愛の花

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弘誓の鎧(ぐぜいのよろい)~願いに導かれる

お経の後に、お坊さんや尼さんが、仏法を分かりやすく説くのが法話。
 その「法話研修」が毎日ありました。

「聞く人、語る人双方の救いになるような話しをしてください」

語る人、聞く人 双方の救いになるような話し・・
これって、本気で自分を掘り下げてゆかないと 不可能。
 「今」の自分をさらけ出して語ると、今まで気がついていなかったことにまで、目がひらかれてゆく。
やわらかい自分のハートの真ん中に触れてゆくと、やばいなあ~泣いちゃうなあ。

そう、そして、わたしは20分の法話を3回させていただきましたが、やっぱり涙が流れたし、たくさんのことに気がついたのでした。

与えられた題目は
「本願(ほんがん)とわたし」でした。
これを話したおかげで 自分の人生の流れを改めて理解し、なぜ、周囲といつも どこか違っていたかも理解しました。

この機会に 改めて わたしを振り返りました。
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(仏式を教えてくれた愚門さん、お上人の息子さんです)


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わたしの本願はこの世に生まれることを決めた理由である願いを自覚して 果たすこと。

その願いは、一人でも多くの魂の家族が 自らの菩提(ほんとうの自分)に気がついて、生きる中で抱えてしまっている業に気づき、懺悔し、ありのままで許されてることに気づき 謙虚に希望を持って大いなる光に帰ってゆくのを助けること。

どうやら わたしは物心ついたときから 元いた調和に満ちた世界の記憶に現実を照らし合わせて、どうしたら 目の前にある不調和を解決してゆけるのか 子どもなりに考えていたように思うのです。
 両親の進歩のない言い争いと、父のコントロールと母の愚痴に 疑問を抱いていて、「一緒にいることで進化できないなら それぞれにふさわしい人と一緒になればいいのに。」と思ったりしていました。

小学校3年くらいになると 24人しかいない 田舎の小学校のクラスが、たった数人の陰湿な暴力と悪口でコントロールされて不健康な状態になってることに気がついて 解決したいと思いました。そんな想いを日記に書くと、学級通信に紹介されて、学級会の議題になり、わたしは困惑しました。
 人をコントロールする マイナスの感情は 「いい悪い」で話し合っても解決してゆけないことを どこかで知っていたのだと思います。その後も、何度か 問題提起になる日記の文章が、学級通信で紹介されて、わたしは みんなに愛されながらも 先生の「お気に入りスパイ」のような 微妙な感じで 他の子どもたちとの間に距離を持ってしまったような気がします。日記に書いたのは 先生が好きで、先生以外には理解できない内容であることを知っていて、分かち合いたいと思っていたのだと思います。だから日記が学級通信に公開されるたびに、説明できない「居心地の悪さ」を感じました。
 そして、卒業間際に 親の影響が強かったと思うのですが わたしにライバル心を持っていた女の子が「無視する会」を組織して、13人のクラスの女の子が一斉に わたしを急に無視するという状況を経験しました。

本能的に学んだのは、自分が感じてる「問題意識」「世の中をよくしたい」という願いを出さない方がいい~ということ。自分の特性を消すことによって身を守ること。中学校、高校は まわりと同化することに エネルギーを使い果たしました。

大学生になって、ほんとうの自分を求めはじめました。
そのとき、聞こえてくるようになったのが「うた」。

煩悩(悩み)にとらわれた自分ではなく、深いところで愛と叡智に満ちた自分がいて そこから届いてくるのが 「うた」でした。

自分の「本願」が 「うた」という形で 定期的に便りをくれるようになりました。
その歌を歌えば歌うほど 自分自身の人生がいい方向へ導かれました。 歌えば歌うほど、わたしの本質を理解する友人と出会えました。

ところが、大学を卒業して とりあえず バイトし暮らしを始めると、
自分の中の生気が少しずつ失われてゆきました。歌ってる内容と、生き方がずれてきたので、エネルギーが循環しなくなったのです。そこでシンプルに その暮らしを持続しながら 信じて岐路を待つことにしました。
「生きてる全ての時間を いつも 自分らしく エネルギーに満ちてる暮らしにするには どうしたらいい?
いつか その道が分かったら 全てを投げ出してでもそちらへ向う。

そして 2年後 やってきた内なる声、 チャレンジが 赤ちゃんの大自然の中で産むこと。
そのために 今まで暮らした日本から離れ、なんの保証もないアメリカへ旅立ち
自然の中での暮らし、いのちがけの出産、ストリートミュージシャンで生きて行く~という チャレンジを超えて
雇われなくても暮らしてゆける 力が身につき、直観力が磨かれました。

そのあと、自分を強力にコントロールする パートナーから離れて 再スタート。小さな子どもがいたので 5年は悩みましたが時期を感じて別々に生きることを選択できて ほんとうに解放されました。

そのころ、お念仏と巡りあいました。
これは 他力の祈りとの出会いでした。
自分の直感と 努力で、10年。
そこに、自分の直感も 一旦手放して 偉大なる光にゆだねてみる 他力の祈りを重ねたら、
縦軸と 横軸のエネルギーがバランスされて ずっと 楽になりました。

「いのちがけ」まで 「究極」まで やらなくても(笑い)生きれる土壌が与えられるような気がします。

そして、巡り合ったパートナーが火事で焼死。彼は、わたしを大切にしてサポートしてくれていましたが、そのこと理解したのは、彼が亡くなってから。家もなくし重度のやけどをおって再スタート。

火事のおかげで、与えられてるものを ありがたく感謝して味わう、「今」に生きるステージに導かれました。

全ては わたしの本願によって導かれて だからこそ、なにがあっても 乗り越えられて次の生き方が より豊かになって行ったことが 不思議で仕方がないですが、事実です。

そして、全ての人が その人の願いによって 人生が導かれ 最終的には 自分自身と出会えるように導かれていることを感じました。

お上人が言いました。
「今回は、有里が還相(げんそう)の菩薩であることを再確認したよ。」

還相菩薩というのは すでに悟った菩薩が 衆生を救うために 願い出て 生まれてくること。

そんな素敵なものじゃないかもしれないけれど、(笑い)
今回 理解できたのは わたしが、まわりのみんなとちがっていたのは、いつでも願いを持っていたこと。現実に埋没してなかったし、それが 当たり前とは思っていなかった。もっと、いい社会、家庭状況を作ることが可能だと 子どものときから どこかで知っていた。

その、周囲の感覚との違いは、自分を孤独にしてるような気がしていたけれど、それこそが 
自分の方向性を示していた。願いによって、いろんなことを感じ 観察し 味わっていたんだな~。

そう、その感じたことを、人に伝えられる「形」として「うた」が 降りて来た。すごいことですね~
それは、わたしが 本気で 「わたしは何のために生まれたのだろう?」と 自問するようになってから やっとやってきた。

わたしは、そのとき社会科の先生になるために 大学に通っていたけれど、
「うた」をうたうと 自分らしいと思えた。理屈を超えて、自分の道は 感じとれるもの。

あんなに下手だったうたが、今は音程を外さずに歌えることだけでも、奇跡だと思う。

願いによって 波乱万丈とも見える人生に導かれ、その体験によって、人の悲しみや苦しみを理解、共感できるようになり、苦難を乗り越えた経験によって、励ましに説得力をもつ人格に育ってきた。

ありがたい。

人の人生に遠回りはない。全ての経験が 生かされて本願がひらいてゆく
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by ainohanaMusic | 2012-01-21 02:36 | 心の旅日記 | Comments(0)