愛の花

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東北の旅②

長野にやっと、着地です。4日後には、夏のリトリート ものがたりをひらく のスタッフが集ってくるよ。6日後には リトリートが始まるよ。昨日3時に寝たのに、朝から起きて、畑の草刈、そして次男八星は、リリースしたばかりのニューCD♪帰ろうの歌詞カードを折ってセットしてくれています。
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(12日ぶりに行った畑は、草畑・・ママ!ママ!ってあっちこっちで野菜が呼んでたよ。カワイイ坊やたち)
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(7月19日、長野に帰宅したら届いていたニューCD♪帰ろう 67分12曲入り 3000円(送料込) 夏秋文彦さんを始めとして、素晴らしい仲間たちと時間をかけて仕上がった静音シリーズの②完成です。おうちでじっくり聞いてくださいね。2011年震災を超えてゆく道 目覚めの朝♪も入っています。送りますよ~注文先mail ainohana*air.ocn.ne.jp(*を@にしてね)

7月19日、東北~茨城~東京の12日間の旅から帰宅。休む間もなく、二日後の21日にはパートナーの手術に付き添うために東京へ1泊で行ってきました。。いのちにかかわる手術ではないのですが、日常生活が著しく困難になって手術を受け入れました。5年ほどは自然治癒を目指して頑張ってきた彼に訪れている予想外の転機を わたしも見守り、支えてゆきたいな。1週間は入院するパートナーを残し、昨日の最終バスで長野へ戻りました。
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(パートナーの入院した板橋の病院の窓からの風景)

みんなそれぞれに 精いっぱい自分と向き合ってる。それが、心(人間関係)だったり、暮らし(経済)だったり、体(病気)だったり、一人ひとりに訪れている目覚めの朝♪ 駆け抜けてゆく夏です。

さて、東北ツアーの報告②を書きますね。

7月9日は 花巻は八重畑振興センターでコンサート。
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1年に1回の花巻ライブ、お子さん連れでほのぼのしているけれど、今年は震災があり メッセージを伴う 心の揺れは例年より深くまで降りているように感じました。

コンサート後のシェアリングを終えて、八重畑自然農園へ移動。1泊のミニリトリート。
翌日10日の午後4時ころまで あっという間でしたが 深くまで降りようとしていたみなさんが 八重畑自然農園の畑や砂利道の裸足でのサイレントウォーキングや瞑想、ライブ、シェアリングで涙と共に 答えを受け取ることができて 爽やかな時間となりました。八重畑農園のお二人とお手伝いの3人、そして、いつも素晴らしいトキを分かち合ってくれてる恵さん、来てくださったみなさん ありがとう。
 早朝、自然農の畑でサイレントウォーキングをしたのは初めてでしたが、いのちの豊かさに時があっという間でした。柔らかなむらさきのクローバーや鮮やかな緑のアマがえる、いのちの饗宴はこんな身近にあるんだね。
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11日は、オフの予定が 恵さんのおうちにパン作りに来ている女の子の通う、知的障害者の施設「まほろば作業所」でうたってくれないか~という話が舞い込んで来て、行かせていただきました。1時間くらいの時間、みんなと笑ったりうたったり。
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夜、茨城から「すっからかんバンド」を東和インターに迎えに行くのは恵さんにお任せして、 プールでひと泳ぎ。体調を整えました。

12日、すっかりお世話になった 花巻の恵さんに見送ってもらい、すっからかんバンドの3人と車2台を連ねて釜石へ。
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花巻は野山の緑も美しく癒される風景でしたが、釜石駅あたりから津波ですべてが壊滅していて別世界。
12日の支援ライブは、津波で壊滅的被害を受けた場所から車で20分くらいの山手で、震災以来避難所へ炊き出しの支援をしているコスモスさんの自宅で、震災で新築したレストランが流されてしまったMさんが仲間に呼びかけて 仲間たちの応援で 実現しました。
 コンサートの後のシェアリングは一人ひとりが震災をどうくぐり抜けてきたかが克明に語られ、それをみんなで受けとめてゆくことが「震災を超えてゆく道」の大切な一歩と感じました。素晴らしい時間をありがとう。大きな借金をして新築したレストランが流れても、盛岡で仕事を見つけることができて、被災地で仕事もなく苦しむ仲間のためになにかしたいとコンサートを企画したMさんや、「避難所の最後の一人まで炊き出しをします。役に立てることがあって幸せです。」と言われるコスモスさん。がれきの中に一軒だけ残った暮らしの中で自分自身のほんとうの安らぎを見つけた方もいましたし、家族も家も無事だったけれど、仕事を失い、恐ろしい津波の残像や亡くなった人たちの悲惨さがトラウマのように、心を縛り身動きとれなくなっている方もいました。

自分のやれることを見つけられた人は どんな状況でも元気。歩き出す方向が見つけられない人は ほんとうに苦しい。心の明暗は、それぞれが 「震災を超えてゆく」方向へ歩き出せるかどうか、だと感じたのでした。
 
また、長年心の病と闘い、今回、初めて自分をさらけ出しながらも、人前に立った「すっからかんバンド」の3人、それぞれに 自分の心を見つめて一歩一歩、歩いていた。一緒に行けて良かったよ。来てくれてありがとう。長野に帰ったら、3人と出会えてうれしかった~というお便りが届いていましたよ。 夜は、コスモスさんの用意してくれた 交流会。最後はみんなで踊った。苦しいことも、悲しいことも 溶けてゆく、テーブルの周りをみんなで 笑いながら踊り、軽くなった夜でした。
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(牡鹿半島、石巻の写真です。釜石も ほぼ同じ感じ、たくさんの流され粉々になった家やモノが ところどころ山にしてあり、海風の混じった異臭が漂っていました)
13日、コスモスさんで朝ごはんをいただいて、一路石巻へ
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石巻市の黄金浜会館あたりの住宅は、天井近くまで水で浸かったので 無事残った家でも、2階などで暮らしている人が多いとのこと。震災後のボランティア活動で若者たちが活躍しているてんつくまんの活動、めぐみジャパンのボランティアの拠点のひとつが黄金浜会館。

長野で知り合ったケロちゃんが震災後間もなくめぐみジャパンでボランティアを始めていたので、彼女のコーデュネイトの支援ライブでした。時間前から近くのおばさん達が集って語らっていましたが、ライブが始まるとボロボロ涙をこぼされ 顔を覆って聞いていました。悲しいことを、泣けると 自分本来の感覚が蘇り、再スタートの力になる。これは、わたしも体験して知りました。 朗らかに笑っている人がたくさん泣ける。
前進した分だけ 泣いて 泣いた分だけ 軽くなる。前向きに歩いてる朗らかな方たちが たくさんたくさん涙をこぼしていました。来れて良かったと感じました。喜怒哀楽のどの感情も 人生を育んでゆく健全な要素だと思うのです。再生してゆく道のりをわたしたちは、一緒に歩いているのだと感じます。
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(黄金浜会館前で日々 泥出しなどのボランティアを頑張ってるみなさんと記念撮影)

夜は、牡鹿半島の女川町へ。
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旅館が避難所となっていた海泉閣の広間でコンサート。
避難生活が4か月、もうすぐ仮設住宅へ移る直前のコンサート。一人ひとりが生きる力を自ら掴んでゆけるように、というのが わたしのうたに込めた願いでした。2006年の火事、死別、やけど、そして再生してきた自分の経験を話しながらうたいました。シーンとして聞いてくださっていました。一人ひとりが 震災を超えて輝いてゆけることを祈っています。
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by ainohanaMusic | 2011-07-23 13:14 | 心の旅日記 | Comments(0)