愛の花

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okinawa

沖縄から帰ったよ。

このところ、ミクシーの日記ばかり更新していたのでブログを1カ月ご無沙汰してました。
訪ねてくれてたみなさんごめんなさい。

3月22日から28日まで静岡の両親のところへ里帰り、そして「てんつくまん」の映画と書き下ろし、ライブのコラボがありました。新しい出会いも 深まる出会いもあり とてもいい時間でしたが、また、実家で両親と過ごした時間が 貴重でした。

母は30代に肺結核で入院して手術し、肺が片方しかない酸素の少ない状態で 体を労わりながらわたしたち(双子なのです)を育ててくれました。この数年、呼吸がさらに苦しくなってきたようで 家から出ずに、退職した父が母をかばうようにして暮らしていました。

そんな母の下腹部にしこりができて、足がむくんでおなかも張ってきたので 3月25日 母を車に乗せて、かかりつけのお医者さんのところへ行きました。精密検査をすることになり、藤枝市民病院へ紹介状をもらいました。腫瘍は、すでに転移していて 母の年齢や体調を考えると、西洋医学では対処のしようがないということで、今後は自宅へ先生が往診に来てくださることになりました。肺気胸に、おなかの腫瘍、体と心の声を聞きながらの自宅療養。 

 わたしもなるべく、静岡へ行ってできることをしたいと思っているけれど、父は自分のペースを大切にしたいと、まずは、思っているみたいです。ずっと、離れて暮らしていたし、想いも子どもと、遠いのだと感じます。少しづつその距離も近くなってゆきますように。

がんばって働いて、身近に感じていたのは、父にはとっては、母一人だったんだなあ~。
父にとっての父(祖父)が、遠かったのだろうと思います。

母は わたしたち子どもにいつも気持ちを寄せてくれていた。
だから、今、わたしは子どもたちに 話しかける言葉を持っている。育ててもらってありがたかったです。両親の一日一日が満たされて家族が繋がってゆきますように。

さて、沖縄の報告にはいるね。

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今回の旅のきっかけは、昨年の11月宮崎で、しのぶえの門脇さんとの会話。
「家が売れたのに、働いてばかりで(自分で新しい家を建てた)自分に ご褒美をあげていない、旅に行きたいなあ~沖縄か、ドイツだなあ~」
彼の表現は、ストレートではないので、つまり、それは「一緒に沖縄かドイツに行かないか?」という呼びかけなんだと思う。きっと、そうなんだよね~。
彼は10年前に会社を辞めて以来、基本的に働かずに生きてきた。3年前に笛で生きることを志したけれど、資金尽きて、相当厳しい暮らしをした末に、会社員時代に建てた自宅を昨年の夏に売って、そこでえた資金で、秋には、小さな家を自分で建てた。

昨年彼を、北海道~東北ツアーに誘って、1か月一緒に旅をしたけれど、コミュニケーションが届かず一時は意思疎通不可能。腹が立ったあまり 「もう、顔も見たくない」と言い放ってしまった相手だ。でも、どうしてだろう?私の中には まだまだ 彼を通して変化し続けられるなにかがあって 11月には 自分を詫びた。大嫌いなのに、大好きな人。出会ったときから 言葉が通じにくい、立ってる場所の違いのようなものを超えて 信じられるつながりが存在してるのは 不思議だ。

さて、3月31日 那覇空港で門脇さんと、3カ月ぶりの再会。
空港で わたしを見つけてくれたのは 2006年 久高島から近いところにある「ポランの広場」のライブで出会ったえりちゃん。前日に、予定をメールしたら、空港まで迎えに来てくれた。うれしい~。空港で3人でお茶した。

4月1日、沖縄本島の北方、大宜味村へ。沖縄市そば屋さんで合流。途中、とても美しい岬へ案内してもらったよ。
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着くなり、公民館で音響チェックとリハーサル。主催は、2001ねんからのおつきあいの陶芸家のけいちゃんと、パートナーのかつらさん。4年ぶりの再会ですが、わたしは 2006年の火事を経て 少し成長してたみたいだなあ~大宜味村の素朴な一人ひとりの人柄に すぐに気がついて とても心地いい時間をずっと感じていました。
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また、ライブには、長野でかつて隣の家でウーファーをしていたエバが名護から来てくれたり、当日 メールしたoさんが、パートナーと二人で那覇から駆けつけてくれたり、交流会を持つ時間がなかったにも関わらず、別れがたく温かなわが満ちていました。

