新しい時代をひらいてゆくことだと 感じるのです。

そして この物語は 来年4月に 東海村へ つながってゆきます。
by ainohanaMusic | 2013-10-31 06:02 | 心の旅日記 | Comments(0)