愛の花

ainohanam.exblog.jp
ブログトップ | ログイン

出家道場ふたたび

昨年、12月、1月、2月と、1週間ずつ、全部で3週間・・・ご縁とタイミングで 杉並区にある浄土宗の本應寺が主催する 出家道場に参加して1年・・2年で満了の出家道場の2年目が巡ってきた。
d0024504_18532161.jpg


昨年は、「断る理由がない。」という消極的な参加だったのが、今年は仏教を学ぶことの面白さ・・今がタイミング・・という感覚で充実した時間を過ごすことができた。

朝、6時には起床。7時には勤行が始まり、お掃除、経典の講義、法式(仏具を使っての儀式の仕方の練習)、法話(自分の日常から真実を説く練習)、夕方も勤行・・7時くらいまで びっしりとプログラムがある。これが、わたしには とってもいい・・24時間自由な日常に ピりりと効くスパイスのよう。
d0024504_1917146.jpg


参加者はわたしを入れて5名 お上人とスタッフ2名 総勢8名の1週間の規則正しい合宿生活。これまた、よし。共同生活のもたらす緊張は、人との心の壁や、好き嫌いによって増幅するけれど、1週間の間に、みんなと、いつの間にか親しく変化してゆくのが心地よかった。
d0024504_19165594.jpg


リトリートと同じく、「自分と向かい合う」「正直に語る」時間があると、人は自分の壁を外して柔らかくなってゆく。その時間は「法話(ほうわ)」。これは 一般的には、お坊さんが「真実を説く」練習ですが、今回の出家道場では みなそれぞれが 自分と向かい合い一歩踏み込んで正直に語ることから、語り手も聞き手も 気づき(真実)を深める時間となった。

わたし的には、こまごまと日常の所作を注意されることに抵抗を感じなくなったことは成長だったかなぁ。
わたしは、日常の細やかなことに気がつかないので、道場の始まりには わたしばかりが 注意されてるようで おちこぼれ気分。でも、それも良し・・といつになく居心地の悪さを味わっていた。いつも居心地がいいんだもん。たまに居心地が悪いときは、なにか学べるんだと、自分の内面を観察していた。

ところが、プログラムが 始まってみると みんなが 得意不得意が 明らかにある。
そのバランスがみごと。でこぼこの みんなが お互いを教えあう。
それが、学ぶってこと。共同生活から教えられること! みんな居心地の悪いときがあるんだなぁ。

また、講義は 昨年は無量寿経という経典から学んだが、
今年は 日常勤行(朝夕に唱えている経文)を学ぶ。

2000年昔説かれた お経が 今なお新しいと今年も、
お経の中で一番短くて、ほぼ毎日唱えている四誓偈(しせいげ)
の出だしの言葉から、ノックアウトされた(笑い)

我建超世願(がごんちょうせいがん)
  (意味)わたしは あの世とこの世を貫く 願いを建てました

必至無上道(ひっしむじょうどう)
  (意味)必ず 選択の余地のない最高の道、人生に至ります

この世とあの世を貫く願いって・・?
わたしは 幼いころから 不調和を調和へ高めてゆくにはどうしたらいいか?その観点から日常を見ていたから、周囲から浮いていて、次第に みんなと同じように振る舞うようになった それって この世とあの世を貫く願いだったんだ!わたしは、物心ついた時から 魂の願いを覚えていた・・周りと同じじゃなくても良かったんだ、ありのままでいいんだ~と ストーンと気が楽になった。

欲は満たされても また次がほしくなり、際限もなく満たされない。
本当の願いを起こしたら 起こした途端 魂が救われてゆく。
つまり無上道・・選択の余地のない 最高の人生に導かれてゆくのだと思う。

こどものころの辛さが、癒される~こどものころに仏典を読んでいたら どうだったか?

いや 今が タイミング。
仏教は無我、他力の教え。自分を無限なる光の存在 阿弥陀仏にゆだねてゆく。
信じるとは、100パーセントか0パーセントかと品愚上人がおっしゃる。
無我(むが)という領域は 子どものときはわからなかったな~煩悩から出てくるエゴの声、そこを一杯生きて、いろんな経験からたくさん学んで初めて、
計らいではなく、祈りの中で聞こえた 純粋なインスピレーションを生きてゆける。

人と対立せず 計らわず、この世とあの世を貫く願いを生き切る~という教えは 深い。 自分の今までの人生の裏づけにもなり、これから先の指針になってゆく。
d0024504_19275254.jpg



さて、次は1月6日から13日まで。場所は栃木の愚静庵(ぐじょうあん)です。

いい時間を過ごさせてもらえて幸せ。不自由の中の自由。味わい深し。
by ainohanaMusic | 2012-12-21 19:29 | 心の旅日記 | Comments(0)