けいちゃんの家は 森の中、海風も感じる精霊のいるような木々の茂った一角に 手作りの家。ライブの後の語らいは 深夜3時まで続いた。前回、ここに来た時に感じたこと 思いだした。
みんな、人が語り終わるのを待たず 一斉にしゃべりだす。二人や3人が同時にしゃべっている。それをみんな、同時に聞いて、次の話が また一斉に出てくる そのにぎやかさに、圧倒される。前回は交流会をもったので20人くらいいた。今回はごく内輪で6人くらいなのに、同じ空気がある。
沖縄って なんて元気がいいんだろう~って 心底思いました。

また、男性3人がずっと、わたしに問いかけてたことがありました。
「愛してる」って、それって、30代くらいで終わることじゃないの?って・・・
ちがう、ちがう、40代でも50代になってこそ、「愛してる」ってその感覚に深まってゆく その心の旅をうたってるんだよ 愛してるって、感覚は ありのままの自分を生きることから開かれるような気がする、自分が自分を判断せず深めてゆけば、相手をふかくありのままで受け入れられる。一人の人をふかく受け入れられることが 自分の両親や、世界と出会いなおす 手がかりになってゆく。愛って、若い人たちのテーマではなく 老若男女問わず、生きてる証のようなものじゃないかなあ~って。

ふくろうの声が響いていました。

けいさんが言いました。
「あのね、今もう、わたしは みんなの話ではなくて、フクロウの声を聞いている状態なんだよ。この暮らしの中に音楽もいらなくなってきたの。自然の奏でてくれる音が なによりも心地いい。ふくろうの声が響いてくると そちらが 主で あとは そのまわりに響いてるの。」

ほんとに、そうだね。それが、自然な感覚だね。そうして眠りに誘われてゆく。そんなふうに暮らしているけいさんとかつらさんが わたしを迎えるたびに コンサートを企画してくださる。そして あ~でもない、こーでもない、と 思ったことを瞬時に語り合い お互いを愛おしく思える幅が確実に育っているのでした。

一緒に 時間を共有できたことに心からの感謝です。

翌朝は うっぱまと呼ばれる浜で 泳いだよ。
雨が降っていて、けいさんもえりちゃんも長袖の上着を羽織っていました。
泳いだのは わたしと門脇さんだけ・・・それでも 海につきあってくれた おふたりありがとう。

かつらさんなどは、
「八星を預かるよ。」と本気で言ってくれる。もちろん、そんなこと頼んでもいないのでびっくりですが、繊細で賢くて学校に行っていない八星の存在を感じ続けてくれてることがありがたい。沖縄、いいかもね~と思いましたよ。本人が望むなら。

さて、大宜味村から一路那覇空港へ。4月2日は石垣島へ。
途中、えりちゃんの友だちのたくじさんと会うことになりました。
たくじさんは えりちゃんの大切な友達で イベントも企画しているし、ゲストハウス&カフェも運営しています。
ちょうど おひるごはんを食べたかったので、沖縄市の そばやさんへ。
そこでたくじさんと合流。
ゆうと(門脇さんのこと)の言うには、
「有里のことは、うたを歌わないと伝わらん。」
そばを食べ終わって落ち着いたら あと、5分しかない。 
そばやさんで 1曲歌おうと思っていたら、なんと 野球が始まってしまった。(沖縄が優勝!)
それで、路上で別れ際に1曲歌いました。

♪無限 2008.9.10

目の前のあなたを いつも 愛してる
時にはやさしく ときには きびしく
あなたも知らない 美しい あなた
なにもかも わすれて 愛しあおう

手放し そして 思い出す
今 ここに 生きてること

目の前の家族を いつも 愛してね
ときには やさしく ときには きびしく
あなたも知らない 美しい 世界
なにもかも あなたの 内側にある

手放し そして 思い出す
あなたに そなわるもの

目の前のあなたを いつも 愛してる
時には やさしく ときには きびしく

あなたもしらない 無限な あなた
なにもかも 忘れて 愛し合おう

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たくじさんの表情がすっかり柔らかくなって、心がひらいて繋がったのがわかりました。
うたは不思議だね。そして、旅は、石垣島へ。
by ainohanaMusic | 2010-04-09 18:40 | 心の旅日記 | Comments(0)